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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●燃え尽きるほどヒート(焼肉が)

 ややスロースタートながら、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)も、石を組んで作った屋外コンロに火を入れた。
 バーベキュー用コンロの中身は木炭、すなわち炭火焼きなのである。
「皆さんで食べると美味しいかもしれませんねえ」
 彼は率先して準備を担当していた。
「さて、火が盛大になる前に最後の仕込みです」
 捲った袖の下、調理をする翡翠の腕は白く、決して太くないが、されどしっかりと男性の骨格と肉の付き方をしていた。無駄な部分は一切ない、理想的な腕の形だ。均整が取れており、しなやかで、美しい。ギリシャ彫刻のように。あるいは、日本の刀剣のように。そこには機能美を超えた美があった。
 ……うっかり彼の腕に見とれていたことに気づき、誰が指摘したわけでもないものの、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は慌てて目を逸らせた。
「バーべキューなぁ……」
 いくらか大げさに、レイスは溜息をつく。
「やるのは、良いんだけどさ。食い意地の張った奴が近くにいるの忘れてないか?」
 言いながらレイスは炎の上に網を乗せた。あとは、火の加減を見て材料を焼くだけだ。
 レイスが火を見つめていると、
「準備して動くからお腹減るよね〜。思いっきり食べていいよね♪」
 と、例の『食い意地の張った奴』、つまり榊 花梨(さかき・かりん)が川からスイカをひきあげてきたのが見えた。流水で冷やした本日のデザートなのである。
 コンロの準備が出来ているのを見るや、花梨の赤い唇に笑みがひろがっていた。
「ね? もう良い?」
「そうですねえ……」
 トングで肉を返しつつ翡翠は言った。
「中央の肉は焼けてきたと思います。このあたりから食べていって下さい。骨付き鶏肉です。塩とタレを用意しましたので、遠慮せず味わってみてください」
「やった〜!」
 本当に遠慮なく、花梨は箸で、どんどん肉を上げていく。
「あっ、それも美味しそう〜」
「おい、ぺース早いぜ、花梨」
 レイスが指摘するも花梨はどこ吹く風だ。
「平気だもん。それに、いっぱいあるし」
 やせの大食いの本領発揮、こんなにスマートな花梨が、どうしてこんなに食べることができるのか。肉も野菜ももりもり食べていた。
 彼女だけではない。このコンロの完成を心待ちにしていたクロ・ト・シロ(くろと・しろ)もどんどん食べる。クロも遠慮や仮借はしないのだ。網にスペースができるなり、ザラザラと肉を敷きどんどん焼く。
「肉は焼く、全部喰う。両方やらなきゃあいけないのが、猫の辛い所だ。覚悟は良いか? オレは出来ている」
 きりりとした顔で、胸の辺りのジッパーを上げ下げするジェスチャー(ジッパーの付いてない服だが)をしながらクロは上機嫌だ。
「肉だろ肉wwww 良いから肉食わせろwwwww」
 それをラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)がたしなめた。
「クロ、そんなに急いで食べずとも……しかも肉ばかりでは健康に悪いですよ」
 しかし、現在のクロには馬耳東風もいいところだ。
「何言ってんだwwww タダメシが喰えると聞いたぞwwwwwwwwww タダメシといえば肉だwwww おっととっと肉だぜwwwwwwwwwwww」
 そういえばクロの『w』はなんと発音しているのだろう。少なくとも『だぶりゅー』ではないようだが。
「そこの肉も取れwwww すぐ取れwwww」
「こっちはまだ火が通ってませんが……あ、こっちならもう大丈夫でしょう。はい、どうぞ」
 取ってやりながらラムズは決めた。このままでは良くない。
「クロ。肉ばかり食べてないで、野菜もちゃんと食べなさい。ほら、これなら焼き具合も丁度良いですよ」
 と言って彼は、網の端に集まった人参や葱やピーマンを皿に載せた。
「あん?ww野菜? 止めろよwwオレを誰だと思ってやがるwwww」
 逃れようとするクロを、
「ダメですよ。はい、あーん」
「だから乗せんなってwwwww止めっ、止ーめーろーよーwww」
 やや強引にこちらを向かせ、ラムズはたっぷり野菜を馳走したのである。
 これが、よろしくなかった。
 例の国民的長寿アニメのヤングミセスのように、「ンガング」と野菜を咀嚼し飲み込んだクロは、次の瞬間顔面蒼白となった。
「……これは、青酸カ……じゃなくてネギッ!?」
 葱はだめだ。葱はだめなんだ。
 なぜって、クロは猫だから。
 猫にとって葱は死の食べ物である。具体的には赤血球が破壊される怖れがあるのだ。
「おのれラムz……うぇ、本気で洒落にならねぇ……」
 クロはこの言葉を最後に悶絶した。
「あれ? どうしました?」
 すぐにラムゼも非常事態を察知したが、まだその原因を食べ過ぎだとか思っている。
「ちょ、ちょっと待って下さい! こんな所で吐くのは止めて下さい! 他の人の食欲が削がれます!!」
 彼は、ぐったりしたクロを抱きかかえた。しんなりと脱力しており、思った以上に軽い。
「ほら、立てますか? あーもうっ、世話の焼ける……とりあえず、手洗い場までは持たせて下さい」
 かくてラムゼは誤解したまま、ずるずるとクロを運んでいくのであった。
 クロの命運や、如何に。

 さて、翡翠はといえば、自分が食べるのは最小限にして、皆の給仕をずっとやっているのだった。
「皆さん、ものすごい食欲ですねえ? 焼けたのですが、おかわり要る人は?」
 コンロ回りの男女が、はいはいと手を挙げていた。さりげなく、サクラ・アーヴィング(さくら・あーう゛ぃんぐ)の姿もあった。
 ずっと火の番の翡翠を気遣って、レイスは彼にグラスを手渡した。
「翡翠、火のそば、熱いだろう? これでも飲んで水分補給して、食われる前に食べろよ」
「ありがとう」と一口飲んで、「けれどご心配なく、合間合間に少しずつ食べてますから」
「ならいいんだけどさあ……」
 レイスの言葉はここで途切れてしまった。
「やれやれ……」
 レイスは、ぺたっと額に手をやって溜息した。花梨が眼を白黒させ、自分の胸をどんどんと叩いているのが見えた。あれが威嚇行為でないとすれば、急いで食べ過ぎて喉に食べ物を詰まらせかけたのに違いない。
 とっさに翡翠は、自分が飲んでいたグラスを手渡した。
 夢中で花梨は受け取って、一気にぐーっと飲んで大きく深呼吸した。
「花梨、大丈夫ですか? これ飲んで、落ち着きましたか?」
「ん、ありがとうだよ。あれ、このコップ……えへへ」
 と真っ赤になってしまう花梨である。なぜって、事故のような状態とはいえ彼と間接キスしてしまったのだから。
「お前、顔、にやけすぎだ。不気味だぞ」
 レイスはぶつくさと言いながら、赤面した花梨の顔写真を、さりげなくカメラで撮っておく。まあ、いまの花梨は可愛いではあった――レイスとしては、素直に認めたくないけれど。
「ふふふ、カメラね」
 そのとき、背後から声をかけられてレイスの腕に、さーっと鳥肌が立った。
 サクラだった。感情らしい感情のない、平板な口調が妙に怖い。
 いつの間にか背後に立っていたのだ。
「カメラでしょう?」
「そうだけど……」
「撮ってあげましょうか、彼と?」
 サクラは目で翡翠を示した。
「あ……頼むよ」
 案外、親切な少女なのである。サクラを誤解していたかも、とレイスは思った。
「私って」
 カメラを彼から受け取り、サクラは言った。
「心霊写真を、撮りやすい体質なのよね」
「えっ!?」
「冗談よ」
 ふふふ、とサクラは平板な口調で笑った。