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占拠された新聞社を解放せよ!

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占拠された新聞社を解放せよ!

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第4章

「へくちっ」
 泪が突然、くしゃみをした。
「うわっ。……ど、どうした?」
 驚いたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が問いかける。
「誰かが私の噂をしているんでしょうか?」
 テレビでもおなじみの角度で首をかしげる泪。
「気を抜くのではないぞ。これから、いよいよ敵を追い詰めるのだから」
 草薙 武尊(くさなぎ・たける)が言う。
 彼らは、いよいよ敵のリーダーを確保するために動いているのだ。



 愛と正義と平等の名の下に! 共産主義魔女っ子美少女達の大演説!
 印刷所を占拠していた鏖殺寺院のメンバーは、パラミタ共産主義学生同盟の藤林 エリス(ふじばやし・えりす)と、他数名の説得により、ついに自首という運びになりました!
 そも、共産主義というのは……(中略)
 また、彼ら鏖殺寺院の主張を記事として掲載するように、という要求が契約者の中から上がりました。それについては、別項の特集記事を参照してください。(文責:美少女アイドルリポーター・アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)


 一方、寺院によって占拠された印刷所では、目に見えて士気が下がっていた。
 水心子 緋雨の電子的猛攻が続いているのだ。ついに彼女は寺院のメンバーが使っている無線の電波を乱した。これにより、本社ビルと印刷所間の連絡手段が断たれたのである。
「し、失礼しまーす」
 ワゴンにいくつも箱を乗せた七瀬 歩が、印刷所の入り口に向かって近づいていく。当然、その入り口を守るソルジャーたちが一斉に銃口を向けた。
「み、見ての通り、あたしは契約者ですけど、丸腰です。あの、現在捕らえている人質を解放してください。代わりに、あたしが人質になります!」
 手をあげて伝える歩。しかし、ソルジャーたちは首を振った。
「契約者に不満があるんだったら、契約者と話をすべきだと思います。だから、直接話して、お互いに少しずつでも距離を埋めていきたいと思うんです」
 歩が告げる。ソルジャーたちの、鋭い視線が銃口よりも強くにらみつけてきた。
「……どうする?」
「リーダーに指示を仰がないと……」
「無理だ、無線は使い物にならん」
 ソルジャーたちが小さく、相談をかわす。その間も、銃は歩に向けられたままだ。
 ……やがて、ソルジャーのひとりがぽつりと告げた。
「気持ちは分かる。……俺たちも、こういうやり方が完全に正しいとは思っていない」
「だったら……!」
「だが、無理だ。気持ちだけじゃ、組織は動かせないんだ」
 そう、告げる彼もどこか苦しげだ。
「じゃあせめて、これ、食べてください。あの、毒とか、入ってませんから!」
 ワゴンを押す歩。言葉の通り、その箱の中には、簡易ながら彼女の手料理が入っているのである。
 無言で下がるように伝えられ、歩が引き返す。距離を置いたところでワゴンが印刷所の中に搬入されていくのは、彼女が信じてもらえたからだろうか。
「すみません、説得は無理でした」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないさ」
 歩の肩を叩き、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が代わりに進み出る。拡声機を手に、語りかけた。
「こういう、過激な行動ではかえって世論を敵に回すことくらいは、分かっているはずだ。だが、今やめるなら、むしろ鏖殺寺院の理解ある態度が協調されるかも知れない」
「……続けろ」
 印刷所から返事があった。静麻は、頷いて拡声機を向ける。
「こちらの要求はふたつ、印刷所を解放し、自首してくれ。そうすれば、君たちが自分の意思でこの占拠を行ったのではなく、リーダーに強要されたことを報道させる。それに、罪状は業務妨害だけだ。それ以上を訴えないよう、蒼空新聞社に約束させる」
 静かに、静麻が告げる。
「もう一押し、というところだな。私が変わるわ」
 進み出た藤林 エリスが拡声機を受け取った。
「エリスちゃん、しっかりね!」
 アスカ・ランチェスターがカメラを構えつつ、声をかける。彼女この印刷所の解放の様子……ことさら、エリスの取材のためにやってきたのだ。
 エリスは親指を立てて答え、そして、今までにも増して高く声を上げる。
「あたしはパラミタ共産主義学生同盟の藤林 エリス! あんたたち、本来の目的はシャンバラ乱開発への抵抗じゃなかったの? でも、それは契約者の意思じゃない! 利権を貪る一部の傲慢な資本家が行っていることであって、契約者の中にもそのやり方に反発している者だっているわ! ……あたしたちのようにね!」
「か……過激だなあ」
 ぼそり。その背後で、静麻は思わず漏らした。
「あんたたちが真に人民の幸福を願うならば、人民の言論と報道の自由を脅かすこんなテロ行為に手を貸すべきではないわ! 自身の理想を信じるならば印刷所を解放しなさい!」
「すごい、イデオロギーがほとばしっているわ! ああ、いい記事が書けそう!」
 背後でアスカが騒いでいる。印刷所のほうは、というと……。
「共産主義者と手を組みたいわけではないが、しかし……」
 エリスの言うことももっともではある。静麻も語ったとおり、このままでは鏖殺寺院自体の風評を地に落とすことになる。
「変わってくれ」
 榊 朝斗(さかき・あさと)が拡声機を取った。
「蒼空新聞には、僕たちが話をつける。あなたたちの主張を伝えさせる。彼らの論調が偏っていることは事実なんだ、あなたたちの意見を無視させたりなんかはしない」
 ざわつきが印刷所に広がる。
 しばしの後、銃を手に、ソルジャーたちが印刷所から踏み出してきた。
「……!」
 朝斗の背後に身を隠し、入り口を警戒していたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、反射的に銃を構えようとする。が、
「大丈夫。……もう、大丈夫だから」
 歩が、その手首にそっと手を触れていた。
「……しかし、彼らが朝斗に危害を加えたら……」
「アイビス! 何を!?」
 彼女が居る、とは気づいていなかったのだろう。朝斗が驚きの声を上げる。
「朝斗の護衛をしていました」
 そう告げられ、ますます朝斗に驚きが広がる。が、すぐにそれは別の感情に変わった。「ダメだ、こっちから攻撃しちゃいけない。それに……もう、必要無いんだ」
 朝斗が向こうを示す。アイビスがそちらを向く先では、ソルジャーたちが次々に地面に銃を下ろし、手をあげていた。



 新風 燕馬とザーフィア・ノイヴィントは、騒がしい下階の様子をうかがうこともなく、屋上に待機していた。第一に命令に従っているからであり、第二に、何もしなくていいならばそれに越したことはないと思っていたからだ。
「誰かが来るぞ。気を抜くな」
 ザーフィアが告げる。燕馬は頷き、屋上への出口に向けて銃を向けた。
 現れたのは、大柄な男……三道 六黒と、もう一人。中年の男……このビルを占拠した寺院のリーダーである。
「うわあ、大物がかかっちゃったな。動かないで居てくれると、助かるんだけど」
「このわしが、従うと思うか?」
「従わないというなら……」
「お得意の実力行使、でございますか?」
 ザーフィアの言葉に割り込んだ声は、上空から聞こえてきた。
「何っ!?」
 飛空挺に乗った帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)が、円を描いて飛んでいる。その口が、妖しく歪んだ。
「今宵の演目も、そろそろ閉幕の時間と相成りました。いよいよ、お別れの時間でございます」
「かあっ!」
 尾瀬が二人の注意を引きつけた瞬間、六黒の剣が一閃した。燕馬とザーフィアはすんでの所で横に飛び、かわした。
「おぬしは、どうする? 一人ぐらいなら、乗せて運べんこともないぞ」
 六黒が問う。が、男はゆっくりと首を振った。
「……いいや、私の目的のため、逃げることはできない」
「そうか。では、さらばだ」
 六黒は告げ、尾瀬の飛空挺へと飛び乗った。リーダーはまた、ビルの中へと戻っていく。
「ど……どうする?」
「持ち場を離れて逃げた奴を追いかけるわけにもいかないし、逃げてこない奴を捕まえる必要もないんじゃないか?」
 別々の方向に去っていった敵たちを交互に見やり、結局、燕馬は元通り屋上を見張ることにしたのだった。