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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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 第7章 キアン

 対盗賊として雇われた中で、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、領主の護衛を特に引き受け、執事の仕事をこなしつつ側についていた。
 機を見計らって、ファリアスに掛けられているという結界について、何か知っていることは無いかと訊ねてみるつもりでいたのだが、彼の背後に控えているその前で繰り広げられた、領主を訪ねて来たルカルカ・ルーとダリル・ガイザックとの会話によって、彼が何も知らないことは、訊ねる前から解ってしまったのだった。

 こうなると、盗賊退治に関わるつもりの無いアリーセは、他に目的もない。
「……これはもう、あとは他の人達が盗賊を追い払うまで執事をやっていれば、報酬がいただける、と……」
 二度の経緯を聞くところによれば、また盗賊が来たとして、領主を狙うことは考えにくい。
 そこまで読んで、領主の護衛のポジションについたのだ。
「何か言ったか?」
 領主アヴカンが振り返る。
「いえ、何でも。お茶のお代わりは如何ですか」
「いや、もういい」
「もうじき、宝石商の方がお見えになる時間です」
「ああ、そうだったな。やれやれ、面倒だ」
 そう言いながらも、アヴカンの目は爛々と光っている。
 単価を釣り上げる算段でもしているのだろうか、とふと思ったが、興味はなかった。


「この人が、犯人ですわ!」
 びし!
 魔道書のイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、彼女なりに、屋敷を一通り巡って、最も怪しいと思われる人物を、確信を以って指差した、はずなのに、何故か相手にはポカンとされ、パートナーの源 鉄心(みなもと・てっしん)にはぽかりと頭を叩かれた。
「何をしてるんだ、馬鹿」
「えっ、だって……」
「この人はアヴカン領主ですよ」
 ヴァルキリーのティー・ティー(てぃー・てぃー)に言われて、さあっと青ざめる。
「ごっ、ごめんなさぁい!」
「いいから、さっさと来い」
 ティーが深く頭を下げて謝る後ろで、鉄心がイコナを引きずって行く。

「この人が、犯人ですわ!」
 びしぃ!
 反省したイコナは、彼女なりに一生懸命考えて、今度こそ、一番怪しい! と思われる人物を、確信を以って指差した。……はずなのに。
「………………」
 指先の向こうで、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、にたり、と笑う。
 にたり。
「……っっ」
 ひっく、と喉を詰まらせたイコナは、恐怖に縮み上がった。
 にやぁぁぁり。
「う……ぇぇぇ〜」
 ついに泣き出したイコナに、気付いた鉄心が走り寄る。
「また、何をやってるんだお前は!?」
「だ……だって〜……」
 鉄心に引きずられて行くイコナを背後に「すみません」とティーが謝るのに、けたけたと邪悪に笑って手を振って、ゲドーは歩いて行った。

「……それはともかくだ」
 調査の前から疲れさせるなとイコナを叱った後で、鉄心は盗賊について、館の使用人に話を聞いてみた。
 必要があればサイコメトリも試してみようと思っていたが、特にその必要もなかった。
 盗賊は、二度目の時に、その容姿を目撃されていたからだ。

「男女の二人組?」
「はい。一人は長い黒髪で、左目に包帯を巻いてました。
 もう一人の女は、長い白髪で、こっちがものすごい強かった」
 館の警備は、あらかたこの女一人に倒されたのだという。
「それで、『強盗』とおっしゃっていたのですね」
 イコナが納得したように頷いた。
 単に盗みに入ったのではなく、見つかって戦闘になった。
 その末に倒されて逃げられたから、盗賊を強盗と呼んだのだ。
 そして更に、ファリアスの町へ調査に出た鉄心達は、彼等の名前すら知ることが出来たのだった。

「キアン?」
 内緒だがな、と、人差し指を口にあて、彼等の素性を知った上で、そう教えてくれたのは、ファリアスにひっそり存在する、冒険者ギルドの受付の男だった。
「5年ほど前かな。短期間だが、ギルドに登録してたことがあったのさ。
 盗みを働くんで登録抹消されたがな。
 キアンてシーフと、ブリジットって女だ」
 あいつ相変わらず盗みやってんだな、と、受付の男はひひひと笑う。
「ま、裕福層ばかり狙ってるからな。あまり恨まれてはないだろ?」
「そのようですね」
 領主の館で話を聞いた限りでは、盗賊に敵愾心を燃やしていたのは領主アヴカンだけだった。
 被害状況を気さくに話す館の使用人達は、まあ仕方ないなと笑ってすらいたのだ。
「領主の館に何度も入っているらしいんだが……目的は解らないか?」
「そうなのか? いや、知らねえなあ」
 受付の男も首を傾げる。それ以上は得るものはなさそうだったので、礼を言って、鉄心達はギルドを出た。


「背の高い、若い男の人です……。
 あと、若い女の人。髪が長いです」
 盗賊に散らかされたまま片付いていない部屋があると聞き、昼間はメイドとして働こうと後片付けを手伝いながら、盗賊が手に触れたと思われるものをサイコメトリしてみて、葉月 可憐(はづき・かれん)は脳内に浮かび上がる映像にそう言った。
 映像の中で、左目を包帯で覆ったその青年は、ぎらついた表情で、忌々しげな顔をして、あれこれ掻き回している。
 目的のものが見つからないのだろう。
 傍らで、青年の気が済むまで、女はじっと佇んでいる。
 やがて青年が振り返ろうとしたところで、映像は途切れた。


「二度も強盗に入った割に、何も盗らずに逃げるとか、
 捕まらない実力がある割に、入ったことはバレてるとか、
 下調べの甘さといい……」
 ぶつぶつと呟きながら、ゲドーは、
「盗賊、ねえ」
と嘲笑を浮かべた。
「本当は、そんなことするような人間じゃないんじゃねえの?」
 何とか利用できないもんかね、と考える。
「とりあえず、アンデッド共をばらまくか?」
 警備の連中人数多そうだから、反感買いそうだけどなあ、とにやにや笑う。
 盗賊の考えの甘さが自分の予想通りなら、道を塞いでルートを作ってやれば、狙い通りの場所に誘うことができるかもしれない。
 もしも盗賊が引っ掛からなかったとしても、館の連中が震え上がればしてやったりだ。


「『2度目は何も盗られなかった』ってことは、最初の時は何か盗られたのか?」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)の問いに、アヴカンは思い出したのか、怒りを露にした。
「盗られたとも! 奴はわしの財産を、半分も盗んで行きおったのだ!」
「それはどんなものなのですかな?」
 戦いが始まるまでは働かぬ、と、与えられた部屋に篭っている三道 六黒(みどう・むくろ)のパートナーの吸血鬼、ヘキサデ・ゴルディウス(へきさで・ごるでぃうす)も訊ねる。
「何を持っているかなど、いちいち把握しとらんわ!
 だが、奴め半分も盗んで行きおったのだぞ!」
 確かに、これだけの屋敷なら、半分でも相当の財産だろう、とは納得できるのだが。
 この領主だと今ひとつ同情できないのは何故なのだろう。
「狙われてるモノについての目星はついてないんだな」
「全く解らん」
 絃弥の問いに、アヴカンはきっぱり答える。これも嘘ではなさそうだった。
「犯人は、一度目に盗んだものから何かの情報を得た、ということか?」
 ヘキサデは考える。
「むしろ、一度目に財宝を奪ったのは、目的のついでで、
 二度目の時は、ついでは無しで目的だけ、って感じだと思うぜ」
 噂を総括して、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が言うと、成程、と他の者もそれに納得する。
 そして、一度目の時も二度目の時も、本来の目的は達成されなかったのだ。
「……一度目はともかく、二度目は警備も強化されていたはすだ。
 それでも捕らえられなかったとはな……」
 真司は盗賊の実力を測って呟く。
「――それにしても、何度も侵入してまで手に入れたいほどのものとは、一体何なんだ?」

 ところで、という声に、真司は思考の淵から引き上げられた。
「訊いてみたのだが、館の見取り図、というものは無いそうじゃ。
 仕方ないのでセルフサービスで行く。
 宝物庫以外の場所は好きに入っていいそうなので、マッピングをしておくぞ」
 真司のパートナー、魔道書のアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が、真司の持っているHCを指差す。
「ま、昼間は盗賊も来ないでしょうしね。暇潰しにいいんじゃない」
 魔鎧のリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)も同意する。
 やれやれ、と真司は溜め息を吐いた。


「オレ、浮き島って初めてなんですけど、何で浮いてんですかね。不思議ですね」
 ファリアスに来て、浮かれたようにそう言ったパートナーの強化人間、世 羅儀(せい・らぎ)に、叶 白竜(よう・ぱいろん)は呆れた顔をした。
「それを言うなら、」
 パラミタ大陸も、空に浮いているのだが。
「いや、パラミタはアトラスが支えてるわけでしょ。
 でも大陸から離れてる浮き島までは面倒見きれないでしょ、普通」
 軽い調子でそう言う羅儀に、白龍は難しく眉間を寄せる。
 そこで二人は足を止めた。
 面会を求めた、アヴカンの部屋の前だ。
 ぴしりと姿勢を正す白龍を見て、羅儀も口を閉じた。

「都合が悪いのでしたら話す必要はありません。
 ですが、被害が家族に及ぶ可能性もあります。できれば正直にお教え願いたい」
「はあ」
 まさか国軍から人が来るとは想わなかったのか、白竜の問いに、アヴカンは目を白黒させている。
「………………家族に被害が!?」
 恐竜並の、伝達の遅さだ、と、羅儀は内心で思ったことに、笑いを堪える。
 白竜の言葉は、アヴカンが何か隠していることがないか探る為にカマをかけただけだが、この反応では、その線はなさそうだ。
「最近何か、変わったことはありませんか。盗賊が目的とするものに心当たりは?」
「どちらも、何もないな」
 暫く考えて、アヴカンは答える。
 別に脱税してるのはいつものことだから最近変わったことじゃないし、売上ピンハネしているのも日常茶飯事だし、宝石商からリベート取ってることは前の代からの伝統だし……とブツブツ指折り数えていたことは、とりあえず今は、今回の件とは無関係そうなので、聞き流しておく。
「……解りました。では、警備に戻りますので」
 アヴカンから得られそうな情報は無さそうだった。
 部屋を出ると、羅儀が
「どうします?」
と訊いてくる。
「外で情報を仕入れましょう」
「了解です」
 自分の出番だ、と羅儀は笑った。

「ああ、領主のところに盗賊が入った件ね」
 勿論町でも、その話は伝わっている。むしろ有名だった。
「時々あるやつよ」
「時々?」
 町で声を掛けた婦人は、羅儀の見立て通り、気さくに質問に答えてくれた。
「ファリアスはね、どこもかしこも薄汚れてるから、他所から来た人には解り難いんだけど、実は結構貧富の差が激しいの。
 儲かる人は儲かって、儲からない人はいつまでも儲からないのよね」
 ふふ、と仕方無さそうに笑う。
「何年か前からね、何回か、裕福であくどく稼いでる家でごっそり金品が盗まれて、その大半が、貧民層にばら撒かれる、ってことが起きてるの。
 こないだの領主のところが盗みに入られた後も、それがあったのよ。
 皆、表には出さないけど、大喜びね」
「……何故そんなことを?」
「さあ。盗んだところで、そんなに持ってても要らないからじゃないの。
 溜め込んでても、使い道なんて無いわよねえ」
 婦人の話が、他愛無い世間話になってきたので、羅儀は適当なところで会話を切り上げ、礼を言って白竜の所へ戻った。
 報告を聞いて、白竜は唸る。
「特に、領主が憎まれてるって感じでもありませんでしたよ。
 何というか、馬鹿にされてる気はしましたけど」
「……ああ」
 確かに、と白竜も納得する。館の使用人達からも、同じような雰囲気を感じたのだ。
「ますます解りませんね」
「もう、本人が来るのを待つしかないですね」
と、羅儀は苦笑して肩を竦めた。