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眠り王子

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眠り王子

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●塔を目指す者にも理由はいろいろあるわけで 4

「塔に閉じ込められた王子様を助けるのです!」
 クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は雄々しく龍骨の剣を掲げ、遠くに見える塔を指した。

 彼女は遠い遠い国のお姫様。
 剣術が得意で、魔法もかなりイケる。

「あの子を落ち着かせるには、もう結婚しかないのではないかと考えたのだが、あの様子ではどう見ても相手がいるようには…」
「本当に…。いくら強く元気にたくましく育ってほしかったとはいえ、育て方を間違えてしまったのかしら」
 しくしく影で涙を流す両親を見かねて、
「私は、私より弱い人のところにはお嫁には行きませんから!」
 と宣言して、国を飛び出してきた。

 なにしろ、もう名立たる者はほぼ全員倒してしまったので、自国ではお婿さん候補が見つからない。
 そういう武勇も近隣国に広まってしまっていたので、結婚の申し込みなどとんとない。
 武者修行も兼ねておとぎの国を回っていたら、全ての国の王子を制覇してしまった。

「とは言え、半数以上が既に婚約者がいたり結婚が決まっていたからだが」
 クリスの付き添いで一緒に世界を回らされているユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が、さらりと設定を補足した。
 そもそもクリスの歳で、まだ相手が見つかっていない姫君の方がおかしいのだと言わんばかりだ。

「ほかの人から奪うほど、困ってはいないのですっ」
「それはそうだが」
 だがこの塔の王子は違う。
 相手は決まっていないし、まだ戦ってもいない。
「どちらかでないと、国には帰れません!」

  ――そんなことはないと思うんですけど、まぁクリスがそう思うならそうなんでしょうね。

「だがクリス。どちらかといっても王子は薔薇なのだから、戦うしかないと思うが。寝ている相手を襲撃するのは、少々卑怯ではないか?」
 ぶしつけな視線でじろじろクリスを見る。
 武闘派クリスはヴァーチャープレートやパワードアーム、龍骨の剣で身を固めているが、その愛らしい面はどう見ても女の子のもので、おふれがきにある「外見性別:男」には該当しない。

「くちづける気はないんだろう?」

「あ、ありませんっ!! なっ……なんてことを言うんですか、ユーリさん!
 私は、運命のキスで目覚めたあとの王子と正々堂々戦うのです!」

「ああ。それで向かっているんだ」
 真っ赤になったクリスが、ちらりと視線を向けた先。
 2人の後ろを歩いていた神和 綺人(かんなぎ・あやと)が、くすくすと笑った。
 その笑い声を聞いて、ますますクリスが真っ赤になる。

「どうした、クリス。熱射病か? 顔が赤いが」
「……なんでもありませんっ」
 よけいなことを言わないでください! アヤに知られちゃうじゃないですかっ!


「アヤ、なんだか楽しそうですね」
 彼の守護天使、自称水神の神和 瀬織(かんなぎ・せお)が、横からこそっとささやいた。
「え? そう?」
 自覚はないらしいが、そう言って瀬織を見下ろす今も、綺人の口元は緩んでいる。
 というか、町でクリスたちと出会ってから緩みっぱなしだ。
「仲がいいなぁ、と思って。あのお姫様も感情表現が豊かというか、くるくる変わる表情とか見てて楽しいし。
 気持ちのいい人たちだよね」
「……ええ、まぁ。道連れとするには」
 瀬織は、ちょっと頷けない節を感じながらも同意する。
 なんだか、妙なものを感じてしまうのだ。特に、ちらちらとこちらを振り返ってくるあのお姫様から。

「世界中の王子様と会わないと家に帰れないなんて、かわいそうだよね。やっぱり彼らと同行することにして正解かな。ここは今、盗賊団が横行しているっていうし。塔の王子様に会えるように、手助けしてあげたいね」
 瀬織が感じているものは一切感じ取れていないと分かる、満面の笑顔の綺人を見て、瀬織は顔をそむけた先でほうっとため息をついた。

(アヤはのんきなのです。盗賊団の討伐に向かっているだけのつもりなのでしょうが……いえ、それだけでも大変なことですのに、あのような猛獣娘の手助けなんて…)
 あのユーリという男も、ちょっと信用がおけない気がするし。
 これは、いつも以上に気をつけてかからなければいけないかもしれない。

(わたくしはアヤの守護天使なのですから!)

 スカートのひだの間で、ぐっと握りこぶしを固める瀬織だった。

★          ★          ★

「えーと。たしかこの先だと思うんだけどー」
 広げた地図をガサガサさせながら、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は歩いていた。
「そんな歩き方していると、そのうち転びますよ」
 パートナーの凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)が諭すが、聞いている節はない。

「永夜?」
「んー? 大丈夫、今までコケたことないから――っと!」
 とか言ってるそばからけつまずいてるしっ。

 しかしそれでようやく地図からはずれた視界に遠くの塔が入って、永夜は足を止めた。
「おー、あれか!」
 地図はもう用なしと、ぱたぱたたたんでしまい込み。
「しっかし、なーんであんな、荒野の中に立っている塔の周辺から盗賊を追っ払わなきゃいけないんだ? わざわざ近づかなきゃいけない場所にも見えないが。相当の金銀財宝が隠されているとか何かか?」
「あそこにはこの国の王子が魔女の呪いで眠りについているからです」
「魔女の呪い? 何か悪いことしたのか?」
「いえ。単に、ふられた女性の腹いせです。自分のものにならないならだれのものにもしたくないとかいうやつですよ」
「へぇー女は怖いねえ――って、おまえずいぶん詳しいな」
「さっき通り抜けてきた町に、これがありましたから」
 と、引き破いてきたおふれがきを手渡す。

「ふんふん、絶世の美男子ルドルフ王子ね――――って、うわ! これマジか!? 薔薇っ!?」
「……あなた、本当に何も知らずに依頼受けてたんですね」
 目をむいて、鼻先をくっつけんばかりにおふれがきをまじまじと見ている永夜に、白影が呆れてため息をついた。

(薔薇が嫌いなのに良く引き受けたなと思っていましたが、このことを知らなかっただけですか。噂に無頓着なところが仇になったようですね)

「今、あそこには王子目当ての方々が向かっているのですよ。ようはその露払いをせよ、ということなのでしょう」
「うあー、マジかよー」
 まいったなぁ、と髪を掻きあげて、永夜ははーっと息を吐き出した。

「どうします? 返金して依頼を断りますか?」
「ったって、もらう物はもらってるしなぁ」
「それはそうですが、かといって断れないわけでもありません」
 その場合違約金を上乗せしないといけないだろうが、やる気の起きない仕事をした挙句、集中力の欠如で大けがをしたりしては元も子もない。やりたくもない仕事を我慢してしなければいけないわけでもないのだ。

 決めるのは永夜だと、返答を待つ白影の前、永夜は目を細めて塔を見、いかにも気乗りしないという態度で再び歩き出した。
 向かうはもちろん大荒野、塔だ。

「行くんですか?」
「行かないわけにはいかないだろ。それに、嗜好がどうあれ、盗賊に襲われて困っている人がいるのは事実だからな」
 もう受けてるし。
 依頼料使って武器も揃えてるし。
「どんな仕事であれ、受けた以上はこなすのがプロってものだ」

「――だ、そうですよ」
 白影は振り返り、岩の上に腰かけて串ダンゴをほおばっている月谷 要(つきたに・かなめ)に声をかけた。
 要はリスのほお袋のようにほっぺたをふくらませ、口をモグモグさせながら、んん? と小首を傾げる。
「行くの? 決定?」
「ええ」
「おっけー」
 ぴょんっと岩から飛びおりて、横につく。

「だれだ? そいつ」
 とてとてやって来る要を見て、初めてこの場に自分たち以外の者がいたことに気づいた永夜が、目を丸くした。
「さっき町で雇ったんです。この大荒野には200人規模のパトニーとかいう盗賊団もいるそうですからね。もし彼らと出くわしたときに2人だけでは心もとないでしょう」

「俺、流れの傭兵やってる月谷 要っていーます。よろしくー」
 握手しようと、さっと手を差し出されたものの、その手にアンコがついているのを見て、ちゅうちょしてしまう。
 要もそれと気づき、あわてて服でそれをぬぐった。
「そんじゃーあらためて。月谷 要です。よろしくねぇ」
「ああ…」
 にぱにぱと緊張感のカケラもない笑顔を振りまく要に、永夜は眉をひそめる。

「……おい、あれで本当に大丈夫か?」
 歩きながら、こそっと隣の白影にささやいた。
 要は自分のことが話題になっているのを知ってか知らずか、右手にダンゴ、左手に白い買い物袋といった姿で、2人の後ろについて歩いている。
 一応武器は携帯しているようだが…。

「――正直、私も少し心配なのですが……なにしろ安上がりだったもので」
「安上がり?」
「串ダンゴ2000本で契約しました」

  ――え? それって安いの?

 あの袋の中身はそれか、と、今度は胸焼けしそうな気分で要を振り返った。
「この町、今景気が悪いですからね。ダンゴも売れ残って賞味期限ギリギリ半額以下セール品でしたから安いものです。……あ、これ、彼には内緒ですよ?」
 こしょこしょこしょ、とひそめた声でささやき返す。

  ――大丈夫。要の胃袋は、たぶんピロリ菌も溶かしちゃうから!

★          ★          ★

 改造制服の黒いマントをたなびかせ、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は崖の上から大荒野を見下ろしていた。

 お約束的に太陽は真上で、お約束的に腕を組み、お約束的にふふふと笑っている。
 特に笑えることがあるわけではないのだが、なぜか前世紀のヒーローやらなんちゃらは、こういうとき含み笑っているものなのだ。それがお約束だ。

「ふふふ……大荒野に、それはそれは高い塔があると聞いてきましたが、あれがそうですね。しかも、そこは魔法の茨や罠のせいで登頂は困難だとか。そして今、そこに大勢の人が集まろうとしているとか…。
 そこまで人を惹きつけるモノがその塔にはあるのですね。
 いいでしょう! その塔の頂に立ち、皆を羨ましがらせるのは、この俺です!!」
 ぐっと固めたこぶしの親指で自分を指す。

 彼はもう、登頂を果たしたときのヒーローインタビューコメントまで考えていた。

「クロセルさんクロセルさん、教えてください。なぜあの不落の塔を攻略しようと考えたのですかっ!?」
「なぜなら、そこに塔があるからです!」
 きっとおとぎの国新聞一面の大見出しにも使われるだろう。
 早くもその瞬間が待ちきれない。

「とうっ!!」
 これまたお約束的に、クロセルは崖から飛んだ。
 崖がどんなに高かろうが関係ない。それがお約束だからだ。


 彼はひたすら塔を目指し、突っ走った。
 彼の駆ける後ろで土煙が上がる。
 略奪者たちにはいい目印だ。

「止まれ止まれ! それ以上進ませねぇぜ!」

「おや、さっそく現れましたね。あなたもあの塔を目指す登頂者というわけですか。負けませんよ。勝者はこの俺です」
 さらに速度を上げるクロセルに、略奪者たちは追いすがった。

「なめんじゃねーぞ、こらぁ」
 さすが大荒野で盗賊をしているだけあって、足腰が強い。

「ほほう、やりますね。フォームはめちゃくちゃですが、さすがあの塔を目指すだけはあります」
「いいから止まれやぼうず!」
 クロセルめがけ、トマホークが振り下ろされた。

「むっ」
 びゅんっと横を流れたトマホークに、初めてクロセルから笑みが消える。

「競技妨害とは! スポーツマンシップを持たない者に、登頂者たる資格なし!
 くらいなさい、正義の鉄拳ロケットパーンチ!!」

 ロケットパンチも塔の登頂には一切必要ないのだが。
 こんなこともあろうかと(これもお約束なので)腕に仕込んであったアイテム、ロケットパンチでライバルにマナーを文字通り叩き込んだクロセルは、再び塔を目指して一直線に突っ走ったのだった。