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【十二 接近・津田俊光】

 デュッセンは、知り得る全てを語りはしたが、彼にもひとつ、知らないことがあった。
 津田の行方である。
 既にこれまで得られた情報から、津田は自身の脳と脊髄を別の何かに移植し、生き永らえている。そして自らストウを盗み出し、アイスキャンディと化して、自身を破滅に導こうとした元パトロン連中を、次々に殺害しているのだが、デュッセンは津田が脳移植を受けていた事実を知らなかった。
 しかしそれでも、マデリーンと繋がりを持っていれば、いずれ津田と再会出来る――その判断から、デュッセンは自らマデリーンの保護を買って出たというのだが、今のところ、津田からの連絡は一切無いらしい。
 津田がアイスキャンディであることは、ほぼ間違い無い。では、今後津田と接触を取り得る可能性があるのはどこなのか。
 誰もが同じ考えを抱いた。即ち、機晶姫マデリーンを押さえることが、津田との接触に最も近い道だと。
 ルージュは捜査部のみならず、護衛部隊の一部を割いてマデリーンの周辺を押さえさせ、津田の出現を待つ作戦に出た。
 そして今回は、ルージュ自ら足を運び、マデリーンと直接対面しようということになった。
「いよいよ、犯人とご対面の時が近づいてきましたね……微力ながら、お供させて頂きますよ」
 ルージュの主班に同行している紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、若干嬉しそうに声を弾ませる。しかしルージュはといえば、ちっとも嬉しそうではない。
 その原因は、太田が急に行動パターンを変え、護衛部隊に余計な負担をかけさせているとの連絡が、つい先程届いたからであった。
 尤も、太田がどう動こうが、津田の身柄を押さえてしまえば、万事解決なのである。今更どうこういったところで始まらないから、敢えて黙っている――ルージュの忍耐力に、唯斗は内心で、感心してもいた。
「残念ながら、津田が脳移植後、どんな姿をしているのか、全然分からなかったわ」
 リカインからの連絡を受けて再度、機動強化服先端総研でのサイコメトリを敢行したシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が、いささか申し訳無さそうな様子で主班に合流してきた。
 ストウが盗難された時の所内状況を調べれば、津田がどういう外観に変貌を遂げていたのかが分かるとも思ったのだが、盗難前後の状況を調べてみても、別段、全く見も知らぬ部外者が所内に足を踏み入れたという形跡が無かったのである。
 ということは、もしかすると津田に協力者が居たのでは――という疑いも持たれたが、これまでの調査で、その可能性はほぼ消えてしまっていた。
「しかしまさか――津田の新たな肉体が透明人間、という訳でもないでしょう」
「うーん、それは、そうだとは思うんだけど……」
 唯斗の突っ込みに、シルフィスティもそう答えるのが精一杯である。実際分からないのだから、それ以上は答えようが無かった。

     * * *

 ルージュ率いる主班に先立つ形で、凪率いる護衛第二班と協力者達がマデリーン確保の為に、例の高層マンションを三度訪れていた。
「今度こそ、確実に接触が取れれば良いのですけどね……」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が、先のマデリーン接触失敗のことを指して不安げに呟く。
 だが、今回はデュッセンという障害も無いので、普通に考えればマデリーンと会える筈であった。それでも不安感が拭えないのは、津田の所在地がまるで掴めていないという事実が、誰の心にも重く圧し掛かっているからであろう。
 そんな中で、ひとり斎賀 昌毅(さいが・まさき)だけは、妙に面倒臭そうな態度を見せていた。どうやら彼は、今回の一件がイコンとはまるで関係が無いことを知り、相当にモチベーションを落としている様子である。
 やる気ナッシングな昌毅に対し、マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)の張り切りようは、少し異常なぐらいであった。
 どうやらマイアはルージュの冷たく、恐ろしげな外観に変な先入観を抱いていたらしいのだが、今回この事件の捜査を取り仕切っている炎帝の姿を見るにつけ、意外に気さくで接し易い人物であることが分かり、風紀委員に対する見方が随分と変わった。
 例えば、凪のような年若い強化人間であっても、有能と思えばどんどん職に就けさせるという柔軟性と積極性を見るだけでも、ルージュの性格というものがよく理解出来るのである。
 その凪はといえば道程上、パートナーである裁やアリス達と、ドーナツを奪い合いながらこの高層マンションに至っていたという姿を見せており、そういう妙にほのぼのとした空気が、マイアをしてより一層、風紀委員に対する親しみを覚えさせる結果となっていた。
 だが、一同は結局、マデリーンと会うことは叶わなかった。
 件の高層マンションに到着し、マデリーンが居る筈の室へと到着した彼らが見たものは、破壊の限りを尽くされ、瓦礫の山と化した無残な居室の跡だけだったのである。
 そこはもう、ひとが住めるような環境ではなく、如何に機晶姫といえども、これ程の破壊の渦に巻き込まれれば、流石に助からないだろうと思われた。
「どうして、こんなことに……」
 その惨状を目の当たりにして、ルシェンはがっくりと膝から崩れ落ちた。
 えもいわれぬ喪失感が、彼女の全身を一撃で貫いてゆく。
 だがその傍らで、マイアと那由他が必死の形相で瓦礫の山を次々に掘り返し、マデリーンの姿を探し求めていた。
「もっと……もっと早く、ここに来ていれば」
 マイアはその面に後悔の念を張りつけていたが、しかし決して彼女が悪い訳ではない。単純に、間が悪過ぎただけの話である。
「こうなってしまうと、流石にもう、無理か……」
 那由他の落胆は、尋常ではない。同じ機晶姫が、このような無残な破壊に呑み込まれたとあっては、心中穏やかざるものがあった。
 だが、起きてしまったものは、仕方が無い。昌毅は捜索の手を止め、呆然と立ち尽くすマイアと那由他の肩にぽんと手を置いた。
「こうなっちまったものは、もうどうしようもねぇさ。どのみち、これ以上はもう、俺達だけじゃどうにもならねぇ。ここは一旦、ルージュさんに任せよう」
 その時、突然室の外で、凪が悲鳴に近い叫びをあげた。ルージュが携帯で、良からぬ情報を送りつけてきたらしい。
 通話を終えた凪に、裁が恐る恐る顔を覗き込ませながら、聞いた。
「ね……どうしたの?」
「……太田氏の泊まっているホテルに、アイスキャンディが現れたって……」
 その場の空気が一瞬にして、緊張に覆われた。

     * * *

 少しだけ、時間をさかのぼる。
 前回の襲撃を教訓とした太田は、護衛として周囲を固める叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)の進言に従い、しばらくホテル暮らしをすることにしていた。
 勿論、ただホテルに居場所を移すというだけではなく、それなりにカムフラージュも施している。実は太田が寝泊りしているのは羅儀の名前で予約した部屋であり、表向き太田が泊まっている筈の部屋には、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が囮として寝泊りすることとなった。
 最初太田は、エッツェルの人外ともいうべき外観に度肝を抜かれたようであった。
 しかし囮とするのであればエッツェルこそ適任だとすぐに納得し、白竜の指示に従って羅儀名義の部屋に寝泊りすることにしたのである。
 この辺の思い切りの良さは、流石にここまで身ひとつでのし上がってきただけのことはあり、年配ながら、非常に柔軟な発想の持ち主であることが伺える。
 だがそれでも、アイスキャンディの襲撃を防ぐには至らなかった。
 後で分かったことだが、小型飛空艇ヘリファルテで周辺警備に当たっていたロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)が、定期連絡として白竜と無線通信を行っていたのを、アイスキャンディに傍受され、太田の居室を特定されてしまったらしい。
 態々太田と距離を取って、空中から敵の接近を阻止しようと試みたロアとレヴィシュタールだったが、今回ばかりはその警戒心が裏目となった格好であった。

「太田さん、すぐにここを離れます! ついてきてください!」
 白竜が慌てて太田の居室に飛び込んできた時には、羅儀が既にある程度の身支度を整えさせ、今にも室を出ようとしているところであった。
 対する太田はといえば、アイスキャンディ接近の報に接しても尚、相変わらず余裕の表情を崩していない。既に観念したのか、或いは護衛達を信頼し切っているのか。
 ともあれ、標的者である太田自身が落ち着いて避難行動に入ってくれたので、寄り添うような形で護衛についている羅儀としても、非常にやり易いのは事実であった。
「しかし、どこから漏れたんだろうな……結構、考えに考え抜いた囮作戦だったんだが」
「考えるのは後です。今はとにかく、太田さんを」
 かくして白竜と羅儀が左右を固める形で、太田を廊下へと連れ出した。
 これまでのアイスキャンディの手口から鑑みるに、窓に近い居室よりは、更に建物の内側へと入る廊下に居る方が、まだ安全であるといえる。
 だがそれでも、建物ごと破壊されてしまっては元も子も無い。今は一刻も早くこのホテルを脱出し、アイスキャンディと距離を取ることが最優先であった。
 途中、太田名義で滞在していたエッツェルが廊下に姿を現し、その不気味な外観とは裏腹に、随分と陽気な声音で笑いかけてきた。
「結局、直接ドンパチやって迎え撃つ形になってしまいましたねぇ。ま、私にとっては、どちらでも宜しいのですがね」
「いやぁ、悪いねエッツェル君。早速だが、君の力を見させてもらうことになった」
 太田は苦笑しながら、エッツェルのまだ人間の部分である右の肩に軽く掌を置き、後は任せたといわんばかりにその脇をすり抜けてゆく。
 エッツェルも心得たもので、口元をにやりと笑みの形に歪めた直後、居室の窓から異形の体躯を躍らせ、ホテルに面する大通りへと飛び出していった。