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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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【九 戦国時代】

 ワイヴァーンズとワルキューレが、上位2チーム相手に連勝し、ゲーム差が一気に縮まってきた。
 それまでは、この両球団のシーズン成績と選手層の問題から、あっけなく連敗して優勝戦線から完全に脱落するだろうと目されていたのだが、ここにきて驚異的な粘りを見せている。
 特にワルキューレは首位のブルトレインズに連勝し、波に乗っていた。ここで一気に3タテを食らわせれば、球団消滅どころか、優勝の目が出てくるのである。
 チームの誰もが貪欲に勝ちを狙いに行こうとする姿勢が、ここにきて復活していた。
 対ブルトレインズ最終戦の先発マウンドは、葉月 エリィ(はづき・えりぃ)。実はエリィもワイヴァーンズの隼人と同様、スクランブル登板という形で、実に中二日で先発登板してきていた。
 当然ながら、疲れもあるし、肩の張りもある。だが、そんなことをいっていられる状況ではなかった。
 既に述べたように、ワルキューレにしろワイヴァーンズにしろ、選手層が圧倒的に薄い。であれば、レギュラークラス、或いは先発投手陣が火の車のように働かねば、この終盤を乗り切れないのである。
 そしてブルトレインズの先発投手としてエースにしてSPB最強のナックルボーラー、サルバトーレ・ウェイクフィールドが、ワルキューレ打線の前に立ちはだかる。
 この難敵を攻略しないことには、優勝などとても覚束ない。
(ミューがオープン戦で投げ負けた相手か……手強いけど、相手にとって不足無し!)
 マウンドに登り、この試合から先発マスクを被るようになっていた真一郎に向けて、頷きかける。対する真一郎も、気合十分の表情で頷き返してきた。
 エリィは、短いイニングで全力投球する腹を固めていた。
 ウェイクフィールドを相手に回してペース配分などを考えていたら、間違い無く投げ負ける。後のことは下手に考えず、とにかく一球入魂の勢いで投げ続けるしかなかった。
(よぅし……いっちょやってみるか)
 プレイボールがかかり、エリィはワインドアップに構えた。

 予想通り、対ブルトレインズ最終戦は投手戦の様相を呈してきた。
 エリィが4回までを0で抑えると、対するウェイクフィールドの変幻自在なナックルが、ワルキューレ打線を赤子の手を捻るように翻弄する。
「う〜ん……これだけデータを集めてみても、ナックルボーラーの前ではなかなか上手く活用出来ませんねぇ〜……」
 ダッグアウトの中で、霧島 春美(きりしま・はるみ)が頭を抱え込んでいた。
 相手が難敵中の難敵である以上、まずは徹底分析を加えた相手チームのデータ集を活用し、チーム全体で出塁にこだわって、何とか攻略の糸口を見つけようとしていた、のであるが――。
 しかし現状では、投げた本人もどう変化するのか予測不能といわれるナックルに、相当に手を焼かされているというのが実情であった。
 出塁に拘る、という点では、実はミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)も同様の作戦を考えていた。尤も、彼女の場合は足で稼ぐという特色があり、全員が全員、ミスティの策を用いることが出来るという訳ではなかったのだが。
「どうにもこうにも、手のつけようが無いわ!」
 4番を打つ馬場 正子(ばんば しょうこ)が凡退してきて、バットをケースに放り込みながら悔しそうに吼える。
 ただでさえいかつい容貌が、この時は更に凶悪な人相に見えて仕方が無かった。
「まぁやっぱり、正子さんのスイングだと、あの微妙な変化は厳しいでしょうかね〜」
「厳しいどころではない。まるで話にならんかったよ」
 春美の冷静な分析に、正子もすっかりお手上げといった様子で、筋肉が山のように盛り上がった肩を竦めてみせた。
 と、そこへ選手兼任コーチの福本 百合亜(ふくもと ゆりあ)が、春美を手招きして呼んでいる。春美は慌ててベンチを立ち、百合亜のもとへと駆け寄った。
「何ですか?」
「代打、いくで。準備しといて」
 見ると、カイが正子に続いて討ち取られた後、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)が四球を選んで出塁し、その後すぐさま盗塁を成功させて二塁を陥れていた。
 続く弧狼丸と真一郎が、急に制球を乱し始めたウェイクフィールドから連続で四球をもぎ取り、あっという間に二死満塁というチャンスを作り上げていたではないか。
 ここで先発エリィの代打として、春美がコールされたのである。
「きっちり、決めてきてくれよ!」
 エリィの声援を背中に浴びつつ、春美は慌ててヘルメットを被り、ダッグアウトを飛び出していった。

 このチャンスで、きっちり仕事をこなすのが、春美の強みであった。微妙に変化するナックルに負けじと食らいつき、叩きつけるバッティングで打球が高いバウンドを見せる間に、一気に一塁を駆け抜ける。
 当然ソーマはゴロ・ゴーのセオリーに従って、本塁を駆け抜けていた。
「やったぁ! 先制点だよ!」
 ソーマが大喜びでダッグアウトに戻ってくると、チームメイト全員がハイタッチで彼女を迎え入れた。
 結局、この回は春美の内野安打による1点のみであったが、ここから試合が動き始めたのは間違い無い。
 続く5回の表には、先発要員である椿 椎名(つばき・しいな)がリリーフとしてマウンドに登っていた。
「よし……皆でもぎ取った先制点だ。絶対、守り抜いてやるぜ」
 投手プレートに足をかけ、真一郎からのサインをじっと凝視する椎名であったが、いつの間にか超感覚が発動してしまっていたらしく、栗色の髪が漆黒の色合いへと変化していた。
 しかし幸運なことに、椎名の超感覚発動による身体的変化はユニフォームによって隠されており、見た目的にはまるで分からない。
 尤も、もしこれが審判にばれれば、公認野球規則8.02のb項が適用され、不正投球として反則を言い渡されることになる。
 ここで、この公認野球規則8.02のb項を紹介する。
 内容は以下の通り。
 8.02:投手は次のことを禁じられる。
  (b)投手がいかなる異物でも、体につけたり、所持すること。
 椎名の場合、ダッグアウトに入った時点では発動していなかった超感覚による尻尾や耳の発生が、マウンド上では異物の着用と見なされるのである。
 獣人のように最初から生えている耳や尻尾は異物とは見なされないが、試合開始後に生えた耳や尻尾は後付けの異物となる。
 もし超感覚の発動がばれた場合、同じく公認野球規則に従えば、即退場を命じられる上に、自動的に10試合の出場停止という厳しい処分がくだされるところであったが、今回だけは何とか誤魔化せたようである。
 但し、次も上手くいくとは限らないが。

 ところが、勝利の女神というのは気まぐれなものである。
 折角チーム一丸となってもぎ取った先制点も、相手の4番によるソロの一発で、あっという間にゲームが振り出しに戻ってしまった。
「なかなか、思った通りにはいかないものねぇ」
 ミスティがベンチで深い溜息を漏らす。
 そうこうしているうちに、再び投手の打順が巡ってきた。今度は椎名の代打として、クリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)がコールされた。
「ほほぅ、これはなかなか、美味しい展開で呼び出してもらったものでござるな」
 イコンを思わせる機械的な容貌ながら、その声音にはどこか、嬉々とした色が滲んでいる。
 というのも、直前の打席で真一郎が、ソーマを一塁に置いてエンドランを仕掛け、これを見事に成功させていたのである。
 そして現在は一三塁。一本出れば、局面が大きく変わる。二死ながら、勝ち越しのチャンスが巡ってきたところで、チームは代打の切り札を投入しようとしていた。
「どれ、ひとつナックルとやらを味見してくるか」
 その宣言通り、クリムゾン・ゼロは一発で仕留めてきた。単打ではあったが、ここ一番という勝負どころで、きっちり適時打で1点をもぎ取る辺り、流石は代打職人というべきであろう。
 1点勝ち越したところで、打順は1番に戻り、打席にはレティシアの姿が。ここでクリムゾン・ゼロの代走として、ミスティがコールされた。
「レティ〜。きっちり返してね〜」
「ほほぅ〜い。任せてちょんまげ〜」
 一塁上から呼びかけるミスティに、レティシアはどこか気の抜けた笑顔で応じるものの、結果は特大のセンターフライ。
 もうあとひと伸びが足りなかった。
 だが、この1点で十分だったかも知れない。

 この後、一軍に復帰していきなりスクランブル登板を申し渡された和輝が7回まで抑え、8回はセットアッパーのルカルカが、そして9回はクローザーのカリギュラが相手打線を牛耳った。

 結果:○ワルキューレ 2−1 ×ブルトレインズ

 この時点で、4チームが1.5ゲーム差内にひしめき合う大混戦に突入していた。いい換えるならば、SPBは初年度から残り3試合で、戦国時代を迎えようとしていたのである。
 抜け出すのは、どのチームか。