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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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14.監視する役目



 誰が悪いという話でもないだろう、少なくとも大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の中でこの失態はそういう類いのものだった。
「……聞いてた話と、違うのだが?」
「ええやん、ええやん。致命傷にはならんかったやろ?」
「まぁ、その機転のおかげであの子も無事だったのだ。これ以上は無粋なのだろうな」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は強がってみせる。少し出血は多いが、止血さえすれば命に響くほどのものではない。
「すまぬ、妾が……」
「ちゃうで、安徳天皇。こういう時は、ありがとさん、って言うんやで」
「それではあまりにも軽い口調ではないか?」
「堅苦しい挨拶なんてめんどくさいだけやろ。それともあれか、顕仁はこの恩を一生安徳天皇に背負って欲しいと思っとるんか?」
「そういうわけではないが……っ」
「痛むのか、だれか手当てを」
「騒ぐほどのものではない。が、血は止めておかねばならないか」
 途中からすっかり姿を消した、あの液体金属の生き残りが突然襲い掛かってきたのだ。途中、その残骸をいくつも見かけていたので、誰かが倒していたのだろうと考えてみんなすっかり忘れてしまっていた。それよりも、安徳天皇の体力の方が大きな問題だった。
 生き残りは、ほんの一握り程度の量だった。それが、天井近くの通風孔から針となって安徳天皇に飛んできた。音も無く、声も無く。
 それに最初に気付いたのは、そこで伸びている小谷友美だ。突然、彼女が一人で走ってきた時は何が何だかわからないかったが、その表情は尋常ではなかった。
 何かが発生しているのは間違いなかった。友美がこの場でそんな表情になる理由としたら、安徳天皇しかないと考えた泰輔は咄嗟に召還で顕仁を安徳天皇の壁になるように配置した。
 予感は見事的中。顕仁は肩に穴をあけられてしまったが、液体金属の生き残りは安徳天皇の暗殺に失敗、不恰好に逃げ出していった。ちなみに、顕仁が重症にならなかったのは単に偶然だ。そこまではさすがに策をめぐらす暇は無かった。
 おかげで、安徳天皇も割り込もうとしていた小谷友美も無事だ。
「気ぃ、失っとるがこっちは大丈夫みたいやな。しっかし、無理するなぁ、あのままやったら心臓近くにアレが刺さっとったで」
 どれだけ無理をして飛び出してきたのか、安徳天皇を守るために飛び込んできた友美はそのまま壁に激突して気を失ってしまった。顕仁を召還しなかった時のことを考えると、あまり笑えない。
 あの金属生命体は、すぐに何人かが追っていったから戻ってくる事は無いだろう。
「貴殿のおかげで、妾は助かった……ありがとう」
「今後は、自分の身を守れるように護身術を学ぶべきであろうな。今は、それどころではないのはわかっているが、戻ったら少し手ほどきしてやろう」
「うむ。覚えておこう」
 顕仁も手当てが進み、安徳天皇もひとまず落ち着きを取り戻した様子だ。思えば、従軍経験があの歳であるのだから、血に怯えるなんてことも無いのだろう。
 今後はより一層周囲に警戒をするとして、あちらの団体さんをどう扱うかと泰輔は思案をめぐらす。友美を連れ添ってきているという事は、天学からの捜査チームだろう。目的は安徳天皇の保護のはず。すんなりと見逃してくれるとは考えられない。
 ここまで十分無理をしてきたのだ。それを無為にしてしまうわけにはいかない。なにぶん、一番無理をしていると本人がわかっているだけに、身の安全程度で安徳天皇は引かないだろう。
「……あの仮面は、まだあるかえ?」
 声がした。聞いた事のある声だったが、声の主とは言葉使いが全く違う。
「お主、まさか」
 一番驚いているのは、安徳天皇なのは間違いなかったが、ほとんどの人がその喋り方である人物を思い出していた。
 ゆっくりと声の主である友美は体を起こすと、どこか焦点の定まらない眼で安徳天皇を見つめて、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「こ、ここにある……」
 安徳天皇が懐からあの仮面を取り出した。それを手渡す彼女の手は震えていて、突然の出来事に誰もがただ見守るしかできないでいた。
「君がお持ちであられましたか……これなければ、どうも調子が出ないゆえ、助かりました」
「お主、尼ぜなのか……消えたのでは、無かったのか?」
「お久しぶりでございます。ええ、消えたと思うていたのですが、どうもまだ未練が残っていたのやもしれません」

 安徳天皇を襲った液体金属の生き残りを御剣 紫音(みつるぎ・しおん)綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)は追っていた。まるでスーパーボールのように、びょんびょん跳ねながら逃走を図っているパジャールは早いうえに動きが予測できない。
「気をつけるのじゃ、いつ不意打ちがくるやもしれん」
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が忠告する。
 彼女が言うように、攻撃してくるのなら十中八九不意打ちだろう。まともに戦えるような能力が残ってはいないはずだ。
「ちょろちょろと、鬱陶しいのう!」
 アルスの天のいかづちが、獲物を捕えられない。電気を通しそうな体だから、見た目と違って電気を引き寄せる性質は無いのかもしれない。
「あのサイズであの動きをするのを狙うのは難しいどすなぁ」
 風花も曙光銃エルドリッジで狙っているが、不規則に飛び回るこぶしほどの大きさのターゲットを捕えるのは容易ではないらしい。
 このまま、アレが飛び出してきた細い隙間みたいなものまで逃走されてしまったら、追うことができなくなる。
 逃がしてしまえば、また襲われる可能性がある。細い隙間や物影に隠れられたら、見つけるのは難しいだろう。形が不定形なため、ありとあらゆる場所を警戒しなければいけなくなってしまう。
 ここまで消耗しながらたどり着いたのだ。これ以上、気を張る行軍は危険だ。現に、一人が安徳天皇の盾になって負傷している。
「多少の危険は覚悟の上で、突っ込む!」
「間合いに入ると、何をしてくるかわからんぞ? よいか」
「目には自信がある。それに、何かあったら頼むぜ」
 紫音の言葉に、アストレイアの魔装としての矜持が奮い立つ。
「いいじゃろう。我、魔鎧となりて我が主を護らん!」
 紫音がパジャールとの距離をブレード・オブ・リコの間合いまで一気に詰める。風化とアルスも、援護に回れるように左右に広がって備える。
「―――見えたっ! そこだ」
 空気を切る音とともに、パジャールを真っ二つに切り裂いた。
「終わりじゃ」
「捕まえたどす」
 まとは更に小さくなったが、動きは単純な導線になった。右と左それぞれに分かれた欠片を、天のいかづちと曙光銃エルドリッジがそれぞれ捕えて穿つ。
(ぐあああああああああ)
 突然の悲鳴に、四人は足を止めた。
「今の声……」
 誰の声だろうか。どこかで誰かがやられた、にしては声の聞こえた場所はかなり近かった。自然と、全員の視線がたったいま破壊した液体金属に向かう。こいつが声の主だろうか、しかしもう完全に壊れているはずだ。
 これが先ほどの悲鳴をあげたのなら、それこそ、完全に破壊したという事だろう。
「……これ以上、安徳天皇から離れるのは怖いな。戻ろう」
「そうどすなぁ」
「小谷先生らも来ておるみたいだし、あっちもあっちで厄介そうじゃのう」
 最悪の場合、友美の率いる集団と戦闘もありうる。戦うつもりは微塵も無いが、実力行使をしてくる可能性も否めない。
「急ぐべきじゃな」
 四人は、すぐに今来た道を戻っていった。
 
 コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)という人物は、随分と人が悪いと思う。
 思えば、本人から聞いた意思も怪しいものだ。本心でないわけではないが、むしろアレは手駒をちゃんと使える形に整備するためのものだったのかもしれない。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)と共に龍宮に潜り込んでからは、息つく暇さえ無かった。
 コリマがまず問題視していたのが、龍宮に潜入していた三枝とパジャールの存在だ。だが、彼らの武器であるパジャールは正攻法で倒すのは難しい。そのうえ、推測含みであったが、ポータカラ人であるパジャールは龍宮についてこちらより情報を多く持っていると考えていた。
 手出しができないわけではないだろうが、まともに倒すのならばそうとう力を差し向けなければならない。ましてや、後ろ盾はあっても個人行動以上の手は出せない唯斗等では少し荷が重過ぎる。
 しかし、ポータカラ人にはポータカラ人の倫理がある。彼らに頼まれて行動していた佐野実里に、全く手立てが無いとは考えられない。コリマの推測は見事にはまり、直接手をくだすまでもなく、実里達は自分達の目的である裏切り者の討伐を終えた。
 パジャールの援護をなくした三枝も、その後調査隊に破れて捕まった。これで、問題の一つがほぼ片付いた事になる。
「まぁ、忍びらしいといえば忍びらしいですね」
 地面に潰れた形で落ちているパジャールの欠片を、唯斗はコリマに託された小瓶に封印した。このサイズまで削れば、質量の問題でパジャールはこの瓶を破壊することはできないらしい。
「兄さん」
 睡蓮に呼ばれて振り返ると、功労者の実里達の姿があった。随分と消耗しているのか、実里は久世 沙幸に肩を貸してもらっているようだ。
「……それを……どうするつもり?」
「ここに来たという事は、これが本体で間違いないようですね」
 プラチナムの言葉に、向こうが警戒している様子が伺える。
 龍宮の研究データほどではないが、このパジャールも相当な知識と技術を溜め込んでいるのは間違いない。個人の意思があるため、扱うのは厄介だろうがうまく利用できればそうとうな力になるだろう。
 そんな事を、ポータカラ人が危惧しないわけがない。
「どうもしませんよ。ただ、危険なので捕まえておいただけです……どうぞ」
 こともなげに、唯斗はパジャールを封印した瓶を実里らに投げてよこした。
 受け取った実里は、少し驚いたようだ。わざわざ捕まえたパジャールの有用性を知らないわけがないと思ったのだろう。
「最初から、ソレは実里に渡すように言われています。正確には、あなたの背後にいる人ですが」
「なぜ?」
「そういう約束だからですよ。前もって、色々と知らされる代わりに、必要以上に場を荒さないように勤める。パジャールはあなた方の功績で排除され、三枝も調査隊によって囚われる。あとは、宝剣と宝玉二つの行方を見守る……そんな感じですね」
 要するに、裏方だ。何か問題がありそうなら手をだすのもやぶさかではないが、基本的にはそれぞれ全員の行動を信じて見守り、全部の流れを確認したのちに依頼者にそれを報告する。
 幸い、事態はコリマの想定の範囲内で進んでいる。安徳天皇が倒れたのは予定になかったが、仲間内でなんとか対応しているし大丈夫だろう。
「誰に頼まれてるの?」
「秘密です。しかし、あなた達にも安徳天皇にも悪意があるわけではない、と言っておきますね」
「兄さん、そろそろ……」
「それでは、こちらもまだ仕事が残っていますので失礼します。もう何も無いとは思いますが、無茶は程ほどに」
 追ってくるかとも思ったが、あっさり実里達は唯斗達を見逃した。こちらの言動を信じたというより、こちらの裏側を察したのだろう。
 適当に距離を取ってから、受け取っていたマップを開いて次の目的地を確認する。
「次は、宝剣ですね」
「こちらに関しては、コリマ氏も予測はできないと言っておりましたが、マスターはどう考えますか?」
 龍宮の研究の結晶についても、ささやかな知識だが受け取っている。いまいちはっきりとしないものでもあるが、人間に扱えないというのは三枝の言葉と同じものだった。
「……予測ができないのなら、この目で見るだけですよ。もう、宝剣も静麻に届いた頃でしょうし、間に合うようにしないといけませんね」