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超能力体験イベント【でるた2】の波乱

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超能力体験イベント【でるた2】の波乱
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第1章 コリマの宣言

「こちら、アイビス。イベント会場上空を偵察中。開催間近ですが、異常はありません。接近する機影もなし。驚くほど平穏です。以上、定期通信終わります」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)は眼下のイベント会場と、フライトユニットで飛翔する自己の周辺に広がる蒼穹を見渡しながら、パートナーへの報告をまめに入れていた。
 天御柱学院。
 そのキャンパス内に設営された、ピラミッド型のイベント会場。
 会場では、いままさに、超能力体験イベント【でるた2】が開催されようとしていた。
 続々と会場に入場していく一般参加者たちの行列が、遥か上空のアイビスには蟻のようにみえた。
「了解。前回の【でるた1】のときのように、会場の近くに敵のイコンが身を潜めてる、なんてこともないみたいだね。今回はコリマ校長が睨みをきかせてるし、正攻法でいきなり突っ込んでくるとは思えないけど、十分気をつけてね。異常があったらすぐに報告して」
 アイビスからの通信に、イベント会場のスタッフ控え室に詰める、榊朝斗(さかき・あさと)が応える。
 学院で以前開催された同趣旨のイベントでは、開催中にパラ実生が暴れまわったり、機密を奪いにきた鏖殺寺院のスパイが会場を破壊したりといったトラブルが続出した。
 今回はそんなことがないように、前回以上にものものしい警備体制が敷かれている。
 コリマ校長も、その恐るべき超能力の技能を駆使して、暴漢たちの接近を寄せつけないはずだ。
「そう。そのはずだよね。でも、コリマ校長だからこそ、あらかじめ計算された不安が仕組まれているように感じるのは、気のせいかな?」
 榊は、ひとりごとのように呟く。
 理由はわからないが、コリマ校長は、被害を抑えながらも、このイベント会場内で何らかの闘いが行われるのを期待しているように思えてならなかった。
 だから、今回も、必ず何かが起きる。
 そのとき、自分は……。
「うっ!」
 急に耳鳴りがして、目の前が真っ暗になったかのような感触に襲われて、榊は両手で頭を抱えこんだ。
「闇だ。一瞬だけど、闇が……。僕は、何を望んでいる?」
 榊は、息を喘がせながら、うめくようにいう。
「朝斗、どうしたんですか? まさか、『闇』に影響が? でも、どうして?」
 榊の傍らのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が、パートナーの苦悶を気遣った。
「わからない。わからないんだ。なぜ、刺激される? このイベント会場内に、何かが満ちている。でも、何が? この『闇』も、海人にみられるのか?」
 榊は、ルシェンの言葉に応えながらも、途中からはひとりごとのように呟き続けていた。
 海人。
 その言葉に、ルシェンは目を細める。
「海人……サンプルXと呼ばれる強化人間ですか」
 ルシェンの呟きを耳にしながら、榊はうなだれた。
 自分は、何を望んでいるのか?
 その答えもまた、海人が与えてくれるのではないかと、榊は無意識のうちに渇望さえしていた。
 だが、このとき、榊はまだ、自覚できていなかった。
 海人だけではなく、コリマ校長にもまた、自分の『闇』はみえているのだと。
 そして、自分もまた何者かに狙われる身なのだと。
 榊もまた、大きな運命の流れに翻弄される存在なのだ。

(参加者諸君。本日はよくぞ、本学の主催するこの超能力体験イベント【でるた2】に参加するため集まってくれた。スタッフ一同を代表して、御礼をいいたい)
 イベントの開会式。
 会場には、天御柱学院の校長であるコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)がじきじきに姿をみせ、規則正しく列をつくって立ち並ぶ一般参加者たち全員に、精神感応で呼びかけ、開会のあいさつを行った。
「あれが、コリマ校長か。すごい迫力だな。発展途上の俺でさえ、こうして呼びかけられるだけで、彼のなみなみならぬ超能力の技能のほどがうかがえてくる」
 斎藤邦彦(さいとう・くにひこ)は、校長の放つただならぬオーラを敏感に感じとっていた。
 そのオーラを、技能、あるいは、力量と、斎藤は読み替えていた。
「確かに、最強の超能力者と呼ぶにふさわしい貫禄ね。でも、邦彦、本当に色気のないデートなんだけれど。まあ、いいわ。ある意味楽しいといえばそうだし」
 感心したようにうなずいている斎藤の傍らで、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)はどこか呆れたような視線をパートナーに注いでいた。
(時間の許す限り、会場内の企画を体験し、本学における超能力研究の最先端の成果を肌で感じとって欲しい。そして、いまなお迷える強化人間たちには、この機会に、我々の理念に賛同するという選択肢を真剣に検討して欲しいのだ)
 校長の話は、淡々と続いていた。
「迷える強化人間たち? 天御柱学院に所属していない強化人間に呼びかけているのか? あるいは、学院にいながら校長に反発する強化人間にも?」
 斎藤は、校長の話のバックにある事情を詮索せずにはいられなかった。
(いま、ここに、あらためて宣言しよう。我々は、そのルーツゆえに、不安定さが常態と化している強化人間たちを保護し、その力を適切に管理できるよう導き、育成していくこと。そして。もし、強化人間に迫害を行おうとする勢力があれば、断固としてこれを排除し、容赦のない殲滅を行うことを
 校長の宣言の後半を聞いた聴衆から、どよめきがあがる。
「どういうことだ。迫害を行う勢力? なぜ、そのことをわざわざ持ち出すんだ? まさか、俺も薄々感じてはいたが、強化人間を好ましく思わない人々が、世間一般に増えてきているということか。無視できないがまでに」
 斎藤は、軽い戦慄を覚えた。
 強化人間は、みな一様に精神が不安定で、その力をコントロールすることができずに暴走し、周囲に被害を出すことも多い。
 そんな強化人間が冷淡な扱いを受けるのは、ある意味必然ともいえた。
 そして、強化人間の多くが所属する天御柱学院が、強化人間に対する偏見や差別的扱いを完全に否定する姿勢をみせるのもまた、必然といえば必然である。
 しかし、校長は、強化人間を虐げる勢力を排除し、殲滅するとまで宣言しているのだ。
 やや過激な感があるが、もしかすると既に、具体的な勢力の存在が校長の念頭にはあるのだろうか?
 斎藤は、首をかしげた。
「わからない。わからないからこそ、知りにきたんだ、俺は」
 頭の中を詮索でいっぱいにしながら、斎藤は、極めて自然な素振りで、ネルの手をとった。
「あっ……」
 不意うちをくらったネルは、斎藤の手から伝わるぬくもりに、胸がどくんと鳴るのを覚えた。
「ネル、お前の行きたいところを選んでくれていいぞ」
 斎藤の言葉に、ネルは我に返った。
 既に、開会式は終わっていた。
 コリマ校長も姿を消している。
「そ、そうね。それじゃ、とりあえず、ナタが似合うというエリート強化人間さんの講義を聞きに行こうかしら。面白そうといえば、面白そうだけど」
 後に続く言葉を、ネルは飲み込んだ。
 本当に、色気のないデートだわ。

「はーい。それではー!! みなさん、ただいまより、設楽カノン先生が、泣く子も黙る超能力講義を始めちゃおうと思いまーす!!」
 イベント会場に入ってすぐのステージの上に、設楽カノン(したら・かのん)が飛び乗って大はしゃぎを始めていた。
「といっても、私も、普段は皆さんと同じ身分の生徒なので、あまり緊張せず、気軽な気持ちで聞いてもらえたらと思いますね! アハハハハハ!!
 最後の笑いの部分が異様にヒステリックに響いたため、聴衆は思わず身をこわばらせた。
 とても、気軽になれるような笑い方ではなかったのだ。
 しかし、一部の生徒のテンションが上がったのも事実である。
「わー、カノンさんだよ! カノン、カノン! わー、わー!」
 高島真理(たかしま・まり)もそんな一部の生徒の一人で、カノンが登場したという事実だけに興奮し、思わず立ち上がって、拍手とともに盛大な歓声をあげてしまっていた。
 天御柱学院の誇るエリート強化人間、設楽カノンは、学院の生徒たちにとっては憧れの的だった。
 常に暴走する危険をはらむ危険な存在ではあったが、日々超能力のトレーニングに明け暮れる者たちにとっては、彼女こそ正真正銘の大先輩であり、自分たちと同じ道の先を行く、敬意を払うべき存在だったのである。
「カノンさん、今日はいつも以上にはりきっていますね」
 南蛮胴具足秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)は、高島に比べればわりと冷静な反応で、椅子に座ったままの状態で淡々と言葉を紡いでいた。
「うう。こ、怖いですー」
 敷島桜(しきしま・さくら)はカノンの邪気にあてられたのか、高島の後ろで小さくなって、ガタガタ震えている。
「怖くないよ! カノンさんは、ボクたちの先輩なんだ! あれ、明日葉は?」
 高島は、源明日葉(みなもと・あすは)の姿がみえないことに、ふと気づいた。
「さっきまでいたんですが、海人の方に行ってしまいました。カノンの周囲に人が多すぎるのを嫌ったみたいですね」
 秋津洲がいった。
「ふーん。そうなんだ? まっ、いいや。とりあえず、カノンさんの講義を聞いて、ボクも強くなるんだ!」
 高島は、無邪気な口調でいった。
「それではみなさーん、ナタを持って! って、あれ? 配布されてませんか? おかしいなー、実演に使うから用意しておいてくれっていったのに!」
 ステージのカノンは、自分用のナタを振りまわしながら、段取りどおりいってないことに憤っている。
 当然ながら、参加者全員にナタを配布することは、コリマ校長の指示でとりやめになっていたのだ。
「もう! とにかく! 超能力っていうと難しいと感じるかもしれませんが、実際はそんなことないです! 頭がそんなによくなくたって、超能力をガンガン使えますよ! もちろんコツはありますがー、それは、要するに、気合ですね!!」
 カノンはステージ上をせわしなく歩きまわりながら、ナタを振りまわしつつ講義する。
 しゅっ、しゅっ
 恐るべき勢いで振りまわされるナタが空気を斬り裂く鋭い音は、聴衆を威圧するに十分だった。
 威圧してどうするんだという感もなくはないが。

「そう、超能力とは、精神力。そして、精神力とは、気合なのです!! 気合が過剰な人ほど、超能力を発揮できる才能があるんですよ。これ、バカなこといってるみたいですが、本当なんです。気合とは、こう、とあー!!」
 カノンは叫び声とともに、ナタを天高く投げ上げた。
 ひゅるるるるるる
 ぐさっ
 会場の天井近くにまで昇りつめたナタが、切っ先を下に向けて急降下し、聴衆の一人、八塚くらら(やつか・くらら)の座席の真ん前の床に突き立った。
「きゃ、きゃああっ!」
 八塚は思わず悲鳴をあげていた。
「ああ、ごめんなさい。でも、そういうことなんです。みて下さい、ナタが突き立ったこの堅い床に走ったひび割れ! これこそが、気合! そして、この精神力こそ、超能力の源なのです!!」
 カノンは八塚に詫びを述べながら、興奮した口調でまくしたてる。
「あっ、それ、返してもらえますか?」
 ふと我に返って八塚に依頼するカノン。
「は、はい。どうぞ」
 八塚もまた一瞬の恐怖から我に返って、床に突き立ったナタを丁寧に引き抜いて、ステージのカノンのもとに持って行き、柄をカノンに向けて返す。
「ありがとうございます。あなたは学院の生徒じゃないですね。どこの方ですか?」
 カノンは機嫌よさそうに微笑んで尋ねた。
「はい。私は、波羅蜜多実業高等学校から参りましたわ」
 八塚はおしとやかな口調で答えた。
 どうしてパラ実生がそんなにおしとやかでいられるのかは謎だったが、八塚とはそういうキャラなのである。
 むろん、八塚の頭の中身は、いわゆる「お嬢様」の概念からはかけ離れたものではあるのだが。
「そうですか。パラ実……パラ実ですって!?」
 カノンは一瞬顔をしかめた。
 きーん
 耳鳴りがして、カノンの脳裏に、過去にパラ実生から受けた仕打ちの記憶が、よみがえりそうになる。
 まさに危険な瞬間であった。
「あの……大丈夫ですか?」
 八塚は、ぽかんとしてカノンを見守った。
「だ、大丈夫です。パラ実。パラ実ですか。それって、どこにあるんでしたっけ? うーん、パラパラですね!」
 何とか持ち直したカノンは、舌を出してエヘへと笑う。
 無意識のうちに、思い出したくない記憶を抑えこんだのだった。
 カノンと八塚を見守る聴衆の胸のうちは、もう、ドキドキしっぱなしである。

「いやあ、予想はしてたけど、めちゃくちゃな講義だな。講師が講師なんで、危ないったらありゃしない。しかしさっきの様子、もしかして下ネタだけじゃなくて、『パラ実』という単語自体がカノンのNGワードになっちまうとか? まさかな。そこまで精神が不安定になっちゃ、こっちもかなわないぜ」
 カノンの講義の様子をデジタルビデオカメラで逐次撮影しながら、佐野誠一(さの・せいいち)は思わず呟かずにはいられなかった。
 佐野が撮影する講義の映像は、ネットを通じてリアルタイムでパラミタ中に配信されているはずだった。
 自分がアイドルになったように感じたのか、カノンは、佐野の撮影を快く受け入れてくれたのだった。
「できたら、可愛く撮って下さいね! 私って、何だか怖がられてるけど、これでも若さ真っ盛りの女子学生なんですから」
 撮影を申し出たときのカノンの、あの、無邪気すぎるほど無邪気な笑みが、佐野はいまでも忘れられない。
 あの笑顔だけでカノンに惚れてしまう男性がいてもおかしくないとさえ思う。
 もっとも、ナタを振り回しながらの講義をどう撮れば可愛くみえるのかは、佐野にもいかんともしがたい難題であったが。
「誠一さん。あまり撮影に夢中にならないで下さいね。私たちの本当の目的は、カノンさんの護衛なんですから」
 夢中になってビデオカメラのレンズを覗きこんでいる佐野に、結城真奈美(ゆうき・まなみ)がどこかイライラした口調でいった。
 結城の口調に刺が目立つのは、佐野が、撮影というより、カノン自身に対して深い興味を抱きつつあることへ、激しい嫉妬の焔が燃え上がろうとしているからだ。
「わかってるって。でも、俺はあくまで撮影役。護衛は真奈美にやってもらうんだからな」
 佐野は、レンズから離した目をちょっと結城に振り向けて、ニカッと笑った。
 結城はだが、イライラがいっこうに晴れない様子である。
「どうでもいいですけど、カノンさん、私がお教えした『愛の奉仕』の方はちゃんと精進してくれているんでしょうか? まさか、あの日だけで、後は何もやってないなんてこと、ないですよね? 毎日の練習が大切ですのに」
 佐野と結城のやりとりをよそに、カーマ スートラ(かーま・すーとら)はまた違った意味の苛立ちをカノンに対して募らせ、歯ぎしりしていた。
 カーマとしては、愛の奉仕によって、カノンと「涼司くん」がより親密な関係になれる、その後押しをしてやりたいという気持ちが強かったのである。
 だが、目の前のカノンは、どうみても「力」という信仰に取りつかれた、血に狂った獣であった。
 「愛の奉仕」の「あ」の字も出てこない光景に、カーマとしては落胆せざるをえなかったのである。
 もう一度、もう一度、カノンさんをマットへ。
 あのマットへ!
 その想いが、カーマの中に募りつつあった。

「さーて、みなさん、理論編はここまで。これから、実演に入りますよ!」
 関係各氏の想いをよそに、カノンは再びナタを振りまわしながらステージを歩き回り始め、ニコニコ笑いながら宣言した。
「どこに、『理論』があったんだ?」
 聴衆の一人、斎藤邦彦がボソッと呟く。
 他の聴衆も、同じ想いであったという。