天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

リアクション公開中!

SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

リアクション


【五 努力に優る天才無し】

 結局、ワルキューレ対ワイヴァーンズの最終カードは、ワルキューレの2勝1敗で終わり、ワルキューレが3位に浮上する結果となった。
 これでもう、今季は両チームの直接対決は無くなり、後は3ゲームで追う上位2チームとの最後の6連戦を残すのみとなった。
 その上位2チーム、即ちブルトレインズとネイチャーボーイズは同じ時期に3連戦を戦い、1勝1敗1分で仲良く星を分け合っている。後は下位であるワルキューレとワイヴァーンズ相手に、星を取りこぼした方が優勝を逃すという雰囲気になってきており、いってしまえば、ワルキューレにしてもワイヴァーンズにしても、単なる星取り勘定の相手になりさがってしまっており、すっかり舐められてしまっている観があった。
 次の3連戦までには、少し間隔が空くということで、各チームの選手達は試合勘が鈍らないよう、紅白戦やシート打撃などで調整を行うのが通例であったが、しかし中には例外が居る。
 シーズン中であるにも関わらず、まるでキャンプの真っ最中でもあるかのような、ひたすら練習に次ぐ練習の嵐に自らの身を置いている者達が存在したのである。
 プロ選手という立場からすれば、これは狂気の沙汰としか思えなかったのだが、しかし当人達は至って真面目であった。
 例えば、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の場合。
 彼女はSPB最強のジャイロボーラーの座を射止めるべく、敢えてローテーションの中心から外れ、やや長めの登板間隔を取りながら、ひたすらジャイロの特訓に取り組んでいたのである。
 これまでの自己流ジャイロを改め、ツーシームとフォーシームの二種類のジャイロを学び直し、あの手この手を使って、最終的に目指すμジャイロの習得に心血を注いでいた。
 プロであるにも関わらず、まるで熱血スポ根漫画にでも出てきそうな気迫溢れる練習姿勢である。チームメイト達ですら、ミューレリアの全身から放たれる鬼気に圧倒されるという始末であった。
「今季は多少成績が落ちたって構うもんか! 私は絶対、エースになるんだ! 今はその為の投資期間だ!」
 ここまでいい切るミューレリアに、ワルキューレのブルペン仲間達はすっかり言葉を失っていた。
 そんな中で唯一、ワルキューレの犠打職人クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だけはミューレリアの気迫をさらりと受け流し、たまにいたずらをしようと近づいてくる。
「そぉんなに気張らなくってもさぁ、お嬢ちゃんならきっと、良いジャイロを覚えられるさぁ。それよりたまにゃあ、お兄さんと遊んでくんないかなぁ〜」
「却下!」
 次の瞬間、ミューレリアの投じた全身全霊のフォーシームジャイロが、クドの顔面に食い込んでいるという光景が、この三ヶ月間、一体何度目撃されたことか。
 だが実際のところ、クドは遊びたいという本音半分、そしてミューレリアがパンクしない為に、適度にちょっかいを出しているのが半分、というところであった。
 あまりに自らの体をいじめ過ぎているミューレリアの練習内容が、どうしてもクドには見過ごせなかったのである。
 これが秋季キャンプであるというのであれば、多少の無茶をしても誰も見咎めない。
 しかし今はまさにシーズンの真っ只中、それも終盤という大事な時期に差し掛かってきているのである。エース候補にここで潰れられては、この先お先真っ暗だ――クドは緩い表情の裏で、真剣にそんな危機感を抱いていた。
「ほ〜ら、お嬢さん。今朝は良いあんパンが手に入ったよ〜」
「却下!」
 そして今日もまた、顔面にフォーシームジャイロを叩き込まれるクドの姿が、人々の目に映っていた。

 同じくワルキューレ内には、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が毎日のように素振り地獄を自らに課しており、こちらもミューレリア同様、プロとしてシーズンに臨んでいるとは到底思えないような練習の日々を送り続けている。
 しかしアレックスの場合、ミューレリアに対するクドのような、過度の練習を抑えてくれるセーブ役は存在しなかった。
 本来であれば空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)がアレックスの状態を把握しておいても良さそうなものであったが、しかし元々はアレックスで遊ぼうという意図が最初にあった狐樹廊である。アレックスが少々潰れ気味になったとしても、然程気にはしないというスタンスを見せていた。
 一日千スイングという馬鹿みたいな数字を自らに課して、毎日素振りを続けているアレックスに、この日もまた、狐樹廊が半ば呆れた様子で、傍らのベンチから視線を送っている。
 アレックスの練習過多を止めるつもりはなかったが、千スイングのカウントを手伝うぐらいはしてやっている狐樹廊であった。
「はい、あともう3回……2回……1回……はい、終了〜」
 いささか間延びした声で千回を数え終えた狐樹廊に、アレックスはへとへとになりながらも、気持ち良さそうな笑顔を向けて、汗を拭う。
「いやー、今日もしっかり頑張った! 僕、凄い頑張った!」
「……後はそれで結果が出れば宜しゅうござんすけどねぇ」
 練習の為の練習にしてはならない、という意図を言外に込めた狐樹廊であったが、果たしてアレックスにはその意味が理解出来ているのか、どうか。

     * * *

 頑張っているのは、何もワルキューレの選手達ばかりではない。
 ワイヴァーンズでも、実は似たような光景が繰り広げられていたのである。
「あぁー! もーぅ! ちっとも遠くに飛ばなーい!」
 パークドーム脇の室内練習場では、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が夜遅くまで打撃練習に取り組んでいた。
 毎日のように長時間の打撃練習に取り組んでいるミネルバであったが、疲れは残さないようにしている。というのも、彼女は練習の際にはリジェネレーションを駆使して、体力を回復させながら練習を続けていたのだ。
 しかし、練習方法に工夫は出来ても、打撃の内容そのものは、中々日進月歩という訳にはいかない。
 練習相手には、先日ワイヴァーンズでの入団テストで見事合格し、この程晴れて支配下登録選手として名を連ねたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が務めていた。
 ふたりとも、広報部の司令塔である円のパートナーであったが、円だけが裏方に徹し、ミネルバとオリヴィアが選手として頑張っているという構図が出来上がっていた。
 さて、そのオリヴィアであるが、彼女は遊撃手ではあるが、ミネルバとの練習の際には投手役を買って出ていた。
 元々遊撃手というポジションは一塁への速い送球が求められる為、強い肩が要求される。そういう意味では、ミネルバの相手として投球練習を繰り返すのは、オリヴィアにとっても良い練習となっていた。
 ところが、本職の投手ではないオリヴィアの投球に対してさえ、ミネルバはまともに打球を返せないという状況が続いている。これはこれで、大いに問題であった。
「ミネルバ……頭と体、両方使うべきよ。適当に振り回してたんじゃ、ただの大型扇風機と同じよ」
「そんなこと、いわれたって〜!」
 オリヴィアにぴしゃりといい放たれ、ミネルバはベソをかきそうになった。さすがに精神的な疲労は、リジェネレーションではどうにもならない。
 と、そこへ意外な人物がのっそりと姿を現し、ふたりの練習に首を突っ込んできた。
「なんだなんだ……フォームがバラバラじゃないか。そんなこっちゃあ、対戦形式の練習をする以前の話だ」
 つい先程まで、パートナーの光一郎と共に志願特守をこなしていたオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、ミネルバの打撃フォームを、顔をしかめて指摘してきたのである。
 既にチームメイトとして見慣れているミネルバは顔色ひとつ変えなかったが、普段あまり接する機会が無いオリヴィアは、歩く巨大錦鯉然としたオットーの姿に、ぎょっとした表情になっていた。
 しかし、オットーの外見のことをあまり細かくいっていても仕方が無い。それよりも、彼が指摘したフォームの問題の方が、遥かに重要であった。
「貴殿のスイングを見させてもらっていたが、体重移動がなっとらん。上体で前のめりになるように振っているから、バットに力が乗らないのだよ。それではいくら真っ芯で捉えたとしても、長打は難しいぞ」
 オットーの指摘に、オリヴィアはすっかり目を丸くして、思わず口の中で感嘆の声を漏らした。ところが、指摘を受けた当のミネルバはというと。
「……ごめんちゃい、鯉君。よく分かんないから、もうちょっと分かり易く教えてちょ〜だい!」
 その反応に、オットーはやれやれと小さくかぶりを振った。どうやら彼は、ミネルバから乞われるがままに、手取り足取り指導してやろうというつもりらしい。