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眠り王子

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眠り王子

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●パトニー盗賊団をぶっつぶせ! 5


「……く、くそ……なんなんだ、あのヤロウどもは…」
 シレンたちパトニー盗賊団は、すっかり敗走を余儀なくされていた。
 ちらちらと後ろを振り返り、追撃がないか目を配る。

「――ん?」
 ふとあることに気がついて、シレンは走るのをやめた。
「どうしたんです? シレン親分」
 しっかり並走していたスレヴィが、その場で足踏みしながら止まった。
「いや……なんだか人数が…。こんなに少なかったか?」
 戦場を抜けたときには、もっといたと思ったんだが、と首をひねる。
 算数は得意じゃなかったが、それでもパッと見た感じ、あきらかに人数が減っていた。
 たしか半数以上残っていたはずなのに……今は80人ほどしかいない。

 それもそのはず。
 盗賊団に前もって潜入していたシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)矢野 佑一(やの・ゆういち)の「あんなやつが頭で本当に大丈夫なのか?」といった根回しによる裏切りが、今度の敗走によって微妙に効いてきていたのだ。

 そしていよいよ、もう1つの作戦を実行するときがきた。

「くそッ! なんだってーんだ! こんなときに脱走かっ?」
「作戦が失敗し、敗退すれば、トップの求心力が衰えるのは自然なことだ」
 ここぞとばかりに背後から忍び寄ったシュヴァルツがささやく。

「なんだとっ!? まだ失敗しちゃいねえ!! 作戦は続行中だ!!」
「おや。そうだったのか?」
 うっすらと笑いを浮かべ、シュヴァルツは横目でシレンを見る。
「そうとも! 今からオレたちはあの塔へ向かうんだ!!」
「ほう」
 ビシッと塔を指差すシレンに子分たちの注目が集まっているか、ちらと肩越しに確認して、シュヴァルツはここぞとばかりに少し大きめの声でささやいた。

それはまた一途なことだ。並の指揮官であれば、いったん隠れがへ退いて体勢の立て直しを図るだろうに」
「おうよ! オレは並じゃねぇからなっ」
「いやはや。一途な想いとは恐ろしいものだ」

 ふんぞり返るシレンとシュヴァルツの言葉に、ザザザッと子分たちが後ろへ退いた。

「そんなにもあの美しい王子を手に入れたいのか? よほど執着しているとみえる」

 再び、ザザザザザッ。

「――おい。テメェ、何が言いたい?」
 いかな鈍いシレンでも、さすがにシュヴァルツの言い回しに奇妙さを感じたようだった。眉をひそめ、シュヴァルツを凝視する。
 そもそもこんなヤツ、うちの団にいたか?

 シュヴァルツはまぁまぁとなだめるようにてのひらを見せながら一歩ひいた。
「いやなに、王子を手に入れるというためだけに、これだけの数の盗賊たちを統率できるおまえの能力に感心しているだけだ」
 答えつつ、後ろに視線を投げる。
 子分たちは自分たちから距離をとり、ざわざわと何事かをささやき合っている。
 おそらくは先の根回しで味方につけた裏切り者たちが動いているのだろう。

 いわく「シレンもまた王子に恋慕していて、それで手に入れようとしているのだ」と…。

 これぞ佑一たちの用いた秘策。名付けて『なんということでしょう、シレンも薔薇だったのです』作戦だった!

「……前々から怪しいと思ってたが、頭の男好きは本当だったのか」
 そんなささやきもこぼれ聞こえてくる。
 事実かどうかは問題ではない。ようするに、今このときだけ疑いと不信感をくさびにできればいいのだ。

「まぁ、あれだけの数の男たちが塔を目指すほどだ、そうまでしておまえが手に入れたいと欲する王子は、相当なものなのだろうな」
「そうとも! ありゃあほんとにいい金ヅルだぜ――って、なんだ!? コラァ!?

 目をむくシレンの前、子分たちは脱兎のごとくその場から逃げ出していた…。

★          ★          ★

「このオレが薔薇ってなぁどういう思いつきだ、アホンダラァ!!」
 かき集めた子分たちを前にシレンが雷を落としていた。

「オレぁ何度も言っただろーが! ありゃ売りモンだ!! 氷づけにしてあの姫君どもに売っぱらうんだよ!!」
「そのことなんですが、シレン親分。俺、い〜い案を思いつきましたよっ」
 本当は、盗賊団に仲間入りする前から思いついていたのだが。
 さもたった今思いついたというふうを装って、スレヴィは提案した。
「どうせなら呪いをかけた女王とやらに売り飛ばしてはどうですかねっ? 大国の女王だし、あんな呪いをかけるほど執着している女だ、きっとさっきの姫君の倍……いや、3倍は出しますぜ!」
「3倍か…」
 ふーむ、とシレンは考え込むフリをする。あくまでフリだけだ。この男にそこまでの想像力はない。

「姫君に渡す前に、話を持ちかけるんです。いくら出してもいいって言ってる姫君もいる、とか言って、2人を競わせるんですよ! きっと、どんどん値が天井知らずに釣り上がりますぜ!!」
「天井知らずか! そりゃあいいな! ガハハッ」
 そこで残った子分たちを見た。
 30名そこそこだが、これでも並の盗賊団と同じか多いぐらいだ。いばらの森を切り開き、塔から王子を連れ出すには十分。

「よし! ヤロウども、塔まであと少しだ! 死ぬ気で突っ走れ!!」

「ぉ…おーーーっ!!」
 大分言わされてる感があったが、それでも子分たちは剣を突き上げた。

★          ★          ★

「あ、あれっ!」
 後方、地平線に沿って立ちのぼる不自然な砂煙を見つけて、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)が指差した。
「あれは――」
 オルフェリアの言葉に軍用バイクを止めた不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)は、指の先を追って目を細める。
「盗賊っ!?」
 その言葉を聞きつけて、同行していた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)ジャンヌ・ダルク(じゃんぬ・だるく)が、それぞれレッサーワイバーンと白馬から下りて、得物を構えた。

「ちっ。もうじき塔に着くってときになって、ようやくおでましかよ」
 そう口にしつつも、奏戯は少し楽しげだ。バイクにとりつけてあったブージを抜いて、構えようとしたらば――
「駄目なのですー!」
 オルフェリアが横から突き飛ばした。

 ごろんごろん転がる奏戯。

「い、いてて……オルフェちゃん?」
「不遇さんはッ、不遇さんは一刻も早く塔へ行って、王子様をキスで目覚めさせるのですっ!!」

「ええっ!?」
 寝耳に水とはこのことか。奏戯は立ち上がることも忘れてまじまじとオルフェを見上げる。
「これってうわさの眠り王子見学ツアーじゃなかったのっ? そんでついでに盗賊も退治しちゃおうとかっ。なのになんで俺様が王子とキスすることになってんの? あと、どうして俺様が「不遇さん」なのっ?」
 今までちゃんと名前で呼んでくれてたよね!?

「かわいそうな王子様を助けてあげられるのは、不遇さんだけなのですっ!」
「いやいやいやいやそんなはずないってっ! 俺様ってばちゃんと彼女いるんだから、王子の運命の人なはずないっしょ! 別の人に頼めばいいじゃん! そこの彼とか!! あと俺様不遇さんって何!?」

「――指差されてますよ、霜月」
 後ろからジャンヌが言う。
「いや、自分妻帯者ですから。もうじき子どもも生まれますし。彼よりずっと王子の運命の人である可能性はありませんよ」
「そうですか…」
 言いつつも、ジャンヌのレプリカディッグルビーの先端が自分の背中に向いてるのはなぜなんだろう? 霜月は冷や汗をにじませながら思った。
 もしかして納得してない? というか、その気あると勘繰られてる?
 なんだか視線が痛すぎるのは、気のせいなんでしょうか…。

「不遇さん! あのいっぱいの盗賊さんたちは、オルフェが一手に引き受けるので不遇さんは先に進むと良いのです! オルフェのことは気にしないでください! 不遇さんはただ、気合いを入れて、塔のてっぺんで王子様に頑張ってキスをするといいのです!!」
 そうこうしている間にも、盗賊たちはもうかなり近づいており、その顔つきまで見分けられるようになっている。
 オルフェリアは光条兵器のお玉を両手で握り締めた。
「オルフェちゃん、俺様の言うこと聞いてる!? 話と俺様の設定を壮絶スルーしないでオルフェちゃん!! あと俺様不遇さんって何ってば!」
「不遇さん! これはひと助けなのですっ! オルフェにはどうしてもできない、不遇さんにだけできることなのです! 頑張ってなのですっ!!」
 叫びながら、オルフェリアは勇敢にも盗賊を迎え撃つべく走り出した。
 ふと、途中で立ち止まり、振り返る。お玉を口にあてて、ほんのりと蒸気した顔でもじもじとこう言った。
「あと、あとで結婚式には呼んでくださいなのですよ! お友達代表としてセルマさんと一緒に『てんとう虫のジルバ』を歌って躍らせてもらうのですっ」

  ――なんだそりゃ。

「約束しましたよーっ」
 言いたかったことは全て言いきったと、きらきら輝くばかりの満面の笑顔で背を向け、オルフェはもう二度と振り返らなかった。

  ――奏戯、一切応じてないんですケド。

「自分たちも行きましょう、ジャンヌ」
「はい」
 霜月とジャンヌが、一歩遅れてあとに続く。

 残されたのは、引き止めようと思わず手を伸ばしていた奏戯だけ。
 ここでようやく奏戯は、自分がまだ地面にへたり込んだままだったことに気がついた。
「………………」
 ぱんぱんと土を払って立ち上がる。その両肩が、見るからにぶるぶる震えていた。

「………………あーもー行きゃーーいいんだろーーー!! やってやるよ、ちくしょーーーーっ!!」

 オルフェちゃんのばかーーーーっ!! いじめっ子ーーーーっ!! あと、不遇さんって何ーーーーっ!?

 奏戯は、糸のような涙を飛び散らせながら、うわーんと駆けて行ったのだった。

★          ★          ★

「くっそー! あいつらもさっきのやつらの仲間か!!」
 シレンは向かってくる3人を見て、歯噛みした。

 1人の女はなぜかお玉を持っていて、あんな物でどうにかなるとは思えなかったが、ほかの2人は大型の鎌に剣を持っている。
 先ほどの苦戦を思い出してギリギリ歯をきしらせたものの、すぐ彼は思い直した。
 相手はたった3人……いや、実質は2人だ。こっちは30人。
 勝てないはずがない。というか、絶対勝てる。

 シレンはくるっと振り返った。
「いいかてめェら! 気合い入れろよ!! 今度逃げたらどこまでも追ってって、見つけ次第ブチ殺してやっからなァ! コラァ!!」
「はっ……はいいいいいっっ!!」

 
 シレンに脅されたからというわけでもなかったが、彼らはとにかく頑張った。単純に、数ではこっちが勝っている、という考えがあったからだろう。体格的にも、痩躯の彼らより自分たちの方が上というのがあった。

「おまえら邪魔なんだよ!!」
 剣や槍、トマホークを手に、3人をとり囲む。
 彼らの相手をしたのは、主に霜月とジャンヌだった。かわいらしいふわふわの女の子でお玉しか持っていないオルフェリアは、いくら盗賊といっても斬りかかってはいけないのだろう。
 だがほかの2人は違った。
 特にジャンヌのレプリカディッグルビーのリーチは剣を持つ盗賊たちよりはるかに長く、容易には近づけない。
「マナーがなっていない、むさくるしいだけの男たちは嫌いです。かかってくるというのであれば、容赦しませんよ」
 女の細腕で操られているとは思えない巧みさでレプリカディッグルビーは縦横無尽に振り切られ、敵を斬り伏せていく。

「ええい!!」
 盗賊たちが苦戦しているのを見て、スレヴィは雷術を導き、これを放った。

「ああっ…!」
 高く掲げられていたレプリカディッグルビーが避雷針となったか、吸い込まれるように白光が集束する。とっさに手を離して難を逃れたが、手が、感覚が失われるほどしびれていた。
「ジャンヌ、大丈夫ですか?」
「ええ……なんとか」
 震える利き手を胸に抱き込んだジャンヌの前に、霜月がかばい立つ。

「はーっはっは! 俺たちの邪魔をするからだ! ねっ、シレン親分っ」
「そーだそーだ。うははははっ」
 胸を張ってふんぞり返り、2人が高笑ったとき。

 ヒュッと音がして、一陣の風が2人の左右を走り抜けた。

「うわっっ」
「ぎゃあっ」

 盗賊たちの間を2台の小型飛空艇がすり抜けると同時に悲鳴が上がる。
 戦場を抜けたあと一気に上空へ上がり、そこから反転して戻るという一撃離脱の手本のような戦法。それは、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)とそのパートナークレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)だった。

「見つけましたよ!! あなたたちがこの大荒野で略奪の限りを尽くしている盗賊たちですね!!」

「くそっ!!」
 新手の登場に、スレヴィが氷術で氷塊を作り出し、上空の小型飛空艇めがけて次々と放つ。対空ミサイルのように打ち出されるそれを和輝とクレアは機敏な操縦で避け、攻撃魔法を二分させると別々の方向から同時攻撃を行う。とはいえ、クレアは操縦で攻撃をするのは相乗りしている安芸宮 稔(あきみや・みのる)だが。
「わわっ…!」
 迫る2本の剣をスレヴィは地面に伏せることでなんとかかわしたが、完全にはかわしきれず、二の腕を裂かれてしまった。
「ちくしょう! 痛いじゃないか!!」

「あたりまえですわ」
 後方から飛んでくる氷術を避けながら、ちょっとあきれたようにクレアがつぶやく。
「こちらは私が。シルフィーと稔はあちらをお願いします」
「分かりました」
 反転し、スレヴィに向かっていく和輝と分かれて、クレアと稔の小型飛空艇はオルフェリアを囲んでいる盗賊たちに向かった。
「稔さんっ」
「はい!」
 稔が光術で目くらましをかけている隙にオルフェリアが離脱する。そこへ、低空飛行で突っ込んだ。

「うわっ…」
 彼らに当たる一歩手前で反転する。避けようとして転んだ彼らが塔を囲むいばらの森に近づくよう、わざと押しやった。
 そして、盗賊たちがまだ立ち上がれないでいるうちに、いばらへ向かって適度に出力を絞ったバニッシュを放つ。
 いばらが攻撃を受けたと思うように。
 思った通り、いばらはシュルシュルとツルを伸ばし、盗賊たちを絡め取った。

「う……うわわわわわっっ」
 森に引きずり込まれていく盗賊たち。
 それを見て、オルフェリアや霜月たちも視線を合わせて頷いた。
「えーいっ! あっちへ行くのですっ」
 光条兵器のお玉を光らせ、振りまくって盗賊をいばらの森へ追いやるオルフェリア。
 霜月やジャンヌも斬り結びながら盗賊たちをいばらの森へ後退させ、ツルに絡め取らせていく。

「ええい、くそッ!!」
 子分たちが次々とやられていく光景に、シレンが剣を抜いたとき。
「シレン親分、ここは一度退きましょう」
 裂かれた二の腕を押さえながら、スレヴィが進言した。
「逃げるってどこへだ!? やつらのあの乗り物を見ただろうが! すぐに追いつかれちまう!!」
 もっともな話だった。
 スレヴィはきょろきょろと辺りを見回し、塔を指差した。
「塔へ行きましょう! 王子を手に入れれば、やつを盾にして逃げられます!」
「そうか! 一発逆転だな!!」


「これでもくらえ!!」
 向かってくる和輝にぶつけるように、スレヴィは煙幕ファンデーションを投げつけた。
 和輝にぶつかり、小型飛空艇の中をコロコロ転がった煙幕ファンデーションは、シューーーッと白い煙が噴き出す。
「なっ…!!」
 避ける暇もなく、白煙の中心で、和輝は盛大に咳き込んだ。
 もくもくと周囲一帯が濃い煙の幕に包まれる。味方も敵も、一切判別がつかない。
 全員が白煙に包まれたのを見て、スレヴィが叫んだ。
「今です! シレン親分!」
「よっしゃあ!! うおおおおおーーっ!!」

 2人はわき目も振らずまっしぐら、塔に向かって駆け出していった。