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【三 バンキングライン】

 リムジンの上空には、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)柊 真司(ひいらぎ・しんじ)、或いはヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)といった飛行手段を持つ護衛隊が宙空を駆け回り、空からの接近に対して警戒線を張っている。
 護衛部隊の人数は結構な数に達しており、全員が一度に護衛として張りつくと、却って的として大きくなってしまうという欠点があった。
 しかも全員が一斉にやられてしまえば、それ以後、太田を守る者が居なくなってしまうという可能性も考慮する必要があり、結局、交代制を取ることになった。交代制を発案したのはルージュであり、班分けして人数を調整したのも彼女である。
 と、そこへロケットシューズの燃焼音を轟かせながら、鳴神 裁(なるかみ・さい)がリムジン上空に展開するチームに加わってきた。裁もまた、護衛部隊の一員だったのである。
「ごにゃ〜ぽ☆ 何か変わりは無いかな!?」
 裁の呼びかけに、真司がホバリングで滞空しながら、小さく肩を竦めた。
「いや、全く問題無しだ。アイスキャンディの奴、予告だけはしてくるが、まるで姿を現す気配が無い」
「それはまぁ……襲う側にしてみれば、態々手の内を明かして奇襲が失敗になるようなことは、しないでしょうから……」
 ヴェルリアが真司のぼやきに反応して言葉を継いだが、しかし逆をいえば、いつ何時、襲ってくるか分からないのだから、24時間全く気が抜けないというのと同義である。
 生身の人間には少々厳しい状況であった。
「私も、先程からずっと殺気看破で警戒しているのですけど、まるで気配無し、ですね」
 こちらは、疲労を感じない機晶姫であるアイビスではあったが、矢張り精神的には多少の苛立ちを覚えるものなのか、少々口調に棘が感じられた。
 機晶姫が露骨に苛々するなど、そうそう見られるものではない……裁と真司、そしてヴェルリアの三人は、乾いた笑顔で互いの顔を見合わせた。

     * * *

 守る者が居れば、攻める者も居る。
 例えばオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)の場合、パートナーであるミリオンがパワードスーツ機能調査第一班長に就任しており、精神感応にて情報を受け取る用意が出来ているのだが、いかんせん、まだミリオンとて捜索を開始したばかりであり、情報らしい情報は何も入ってきていない。
 結局のところ、初動捜査では独力で動かねばならないオルフェリアだったが、どういう訳か彼女は、
「犯人を探し出して、何が何でもクーリングオフに持ち込ませて頂くのですよ〜!」
 などと、妙な気合を前面に押し出していた。とはいえ、どこからどう手をつけて良いのか分からなかったオルフェリアは、たまたま海京警察鑑識課へ足を運ぼうとしていたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と道連れになり、そのまま一緒に海京警察へ行こうという話になった。
 コハクはコハクで、何の伝手も無いまま海京警察へ向かうよりは、風紀委員と繋がりのあるオルフェリアとつるんでいた方が何かと便利であるという、若干打算めいた発想があった為、一緒に海京警察に行こうと考えたのである。
「海京警察の鑑識課って、天御柱の風紀委員の伝手で何とか接触が取れそうなもんなの?」
 これまた、たまたま鑑識課に問い合わせをかけようとしていたイルベルリ・イルシュ(いるべるり・いるしゅ)が、傍らを歩くコハクに不思議そうな面を向けて聞いた。
 基本的に海京の治安維持は、海京警察とシャンバラ国軍が共同で受け持っているが、実質的には、そこに天御柱の風紀委員なども連携を取っており、全くの部外者として追い払われるということはないらしい。
 しかしそこはそれ、海京警察とて日本の行政組織の末端である。矢張りどうにもお役所体質の濃い性格の組織であり、一筋縄ではいかないというのが実情であった。
 イルベルリは当初ネットを用い、今までの事件現場で押収された遺品の中から、爆発物の情報を集めようとしていたのだが、許可が無い為、接続すら出来なかった。所詮は海京警察、日本の行政組織の末端だとたかを括っていたイルベルリだったが、意外にも、海京警察のネットワークはシャンバラ国軍によるファイアウォールが張り巡らされており、如何に彼が情報通信の技術を駆使しようとも、まるで歯が立たなかった。
 そこで実際に足を運んで、何とか海京警察にねじ込もうとしていたところに、運良くコハクとオルフェリアの両名と遭遇出来た、というのがここまでの経緯であった。
 しかし、イルベルリの質問に対し、コハクははっきりとした答えを返すことは出来ない。
 コントラクター達が依頼を受けた相手は、あくまでも天御柱のルージュである。海京警察が直接、頭を下げてきた訳ではないのだ。
「正直、僕も100%自信がある訳じゃないんだけど、ただ何となく、上手く話がまとまりそうな気はしてるんだよね」
「と、いいますと?」
 オルフェリアが横から覗き込んでくるように、コハクの台詞に更なる問いかけを畳み掛ける。コハクは、妙な表情を作って僅かに首を捻った。
「何というか……さっき海京警察に電話して聞いてみた雰囲気だと、あまり関わり合いになりたくないっていうか……自分達では直接捜査したくなさそうな声に聞こえたんだよね」
 なるほど、とオルフェリアは頷いた。
 相手が、コントラクターでさえ手間取るような化け物パワードスーツであれば、通常の人間によって構成される海京警察の腰が引けるのも、頷けるというものである。
「あ、ところで……クーリングオフって言葉の使いどころ、間違ってるよ」
 コハクからの思わぬ突っ込みに、オルフェリアの全身がほとんど一撃で硬直した。
 クーリングオフとは、まず最初に契約ありきの制度である。
 アイスキャンディが行っている振込みは一方的な入金であり、その入金の見返りに命という利息を奪うと比喩したところから、『高利貸し』、即ちアイスキャンディという呼び名がついただけであり、実際には契約のけの字も関わっていない為、そもそもクーリングオフの対象ですらない。
 その事実を突きつけられ、オルフェリアはすっかり言葉を失ってしまった。

     * * *

 西地区管轄風紀委員オフィスは現在、外部協力者達の為に一部のカンファレンスルームが開放されており、備え付けのHCやPC端末等が自由に使えるよう、権限が解除されていた。
 そこに、ルージュからの協力依頼を受諾した数名のコントラクター達が、海京内の情報ネットワークから何とかアイスキャンディの犯人像に迫れないかと、PC前に必死の覚悟でかじりついていた。
 特にクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の集中力は、中々尋常ならざる迫力を見せている。
 彼女は試作パワードスーツという機密の盗難に対する責任の一端が教導団にもあると考えており、犯人逮捕は教導団員としては必達の任務であると信じてやまなかった。
 当初クレアは、自身が直接銀行に出向いて、アイスキャンディが大金を振り込んだという口座情報の獲得を考えていたのだが、意外にも他に同様の調査に出向く者が少なからず存在した為、風紀委員のオフィスに篭もって情報分析に集中することにしたのである。
 もちろん、単に情報分析するだけには留まらず、必要とあれば現場に出向くことも考えてはいたのだが、これだけ大勢の協力者や風紀委員達の人数を見れば、自分が動く必要性というものが、あまり強くは感じられなかった。
 しかし長時間、PCの前に張り付いていた為、流石に疲れてきた。
 クレアが両腕を頭上に伸ばしてひと息入れていると、横から熱いコーヒーが注がれたマグカップが差し出されてきた。クレアと同じく、金の流れに目をつけて情報収集に入っていたヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)であった。
「どういった按配ですか? 何かこう、特定の疑惑にぶつかるとか、めぼしい成果はありましたか?」
「中々そうはいかないな……振り込まれた金が電子マネーであると目星をつけた、あなたの慧眼は素晴らしかったのだがね。そこから先が進まない」
 クレアがいささか困った風な表情で肩を竦めると、今度は反対側のデスクから、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が仏頂面を突き出してきた。
「どうやら、金融機関側は入金に関しては一切ノータッチだったそうです。折角の『犯罪収益移転防止法』も、ハッキングでの入金には何の効果も無い、ということですね」
 つまり、アイスキャンディによる標的の口座への入金は一切正規の手順を踏まず、気がつけばいつの間にか電子マネーデータが、どこかから強制的に移されていた、ということになるのである。
 結論としていえるのは、アイスキャンディは単なる爆撃テロリストというだけではなく、相当に高度なハッキング能力をも兼ね備えているらしい、ということであろう。