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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第9章「日常・午後その2」
 
 
「……よし、ここは修理完了、と」
 シンクで機械の修理を行っていたダリオ・ギボンズ(だりお・ぎぼんず)が立ち上がって伸びをする。彼の作業が終わったのを見て、色焼けを防ぐ為に日陰に入っていたエルティ・オリ(えるてぃ・おり)が声をかけた。
「労働に勤しんでるね、ダリオ君。でも本当なら午前で終わりのはずじゃ無かったのかい?」
「仕方ないさ。村長のとこ以外にも色々頼まれちまったからな。まぁ元々今日はこうやって過ごすつもりだったんだ。多少仕事が増えたくらいどうって事ないさ」
「ふむ、君が納得しているのなら構わないのだけどね……ところで、先ほど子供達が話しているのを聞いたのだが、明日は母の日という行事があるそうじゃないか。一体どういう物なんだい?」
「ん? そうだな……こっちはどうか知らないが、地球の一般的な意味合いとしては『母親の日頃の苦労を労わり、感謝を表す日』ってとこだな」
「むむむ? 感謝くらいいつでも出来るだろう。何故わざわざ日程を決める必要があるのだ?」
「いつでも出来るからこそって事だ。別にこの日以外は感謝しないって事じゃない。『常日頃から感謝の気持ちを持つが、その中で特にこの日に代表して行おう』ってのが正しい考え方だ。これは母の日に限らない話だがな」
「ふむ〜、理解には至らないが、実に興味深い話だな! 街で何かしらの催しは開かれるのかね?」
「そいつはどうだろうな。クリスマスとかと違って大々的に祝う物でも無いから精々花屋や贈り物を売ってる店くらいだとは思うが。ただ、聞いた話じゃ地球と少し違った風習を根付かせようともしてるみたいだし、もしかしたら何かあるかも知れないな」
「ほほぅ。ならばダリオ君、明日は是非とも街に繰り出してみようじゃないか。誰かが勝手に決めた特別な日が、人々をどう変えるか見に行くのだよ!」
「そんな捻くれた理由かよ。それを言ったら行事の殆どなんて俺らの先祖が勝手に決めたもんだがな」
「何、それでも新しい風習を生み出そうとする瞬間に立ち会えるのであれば見に行く価値はあると思うのだよ。どうかね? ダリオ君」
「まぁ明日は元々休みだから構わないが。過度な期待はするもんじゃないぞ」
 浮かれる魔道書に忠告だけして次の作業へと移る。そうしてシンクの設備を一通り直した後、ダリオは再びバイクに乗って家へと帰って行くのだった。
 
 
 再び二人だけになった篁 花梨火村 加夜(ひむら・かや)はツァンダの通りをのんびりと歩いていた。
 その途中、アクセサリーを扱っている店頭でレイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)が商品をじっくり眺めているのを見つけた。近くに行くと月砕きの書もこちらに気付き、軽くお辞儀をして来る。
 花梨の妹達と月砕きの書のパートナーである寿 司(ことぶき・つかさ)が友人である為、機会は多くないが、これまでにも互いの名前を覚える程度には顔を合わせていた。
「こんにちは、花梨さん」
「こんにちは。レイさんはアクセサリーのお買い物ですか?」
「えぇ、うちの司ちゃんとキティに贈るつもりなんですよ」
 月砕きの書は母の日の宣伝を聞き、『身近な女性に贈り物をする日』だと認識していた。その為に自身と契約してくれた司と、同じく司と契約した仲間であるキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)の二人に何かしら贈り物をしようと思って、こうして店を回っていたのだった。
「ただですね、私が選ぶと二人の好みに合わないみたいなんですよねぇ。それでこうして考えていたのですが、中々……」
 言いながら月砕きの書が花梨と加夜を見る。僅かな間をおき、良い事を思いついたと言わんばかりに両手を合わせた。
「そうだ。せっかく女性がいらっしゃるんですから、お二人の意見を聞かせて下さいませんか?」
「え、私達ですか?」
「お役に立てるか分かりませんけど……」
「いえいえ、私なんかよりよっぽどセンスのある物を選んで頂けそうです」
 月砕きの書の言葉に顔を見合わせる花梨達。取り合えず役に立てるかどうかは分からないが、希望を聞いてみる事にした。
「えっと、贈るとして、どんな物を考えてるんですか?」
「それがですねぇ、実を言うとそこから迷ってるんですよ。あまりチャラチャラし過ぎず、それでいて可愛らしくて、かつ品の良い物であれば最高なんですが」
 該当しそうな物を考える。そこに、もう一つの条件が付け加えられた。
「あ、指輪なんかはちょっと避けたいですね。司ちゃんは剣を扱う子なので。我がままを言って申し訳ありませんが、条件に合いそうなのがあればお願いします」
「中々難しいですね……加夜ちゃんは何か思いつきました?」
「私もちょっと……剣士なら髪飾りも物を選んじゃいますしねぇ――あら?」
 加夜の視線が月砕きの書の胸元に行く。彼が首から提げている物、それは蒼き輝きが綺麗なネックレスだった。
「花梨ちゃん、ネックレスはどうでしょう? 戦う時は服の中に入れておけば邪魔にはならないと思うんですけど」
「そうですね。ネックレスで考えるなら……これなんかもありかも知れませんね」
 花梨が展示されているネックレスの一つを指差す。それは先端に装飾品のついた、より細かく分類するならペンダントに属する物だった。
「ペンダントトップが月をかたどってるんです。レイさんが贈るなら相応しい形だと思いますよ」
 魔道書である月砕きの書の本隊は直径20cmほどの円形の銅板で、そこには星図と古代文字が書かれた満月の図案が刻まれている。月砕きの名が示す通りあくまでそこに宿っているのは月を破壊出来るほどの魔術、という意味合いではあるが、それでも月が象徴的な事に違いは無いだろう。
「それにですね、実はこれ……好きなメッセージを刻印して貰えるんですよ。『寿』司ちゃんにはピッタリだと思いませんか?」
 『ことぶき』は『ことほぎ』が転訛した物と言われている。『ことほぎ』は『言祝ぎ』とも書き、それ即ち言葉によって祝福する事を意味する。そして祝福は相手の幸せを願う事。ならばパートナーへの想いを刻めば、相応しいプレゼントとなるだろう。
「なるほど……確かにこれなら二人に喜んで貰えそうです。有り難うございます」
「その代わり、メッセージはレイさん自身で考えて下さいね?」
「えぇ、勿論です。本当に助かりました」
 お辞儀をして店へと入って行く月砕きの書。彼がどんな言葉を刻むのか、そんな事を話しながら花梨と加夜は再びのんびりと歩き始めるのだった。
 
 
「あっ!」
 花梨達が他の店を見て回っていた時、一人の女の子がこちらへと近づいてきた。
「あの、すみません。篁 花梨さんでしょうか?」
「はい、そうですけど……貴方は?」
「あたし、レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)って言います。この前、本の騒ぎがあった時にうちの変……鈴木 周(すずき・しゅう)がお世話になったみたいで、それで護衛……こほん、お話したいなと思ってたんです」
「周さん……あぁ、あの人ですね」
 花梨が少し考えて、記憶の中から彼の存在を引っ張り出す。レミは花梨の表情から周が――少なくとも花梨相手には――変な真似をしなかった事を察し、安堵した。
 
 ――ちなみに、実の所周はその時、水着姿となった花梨と加夜の二人にダイブをかまそうとした事があった。幸い行動を読んだ友人達が事前に防いでいたが。
 
「聞いた話だと、花梨さんって大家族のお母さん役なんですよね? やっぱりお料理も花梨さんが普段からされるんですか?」
「そうですね。光奈ちゃん……妹がよく手伝ってくれますけど、私が作る事が一番多いです」
「じゃ、じゃあ得意ですよね? 実はあたし、お料理が趣味なんですけど、いつも上手くいかなくて……良かったらコツとかを教えてくれませんか?」
「構いませんよ。お料理好き同士、色々とお話しましょう」
 花梨は勿論、レミと同じく料理を趣味としている加夜もこの手の話題は大歓迎だった。そうして三人は料理について話しながら実際にスーパーを巡り、ついでに夕食の材料などを買って行くのだった。
 
 
「ごめんなさい、セラさん。もう少しスペースを使わせて貰っていいですか?」
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が隣に立つセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)にお願いする。二人は今、茅野瀬家の台所でホームパーティーの為の料理をしていた。
「はい、どうぞ衿栖さん。代わりにコンロを使わせて頂きますね」
 衿栖とセラフィーナはそれぞれ、自分達が得意とする物を作っている。料理全般が得意なセラフィーナはオニオングラタンスープ、お菓子作りが得意な衿栖はチョコブラウニーだ。
(衿栖さんのこれは……随分手際が良いですが、バレンタインにも作った物でしょうか。だとするとやはり渡した相手はあの人なのでしょう……ふふ、さすがは鳳明の友人兼恋敵ですね)
 様々な形状の型に生地を流し込み、オーブンに入れる前に均等にならす。女性の方が多いパーティーなので、小さい型も多めに用意してあった。
「それにしても、セラさんってやっぱり料理が上手なんですねぇ」
 感心していた相手である衿栖が逆にそんな事を言ってくる。彼女の視線はセラの手元に注がれていた。
「ワタシとしては衿栖さんこそ上手に思えますが」
「いや、それだけテキパキやってる人に謙遜されても……」
 ちなみにセラフィーナは今スープの為に玉ねぎやニンニクを炒めているが、その横には余った玉ねぎと冷蔵庫にあったサーモンを使ったカナッペが出来ていた。
 それ以外にもパン生地やサラダ用の野菜など、今日の為の材料を広げて複数の料理を平行して作っている。
(メインがまだなのにもうこれだけ用意出来るなんて……さすがとしか言いようが無いわ)
 なおも次々と料理を完成させていくセラフィーナを尊敬の眼差しで見る。そこに、今日の主役となる肉を買いに行っていた琳 鳳明(りん・ほうめい)水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が戻って来た。
「ただいま! セラさん、衿栖さん、ちゃんとお肉を手に入れる事が出来たよ!」
「もう少しで危ない所だったけどね。でも、これでメインディッシュが楽しみになったわ」
「お疲れ様です、二人共。どれどれ……これは、確かに良いブロック肉ですね。早速料理に取り掛かりましょう」
 セラフィーナが鳳明から袋を受け取り、早速肉に塩コショウをすり込む作業に入る。その後ろで緋雨は台所を見回しながら一人足りない事に気付いた。
「ねぇ、麻羅はどうしたの?」
「麻羅さんなら向こうにいますよ」
 衿栖がリビングを指差す。陰になって見えていなかったが、その先のソファーに近づくと天津 麻羅(あまつ・まら)が横になっているのが見えた。パートナーのゴロゴロした姿に思わず緋雨がため息をついた。
「麻羅……」
「ん、おぉ、帰って来ておったか。買出しご苦労じゃったの」
「私の事より、麻羅は何やってるのよ」
「見て分かるじゃろう、悠久の時の流れに身を任せ、自然と一体となっておるのじゃ」
「要約するとのんびりくつろいでましたって事ね。せめて何か手伝いなさいよ」
「わしは鍛冶師であって調理師では無いからの。それに台所に三人いても邪魔なだけじゃし得意な者に任せたほうが良いという物じゃ。何より――」
「何より?」
 
「働いたら負けかなと思っておる。何というか、神として」
 
 寝転がったまま器用にふんぞり返る麻羅。その時の緋雨の気持ちは、この一言に纏められていた。
「駄目だこりゃ……」
 
 
「遙遠、瑠璃と霞憐を見ませんでしたか?」
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)達が暮らす自宅。そのリビングに入って開口一番、遥遠は緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)へと尋ねた。
「いえ、朝に出かけて行くのを見て以来ですね。まだ帰って来ていないのですか?」
「そうなんですよ。お夕飯の支度前には帰ってくると思っていたんですけど……」
 まだ子供と言える妹達を心配する遥遠。遙遠はちらっと外の様子を確認し、彼女をなだめる。
「まぁ、まだ陽は落ちてませんから余り気にし過ぎるのも良くないでしょう。もう少し待ってみてはどうですか?」
「そう……ですね。遊びに夢中になってるだけかもしれませんし、美味しい物を用意しておくとしましょうか」
「そうしましょう。お腹を空かせて帰って来るでしょうから、少し多めに作っていた方が良いかも知れませんね」
 自分達を兄、姉と慕ってくれる子供達を想い、料理を始める遥遠。意識をしてか無意識のうちにか、作る物は子供達二人の好物ばかりが揃うのだった。
 
 
「……まだ帰って来ない」
 再びヒラニプラのナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)宅前。彼女の帰りを待つ久多 隆光(くた・たかみつ)は壁に背を預けた格好のままただひたすらに待ち続けていた。
「買い物とかならそろそろ戻ってきてもいい頃なんだけどな。やっぱり余所の街にでも行っちまってるのかな……」
 もう一回ここから離れて後で出直そうかと一瞬考える。だが隆光は軽く首を振る事でその考えを払うと、ナナが帰ってくるまで待ち続ける為にその場に腰を下ろした。
「こうなりゃ根気比べだ。母さんが帰ってくるまで意地でも動かないぞ」