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なし

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空大迷子

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空大迷子

リアクション

 空京大学で学べるのは医学や文学関係だけはない、美術だって学べるのだ。
 見学者の一人、刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)は美術室と聞いて眉をしかめた。
「お絵かき教室が開催されてるようですね」
 と、外から覗いたアレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)が言う。
 刹那が中へ入るのを躊躇っていると、お絵かき教室で絵を教えていた師王アスカ(しおう・あすか)が声をかけてきた。
「美術館も兼ねてるから、どうぞ見るだけでも」
 彼女の頭の上ではラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)がちまちまと絵を描いていた。
 セファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)遊馬澪(あすま・みお)が刹那に視線をやり、仕方なく刹那は室内へ足を向けた。
「ちょっと見るだけよ」
 中へ入ってきた彼女たちを見て、アスカはすかさず画用紙を手渡す。
「はい、どうぞ。絵が上手く描けるようにアドバイスもしてるから、ゆっくりしていってね」
 アスカの頭の上でラルムが刹那たちをじっと見つめた。
「……いぢめる?」
「あ、いえ、私たちはいじめませんっ」
 と、何か近いものを感じたのか、とっさに返答するアレット。
「うん……分かった」
 ラルムはそう返すと、また絵を描くのに集中し始めた。
「……で、どうするの?」
 と、澪。画用紙を渡されたはいいが、絵を描くのかと刹那へ問うていた。
「か、描かないわけにもいかない……わよね」
 アスカは他の見学者に声をかけに行ってしまい、今さら突き返すことも出来なかった。
 しかし刹那は絵が下手だ。人前となるとさらに描く気が失せるのは当然だった。
「まあ、ずっと歩き通しでしたし、ここらでゆっくりしても良いんじゃないですか?」
 と、セファーは空いているテーブルへ歩み寄った。椅子をさっと引いて、刹那を見る。
 澪がそちらへのろのろと歩き出すのを見て、刹那は溜め息をついた。ただ大学の見学に来ただけなのに、こんなことになろうとは。
 アスカの手が空いた頃を見計らって、ラルムは声をかけた。
「アスカ……絵、描けたよ」
 ラルムサイズの小さな紙を受け取るアスカ。カラフルなクレヨンで描かれたそれを見て、アスカはにっこり笑った。
「うん、いい感じじゃない。色使いも素敵」
 褒めて伸ばすのがアスカのやり方だった。
 ラルムは無言で少しはにかんだ。言葉がないため伝わりづらいが、とても嬉しかったようだ。
「絵っていうのは、とにかく描くことで上達するの。だからもっとたくさん描けば、もっと上手になるわ」
「……うん」
 アスカから新しい紙をもらって、ラルムはまたクレヨンを握る。その様子に満足し、アスカは美術室を見回した。
 刹那たちは何やら談笑しながら絵を描いている。アドバイスをしようかと思うアスカだが、彼女たちを邪魔するのは悪いので今は遠慮することにした。――もう少し経ってから見に行ってみよう。

 みんなして迷子になるなんて、と、不満げにした和葉にオルフェリアがひらめいた。
「そうです! 不束さんは悪魔さんなので、呼べばいいですよねっ」
 そして不束奏戯(ふつつか・かなぎ)を呼び出すオルフェリア。
 しかし、現われた奏戯は泣いていた。
「不束さん、どうして泣いてるですか?」
「いや、あのね、オルフェリアちゃん……」
 迷子の巻き添えを食らった奏戯は頭を抱えて叫んだ。
「俺様呼んだら意味無いと思うんだよ、オルフェリアちゃん!」
 ぽかんとする女の子三人。
「では、不束さん! 柊さんとルアークさんのところに連れてってほしいのですよ!」
 と、オルフェリア。
 逃げ出したい状況の中、奏戯は冷静を取り戻すと改めて和葉とヴェルリアを見た。
「えーと、じゃあ携帯電話持ってる人?」
「持って――あ、めぇに預けたままだった」
「すいません、充電したまま家に置いてきたみたいです」
 哀れな奏戯は遠くを見つめて呟いた。
「うん、そうだよなー……予測はしてた、うん」
 さすがにきまりが悪そうにする和葉とヴェルリア。
「じゃあ、『精神感応』は?」
「あ、それならあります」
 と、ヴェルリアがぱっと表情を明るくした。
「よし、とりあえず俺様たちが合流してることと、現在地が分からないことを伝えといて」
「分かりました」

「……どこに行ったんだ、あいつら」
 ほんの少し前まではいたはずのパートナーたちがごっそり消えていた。
「だからあれほど一人で行動するなと……」
「たぶん、和葉とメープルも一緒じゃないかな」
「……だといいが」
 溜め息をつく真司にルアークは苦笑しか返せない。
「柊、俺たちは進むしかないんだよ。……あの迷子たちを捕獲する為に」
 気を取り直してルアークが携帯電話を取りだし、和葉へとかけてみた。繋がれば現在地くらいは分かるだろう。
「和葉、今――」
『はい、メープルよ』
 聞こえてきた別人の声にルアークの表情が一瞬固まる。
「な、何でアンタが出るわけ? ……っつか、どこにいるの?」
 メープルから居場所を聞き出すルアーク。
 真司はその様子に覚えたくない親近感を覚えてうんざりしていた。苦労しているのはどちらも同じようだ。
「分かった。すぐ行くから、絶対にそこ動かないでね」

 音楽室としての機能も果たすコンサートホール。
 見学に訪れる者も多いため、園井とマシュアは中へ入ってみた。小さな子どもを重点的に探すが、間もなくマシュアは溜め息をついた。
 その様子に気を落としてしまう園井だが、諦めてはいけない。
「あれ、あそこにいるのは確か……トレルさんの執事の、園井さん、だっけ?」
 と、コンサートホールを見学していた東雲秋日子(しののめ・あきひこ)は呟いた。そちらへ視線を向けて遊馬シズ(あすま・しず)が問う。
「秋日子サンの知り合い?」
「うん。こんなところで何してるんだろう」
 じーっと彼らを見ていると、園井が秋日子に気づいた。すぐにぱっと視線を逸らし、気づかなかった振りをする。
「……なんつーか、あの人には話しかけない方がいいんじゃない?」
「そうかなぁ?」
 シズの忠告を聞き入れず、秋日子はあえて園井へ近寄っていった。
「あのー、ちょっといいですか?」
 びくっとした園井が気まずそうな顔をする。しかしマシュアは何も知らない。
「こんなところで何してるんですか? あ、その前にお久しぶりです、園井さん」
 にこにこと空気を読まない秋日子に園井は愛想笑いを浮かべる。
「お、お久しぶりです、東雲さん」
「知り合いの方ですか?」
 と、マシュアが質問すると園井は頷く。
「ええ、ちょっとした知り合いというか……」
 シズは仕方なく秋日子の後を追ってこちらへ来た。
「あ、この近くで小さい女の子見ませんでしたか? 妹なんですけど、茶髪のストレートで背はこれくらい――」
 秋日子はシズと顔を見合わせた。コンサートホールからどうやって帰ればいいか分からなくなってはいたが、そんな子は今のところ見ていない。
「見てないです。でも、そっかー……妹さんを探してるんだね」
 肩を落とすマシュアに園井が「きっと大丈夫ですよ」と、優しく声をかけていた。
「ここに人を集められればよさそうだけど……遊馬くん、何かいい方法ないかな?」
「え? ええと……そうだ、ここで演奏でもしたら人が寄ってくるんじゃないか?」
 と、思いつきを口にしたシズはステージへ向かう。
「それ、遊馬くんがやりたいだけでしょー」
「何だよ、これでも俺は音楽の悪魔だぞ。ま、見てろって」
『悪魔の調べ・鍵の音』を取りだし、シズはキーターの形だったそれをグランドピアノに変えて見せた。
 早くも人々の視線が集まり、ホールいっぱいにピアノの音色が響き出す――。