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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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4.龍宮内部



 未知の施設であるはずなのに、実里は迷うどころかまるで既知の場所を歩いているかのように、どんどんと前へ進んでいっていた。分かれ道にでくわしても、立ち止まりさえしない。
 ほとんど人が踏み入れていない龍宮の内部だ。少しはじっくり見てみたいなんて思うのが人の心というものだろう。少しでも周囲の風景に目を向けていると、置いていかれてしまいそうなペースは少しもったいないようにオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)には思えた。
 しかし、そんな高速の進軍もいつまでも続かなかった。
「聞いた事ない言葉ですね」
 立ち止まった一行の中、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がこぼす。
 だが、鳴り響くサイレンの音と、機械的な発音をしていることから、ある種の警告か何かだというのはなんとなく予想できる。入ってすぐ迎撃を受けたので、侵入はとっくに露見しているはずだが、今更になってなぜ警報が鳴り響く理由がわからない。
「外で……何かあった……」
 実里は警報が鳴っているスピーカーを見上げていた。
「この言葉がわかるの?」
 桐生 円(きりゅう・まどか)の問いに、ふるふると実里は首を振る。例の、依頼主の使っていた言葉なのかもしれない。
「外? あ! 外だよ! うん!」
 唐突に、何故か一人でミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は納得した様子だ。龍宮の外で何かあるのが、彼女に何故わかるのか、と考えてみたところでオリヴィアにも検討がついた。
「龍宮調査の話ね。あれって今夜って聞いたけど」
 時計を見る、時間は午後四時近い。夜になったら行われるという話は知っていたが、少しばかり早い。準備か何かの段階で、龍宮を刺激してしまったのだろうか。しかし……かなり早く出向いたつもりだったが、一つダンジョンを突破してここまで向かうのには時間がかかっていたようだ。
 だが、とりあえず警報の謎は解けた。これで、こちらに対する警戒が少しでも和らげば、なんて考えたオリヴィア達を小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が突然抱きかかえて横に飛んだ。
「危ないっ!」
 声が聞こえてきたのは少し遅れてからだ。もしくは、聞こえていたけど脳が理解するのに少し間があったのかもしれない。それよりも、つい先ほどまで自分が立っていた場所に分厚いシャッターというか隔壁らしきものが降りている事に意識を持っていかれていた。
「……防衛するなら、こういうのも必要だよね」
「どーしよっか、壊せそうにないよ、これ」
 実里を含む、ほとんどのみんなは向こう側だ。こちら側には、円・オリヴィア・美羽・ミネルバ・ベアトリーチェの五人。
 隔壁の向こうから声が聞こえてきたので、声は通るようだ。
「大丈夫! 先に行ってて、こっちはなんとかするから!」
 美羽が大声で返事をすると、向こう側からわかったと声が返ってきた。足音までは聞こえないが、気配が遠ざかっていくのがわかる。
「さて、どうしよっか?」
 とりあえず実里達は先に行かせたが、知らない場所の随分奥までノンストップで駆け抜けてきたのだ。今の場所もいまいちわからないうえ、遠くのあちこでも隔壁が落ちているであろう音が届いている。道を全部暗記していたとしても、もうマップはだいぶ塗り変わってしまっているだろう。
「ほんと、困ったものですね」
 ぬっと壁から人が出てくきた。
「幽霊っ!」
「いや、幽霊なんてそんな珍しくないわよ!」
「あいつの顔、三枝よ!」
 三枝仁明は、五人を眺めてため息をついた。
「隔壁に阻まれるとは運の無い。宝剣も持たず、安徳天皇でもない侵入者の首謀者に色々と尋ねてみたかったのですが」
 三枝が出てきた壁をオリヴィアは観察していた。ただの壁かと思ったが、よく見るとドアノブらしきものが飛び出している。
 ここまでほとんどただの通路だと思っていたが、実際には部屋みたいなものがあったのだろう。それを、ナノマシンの集合体であるパジャールで覆って隠していたのだ。何のために、という疑問は今は必要無い。既に、今この地点がパジャールに覆われているという確信がもてただけで十分だ。
 ベアトリーチェと視線を合わせ、互いに頷く。
「凍ってください!」
「凍りなさい!」
 二人して、ブリザードを放つ。床壁天井に氷が張っていく。凍らせてしまえば、あの厄介なナノマシンの動きも止められるはずだ。さらに、こちらとタイミングを測ったわけではないが、美羽とミネルバが飛び出していく。
「くっらえぇぇぇ!」
「いっくぞぉぉぉ!」
 必殺の全力キックと、大剣による渾身の一撃。どちらも、まともに当れば交通事故のような破壊力だ。生身の人間である三枝に直撃すれば、ひとたまりもない。
「凍らせる、ですか。確かに、せっかく撒いておいた分は使い物になりそうにないですね」
 三枝は上着を脱ぎ捨てる。その内側には、高そうなシャツでも、盛り上がった筋肉でもない。まるで潜水服のように、パジャールが張り付いていた。
「あんなところに!」
 前に出た二人が射線を封じているため、ブリザードで援護できない。
 三枝の体に巻きついているパジャールの一部が飛び出し、三枝の一歩手前で小さな盾を形成する。それに、美羽の蹴りが入った。蹴った感触として、それほど硬いものではないし、威力もそこまでそがれていない。が、蹴った瞬間くだけたはずの盾はすぐ手の形になって、彼女の足を掴んだ。
 ぐいっと引っ張られて投げられた先には、ミネルバの姿。事故でも剣を当てるわけにはいかないとミネルバが意識を向けた瞬間、三枝の蹴りで後ろに吹き飛ばされる。
「危ない危ない、寿命が三日は縮んだね」
 そうして、最初の立ち居地。
「いたたたた」
 美羽とミネルバもすぐに起き上がり、すぐに構えなおす。
「器用なんだね」
 円は魔銃モービッド・エンジェルの引き金を容赦なく引いてみせるが、予想通りあのパジャールが邪魔して三枝には届かない。眼は三枝を捕えながら、後ろに回した手でオリヴィアに合図を送る。
 見れば、凍らした床や壁に既に亀裂が入っている。あの量ですらパジャールは厄介なのに、全て開放されたら手がつけられない。不本意だったが、一度体勢を立て直さないとこのままでは勝ち目が無い。
 しかし、背後は隔壁、前面に三枝。となるとどこに逃げるか、とオリヴィアの目に先ほど三枝が出てきた壁が映った。扉があったあの地点なら、容易に破壊できるだろう。あとは、うまいこと道が続いているのを祈るだけだ。
 もう一度オリヴィアはベアトリーチェと視線を合わせ、今度は三枝本体に向かってブリザードを放った。着弾したか、効果があったかは確かめなかった。

 

「……右の通路から、子ガニが二体くるわ」
 禁猟区に反応あり。神崎 零(かんざき・れい)はすぐにそれを一緒に居る仲間に伝えた。
 龍宮内部に乗り込んでしばらくすると、突然のサイレンに聞き覚えの無い言葉による警報。龍宮調査の日と被っているとは知っていたが、まさか内部にもここまで影響するとは思わなかった。
 安徳天皇が言うには、この警報とシャッターは中枢システムを介していない、独立したもののため操作さえちゃんとできれば、停止させることもできるという。
 そんなわけで、零を含む何人かは別働隊として防犯システムを停止させるために警備室までたどり着いたのだが、ここで一つ問題が生じた。
「……どう思う?」
「タッチパネルみたいだな」
「そうだね。で、何て書いてあると思う?」
 操作パネルの前に二人、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)神崎 優(かんざき・ゆう)が居るのだが、遅々として警報が鳴り止む気配が無い。警報の声と同じように、見た事の無い文字が並んでいて、作業が進まないのだ。
 下手に触ると何が起こるかわからない。持ち前の知識を総動員して解読に挑むものの、今の状況、子ガニと暫定的に名づけた防衛システムの室内用の小さい奴、が次々と迫ってきている状態では落ち着いて考えられるはずもなく解読は一行に進まない。
「……ひとまず、追い払ったわね」
「電気がよく効くのは救いですね」
「しかし、気力がいつまでもつか」
 迎撃に回っている神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)には若干の疲労の色が見え初めていた。三つ又の通路に部屋が面しているため、少しでも気を抜くと簡単に背後を取られてしまう状況がじわじわと響いていた。
「……このタグがついているのが、今動いている防犯システムみたいだな」
「じゃあ、ここを少し触ってみようか」
 何が起こるかわからないが、それでも何かしないと先に進まない。
 この表示はきっと隔壁に関係する何かだ、と推理した二人はついにそれを操作してみる事にした。画面に触れると、反応するような音がした。
 そして―――
「なにをしてくれるんじゃ!」
 警備室の防衛にまわっていた天津 麻羅(あまつ・まら)が室内に飛び込んできた。
「ど、どうしたの?」
「隔壁が開いてしもうたではないか!」
 優と緋雨は、小さくガッツポーズ。読み解けたわけではないが、なんとか隔壁を開く事ができた。これは大きな一歩だ。
 なのだが、麻羅は喜んでいる様子は無い。
 その理由はすぐにわかった。他の面々も、急いで室内に飛び込んできたからだ。そして、扉がすぐに変形するぐらい銃弾らしきものを浴びている。
「……隔壁を開いたら、そこから増援が来てしまったと」
 他に出口などない。幸い、小型とは言ってもあの子ガニのサイズではこの扉をくぐれないため、敵がわらわらと乗り込んではこないだろうが、安徳天皇のあとを追うのはちょっと無理そうだ。
 それでも無理を通そうとしたのか、扉に群がった子ガニ同士で先頭にいたものが潰されて完全に扉を塞いでしまった。
「さて、どうするつもりじゃ?」
「まぁ、こうなってしまっては仕方ないな」
「そうですね。一応、安全にはなったみたいですし」
「やれやれ、こんな形で閉じ込められるとはな」
「とりあえず、安徳天皇の道を開いたんだし、それでよしとしよっか」
「あれが活性化したのは外の龍宮調査が原因よね。彼らが入ってきたら、あれをどかして調査してくれるでしょ、たぶん」
「では、それまでの間もう少しあの機械を触ってみるか。まだ色々とできることが絶対にあるはずだしな」



「―――っ!」
 耳を塞いでもびりびりと響く葉月 可憐(はづき・かれん)の咆哮を、一人アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)は涼しい顔で聞く。
「ん。ほんとに地形が変わったみたいだねぇ」
「やっぱり、シャッター開いようですね。どうします、引き返しましょうか?」
 可憐の言葉に、
「いや、引き返すと逆に遠回りじゃ」
 安徳天皇は首をゆっくりと振ってから答えた。
「わかりました。それでは先を急ぎましょう」
 安徳天皇の目的地、中枢システムのある場所はその名前の通り一番奥にあるらしい。だが、当然あの隔壁は敵を奥にいれないために落とすもの。彼女の記憶を頼りに色々と道を進んでみるものの、行き止まりに何度も出くわしては道を引き返す羽目になった。
 ならばと手を打ったのは、可憐とアリスの二人だ。声の反響を拾って地図を起こす、つまりソナーの原理で先の見えない道を見通そうとしたのだ。この手段が、ピタリとはまった。おかげで、遠回りをすることにはなったが、来た道を戻ったりすることなく一行は進むことができた。
 その隔壁も、たった今唐突に開いた。別働隊として警備室に向かったみんなが、解除してくれたのだろう。あとで合流できるだろうか。
 ともかく、これで一気に進める。
 そう誰もが思ったが、すぐにその考えは破棄された。
「何か、群れてこっちに近づいてきてます」
 最初に気付いたのはアリスだ。耳に神経を集中し、聞き覚えのある群れの正体を探る。
「防衛システムみたいです……外のよりは、小さいね」
 ここまで特に邪魔らしい邪魔はされてこなかったが、外の襲撃に反応して内側にも兵士を配置しはじめたのだろう。それだけ、外は劣勢にでもなっているということか。
「目的地まで、まだかかるんですよね? 安徳天皇様」
「うむ、少し遠回りをしてしまった故、まだ結構かかってしまうのう」
「だって、アリスちゃん」
「しょうがないねぇ……ここは私達で足止めをすればいいんだよね。数も……うん、そこまで多いわけじゃないみたいだしね。なんとかしてみせるよー」
 このまま進んで、正面から敵がでて挟み撃ち。何てことになったら、全滅もあるかもしれない。極端な話だが、不安要素はできる限り排除するべきだろう。
「心配いらいないよ、安ちゃん」
 とっと一歩進み出て、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が笑ってみせる。
「オレ達もこっちに残るから」
 ぶいサインを見せると、クマラはさっと背中を向ける。早く先に進みなよ、ということらしい。
「その、小さい防衛システムとやらは向こうから来るんで間違いないんだよな?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がアリスに尋ねる。
「うん、間違いないねぇ」
「じゃあ、やっぱりさっき隔壁を開けにいった方か。仲間の足音は聞こえてないんだろ?」
「……そうだね、聞こえないねぇ」
 隔壁が開いたという事は、任務は達成したという事だ。距離はまだそこまで離れていないのに合流しようとしてこないという事は、足止めを食らっているのだろうか。
「少し心配だな」
「そうですね……様子を見に行くべきかもしれません」
 小型の防衛システムの強さはどれほどかはわからないが、外で出てきた本来のサイズのものは、イコン未満といった程度の戦闘能力がある。小型だからといってあまり楽観視するわけにはいかないだろう。
 それになにより、女の子二人だけに足止めを任せるというのは、エースの考えには無い。
 隔壁を開けに行った方も心配だ。困っているなら、助けにいくべきだろう。
「大丈夫だよ、オイラ男の子だもん。安ちゃんは女の子なんだから、眉間にシワよせてないで、ぱーっと行ってさっさと終わらせちゃえばいいんだよ。そしたら、またクレープ食べに行こうねっ」
 まだ迷っていた様子の安徳天皇は、クマラの言葉を受けて、
「無理はせぬようにな」
 と残し、他の面々と先に進んでいった。その一団がある程度離れていくのを見守ってから、エースが口を開いた。
「また俺に奢らせる気だろ?」
 さらに、可憐とアリスもそれぞれ、
「私も女の子なんですが」
「私もなんだけどねぇ」
 とクマラに詰め寄る。
「えっと、その〜」
 困ったクマラの顔を見て、三人は笑った。とりあえず、嫌な緊張はこの場には無い。
「さて、さっさと突破して仲間のとこまでいくか」