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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第2章(2)
 
 
 再びシャンバラ大荒野。
 蒼灯 鴉(そうひ・からす)からの着信を受け、鈴木 周(すずき・しゅう)が意外そうな顔をする。
「あれ、これって鴉からか。珍しいなー、アイツから電話してくれるなんて」
 二人は二ヶ月ほど前に本が作り出した空想世界に揃って巻き込まれ、そこで初めて出会っていた。その時に恋人を巡るやり取りなど紆余曲折があり、周の明るい性格もあって、今では互いを友人として認識する仲になっていた。
「よう鴉! どうしたんだ?」
『お前、今どこにいる?』
「ん? シャンバラ大荒野だけど?」
『大荒野……もしかして、トラックの救出依頼でか?』
「そうそう、それだよ。いや〜参ったぜ。せっかくこの前可愛い娘を見つけたから花でも買ってプレゼントしようと思ったらさ、目当ての花がねぇんだよ。だから盗賊の奴らを――」
『なら話が早い。そこにいる奴らに伝えてくれ!』
 
「つまり、人質はその神殿に囚われてるんだな?」
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)から鴉へ、そして鴉から周へと伝えられた情報を聞き、篁 透矢(たかむら・とうや)が確認を取る。
 場所だけでは無く、盗賊達が再び街道に出てこようとしている事もこちらにとっては重要な情報だった。
「要救助者は全部で三名。盗賊の半数が街道、残りが神殿で待機。そして契約者の存在、ですか……」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)が頭の中で作戦を組み立てる。そこに、素早く神殿について調べ始めていたレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が情報を付け加えた。
「蒼空学園の方にはこの近辺の神殿の情報は無いようだ。どうやら先ほど某が調べた、範囲外の部分に存在すると思われるな」
「ふむ。今追加された情報から想定すると……この先か」
 匿名 某(とくな・なにがし)がユビキタスで手に入れていたこの付近の地図を再び参照し、オルベールの証言と周囲の岩山を照らし合わせる。それを踏まえ、真人がこの場にいる者達を見回した。
「せっかく向こうから出向いてきてくれているのですから、それを利用しましょう。商人や旅人に偽装した人達で敵を釣り、その間に別働隊が神殿に向かって人質の救出と奪われた荷物の奪還。これが基本になりますね」
「それなら最初は戦力を調整した方が良いだろうな。街道に来る奴らをすぐ倒してしまったら神殿の守りを固められる可能性がある。むしろ相手より僅かに実力が上と認識させて、神殿にいる奴らも引っ張り出す事を狙った方が良いだろう」
「上手く増援を呼ばせたら、機を見て退路を断つ事も重要ですわね。そうすれば潜入される方の危険を少なく出来ると思いますわ」
 三船 敬一(みふね・けいいち)イルマ・レスト(いるま・れすと)の提案に真人が頷く。
「俺も同意見です。『数を揃えれば何とかなる』、そう思わせるくらいに手加減して戦うのがベストでしょうね」
「よし、街道で盗賊達を引き付ける組と、神殿に向かう組に分かれよう。俺は神殿の方に行かせて貰うとして……真人、街道は頼めるか?」
「元々こちら側で動くつもりでしたから大丈夫ですよ、透矢さん。それより、潜入する可能性がある以上こちらから呼び出すのは危険だと思います。何かあったら出来るだけそちらから連絡をお願いしますね」
「あぁ、分かった。それじゃあ、早い所皆にどっちで動くかを決めて貰って、すぐに行動を開始しよう」
 
 
 街道で敵を引き付ける組と別れ、透矢達神殿へと向かう組は様々な大きさの岩が乱立している荒野を進んでいた。
「ここから先は地図の範囲外だ。何があるか分からないから注意して――」
 先導していた某がテクノコンピューターをしまい、前を向く。その瞬間、岩場の陰から出てきた盗賊と目が合った。
「…………」
「………………」
「な、何だテメ――」
 
「有無を言わさずロケットパンチ!」
 
「げふっ!?」
 先制攻撃を喰らい、倒れる盗賊。どうやらこの場にいるのは一人だけのようだ。
「後続がいないという事は、街道に向かってる奴らではなく見回りか何かか……この先にもいる事を想定すると、ただ進むだけという訳にはいかないな」
「ここからは出来るだけ気配を消して行った方が良いだろう。俺の服は迷彩塗装が施されているから大丈夫だが……」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が同行しているメンバーを見る。この場には四十人近くが集まっているが、その半数は気配を消せるアイテムもスキルも所有していないようだった。
「……ふむ。ここで留まってる訳にもいかないからな。仕方ないから気配を消せる者達で先行して、それ以外は別の手段を取る事にしよう」
「別の手段? どうするの? ヴェルさん」
「そうだなぁ……ちょいとあんた、さっきの地図を見せてくれるかい?」
「ん、あぁ、構わない」
 八日市 あうら(ようかいち・あうら)の疑問を抑え、ヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)が某のテクノコンピューターを覗き込む。そして周囲に見えるように、こことは別の地点を指差した。
「地図を見る限りはこの辺からも進めそうだな。街道から外れてるから遠回りにはなるが、その分盗賊達と鉢合わせる可能性も低くなるだろう」
「うわ〜、結構ぐるっと回っちゃうね」
「仕方ないさ。オレ達が見つかると皆が危険に晒されるからな」
 あうらの頭をポンポンと叩く。結局ヴェルの提案通り、更に部隊を分ける事になった。気配を消す事が出来る者達は先行組として。出来ない者や、パートナーに付き添う者は迂回組へ。そして――
「あたし達はこの辺で待機してるわ。気配は消せないけど、空からなら迂回するよりも早く行けるはずだから。透矢達の合図ですぐに強襲出来るようにしておくわ」
「分かった。出来るだけ早く呼べるようにするよ」
 飛行手段を持っているヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)達が別働隊として動く。万が一の際にトラックの荷物や救助者を運べるようにとの考えだ。
「よし、街道の動きに間に合うように急ごう。康之、そっちは任せたぞ」
「おう! すぐに駆けつけるからな!」
 強襲組に参加する大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に後を託し、某が素早く先へと進む。彼に続くように、他の者達も気配を消しながら次々と走り出して行った。
 
「ロゼ!」
 先行組を見送り、移動を始めようとする迂回組の所に九条 レオン(くじょう・れおん)がやって来た。それを見た九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が驚きの表情を浮かべる。
「レオン。着いてきちゃったのかい?」
「うん、やっぱりロゼ達が心配だもん」
「良い子で留守番してるようにって言ったよね? これは遊びじゃないんだよ」
 ローズが怒る。レオンを置いて三人だけでやって来たのは、危険の伴う事だからだった。
「さぁ、ここも危ないから早く帰りなさい。シン、レオンを家まで連れて行ってあげて」
 そばにいるシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)の方にレオンを向ける。だが、レオンは肩に置かれた手を振り払うと、逆にローズに対して怒りを見せた。
「何で……何でいつもレオンだけ仲間外れなの!? ロゼ、最近は勉強ばかりして全然遊んでくれないし……この前だって誕生日だったのに、何も言ってくれなかった!」
「あ……」
 5月5日はレオンの誕生日だった。だが、西カナンにあった疫病で滅びた村イズルートで起きた事件以降、ローズは一心不乱に医学の勉強に打ち込むようになり、そういった記念日の事をすっかり忘れていたのである。
「レオンの事、もういらないんだ……だから帰れなんて言うんだ」
「それは違うよレオン。私は――」
「もういい! ロゼなんて知らない! 大っ嫌い!」
 レオンが走り出す。その方向は――
「待つんだレオン! そっちは危ないから!」
「知ってるもん! 向こうに助けなきゃいけない人達がいるんでしょ。レオンにだってそのくらい出来るもん、子ども扱いしないで!」
「レオン!」
 神殿へと向かうレオンを止めようとする。そのローズの身体を冬月 学人(ふゆつき・がくと)が捕まえた。
「待つんだ。気配を消せない僕達が向こうに行ったら皆が見つかるかも知れない。幸いレオンは気配を消して行ったみたいだし、向こうに行った皆が助けてくれるのを信じるしかないよ」
「う、うん……」
「それにロゼ、君は今、体調がかなり悪いだろう? 隠してるつもりだろうけど、僕達にはバレバレだよ」
 学人の言葉にシンが頷く。シンは仲の良い二人の喧嘩を目の当たりにして内心戸惑っていたが、この機会にはっきりと言っておく必要があると思い、ぶっきらぼうに言った。
「どうせイズルートの事でまだ悩んでるんだろ? 俺の作った料理もあんまり食わねぇしよ、それでてめぇの体調崩してりゃ世話ねぇな。お前が目指す医者ってのは、無理をして周囲を心配させる人間の事なのかよ」
(レオン……馬鹿だな、私は。いらない訳無いのに……誕生日も忘れるなんて、保護者失格だ……)
「……レオンに謝っとけよな。お前の心境の変化に誰よりも早く気付いて心配してたんだ」
「うん……ごめん、シン、学人」
 深く反省し、力無く頷くローズ。今はもう誰の姿も見えない、レオン達が進んだ方向を見て、心の中でそっと祈った。
(透矢、皆……どうかお願い、レオンを護ってやって……)