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【七 愛と勇気だけがともだち】

 機動強化服先端総研では、ルージュが一旦オフィスに戻った後も、ミリオン率いるパワードスーツ機能調査第一班がそのまま残って、引き続き調査に当たっていた。
 また、風紀委員のメンバーではないが、ルージュが個人的に調査を依頼した者も数名、同じく機動強化服先端総研で盗まれた試作パワードスーツ『ストウ』について、調べている者達が居た。
 和泉 猛(いずみ・たける)はそのうちのひとりであったが、最初からストウに目をつけていたこともあり、他の面々よりも幾分、ストウについては詳しくなっていた。
「ミサイルやロケット弾はさほどではないが……何より厄介なのは、インフィニットPキャンセラーと強化型アクセルギア、そしてレーザーガトリングだな。下手をすれば、イコンを相手に廻すよりも強敵かも知れん」
「えぇっ!? そんなに怖い代物なんですかっ!?」
 猛が手にした文書を眺めながら、半ば独白に近い形で呟いていたのに対し、傍らで聞いていたルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)が心底仰天した様子で、猛の顔を下から覗き込むようにして見上げてくる。
 しかし猛は、ルネのそのような反応などはほとんど眼中に無いらしく、依然として手にした文書に視線を落としたまま、難しい表情で低く唸っている。
「それにしてもこのストウってパワードスーツ、設計の発想自体が面白いですねぇ」
 猛とは対照的に、ベネトナーシュ・マイティバイン(べねとなーしゅ・まいてぃばいん)は随分と楽しそうに、ストウの資料や評価データを貪り読んでいる。ベネトナーシュが面白いといったのは、ストウの最初期の設計思想に於いては、通常の肉体を持つ人間用には設計されていなかった点を指していた。
「もともとは、普通の人間では使えない予定だった……そういうことですか?」
「サイズそのものは、普通の人間なんですけどね……ただ、初期設計で予定されていた圧倒的な機動性能は、どう考えても人間の肉体では耐えられない程のGや遠心分離を発生させるんですよね。いいかえれば、そういう極限を越えた負荷をものともしない存在でなければ、このパワードスーツは使いこなせないように造られる予定だった、ってことでしょうか」
 ベネトナーシュの説明に、ルネは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。ベネトナーシュの説明が真実ならば、このストウを開発していたチームは当初、一体誰に装着させることを目的に開発しようとしていたのか。
「そう、例えば……機晶姫とか、な」
 猛がベネトナーシュの解説に例示を加えた。更にいえば、悪魔や吸血鬼なども装着出来る可能性はあるが、しかし使いこなせるかといえば、そこは疑問が残る。
 更にルネが、猛に何か質問をぶつけようとしたその時。

「あれ……兄さん、ここに居たんですか」
 見ると、和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)が機動強化服先端総研の玄関ロビーから、猛達の居るセンターホールへと足を踏み込んでくるところであった。
「さっきルージュさんから、ここでパワードスーツ機能調査第一班の補佐をするようにっていわれてきたんですけど、何だか、あまり必要無さそうですね」
 確かに、今この機動強化服先端総研には相当な人数の風紀委員や、その協力者達がそこかしこに詰めており、調査言う面では、絵梨奈の出番は無さそうであった。
 ところが猛は咄嗟にルージュの意図を察したのか、口元を僅かに苦笑の形に歪め、小さくかぶりを振った。
「いや、そうじゃない……あのお嬢さんがお前をここに寄越したのは、恐らくこれの為じゃないか」
 いいながら猛は、上着の内ポケットから一枚のデータディスクを取り出した。そこには、これまで猛が調べ上げてきたストウに関する機密情報が、ぎっしり詰まっているのである。
「もしかして僕はそれをルージュさんのところまで持っていく為のお遣いだった……そういうことですか?」
「俺が他の連中には絶対この機密を託したりしないってことを、見透かされていたようだ」
 猛が笑いながらそのデータディスクを手渡してくるのを、絵梨奈はいささか憮然とした表情で受け取る。自分が単なるお遣い程度にしか思われていないことに、腹立たしさを覚えていたのだ。
 すると絵梨奈の傍らから、ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)が然程興味も無さげに、そのデータディスクを覗き込んでくる。
「これは、そんなに大事なものなのか?」
「アイスキャンディを相手に廻すのであれば、相当に重要だな。この中身を知っていると知らないとでは、戦術に雲泥の差が出てくる」
 猛のそのひとことを聞いて、ジャックは絵梨奈の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「良かったじゃねぇか。お前はただのお遣いなんかじゃない。恐ろしく重要なデータを運ぶメッセンジャーなんだ。この仕事は、重要だぜ?」
「それは……分かってます」
 ようやく自分自身を納得させたのか、絵梨奈は手渡されたデータディスクを百合園女学院制服の内ポケットに押し込み、表情を引き締めて踵を返す。
 預かったからには、早急にルージュのもとへと向かおう。そう気持ちを切り替えた様子である。
「んじゃ、俺も行くわ。引き続き調査の方、頑張ってくれよな」
「お気をつけて〜」
 絵梨奈に続いてセンターホールを出ようとするジャックを、ルネとベネトナーシュが揃って見送る。ただひとり猛だけは、相変わらず手にした文書と睨めっこを続けていた。

     * * *

 その絵梨奈がデータディスクを届けようとしている相手はというと、捜査部第一班とともに、最初の被害者である津田俊光の殺害現場を訪れ、実地検分に入ろうとしていた。
 そしてその殺害現場だが、実にそこは、津田俊光が生前居住していた高層マンションの最上階である。
 当然ながら、このマンションには管理組合というものがある為、如何にルージュといえども、勝手に土足で踏み込む訳にはいかない。まずは組合理事と話をつけ、正式に実地検分を執り行う段取りをつけてしまわなければならない。
 この組合理事の壮年男性がいささか偏屈者で、幾らルージュ達風紀委員が治安維持と事件解決為だと説明しても、中々納得しようとしない。
 ルージュは半ば辟易しながら、その組合理事相手に、長々と交渉させられる破目となった。
 その一方で、事件現場で思いがけぬ再会を果たす者も居る。
「あれ……美羽ちゃん?」
「おやぁ、こんなところで、奇遇だねぇ」
 ルージュに協力する為に捜査部第一班に同行していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だったが、不意に聞き覚えのある声を背中に投げかけられ、驚いた様子で声の方に振り向いた。
 見ると、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)のふたりが、マンション脇の駐車場から出てくるところであった。
「あ、久しぶりっ! もしかして、ふたりもルージュさんに協力してるの?」
「ぴんぽ〜ん、ご名答!」
 何故か自慢げに胸を張るあゆみ。美羽は乾いた笑いを漏らして、若干頬の辺りを引きつらせる。
 一方あゆみの隣で、もしゃもしゃとあんパンを頬張っているクドは、苦戦しているルージュを目ざとく見つけると、すすーっとまるで滑るように、ルージュの傍らに寄っていった。
「管区長さん、大変だねぇ。ここはひとつ、あんパンでも食べて糖分補給するのが吉ですよっと」
「やかましいっ!」
 相当苛々していたのか、別段腹を立てる程のことでも無かった筈だが、ルージュは炎の念動波をクドの顔面に叩きつけた。勿論かなり手加減はしていただろうが、それでもクドの首から上は、ほとんど一瞬で黒焦げになってしまった。
「どはぁっ」
 顔面黒焦げで路面に仰臥したクド。
 すると何故か、カレーパンを食している最中の月谷 要(つきたに・かなめ)と、要に強要されてオヤツの食パンを抱えている霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が、クドの危機に駆けつけてきた。
「おぉーい、大丈夫かぁい?」
 妙にのんびりした要の呼びかけに、クドはそれでもあんパンを頬張りながら、へへっと笑ってみせる。
「やぁカレーパン魔に食パン魔……どうやらこのアンパン魔は、もう長くはないようだよ」
「そ、そんな……あ、そうだ」
 不意に悠美香が、何かを思い出したかの如く、嬉しそうに両掌を胸の前で握り合わせる。
「ブルーハーブ総合病院のジャムおばさんのところへ連れて行ったらどうかしら!?」
 ジャムおばさんとは、外科専門の中年女性で、しょっちゅう患者を血まみれにして手術失敗をやらかし、自身もその返り血で頭からジャムをかぶったような外観になっていることが多いから、そのように呼ばれる。
 要するに、天性の藪医者な訳だが。
「おぉ、そりゃあ良い。待ってろよアンパン魔。すぐに頭を取り替えて貰って、元気にしてやるからなぁ」
「いやぁ、ちょっと遠慮したいんだけど……」
 愛と勇気だけがともだちのアンパン魔にとっては、ジャムおばさんと関わり合いになるのは真っ平御免だったのだが、要と悠美香は容赦無くクドを担ぎ上げ、近くを走っていたチャリタク(自転車タクシー)にクドを放り込み、そのまま送り出してしまった。