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第二章:オン・ステージ!
 荒くれ者達が多い酒場に、一種の違う雰囲気を持った客層が現れ始めた。
 それは、先ほどまでの騒ぎを物ともせず、ドリンクバーの仕組みを調査をしていたセルシウスにも感じられた。
「ドリンクバー……相変わらず、どういうシステムなのだ? ……む!?」
ドンッと、セルシウスの肩を押す男。
「スマン! 少しよそ見していた」
 礼儀正しく頭を下げるセルシウス。
「オゥフ……そんな、謝らなくてもいいでゴザルよ!」
「む!?」
 セルシウスが顔を上げると、バンダナ、リュック、そして、やたらカラフルな赤い法被という出で立ちの男がセルシウスの前にいた。中々の肥満である。
ジョニー! 早く行かぬと特等席が下賎な者たちで埋まってしまうぜ!」
 ジョニーと呼ばれた肥満体が振り向くと、やはりカラフルな法被を着ているガリガリの眼鏡の男が立っている。ちなみにコチラの法被は白色である。
「これはシン総統閣下。相変わらずの電撃作戦お見事でゴザル!」
 シンと呼ばれた眼鏡が得意げに頷き、セルシウスを見る。
「貴様は?」
「私はセルシウス……一体何が始まるというんだ?」
 シンとジョニーが顔を見合わせる。
「ああッ! 素人はこれだから困るのだ!」
と、天を仰ぐシン。
「全く、今日がどんな日か全く分かっていないでゴザルね!」
と、腕に腰を置き、やれやれといった顔をするジョニー。
 二人から罵倒されたセルシウスの中に、『探究心』の炎が沸き上がってくる。
「……ならば、私も貴公らと共に行こうではないか!」
「オゥフ……根性は、あるみたいでゴザルな!」
 ジョニーが顔の肉を寄せて不敵に微笑む。
「では、ステージに進軍開始する! 総員、俺に続けェェ!!」
 シンを先頭に人混みを掻き分け、ステージ最前列へ進んでいく三名。
「……ところで?」
「む?」
 ジョニーがセルシウスを見て険しい顔をする。
「そんな装備で大丈夫でゴザルか?」



 現在は照明が消え、誰もいないステージにスポットライトが灯る。
 ステージの背後には、いつの間にか取り付けられた看板『846』の文字が光る。
 万雷の拍手と、誰かの口笛。
「……何が始まるのだ?」
 ジョニーから着せられた金色の法被姿のセルシウスも息を飲み見守る中、ステージ脇から1体の人形がトコトコと歩いて来る。
「(人形だと!? 蛮族のクセに!)」
 観客に向かってペコリとお辞儀する人形。
「「「お〜!」」」
「(ふむ……これはショーか!)」
 歓声の上がった人形にセルシウスが納得した時、薄茶のショートウェーブの髪を揺らした茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)がステージ脇から登場する。
 衿栖の衣装は淡い桃色の、一見するとただの制服にも見えかねないアイドルちっくなものである。しかし、彼女の持つ人形使い、若しくは魔法少女のような柔らかい雰囲気で最早アイドルの衣装としか思えない出来栄えであった。
 ステージに登場した衿栖が観客に一礼した後、マイクを握って笑顔を振りまく。
「皆様っ、蒼木屋へようこそ! ご来店の皆様には、846プロが最高の時間をお届けします! 私は本日の司会進行、茅野瀬衿栖です。この子達共々宜しくお願いします!」
と、4体の人形は左から名前はリーズ、ブリストル、クローリー、エディンバラですと、紹介し、一緒にお辞儀する衿栖に拍手が起こる。
 衿栖に、ジョニーが歓声を飛ばす。
「衿栖ちゃーーーんッ!!」
 衿栖が軽く手を振った後、
「今日は私の他にも2人のアイドルが来ています! 凄く可愛い846プロの一押しです! まず、最初の登場は、アイドルと落語、一見正反対に見える二つを見事に融合させたアイドル! 落語家がこんなに可愛いわけがない!? 846プロが打ち出す新機軸アイドル・若松未散のお披露目です!」
 衿栖の紹介に心の中で「いやアイドルじゃねーから!」とツッコミつつステージに上がったのは、若松 未散(わかまつ・みちる)である。
「ふむ。タータンチェックの赤いミニスカートか……しかし、一見派手に見せつつも白いブラウスと紺色のリボンでちゃんとバランスを取っている……凄いぜぇぇ!!」
「司会の少女と同じく、ただの学生の制服ではないのか?」
 シンの呟きにセルシウスが返すも、その問い掛けは虚空に消えた。
 勿論、この衣装には登場前の未散本人も激しく抵抗をしていた。
 落語の小道具である見台や座布団等の小道具等を人形達がイソイソと運ぶ中、舞台袖では今回の衿栖や未散の衣装を担当した会津 サトミ(あいづ・さとみ)と未散のやりとりがあった。
「私、こんなアイドルみたいな格好はやっぱり嫌だなぁ……」
 サトミの前で緑色のセミロングの髪の未散が自分の衣装を見てやや凹む。
「ダーメ。せっかくのステージなんだからみっちゃんも可愛い格好しなきゃダメだよ♪」
「可愛いは落語にいらないんだけど……」
 彼女が渋るには理由があった。そもそも846プロ所属の落語家である未散は、その可愛らしい容姿からよくアイドル扱いされるのを嫌っていた。本人的には正統派の落語でやっていきたい!というポリシーがあったためである。
「でも、沢山のお客さんに見てもらいたいんでしょう?」
「う……そ、それは」
「それにみっちゃん? 昔言ってたよね? 達人はエモノにこだわらないって?」
「……それは」
「言ったよね?」
 サトミの笑顔が未散の顔に近づく。後ろに隠した手には何故か光条兵器が持たれている。
「う……うん」
「じゃあ、問題ないわよね!」
 衿栖のコールが舞台袖に聞こえる。
「さ、出番よ! 頑張って行っておいでよ!」
「もう……これじゃ座布団に座る時にスカート見えちゃうって……」
 その未散の呟きは現実になりかけたが、衿栖の人形達が体を張ってそれを阻止してくれた。
 そして、遂に上がる幕。
 代々続く落語家一派に生まれたためもあるであろうが、仕事中は人見知りスイッチはオフになった未散が果敢に話しだす。
「さてお集まりの皆さん、今日は随分ほろ酔いですね。果たして頭は回っているでしょうか? ちょっとここで私が皆さんからお題を募集して謎掛けでもしてみようかなと思います……では、そこのあなた!」
「む!! 私か!?」
 指名されたセルシウスの顔が強張る。
「はい、何かお題を頂けますか?」
「そうだな……では、設計士というのはどうだ?」
未散がその言葉に頷く。
「では、設計士とかけまして、夫婦喧嘩、と説きます」
「ほう……その心は?」
「どちらも、線引きを間違ってはいけません」
「「「おおおお!!」」」
と、観客がドッと沸く。
「そもそもお酒は楽しんで飲むモノと、古今東西決まっております。ゆえに、悪酔いしてはいけません。最後は仲良く肩を組んで歌でも歌いながら帰るのが、人の道であります」
 未散が扇子でパンッと見台を打つ。
「では、今回はそんなお酒にまつわるお話。『お酒怖い』をお話しましょう! ある酒場で若者達がお酒を飲んでいました。皆、相当な酒豪を自負する者たちばかりです。その中で一人だけ自分は絶対に酔わない! という男がおりました……
 未散の流暢な口調と身振り手振りを加えた落語に、セルシウスはおろか客達まで聞き入っていく。
―――中略。
そうして男は、高い酒ばかりを飲み、美味い肴を食い散らかしました。業を煮やした若者が、すっかり酔った男に尋ねます。「本当にお前の怖いものはなんだ?」と。男は答えました。「実は車や小型飛空艇が怖いのだ、特に、私を家まで運んでしまうものが一番怖い!」と……
 落語を語り終えた未散が頭を客席に下げると同時に、歓声と拍手が巻き起こる。
「素晴らしい!」とセルシウスも拍手を送る。
 フゥと一息つく未散が、舞台袖を見ると、サトミも何度も頷きながら拍手を送っている。
「(この衣装も、掴みとしたら、悪くないかも……)」
 だが、店内の一角に設けられた売店を見た未散の表情が一変する。
「アイドル落語家、未散のグッズでございまーす!!」
と、やたらと通る声で売店に立つのは、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)である。
 846プロで未散のマネージャーをしているハルは、今回は物販担当をしていたのだ。
 売店の棚には、未散の高座扇子のレプリカ仕様である『若松未散サイン入り扇子』。
 そして、メイドやゴスロリなど定番の格好は勿論のこと。今流行りの動物パーカーの中にスク水を着用というその手のマニアには堪らない仕様の写真も収められた『若松未散写真集』、『若松未散サイン入りタオル』、といった公式グッズが所狭しと並べられていた。
 勿論、マネージャーであるハルにも戦略はあった。
「(パラミタで落語家としてやっていくには何か付加要素も必要だと思うんです。せっかく可愛らしい容姿なのですからこれを利用する手はありませんぞ!)」
 だが、当の本人には無許可である。
 サインも未散本人のものであるが、ハルが上手く誤魔化して書かせたものであった。
―――ぷっちーん!!!
 自分の写真集を高々と掲げ売りさばくハルを見て、未散の中で何かがハジけた。
 そして、場外乱闘へ赴かん!とした未散が席を立とうとして、
「ハプッ……!?」
と、コケる。
「みっちゃん!?」
 サトミの短い悲鳴。
……未散のスカートが短いのが致命的だった、今後の衣装作成の参考にする。公演後の未散を抱えて現れたサトミのコメントはそれだけであった。