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彼氏彼女の作り方 最終日

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彼氏彼女の作り方 最終日

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たしかな違和感


 面白そうな店が出来たとミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)がパートナーの手を引いて訪れた店。なんだか出逢いを求める人が勉強をしてきた結果だとか噂になっていたけれど、それならそれで高島 恵美(たかしま・えみ)の恋人作りも出来るかもしれないと、喜び勇んでやってきた。
「お帰りなさいませっ!」
 ぽややんとした同年代くらいのミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は、上品な執事服のサイズが合わなかったのか手が隠れる上着は脱いで袖を捲り、髪は後ろにまとめている。ベストとタイでしっかり正装をするものの、やはりどこか柔らかな空気が漂うからか駆け出しのフットマンのような印象だ。
 けれども、お嬢様の経験などないミーナにはそんな些細なことは関係無い。男装とは言え正装した可愛らしい男の子がお嬢様扱いしてくれるのはとても楽しく、いつどのタイミングでお嬢様らしい我が儘を言って困らせてみようかと緊張気味に会話をする。
 端から見ていたルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)は、意外に仕事が出来るミレイユを心配そうな目で見ているんじゃないかとシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)を見るが、その態度はあまりに面白くなかった。もっとミレイユを心配したり、あまつさえメイド服を着ているのだから恥じらってみたりするのかと思ったが、彼は毅然とした態度で黙々と接客をこなしていく。つまらなそうに見てくるルイーゼと目が合っても、顔色一つ変えず空いた食器をキッチンへ下げる。
「悪かったですね、女装は初めてでは無いのですよ」
 だとしても、堂々としすぎでは無かろうか。今日ばかりはこの2人をからかって遊ぶのは無理かも知れないな、と思ったとき恵美が黙ったままミレイユを見つめているのが見えた。当の本人はミーナにお店で出しているお菓子がどのくらい美味しいかを材料や食感を交えて詳しく話しており、何より鈍いところがあるのでお菓子に興味を持っているのだろう、くらいにしか思って無いだろう。
(しょーがないなぁ、こんなときに限ってシェイドくんいないし……)
 自分自身もミレイユと同じく執事に扮している以上、ここは真面目な青年を気取って引き離すべきかと、ポニーテールを揺らして素早く恵美の前へ現れると、そのまま軽やかに膝をつく。
「申し訳ありませんお嬢様、この子はすでに売約済みなんです。こちらでお許し願えませんか」
 来店記念のプレゼントにオレンジのガーベラを添えて差し出せば、恵美は少し頬を赤らめ包みではなくルイーゼの手を取った。意図しなくとも花には我慢強さという意味もあって、今までパートナーの世話に育児にと頑張ってきた恵美の我慢強さをたたえているようで、伸び伸びと手を広げるように咲き誇るガーベラに勇気をもらったようだ。
「あっ、あの……! 私、あなたに一目惚れをしてしまったようで……その、何処かにお出かけ出来ればいいなぁ、なんて」
 正直に気持ちをぶつけてくる彼女に驚かされたルイーゼは、きょとんと見つめるミレイユを助けようとして声をかけたはずなのに、何がどうなっているのかわからないと言う様子。
(あたしとしては構わないけど、コレ男装なんだけどな〜? ま、面白そうだしいっか)
 悪戯好きの彼女に掴まってしまったのが運の尽き。男装してるとも知らない恵美はクールを装うルイーゼに翻弄され、フロアに戻ってきたシェイドは何か恐ろしいものを見てしまったかのように他人のフリをし続けるのだった。

 そろそろお昼時も過ぎ、幾分か客入りがまばらになってきた。とはいえ休日の今日は空京へ出かけている人も多く三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)もデパートへ寄った帰りに甘い物を食べてゆっくり出来ればと偶然訪れた。
「わーっ、やっぱりお休みだから喫茶店混んでるね! なんかお店も店員さんも可愛いしっ」
 喜ぶのぞみの後ろで、買い物に付き合ってきたミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)が荷物を持ち直しながら中を覗くとギョッとする。表から見れば確かに普通の喫茶店。中に入っても確かにお茶は振る舞われているが、店員の服装は気合い入りすぎているし何処かしこから聞こえてくる「お嬢様」とか「旦那様」と言う言葉。
「いや、ここ、違うだろ……」
 普通の喫茶店じゃない。そう言いたくてものぞみは気付かず嬉しそうにしているし、散々買い物に引っ張り回されて疲れている。休憩出来るなら構わないかと諦めにも似たため息を吐いたとき、藍澤 黎(あいざわ・れい)が袴姿にフリルのエプロンで出迎えた。同じ女装でもメイド服よりはまだ恥ずかしさも少ないし、熾烈な交渉の末なんとかフリルが少なくサロンエプロンという形で極力スマートな形での女装をすることが出来た。しかしながら、薔薇学生であることを誇りにする彼にとっては、それでも屈辱的な格好なのかもしれない。
「わぁっ、和装の子もいるんだ! それじゃあ和室もあるのかな?」
「お嬢様の望みのままに。お好きな席、お好きなスタッフを手配しよう」
 ミカよりも背の高い女性が出迎えたことになど違和感を持たず、寧ろ「モデルさんみたい」だと喜んでいる様子を見ると、女装であることに気付いてないのだろう。それはスマートに接客をする上では喜ばしいのかもしれないが、なんとなく男としての自信を喪失しそうにもなる。
 ひとまず席へ案内しメニューを差し出せば、お嬢様扱いが普通ののぞみは目を通さずミカへと差し出す。
「今の季節のオススメは何かしら? そのケーキに合う紅茶をお願いしたいな」
「季節の、となると……やはりクリーミーに仕上げたフルーツムースのケーキだろうか。ダージリンなら濃厚なクリームやフルーツの酸味がより良く紅茶の風味を引き立てると思うのだが」
 料理は出来なくとも、紅茶に煩いパートナーもいるし散々練習もした。淹れるのは覚束無いところがあるかもしれないが、本も熟読したおかげで組み合わせなどは自信を持って答える事が出来る。すぐに返ってきた答えを満足そうに聞くと、ミカもメニューを閉じる。
「俺はスコーンと、紅茶は同じものを」
 オーダーをとり一礼して下がる黎と入れ替わりで、ルドルフが数枚の紙と筆記具を持って訪れた。
「ご来店頂きありがとう。この店は薔薇の学舎が協力しているので、良ければアンケートにご協力頂きたいのだが……」
「えっ、薔薇の学舎が? でも店員さんは女の人じゃ……」
「彼もうちの生徒だよ。少し変わった趣向をした店でね」
 さすがにそこまで普通の店から逸脱しているとは思わずミカはマジマジとルドルフを見る。けれどのぞみはお構いなく、ルドルフに質問を投げかけた。
「じゃあじゃあっ、ルドルフさんが可愛らしい格好をして持って来てくれたりするんですか?」
「残念だけど、僕は監督側なんだ。期待に応えられず、すまないね」
 アンケートを置いて去って行く彼を見送りながら、しないと言われた女装姿をぼんやりと思い浮かべて見る。優秀な人が多いと聞く薔薇の学舎の人なら何でも着こなしてしまうのかと、少し店員を眺めるのも楽しくなったようだ。

 日本庭園をモチーフにした野点には、男装した師王 アスカ(しおう・あすか)が少し遅れてしまったけれど大切なジェイダスの誕生日を祝おうと髪も服も気合いを入れてやってきた。服装こそスーツだけれど、やはり日本文化が好きなジェイダスのため和風の席でそれに似合う給仕として和風メイドでかつ長髪クールの美人タイプという願いを叶えてくれる呼雪を呼んだ。会話もジェイダスの趣味である茶道をセレクトするという懸命な誕生日会のプラン。それを見守るのは呼雪だけでなく蒼灯 鴉(そうひ・からす)もまた、野点がギリギリ見える縁側の席から様子を伺っていた。
 しかし、その姿がどうにもおかしい。アスカが執事喫茶に行くと言い出したまでは良かったものの、それがジェイダス絡みとなり心配で自分も潜入しようと思ったが、男の自分が足を踏み入れて良いのかと不安になり、犬猿の仲であるオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)に頼んでまで女装させてもらった。なのに来てみれば男装のメイドにい女装の執事と無法地帯で、アスカも男装で参加しているではないか。
 同行を頼んだオルベールもというからかいがいのありそうなメイドを見つけ、弄り倒してご満悦だ。
「……俺、女装する意味あったのか?」
「なによ、そんなに似合ってるくせに文句あるの? ねえ、光ちゃんだってアオコちゃんは可愛いって思うわよねー」
 水色の着物に長髪のウィッグをつけ、よくわからないメイクも施してもらった。こうして座って背の高さがわからないようにしてあれば可愛らしい女の子だが、彼の気持ちが痛いほどわかる光は自尊心を傷つけないように、どうう答えるべきかとあわあわしている。
 もちろん、そうやって困るだろうと思っての問いなのだから、オルベールはくすくすと笑いが止まらない。
「遅くなってしまってごめんなさい、ジェイダス様。確か今年で――」
 年齢を言いかけたアスカの口を手で覆い、ジェイダスは眉間にシワを寄せる。隣に控えているのが薔薇学生だからこそ、余計に聞かれたくないのだろう。その表情を見てこくこくと頷けば、ため息と共に手を離した。
「まったく、美しく化けた生徒たちをゆっくりと眺めることも出来ないな」
「そうでしたぁ、美しさの前では、そんなことは関係無いですよね〜。ふふっ、女装も男装も美しければ良いですよねぇ?」
「そうだな。……まあ、我が生徒たちの中には些か似合いすぎる者もいるようだが」
 芸術的な美しさを感じる者もいれば、確かな違和感を感じる者もいる。けれどもそれは追々考えることにして、今は彼女の持て成しを受けることにする。
 アスカも失敗にめげず、その美しさを引き立てるお役に立てばとプレゼントを差し出した。芸術家としての成長も見てもらえ、かつ美しい物が好きなジェイダスが気に入ったものを側に置けるようにクリスタル製のフォトフレームを用意した。外の席ということもあって、包みから出したジェイダスは拘った彫り細工が輝く様を見つめて目を細める。
「これならば、幼い芸術家の絵も映えるか?」
「ジェイダス様〜っ! そのことはもう忘れてくださいよぉ……」
 遠目から見れば、顔を寄せ合ったり突然のキスに驚いて拗ねるように胸を叩いてるようにしか見えないが、アスカを信じる鴉は嬉しそうな顔を見れることは喜ばしいと無表情で見つめる。しかし、その内側では嫉妬の炎が渦巻いており黙りこくる彼を放置してオルベールは光で遊びまくるのだった。

 突如現れたこの店を、一時の休息に利用するも大切な人を持て成したり特別な時間を過ごすのも人それぞれ。五十嵐 理沙(いがらし・りさ)はライバル店が現れたのかと、どんなメイドがいるのか期待してやってきた。とは言え、理沙がやっているのは蒼空学園の家庭科室を借りてのメイド喫茶。さすがにこの規模のメニューや調度品は揃えられないかもしれないが、可愛らしいメイドの引き抜きはできるはず。もちろん、リサーチに来ている以上はここのメイドが女装した男の子たちだというのは分かっている。
(基本可愛い小柄な女の子をメインにメイドちゃんをしてもらっていたんだけれど、こんなに可愛いなら男の娘メイドも……)
 目を輝かせて本郷 翔(ほんごう・かける)を見る理沙は、はたと思考を止める。今日は異性装と聞いていたので、出迎えてくれたのは随分大きく美人なメイドさんだった。けれど今、紅茶を運んでくれた翔は小柄で線の細い、バッチリメイドとして通ってしまいそうな子だ。
「ねね、ここの店が終わったら、別のトコでメイド喫茶の店員やってみたいと思わない?」
 挨拶するより早くそんな質問を受けて、トレイからポットなどをおろさないまま固まってしまう。後ろに控えていたソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が頭1つ飛び越えている長身を活かし、理沙の隣に座るセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)へウィンクを1つ。
「それは素敵なお誘いですね。お嬢様たちのお世話が出来るなら、喜ばしいことです」
 理沙がネイビーのパンツスーツでちょっとクールな感じにまとめていると、言動からは女の子と伝わってきても自分と同じくらいに背丈があることも相まって、どうしても可愛らしくふんわり春っぽい淡い色のワンピースを着たセレスティアに目は向いてしまう。
 もっと博愛の精神を持たないと、と思っているソールが繋いでくれた間で気持ちを整え、翔はカップを並べおえた。
「メイドには観賞用の意味合いで手元に置かれる方もいるでしょうが、個人的には仕事ぶりも評価して頂きたいところですね」
 代々優れた執事を輩出してきた家系として恥ずかしくないよう、今回の講座もずっと補佐する形で関わってきた。けれど、普段家事をしない人には多少なりと教えることがあっても自分はまだ修行中の身。こうした力試しの場は女性の立場といういつもと異なる視点なので緊張する。
「……わぁ! お任せしちゃったけど、これローズティ? 色も綺麗だし、何といっても香りがいいわっ」
「はい、ケーキはシブーストを気にされてるようでしたので、ふわっとした口当たりに合うゴージャスな香りの物を選びました。それから、ミルクティーはチーズタルトに合うようさっぱりとした口当たりのニルギリを」
 翔の説明を聞くセレスティアは、頭の中でレシピを構築させていく。ミルクティー1つとってもお菓子に合わせて葉を変える心配りは家庭科室でも出来る事だし、何よりこの焼きたてのチーズタルトはチーズの重さを感じさせないように爽やかな酸味を残すオレンジピールが細かく刻んで入っており、チーズの酸味と合わさっても強くならない按配。この配分はとても難しそうなので1口1口大事に運ぶ。
 2人が違う注文をしたことでメニューの偵察も出来たし、何よりこの可愛らしくて心配りも十分出来るメイドにも会えた。ここで引き抜かなければ後悔すると、もう1度翔に頼み込む。
「手が空いているときだけでもいいの! うちでもメイドちゃんやってくれないかな?」
「メイドで、ですか……執事として修行している身としては、即答致しかねますね」
 困ったように笑う翔に、せめて記念撮影をと押し切り、4人仲良く写真に収まってみる。慣れぬ女装に恥ずかしがる翔と材料を分析するのに夢中になっていたセレスティア、メイドの格好にも関わらずクールな流し目でポーズを決めるソールに1番嬉しそうな理沙。なんだか少し共通点の無い4人だけれど、誰かを持て成したいという心意気は変わらない。そんな仲間になれるかどうかは、4人次第だろう。



くもりガラスの向こう側


 上機嫌なジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に連れられてやってきた喫茶店。噂になるほどの店なのかと、なんの予備知識も無く入店した林田 樹(はやしだ・いつき)は1歩入ってジーナに真意を問いたかった。
 ガサツで女の子らしいことをするのは苦手な樹を、出迎えるスタッフは口々にお嬢様と呼ぶ。一体なんの試練でこんな目に合わなくてはいけないのかと反射的に逃げ出しそうになるが、可愛らしいカーテンやテーブルクロスに盛りあがるジーナに引きずられるようにして席についてしまえば、樹も諦めがついた。
 幾人か見知った顔がいるような……と怪しい者を見る目つきで様子を伺っていれば、オーダーを取りにきたのは胸をきっちりと潰し執事服を着た京子だった。
「いらっしゃいませ、こちらがメニューになります……って、あれ?」
「双葉様!? お手伝いしているとは聞きましたが、どうしてそんな……」
「えへへ、ここは異性装の執事とメイドがいる喫茶店なんだよ」
 深々とお辞儀して、少しはらしく振る舞えるよう凛々しくなるように心がけているが、何やら樹もジーナも頭を抱えている。
(……そうか、やはり先程見た女史そっくりの執事はご本人だったのか)
(い、異性装ということは椎名様はメイド服ということで……いくらフリフリが正義でも! 椎名様は!! ……見たいようで恐ろしいですわ)
 そんな2人を置いてパラパラとメニューを見ていた新谷 衛(しんたに・まもる)がパタリと閉じ、にっこりと微笑んだ。
「2人ともこんなだし、色んなの味見出来るように選んで出してくれると助かるな。あと、可愛い女の子も――」
「何言いやがりますかバカッパ! 双葉様、最後の注文はお忘れくださいな」
 メニューを取り上げて殴りかかるジーナを見ればいつも通りだけれど、こうしてわざとらしくからかいでもしないと何処か雰囲気がおかしい。けれど本人は凹んでいることを悟られたくないのか忙しなく樹に話しかけるので、衛は好みの女性客でもいないかと辺りを見回す。すると、先程までメイド服を着ていたスタッフが和服になって出てくるのが見えた。
「おい、じなぽん。あそこで和服着れるみたいだぜ」
「は? 何を言ってやがりますかこのエロガッパ。そんなの従業員用に決まって」
「行って見なきゃわかんないだろ。なあ、いっちー?」
 ジーナを無理矢理立たせて樹から引き離すと、衛はずんずんと人が少ない通路へ向かう。当然引っ張られるジーナは怒り心頭で、テーブルなどぶつかる物が無い場所まで来ると無理矢理払いのけた。
「一体どういうつもりなんですか! 樹様をお1人残して――」
「そのいっちーのせいで無理してるから。まだ割り切れねぇのか?」
 確かに樹は大好きだし、憧れてもいて誰よりも幸せになってほしい人。あのバカに幸せに出来るかは疑問ではあるけれど、良い変化を感じるのなら応援しなきゃいけないと思うし、その気持ちは日に日に寂しいから羨ましいと感じるようになってきている。
「も、もしさ。誰かと付き合ってみたいって思ってるなら、オレ様ならフリーだし試しにデートでも……」
「……っ、人が真面目に話そうとしたのに、いつものナンパなんて良い根性してやがります!」
 渾身の一撃をお見舞いして和服も見ずに席へ戻るジーナは、衛がいたことなど忘れて樹の近況を聞こうと相手が照れまくるにも関わらず質問責めにする。倒れ込んだ衛はと言えば、これはこれで絶景なんだろうなぁと通りすがる女の子を下から眺めようとしたものの、異性装であることを思い出し、飛び起きて機嫌を直せるものを考えるのだった。

 和服に着替え直し約束の時間に備える椎堂 紗月(しどう・さつき)は、和室の景観を損なわないように薄めに、淡い色の物でメイクを整えた。つい女装と聞くと力が入ってしまうのだが、それでも鬼崎 朔(きざき・さく)の喜ぶ顔が目に浮かぶようで気合いをいれるようにまとめ上げた髪にかんざしを挿した。
 きっと朔は、プレゼントした桜柄の和服を着てくれるはず。それに合う日本庭園が見える和室があって、そっちのほうが落ち着いているならゆっくりと彼女を持て成したいじゃないか。椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)の髪をまとめ、2人揃って準備完了だ。
 彼女のための席を整え、今か今かと朔がドアを開けるのを待つことしか出来ないのが、なんだか落ち着かない。
(……ここが、紗月が働いてる店)
 色とりどりのチョークでお勧めメニューが書かれた黒板が入り口に立てかけられ、レースのカーテン越しに長身のメイドが行き来する姿が見える。一体紗月はどのような格好で持て成してくれるのかと、朔は少し緊張気味にドアを開けた。
「お帰りなさいませ、朔お嬢様」
 柔らかな微笑みを浮かべてから、ピンと背を伸ばしたまま頭を下げる姿は様になっていて、自分よりも着慣れた和服姿にプレゼントを上手く着れているのかと心配になってしまう。
「あ、ありがとう……でも、どうしてわかったの?」
「お嬢様のことですから……なんて。約束の時間が近づいたので、落ち着きなく窓側ばかり歩いてましたよ。お顔を拝見できて安心しました」
 そのままさりげなく手を取って和室へ向かう2人をスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)はキラキラとした目で見つめていた。
「お2人とも綺麗であります! 和服というのは、とても美しく見せるのでありますねっ」
「……俺たちが着ているのは女物だ、それは少し違う」
 一緒に出迎えたアヤメは、やはり窮屈で男物よりも派手に見える刺繍に落ち着かないのか、安請け合いをしすぎたかとため息を吐きたくなる。
「そうなのでありますか? 可愛いので良いと思います! スカサハも新しく和ゴス? というものを着たのであります、どうでありますか?」
 女物を着ていても別に不思議がることもなく褒めてみたり自分のものと比べてみたり。無邪気なスカサハの前には、女装するのを躊躇っていたことでさえおかしなことに感じるから不思議だ。
「はぐれる……行くぞ」
「はいでありますっ!」
 元気に返事をするスカサハを、紗月がしていたように手を引いてエスコートする。ぶんぶんと振りたくなる衝動を抑えて、スカサハはしっかりとアヤメの手を握りしめるのだった。

 2日間受講してきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、最終日だからこそ接客される側を体験して楽しく仕上げたいとトランプを持って仲の良いエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)たちと訪れた。お菓子が大好きなクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は「みんなしてお菓子の城に行くんだな!?」と意地でも着いていくぞとエースの腕にじゃれついて、そんな微笑ましい様子をダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も眺めていた。
 繁盛している店内に入るやいなや、クマラが端から全部注文し始めるので一時はケーキで溢れかえったテーブルだが、なんとか1種類目を制覇することで落ち着いたようでテーブルは片付いてきた。
「次は和菓子のところっ! それからアイスにいって……あ、でもパフェは最後でプリンとかババロアが先かなぁ?」
「じゃあ少し賭け事をしない? 一番負けた人が皆に飲物を奢るの」
「それいいっ! オレ、ちょっと本気出しちゃうもんねー!」
 盛りあがるクマラを見て、ルカルカは近くの席でゲームに参加する者はいないか呼びかけてみた。別に金銭をかけるわけでもなく、得意な物を見せてくれるだけでもと声をかけると、渡りに船とばかりに樹が手を挙げた。
「ほっ、ほらジーナ! ゲームをするそうだ。こんな話よりも、たまには色んな繋がりをだな」
「そんなこと言って、あのバカとのことを誤魔化す気ですね!? わかりました、ワタシが勝ったら樹様には赤裸々に喋ってもらいますっ」
「あ、ならオレはじなぽんとのデート権をかけてー」
 続いて衛も手を挙げて、好き勝手に景品を決め始める。楽しそうなコイバナが聞けるのならそれも良いかもしれないと、ルカルカは新たに増えた3人と相席にしてもらい、ダリルがカードをきる。雰囲気作りのために持参したコイン型のチョコを配って、念のためポーカーのルールを簡単に説明した。
「人数も多いし交換は1回、2回目からは1回につき1コインね。カードは52枚にワイルドカードが2枚あるわ」
 一通りのハンドの説明もしたし、あとは実戦あるのみ! とカードが配られる。それぞれに目的があり真剣な目で配られたカードを吟味するも、やはり1つでも多くお菓子を食べたいと言うクマラが考え込んでいるようだ。参加人数が多い分、目当てのカードが回って来るのは考えにくい。それならば小さくても確実に狙えそうなハンドを取りたいものだが、折角とっても弱ければ同じ。ポーカーフェイスを貫き通す者や正直に顔に出てしまうもの、作戦の一部として顔色を変えるものまで様々で、中々に熱いバトルになりそうだった。

 和室の1番奥、四畳半ほどの小さな部屋に朔を通すと、見慣れない内装にキョロキョロとする。アヤメに促されるままに客座に座るも入り口で別れた朔がどんな持て成しをしてくれるか分からなくて、どうやって待っていれば良いのかわからない。
 遅れて、茶瓶と盆を持った紗月が入ってきた。扇子を挟み一礼してからテキパキと場を整えていく姿は、懐かしさからかどこか遠い目をしているようにも見える。
(紗月が可愛いのに格好良い……! いいな……何をしてくれるんだろう? 紗月ならなんだって嬉しいけど……)
 今日はお持て成しを受ける側で、デートとは少し違う。くっつきたくなる衝動を抑えるも、絵になる一連の動作を見て無意識に超感覚を発動してしまう。黒犬の尻尾がパタパタと堪えるようにゆっくり振られ、スカサハの連れる機晶犬のクランが興味津々にそれを見ていた。
「ちゃんとした庵ではないし、腕前も未熟ですが……始めさせて頂きます」
 紗月の礼に反射的に頭を下げると、真剣な眼差しでお茶を点てていく。その凜とした表情とまとめ髪がまた朔の心を掴んだのか、耳をピンと立てながら尻尾の勢いは増す。
 手伝いとしてアヤメが朔とスカサハに茶菓子を配るも、朔はそっちのけで食い入るように紗月を見つめるし、スカサハは正座に耐えきれずアヤメの膝の上でゴロゴロと転がってじゃれている。
 貸し切りの茶室の中、4人はゆっくりとした時間を過ごす。頃合いを見計らって紗月に渡そうと持って来たカナン・ゼフィランサスは、今はまだ出番を待つように朔の近くに置かれた紙袋の中で静かに佇んでいるのだった。

 お互いの表情や心情を読みあい、最高だと思った手札。広げたときの悲鳴は嬉しいものも悔しいものも様々で、店内はいっそう賑やかになった。
「えっへへー、オレからお菓子を取り上げようなんて、そうはいかないもんね!」
 ひらひらとカマルが自慢げに見せる手札はフォー・オブ・ア・カインド。ツーペアやワイルドカードを使ってやっとストレートといったメンツの中では1番のカードだ。
「キーッ! 人に交換を勧めておいて……そそのかされなければ、せめてフラッシュが揃いそうでしたのに!」
 ジーナはどのハンドを狙うか迷っていたところ、クマラが交換して良いカードが出たと喜んでいるのを聞いて少し大きなものを狙ってしまった。クマラは真剣に考え込んでる隙を狙って1枚だけ交換し、元々揃っていたハンドをさも交換したことで揃ったようにして喜んだのだ。
 子供が無邪気に喜んでいる様子を見れば、誰だって微笑ましく思い同じように夢を見る。その作戦に引っかかってしまった素直な面々は次はどんな手で勝ちを狙おうかと策を練る。
「負けは負けだもんね……でも! お菓子を奢るのは手持ちのコインが無くなったらよ。ルカは今回、このカードでダーツを成功させるわ」
「ダーツ? カットする話は聞くけど、壁に刺さるのか?」
 ふふ、と含み笑いをするルカルカは芸を披露するために持って来ていたシート状になったダーツの的を壁に貼らせてもらい、立ち位置を決める。ダリルは心配なさそうに余裕のある笑みでルカルカを見るも、やはりカードが刺さるというのは想像がつかないのか、近くの席からもダーツの的とルカルカを交互に見る視線が飛ぶ。
 自信ありげに左手で髪を掻き上げ、そこへ視線が集まるうちに右手で氷術の範囲を収束させる。カードを構えるのにパフォーマンスの一種として大きく腰元から弧を描くように頭上へ持ち上げる途中で、収束させた氷術を指先からカードの先端にかける。あとはそれがバレないうちに、手首のスナツプ利かせて投擲すれば完璧だ。見事にブルーアイズ近くに刺さった腕前も合わせてルカルカに拍手が飛ぶ。
「さ、あとのみんなは何を見せてくれるのかしら?」
 この試合で興味を持った人を再び巻き込みブラックジャックなど種類も変えて楽しむ一時。それは仲間の部屋でくつろぐときとはまた違った楽しさがあるのだった。

 祝いの言葉も伝え、所用があるので見て回らなければならないと言うジェイダスの邪魔をしないよう手短に誕生日会を済ませたアスカは、店を出てまとめていた髪を解く。爽やかな風を浴びて伸びをすると、後ろからは聞き慣れた声。
「……もう、いーのかよ」
 けれど振り返った先には長身の麗人がいて、誰かと勘違いしているのかと小首を傾げると、会計を済ませたオルベールも出て来た。
「えっ、もしかして鴉、なの〜!?」
「悪かったな! アスカが執事喫茶に行くとか言うから、こんな格好してまで見に来たんだよっ!」
 ジェイダスには恩人に対する友愛を感じてはいるけれど、やはり彼氏としては自分以外の男と2人きりでいられるのは心配なのだろうか。そう思うとなんだか可愛くて、アスカは鴉へ駆け寄った。
「ただいま〜鴉っ!」
 ぎゅっと抱きついてくるアスカに面食らいながら人前だと引きはがそうとするが、その腕には力がはいりそうにない。オルベールは「ごちそうさま」と呟きながらその2人を置いて、また面白そうな物を探し歩くのだった。