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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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13.宝剣の持ち手



「可愛い寝顔だね」
「そうですね」
 氷藍が最初抱き上げた安徳天皇だったが、何故だか途中でずるいと言われ、抱っこする役割を途中で交代しながら進む事になった。敵の姿もほとんど見えなくなったから、少し気が緩んできたのだろう。
 希望したわけではないが、佐野 和輝(さの・かずき)にも順番が回ってきた。もともと疲れはピークだったし、抱き上げられるのにも馴れてきたのか腕の中で安徳天皇は寝息を立てはじめた。むしろ、よく電源が切れるギリギリまで動いていたものだと感心する。
「…………」
「どうかしましたか、アニス?」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)の視線は、なんだかいつもと違う気がしたので尋ねてみたが、別にぃ、と気の無い返事が返ってきた。
「……はぁ」
 さのうえ、今度は魔装のスノー・クライム(すのー・くらいむ)がため息をつく。
「どうかしたのですか、お二人とも?」
「なんでもないよ」
「私から言うことはないわ」
「何か言いたい事があれば、言って欲しいんですが」
「別にぃ」
「何でもないわよ」
 どう考えても何かある反応だと思うのだが、何か悪い事でもしてしまったのだろうかと和輝は考えてみるものの、別段何かおかしい事をしたつもりはない。
 もしかしたら、自分が考え過ぎているのだろうか。こんな小さな女の子を抱っこするなんて経験は滅多に無いし、しかも超重要人物である。何かあったら大変だ、と自分で思っている以上に気構えてしまってるのかもしれない。
 その考えは、和輝にとって十分納得できるものだった。ほんの少し、自分が緊張しているそれだけの話である。
「…………」
 当然、その考えは間違っていた。
 スノーは呆れるしかなかった。どう見てもやきもちを焼いている顔のアニスに、和輝が気付かない理由がわからない。普段はそこまで鈍感ではないのだが。
 最も、アニスもアニスである。安徳天皇を抱っこしているのは、彼女が動けないからであって、それ以上の理由は無い。しかも相手は、抱っこされて間もなく眠り込んでしまっている。
 沸きあがってくる気持ちまで悪いとは言わないが、せめて隠す努力もすべきだろう。まぁ、隠さなくてもバレない前例がチラホラとあるから油断しているのかもしれないが。そうなると、やはり悪いのは和輝か。
「……はぁ」
「疲れてるのですか?」
「ええ、そうかも」
 全くこの人は、と沸きあがってくる感情を魔鎧の時は隠さなくていいのは楽でいいなとスノーは思った。



「ほんとにこっちで道あってんのか?」
「恐らくは……」
 何かに導かれるようにして、というのはこういうのを言うのだろうとレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は感じていた。宝剣が持ち主を恋しがっているのだろう。
「うまく、抜け出せましたね」
 少し遅れていた重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が戻ってきた。友美たちは、こちらに注意を向けないでくれたらしい。安徳天皇の捜索に来たメンバーはそう多く無い、時節柄どこも人が足りていない状況のため人数を集めるのも難しかった。こちらに人を割くほど余裕がないのだろう。
「悪い事したな、トモミンには」
 向こうは向こうで頑張ってもらうしかない。武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)はそう割り切って、不安なレイナの道しるべに従う。
「……ここまで、助かりました」
「礼を言うのなら、全部終わったあとだ。ったく、信じてるんだろーけど、レイナ一人に仕事させ過ぎだろうが」
「助けに来ていただかなければ、剣を届ける役目も果たせぬかもしれませんでした」
「運が良かっただけだ……あぁ、あん時の事は内緒でな。ちょっと、やり過ぎた」
 最初は実里と行動するつもりだった牙竜だったが、様子を見ていたレイナが襲われているのをつい助けてしまってから、実里達を離れて彼女と共に行動することに決めた。
 相手はちょっとレベルの高い悪漢といったところだったが、いつものレイナなら放っておいてもいいはずだったろう。どうも、この問題に関わってから妙な隙が出ることがある。
 戦うつもりで動けばいつも通りなのがまた厄介で、忠告するのも難しい。
「……この宝剣があれば、過去をやりなおせるかもしれないんですよね?」
「ん? ああ、俺はそう聞いてはいるけどな。どこまで本当かはわかりゃしないぞ」
「静麻は、そう信じている。どうですか?」
「……さぁな、本心を聞いちゃいないから」
「それが何か問題があるのですか?」
 リュウライザーが尋ねる。
「……いえ、問題はあるかどうかはわかりません。静麻の望みが、歴史の改ざんなどであるのならば、何を望むのかなと」
「誰だって取り戻したい過去や、やりなおしたものってのはあるかもな。トモミンの話も、そういうもんだったろ」
「そうですね……小谷先生も、もしコレがあれば自分の過去を修正するのでしょうか?」
「さぁな。でも、トモミンはその剣の話も、龍宮の話も聞いてるはずだぜ。あの時、一緒に居たからな」
「そうですか」
 それ以上、レイナは何も言わなかった。
 宝剣は静麻を主に選んだ。口にはしないが、時折見せる焦りのような表情から、静麻は願いを叶えたいと思っていることはレイナもわかっている。宝剣を届けるのは、騎士であるレイナの大事な役割だ。
 しかし、取り戻したいと願うほどの大きな過去の出来事は、同時にその人そのものを大きく変えた出来事でもある。友美の過去が修正されたら、天学に教師としてやってくる事は無かったように。
 この宝剣を預け、その願いを達成したあとに残るは、自分の知っている閃崎 静麻なのだろうか。
「敵が近づいてます」
 周囲の警戒をしていたリュウライザーがまず反応する。
「防衛システムの生き残りか……あれだけ損傷してるってのに、まだ自分の仕事を果たそうとするなんて男だな」
 既に動いているだけの状態の防衛システムが道を遮る。戦闘なんてしなくても、しばらくすれば勝手に機能が停止しそうだ。それでも、自分の役目を果たそうとしている。
「……あれが、騎士のあるべき姿ですね」
 自分の剣を抜き、レイナは下がっていろと声をかける二人を無視して、防衛システムにとどめをさした。
「おいおい、無茶すんなよ」
「確かに危険な相手ではありませんが、何があるかわかりません。自分の立場を考えてください」
「すみません」
 不安は残るが、それでも信じるしかない。結局、そうとしか考える事ができない。
 あの防衛システムが戦えなくとも役割を果たそうとしたように、信じるしかないのだろう。今の自分にできることは。
「行きましょう、もう静麻は一番奥にたどり着いているかもしれません。あまり待たせるわけにもいかないですし」
「……のんびり昼寝でもしててくれれば、少しは安心できるんだけどな」



「やっぱり、先に突入した人が頑張ってくれたみたいね」
 安全確保を兼ねて、ほんの少し先行する館下 鈴蘭(たてした・すずらん)が一人ごちる。そこらじゅうに、という程でもないが、破壊された防衛システムの残骸をいくつも見つけた。
 一通り周囲の警戒を済ませて、友美達のところに戻る。
「ここまで楽させてもらうと、なんか悪い気がするね」
 偵察結果を聞いた霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)が、マップを確認しつつ言う。
「でも、戦利品は全部持ってかれちゃってるかもしれないわよ」
「龍宮のお宝ってやつ? 調査の人はそんな泥棒みたいな真似するとは思えないけど。あ、ちょっと地図見せて」
 友美が会話に混じるってくる。沙霧の地図を見ながら、自分達の居場所を確認しているようだ。冒険や探索は、契約者の方がずっと経験豊富なのは友美もわかっているのか、確認はするが判断そのものはみんなに任せる形を取っていた。
「……このまま突き進んだら、建物の向こう側にでちゃわない?」
「戦闘の様子を見る限り、こっちがわから向かってるみたいなの。だから、たぶん何かあると思うんだけど」
「そう。なら行ってみるしかないわね」
 数十秒の作戦会議が終わり、また探索を再開する。
 それからも、同じような作戦会議を何度か繰り返しながら、探索範囲を広げていった。困った事に、ここに居るのは安徳天皇だけではなく、調査隊の人もいる。人が通った痕跡を追っても、必ずしも安徳天皇にたどり着けるとは限らない。
「……大丈夫かな」
「なにが?」
 ぽろっとこぼれ出てしまった沙霧の独り言を、鈴蘭は見逃さなかった。
「マップはきちっとしてるし、退路の確保もしてるんでしょ? 調査隊のおかげで後ろから襲われる心配も少ないし、何か問題ってあったっけ?」
「そういうのじゃなくて、安徳ちゃんのことが」
「そうならないように、急いでるんじゃない。それに、大丈夫よ。きっとね」
 トモミン先生の話は正直ちょっと意外だった。影をまとっているような人ではなかったし、今までそんな素振りを見せた事もない。むしろ、もっとすっからかんな人かと思っていた。
「トモミン先生も、安徳天皇も強い人だからね」
 小さなマップが建物のおおよその構造を推測できるぐらい埋まってきた頃、ついに追いついた。発見した鈴蘭は一度友美らに報告してから、再度様子を確認する。特に戦闘に巻き込まれている様子ではなく、広間で休憩を取っているようだ。
「無理やり近づいて敵だと思われたら大変どうしよう」
 そう言う沙霧の考えは、確かに可能性としてあった。安徳天皇は学院からだ脱走しているのだから、追われれば逃げるかもしれないし、最悪戦闘の可能性だってある。
 みんなで話し合った結果、友美と一人か二人で向かい、相手にこちらが戦意は無いというのを見せるべきだろうという事になった。友美は契約者でないからそこまで危険視されないし、安徳天皇の友人であるなら二人の関係も知っているはずだ。
「学校としではなくて、トモミン先生個人が追ってきたって事にするのね。なんか、一般人を盾にとるような作戦みたいで嫌だわ」
「見た限り、向こうの方は戦力は上なんでしょ。力で防がれたら、こちらはどうしようもないのよね」
 先行して突入したなら、ほぼ万全のこちらと違ってかなり消耗しているはずだろう。対してこちらは移動しかしてないから万全だ。もっとも、そうなったら最悪の状況なのは間違いないが。
「だったら、トモミンの護衛はミー達が引き受けるヨ。一人と一匹、戦えるしいざとなったら壁を壊して逃げれるからネ」
 ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)は、任せてくれよという意味なのか、大きく欠伸をしてみせた。



(三枝は破れたか、尊大な態度を取るわりに、あっけないものだ……人間などというものは、その程度のものなのだろう)
 かく言うパジャールも、決して状況はよいものではなかった。
 あれだけ量産した我が身の分身も、そのほとんどを失ってしまった。あの小娘、佐野実里が託されたものは、恐らくどこぞの誰かの身の一部だろう。パジャールの体を研究し、その命令権を書き換えられるナノマシンを、小娘が自力で用意できるとは考えられない。
(…………おのれ)
 奴らは何故邪魔をしてくるのだろうか。
 自分は何も間違った事をしようとは思ってはいない。正しき世界を作るために、正しき王を立ててやろうとしただけだ。この世界で、自分ほど王に向く存在は無い。
 だが、今の状況は鷹が羽と嘴を失ったようなもの。三枝ももう使い物になるとは思えない。契約を解除するのは手間だが、また力ある何者かを手に入れなければ、失ってしまった我が身を取り戻す事はできないだろう。
 準備に今度は何年かかるだろうか。
 恐らく、ポータカラ人どもはあの不安定な装置を利用できるとは思っていないのだろう。だからこそ、小娘を代理人として立てて使ってきたのだ。それに、今回の事は失敗に終わるが、得たものが何も無いわけではない。
 龍宮の場所や、そのシステムにある程度食い込むことができた。次は、もう少し頭の回らない奴を利用するべきだろう。三枝の思い切った行動で、必要なものは大体揃っているのだから、次は奇策に走らなくとも十分目的を達成できる。
(……あれは)
 隙間に入り込んで、移動をする最中にパジャールは人間の集団を発見した。奴らにここのシステムは扱い切れない。放っておいてもいいものだったが、その中に安徳天皇の姿を見つけて気が変わった。
(現在の管理者か。この施設の価値もわからぬ流れの者だが……消しておけば、のちのち楽ができるな)