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空大迷子

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空大迷子

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 昼休みが終わり、午後の講義が始まった頃――アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)前原拓海(まえばら・たくみ)と中庭にいた。
「今日は、これから何か予定はあるか?」
 と、尋ねてくる拓海。
 木陰のベンチに座りながら、アシュレイは返した。
「いえ、何もありません。午後の講義は見学会のために潰れましたし」
「そうか……それなら、その」
 と、拓海はアシュレイから目を逸らす。温い風が二人の間をいたずらに吹き抜けていった。いかにも夏らしい午後だった。
「まあ、最近暑いし……海水浴にでも、行かないか?」
 はっとするアシュレイ。誰が見てもこれはデートの誘いだ!
 肯定の返答をする前に拓海が付け加えた。
「いや、その、日ごろの感謝を込めてだな……海の家で、メシでも食おうかと」
「……はい、もちろんです!」
 日ごろの感謝、という言葉が気になったものの、アシュレイはにこっと微笑んだ。
 嬉しそうにするアシュレイをちらっと見て、拓海は胸に妙な感情がこみ上げてくるのを感じる。心が軽くなるような、くすぐったいような、どこか切ないような――自身が気づかずにいるだけの確かな感情。
 アシュレイはぱっと立ち上がると拓海の隣へ並んだ。
「海の家にトロピカルドリンクってあるでしょうか? ストロー二本差しの」
「え?」
 鈍感な拓海でも、彼女のいうそれが明らかにカップル向けなことは分かった。一杯のドリンクを二人、見つめ合いながら飲むのだ。
「だって海ですよ? せっかくですし、あるなら一緒に飲みましょうよ」
 拓海は曖昧に頷いた。それを両想いと表現すべきか否か、互いに微妙な間隔が空いていることを感じる。
「じゃあ、水着用意してきますね。では、またここで」
「あ、ああ」
 ぱたぱたと駆けていく彼女を見送り、拓海は想う。――いつも彼女には支えられてきた。彼女には、これまでの礼を言いたい。ありがとう……本当に感謝している、と。

 当然だが、空京大学内のどこにも酒は売られていない。成人した学生たちは多いが、大学とは学ぶところであり、娯楽を楽しむ場所ではない。
 しかしアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)はそんな状況に疑問を持っていた。――何故だ、何故夏だというのにビールがない? 日本酒冷やしてキュっとやるのも悪くないが、あの黄金色の酒に勝るモノは無いだろう。
 そして彼はひらめく。ビールがなければ作ればいいじゃないか!
 待ちに待った数週間後。
「アキュートよ、何をしておる」
 宙を漂う守護天使ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)は農学部の研究室へ入ってくるなり、隅で何かしているパートナーに声をかけた。
「おっと、何しに来た、マンボウ。こっちに来るな」
 人知れず酒を造る罪悪感か、単に酒を独り占めしたいがためか、アキュートは近寄ってくるマンボウへ言った。
 ふよふよと宙に浮いたウーマは少し考えてから先ほどよりも速いスピードで寄ってきた。
「来るなと言われれば、突っ切るのが人というものだ」
 どう見てもマンボウな彼の言う台詞ではない。
 アキュートは仕方なく諦めた。ビール独特の黄金色の輝きに、ウーマは目を丸くした。
「む、これは――」
「見つかったか……出来れば見逃して欲しいんだが」
『自称小麦粉』と『カモスゾー』を使って醸造されたビールは見事な出来映えだったが、ホップの代わりに『龍涎香』を使ったために香りが他とは少し違った。だがしかし、飲んでみないと分からないことも多いというもの。
「アキュートよ、戦う漢に許された休息が二つある」
 と、ウーマは黄金の水面に目を向けたまま言った。
「一つは愛する者たちと過ごす時」
 静かに耳を澄ませるアキュート。
「――もう一つは、美味い酒を酌み交わす時だ」
 にやり、と笑ったように見えた。アキュートもにやりとして言う。
「話せるじゃねぇか」
 二人は顔を見合わせると、酒を求める同士にもビールを振る舞おうとそれを別の容器へ移し始めた。――もちろん、大学構内で飲んで教授にばれたら没収されるだろう。飲酒というだけでなく、成分的に。

 麻木優(あさぎ・ゆう)は手の空いている学生に大学構内を案内してもらっていた。
 新任の助教授として空京大学へ来たものの、まだまだ不慣れなことでいっぱいだった。外見が特別幼いだけに、助教授として認識されているかどうかすら怪しい。
「食堂にはもう行きましたか? 案内しますよ」
 と、学生に言われて頷く優。
「ええ、頼みます」

「わぁ! すごい綺麗で敷地が広いですね!」
 と、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は後ろを振り返った。
「不束さ……ん?」
 そこにいると思った人物はおらず、オルフェリアは首を傾げた。どこにもいない、さっきまでは一緒だったはずなのに。
 どうしたものかと考え込むオルフェリアだが、前方に見知った顔を見つけて声をかけた。
「あ、和葉さんにヴェルリアさん!」
 気づいた和葉が手を振ってこちらへ近づいてくる。
「オルフェリアちゃん!」
 和葉たちと合流し、オルフェリアは言う。
「あの、この近くで不束さん見ませんでしたか? はぐれちゃったみたいで」
「え、そっちも? 大変だったね……でも大丈夫、ボクにどーんと任せてね!」
 と、和葉はふと後ろを振り返って気がついた。
「あれ、めぇは?」
 ついにメープルともはぐれた和葉たちだった。

 人もまばらな食堂で、宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)はティセラと二人でのんびりしていた。
「地球とパラミタには相似した文化が多く見られるけど、マホロバは特に日本と似てるのよね」
 と、葦原明倫館で知り得たことを話す祥子。
「地球の死者はナラカを通じてパラミタに転生するけど、日本とマホロバは、お互いピンポイントに転生をしているらしいの。日本が近世から近代へ一気に駆け抜け成長できたのは、こういう繋がりがあったせいなのかもしれないわね」
 手にしたフォークでアップルシナモンロールを一口サイズに切って口へ運ぶ。
 紅茶を飲みながら話を聞いてくれていたティセラにふと目をやって、祥子は尋ねた。
「ま、それはそれとして。ティセラは最近どう?」
「わたくしは、そうですね……」
 見学者と思しき人たちの姿を見て、ティセラは先ほどのことを思い出していた。空京大学で学ぶのは有意義だし楽しいけれど、その分だけ何かと忙しかったりもする。しかしセイニィがそばにいるだけ、まだマシだろうか。
 こちらを優しげに見つめる祥子に気づき、ティセラは笑った。
「毎日、楽しくやってますわ」
 食堂へ案内された優は、女性と紅茶を飲みながら談話しているティセラに目を留めた。
「おや、あの方は……十二星華のティセラさんではないですか」
 そう言いながらも近づくことはせず、距離を置いたままでティセラを見つめる。
「人を育てるのも、大切な事よ。自分の想い、誰かの想いをあとに続く人に伝えることができるし、誰か守ろうとする人が出てくるかもしれないしね」
「なるほど、それもそうかもしれませんわね」
 にこにこと互いの意見を言い合う学生たち。
 優は彼女たちを見つめたまま、にやりと口の端をつり上げた。
「なるほど、噂には聞いてますが、あの人があの十二星華の……」
 ――そうか、アレが十二星華の……ふふふ。
 何やら不審な発言をする優に、案内役の学生は思わず怯える様子を見せた。
 それに気づいた優はすぐに彼へ言う。
「ああ、いえ、気にしないで下さい。何でもありませんから」
 そうして謎多き助教授・麻木優はにっこり笑うのだった。
 一方のティセラは優の視線に気づいたものの、祥子と過ごす時間を優先させて気づかない振りをしていた。

 メープルはふと、案内板の前で立ち止まった。
「現在地はここで……あら、和葉ちゃん?」
 首を傾げて先ほどまでそこにいたはずの人たちを探す。……いない。
 メープルは息をつくと、合流を目指して歩き出した。

 購買を出てからもマシュアはチェリッシュを見つけられずにいた。近くにいたはずなのに、どうしてだか会えない……。
「まさか、知らない人に付いていったんじゃ……」
 と、嫌な考えを巡らせる彼に園井は焦った。
「そ、そんなことありませんよ。きっと、親切な誰かに――そうです、あちらもマシュアさんを探し回っているだけかもしれません!」
「……そうですね。園井さんみたいに、親切な人と一緒ならいいんですけど」
 と、心ここにあらずな状態で微笑むマシュア。よほど妹が心配らしい。
 園井は小さく溜め息をついてから深呼吸して、気合いを入れ直す。
「一度、入り口の方へ戻ってみましょう」
「あ、はい」
 そして来た道を振り返る二人だったが――。
「えーと、どうやって戻るんでしたっけ?」
「……すみません、俺も分からないです」