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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

リアクション

 窓から差し込んでくる夕陽も大分傾いてきた。
 ツァンダの喫茶店『とまり木』の店じまいをしていた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、店のドアが開いた音に振り向く。
 そろそろ閉店の時間ではあったが、客がいるならば営業は続けるべきだろう。

「いらっしゃいま――ってどうしたんですか?」

 だがそこにいたのは客ではなく、佑也のパートナーのラグナ アイン(らぐな・あいん)ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)であった。見ると、ツヴァイがアインに背負われるように気を失っている。そして、その後ろにはその機晶姫二人の製作者、ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)の姿。

 だが、比較的冷静な声で、アインは言った。
「――大丈夫です、ツヴァイちゃんは気絶しているだけですから……お母さんが助けてくれましたので」
 アインとツヴァイの作者であるラグナはお母さんと呼ばれている。
「え? ラグナさんが? どういうことです?」
 さっぱり事態が飲み込めていない佑也に向かって、そのラグナは告げた。


「説明している時間はありませんわ。制限時間は30分――このままでは、街中のリア充と一緒に二人が爆発してしまいますわ!」


『黒いハートに手錠をかけて』


第1章


「……どうやら面倒なことに巻き込まれたようですね……」
 と、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は自らの左手に繋がれた黒い手錠を見つめていた。

「うふふ……ねぇ〜、あにさまぁ〜」

 その先は、パートナーの紫桜 瑠璃(しざくら・るり)の右手が繋がっている。
 いつものように、瑠璃にあっちこっちに引っ張りまわされる形で歩いていた遙遠だが、突然飛んできた黒い手錠に繋がれてしまったというわけだ。

「だっこだっこぉ〜、むぎゅ〜」

 問題は、手錠に繋がれてからやたらと瑠璃が甘えてくることか。
 何しろそれぞれの手を手錠で繋がれているうえ、その相手に始終ひっつかれていては身動きもままならない。
 普段は何をするにせよ、無邪気で元気な瑠璃が冷静な遙遠を引っ張ることの方が多い二人。だが、今この瞬間では瑠璃が遙遠にべたべたと甘え、遠慮なく抱きついたり頬ずりしたりしている。
 二人を繋ぐ手錠は、一見するとただのオモチャのようではあったが、突然飛んできたことも考えると魔法がかかっていると見て然るべきだろう。そう簡単に壊れそうにもない。

「えへへ〜あにさまだいすきぃ〜……ちゅー」

 一方の瑠璃はそんなことはお構いなしにベタベタと遙遠に甘え、遙遠のほっぺたにむちゅーと口付けをした。

「……やれやれ、動きにくいですよ、瑠璃」
 と瑠璃の頭を撫でてやると、その手錠に何かの数字が浮かんでいるのに気付いた。
 その数字は『28』。
「何かのカウントのようですね……少し調べなくてはいけませんか」

 遙遠は、抱きついている瑠璃を抱えたまま漆黒の影の翼を広げ、街の上空に飛び上がった。地獄の天使だ。
 飛び上がった瑠璃は、不安定な体勢をいいことにより一層甘えるのだった。


「わぁ〜い、あにさまと空中デートぉ……えへへ〜」


                              ☆


「――え?」


 同様の事態は街中で起こっていた。
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は街で配られていた手錠を何気なく受け取り、その手錠が勝手に動いてパートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)に繋がれた時点で、ようやくその事態に気付いた。
「……あら……」
 突然のことに戸惑うミルディアだが、戸惑っているのは真奈も同じだ。

 いや、正確にはその戸惑いには違いがあると言うべきだろう。
 ミルディアは単純に勝手に動いた手錠に困惑しているだけだが、真奈の場合は己の中に突然芽生えた感情に戸惑っているのだ。

「何でしょう……この気持ち……」
 いつも知的な真奈らしからぬ熱い視線で、ミルディアをじっと見つめている。
 その様子に、ミルディアもようやく気付いた。
 どうにか手錠を外せないかと四苦八苦していたミルディア、自分の頬に添えられた手にようやく気付いて顔を上げると、そこにはどアップの真奈の顔。

「ミルディ……可愛い……」
 空いた方の手でミルディアの頬に触れ、真っ直ぐに瞳を見つめる真奈。
 瞳は潤み、自らの感情を抑えきれずに唇は震えている。
 頬は赤く紅潮し、その表情はまるで。

 まるで発情しているかのようだった。

「はにゃ!? あ、あわわわっ!? ちょっとまにゃ、なにしてんの!?」
 ついに手錠が繋がった方の手もミルディアのふにふにしたほっぺを撫でにかかった。
 こうなってはミルディアも身動きが取れない。

「ふふふ……可愛い……可愛いですわ……」
 あわあわと真奈の手を逃れようとするミルディアだが、この至近距離ではそれも叶わない。
「ふ、ふにゃ〜!! だ、誰か助けて〜!!」


 ミルディアの叫び声が街中に響き渡る。
 だが街は今、それどころではなかった。


                              ☆


 それに対し、嘉神 春(かこう・はる)はもう少し冷静だった。確かに手錠でパートナーの神宮司 浚(じんぐうじ・ざら)と繋がれてしまったものの、周囲の状況を観察することで見えてくるものもある。
 街の人々の中には、手錠で繋がれて爆発する者、辛うじて絶縁宣言をして爆発を免れている者、様々だ。

「ふうん、時間が来ると爆発――相手のこと嫌いって言えば壊れるんだね」
 必ずしもそうとは言えないが、少なくとも周りの状況を見るとそういう結論が出せるであろう。
 だが、もたもたしていて爆発はゴメンだ。手錠を見ると、少しずつカウントダウンされている数字にはまだ余裕があるようだが。

 だが少なくとも、試してみる価値はあるだろう。

 春は、背の高い浚を見上げて、告げた。
「ねえ、ボク浚のこときらムぐ?」
 嫌い、と言おうとした春の口は浚の手で塞がれてしまった。

「ま、待って待って待って……」
 春の口を両手で塞いだ浚はどうしていいか悩んでいる。
 普段から春のことが愛おしくて仕方ないのだ。それが手錠の効果で更に高まったものだからもう大変。

「もーあにうんのあー」
 春はモゴモゴと口を動かして抗議するが、浚には聞こえていない。
「……言わないで」
 震える手で春の口を塞ぎ続ける浚。
「どうするかは俺が決めるから……春は……大人しくしてて……」
 なるほど、周りを見れば相手のことを嫌いと言えば手錠は外れるのかもしれない。
 それが嘘でもいいのも分かった。

 けれど、嘘だと分かっていても――嫌いと言われるのは嫌だった。

「――ねぇ?」
 と、春は浚の瞳を覗きこむ。
「ボクざっくんのこと好きだよ? でもさぁ、このまま繋がれてると爆発しちゃうんだよ? ボク黒こげはヤダなー」
 あえて『好き』という言葉をぶつける春。浚の心臓が1レベル高く鳴り響いた。
 自分には手錠の効果が現れていないと悟った春は、どぎまぎする浚の反応を楽しむことにしたのだ。
 そのままぎゅっと、春を抱き締めて頭と言わず体と言わずあちこちを撫で回す浚。
「ああ……どうすればいいんだ……!!」

「あれ、ねえざっくん。どうして悩みながらも物陰に隠れるの? そして撫で回す手がエスカレートしてるのは気のせい?」
「いったい……いったいどうしたら……!!」
「え、ちょっと本気になっちゃった? ちょ、ま、冗談だから、ふにゃーっ!?」


 そのまま、二人の姿は路地裏に見えなくなった。


                              ☆


 そんな街角で、木崎 宗次郎(きざき・そうじろう)は震える手を差し出して手錠を配っていた。
 全身黒ずくめの服装に鋭い眼光。
 目の下の隈と生まれついての三白眼も相まって、その見た目はまるでパラ実専用上級クラス『ヤクザ』のようだ。

「……!!!」
 無言で手錠を指し出す宗次郎だが、余りにも見た目が怖いので受け取って貰えない。
 そんな中、宗次郎は内心こう思っていた。


 ――帰りたい、と。


 宗次郎はパッと見はただのヤクザだが、中身は家庭的で気の優しいオッサンである。
 さらに言えば、対人恐怖症である。
 ついでに言えば、見知らぬ人に話しかけられたりすることを恐れる社会不安を常に抱えている。
 基本的に相手の目を見て話すことができず、いつもおたおたと挙動不審なのだ。


 ――つまり外見詐欺のただの愛すべきヘタレ。


 そんな宗次郎だったが、今日の夕飯にイカ墨パスタを作ろうとして買い物に来ていた。対人恐怖症のことを自分でも気にしているので、妻の木崎 鈴蘭(きざき・すずらん)を少しでも喜ばそうと、一人で買い物に来たのである。

「あ、あわわわ……やっぱりみんな遠巻きにヒソヒソ言いながら僕を見てるよ……こ、怖いよ……」
 そりゃあまるきり外見ヤクザの外見30代の黒ずくめの男が、黒いエコバッグ片手にスーパーで夕飯のお買い物をしていたら近所の主婦の皆さんもちょっと警戒しようというものだが、宗次郎はその事実には気付かない。
 それでも辛うじて目当てのイカ墨を購入してスーパーを後にした宗次郎は、見知らぬ男に声をかけられることになる。

「お、何だ、こっちにもいたのか? ほら、お前の分だ。気合入れて配ろうぜ!!」
 と、同じく黒ずくめ――正確には黒タイツ――の男に突然話しかけられ、パニックに陥る宗次郎。
「……え? は、はい? な? に? が?」
 その黒タイツは言うまでもなく、今まさに街中で『ブラック手錠』を配っている『ブラック・ハート団』の一員なのだが、そんなことは宗次郎には知る由もない。

 単純に見た目の怖さと服装の黒さで仲間と誤解された宗次郎だが、そのまま断ることもできずに大人しく手錠を配るのであった。

「こ、この手錠をッッッ!!!」
 睨みつける紅の魔眼!!
「今すぐにッッッ!!!」
 無意識に封印解凍!!
「受け取れッッッ!!!」
 禍々しいオーラを放つ冥府の瘴気!!
「そして着けろッッッ!!!」
 狙った相手は逃がさない、奈落の鉄鎖!!

 宗次郎のあまりの怖さと迫力に、道行く人々はつい手錠を受け取ってしまう。
 人の目もまともに見られない宗次郎が、見知らぬ人に話しかけて、配布物を受け取って貰えたのである。本人としては大きな一歩であった。


「やった……受け取ってもらえた……やった、僕やったよ鈴蘭さん……!!」


 まあ、努力の方向性を間違っている気はするが。


                              ☆