リアクション
お料理大会会場 「こんにちは、なんだもん」 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、お料理大会会場で、お菊さんを見つけてぺこりと御挨拶をした。 以前、食堂でお金がなくて困っていたときに、歌を歌ってごはんを食べさせてもらったことがある。 「今日も、あたし、頑張るよ」 「ああ、頑張っておくれ。今日は、あたしも作る方じゃなくて食べる方だからね、楽しみにしてるよっ!」 そう言って、お菊さんは軽くノーン・クリスタリアの背中を叩いたが、その勢いで彼女はポーンと吹っ飛んでしまった。 「うわっ、ノーン、どっから飛んできたんですか!?」 捜していた相手が突然吹っ飛んできて、ノーン・クリスタリアをだきとめた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が、ちょっと目を白黒させた。 「さあ、もう準備をしないと」 「うん、頑張るんだよ」 二人は気合いを入れなおすと、自分たちのイコンの方へと駆けていった。 なにしろ、イコンで料理をしようというのである。会場も、とてつもなくだだっ広い。その広さを確保するために、シャンバラ大荒野のど真ん中にあるオアシス周辺が会場に選ばれたぐらいだ。 ほとんどただ同然で腹一杯食べ物が食べられるというので、会場は周辺の蛮族やパラ実生たちでごった返していた。御時世か、エリュシオン帝国の者たちもかなり多い。いちおうの和平がなったので、こういう平和的なイベントでは、比較的和気藹々と人々が混ざり合っていた。もちろん、話題を聞きつけて、シャンバラ各地から集まった者も大勢いた。 ★ ★ ★ 「ふむ、イコンで料理とは……、まったくふざけておるな。でかければいいというものではあるまいに。どこぞでは、重機を使って巨大な煮物とか作る地方もあるようだが……」 秋月 葵(あきづき・あおい)を前にして、フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が高説をたれていた。 「よいか、勝ちにいくのであればカレーだ。これしかない!」 いや、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は何と戦うつもりなのだろうか。 「野外で食べるには、これしかない。ぐつぐつと煮込む香りが、自然と客を呼び込むというものだ。特に、キマクで開くのであれば、これはシーフードカレーに限るだろう。内陸の乾いた土地では、海産物は、とびきりのごちそうとなるに違いない。これらは煮込むほどにうまい出汁が出るからな。それに、新鮮なスパイス。ナッツなども、ライスやナンにプラスすると極上だ。干しぶどうなども、いい隠し味であるな。それから、それから……。おい、そういえば、イングリットはどこへ行ったのだ?」 「とっくの昔に、パラミタ内海に行っちゃってるよ」 ちょっと呆れつつ、秋月葵が答えた。センチネルタイプの{ICN0000201#Night−gaunts}では走っていかなければならないために、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)は相当早く出発している。 「なんだと、まだ何を捕ってくるのか細かい指示を出していないというのに……」 ちょっと狼狽したフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』の手からバサッとカレー解説書が落ちた。あわてて、それを拾いあげて隠す。 「さあ、こちらは早く下準備するんだもん」 フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』の腕を引っぱって、秋月葵が言った。 パラミタ内海 「さあ、ゆけ、わたくしのしもべよぉ! ……げほげほげほ」 ガネットタイプのあづさゆみ2号の背部に便乗した日堂 真宵(にちどう・まよい)が、前方を指さして叫んだ。だが、いきなり大口を開けたので思い切り風を吸い込んでしまい、ゲホゲホと咳き込む。 普通ならあっけなく吹っ飛ばされているはずであるが、パイロットが不慣れな樹神 よもぎ(こだま・よもぎ)だけであったので、ひょろひょろと頼りない飛行なのでなんとかつかまっていられている。もっとも、装甲の隙間にランスを突き立て、それと自分の身体をロープでグルグルと縛りあげて固定しているという状態ではあるが。 「ええっと、このへんでいいかなあ」 パラミタ内海に辿り着いた樹神よもぎは、イコンのマニュアルを見ながら、変形スイッチをポチッと押した。 「ちょ、ちょっと、な、何?」 急にイコンが変な動きを始めたので日堂真宵があわてる。 左右のバインダーフレームが中央により、頭部と碗部を覆い隠した。脚部が180度回転し、膝のカウンターウェイトが背部中央から起きあがったバーティカルフィンの後方左右に補助安定板として立ちあがる。 「ええっ、落ちる……ごぼがぼごぼ……」 あわててロープを解く間もなく、潜水形態に変形してあづさゆみ2号改となったイコンが前部を下にむけて水中に飛び込んだ。機体左右のバインダー中央部が、水中で左右に開き、インテークと推進器が顕わになる。加速された水流が左右の推進器から後方へ放たれ、あづさゆみ2号改が水中を疾走し始めた。 ★ ★ ★ 「まったく、古本は話しだすと長いにゃ。聞いてたら日が暮れるにゃー」 イングリット・ローゼンベルグが、パラミタ内海沿岸の岩場の上で獲物を探した。その前方で、ざばんと大きな水柱が立った。 「獲物かにゃ?」 ビームランスを構えたイングリット・ローゼンベルグであったが、あわてて攻撃を途中でやめた。今のは、海中に飛び込んだあづさゆみ2号改だ。 「イカー、出てくるにゃー。カニ、出てくるにゃあー。エビでもいいにゃああ!! 美味しいの頼むにゃあ」 海面をじっと見つめながら、イングリット・ローゼンベルグはコックピットの中でよだれを啜りながら、呪文のように繰り返していた。 ★ ★ ★ 「それにしても、どうやってタコを捕まえる気でいるのかなあ」 トラックの白熊号を運転しながら、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がちょっと心配そうにつぶやいた。なぜかは知らないが、ちょっと嫌な予感がする。 「さあ、なんでもカナタさんに秘策があるとか……。大丈夫ですよ、ちゃんとタコさんは捕れます」 「いや、御主人、俺様が心配しているのはだなあ……」 安心させるように言う助手席のソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に、雪国ベアがちゃんと懸念を示そうとしたときだった。 少し先行していた緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が乗るアルマイン・マギウスが、地上のポイントを指し示すのが見えた。以前の模擬戦で雪国ベアたちが戦ったのとはまた別の機体だ。こちらは、漆黒のアルマイン・マギウスがベースとなっているようだ。 「いったんここにおけばいいんだな」 雪国ベアが、トラックを海岸近くに止めて運転席から下りた。いちおう、本来の役目は、捕まえたタコの運搬係ということだが、タコを捕まえるときにも決定的な役割をするのだとは聞かされている。 「じゃ、私は獲物を探してきますね」 空飛ぶ箒ファルケにまたがると、ソア・ウェンボリスが海の上に偵察に出た。 「嫌な感じがします……」 しばらく付近を飛んでいると、突然、肩に乗せたぬいぐるみ人形が口を開いた。 『ソア、この下に、大きな脅威が存在するよ。早く、魔法少女に変身して、回収するんだ』 「えっ、えっ、えーとお。よく分からないけど、この下あたりにタコがいるみたいです」 ちょっと焦りながらも、ソア・ウェンボリスが火術で信号弾を上げた。 「合図だ。本当にやるんだな」 「もちろんだ。遠慮はいらぬぞ。思いっきりやれ」 「やるしかないか……。いくぞ」 コックピットの中で、緋桜ケイと悠久ノカナタが不穏な会話を交わす。 次の瞬間、地上に降りてきたアルマイン・マギウスが、両足の爪と両手で、がっしりと白熊号をつかんだ。 肩の結晶が赤い光を増し、大きく広げたコンバーターから機晶エネルギーが力場に変換されて放たれる。 雪国ベアの凛々しい横顔をコンテナに描いた白熊号が、そのままふわりと宙に持ち上げられた。 「おい! おまえら、俺様の白熊号に何をしやがるんでえい!」 雪国ベアの怒鳴り声を完全に無視して、アルマイン・マギウスが白熊号をソア・ウェンボリスの示した地点まで運んでいった。そのまま、コンテナの扉を開いて海へと投げ入れる。 「なんだとぉ!!」 「ええっ」 雪国ベアとソア・ウェンボリスが絶句した。 『そこの者、もう諦めよ。大丈夫、白熊号のコンテナが巨大な蛸壺となって、そこに獲物がかかる作戦だからな。座して獲物がかかるのを待つがよい』 悠久ノカナタの自信満々の声が、雪国ベアの耳に聞こえてきた。 「カナタめ……、覚えてろよー」 もはや沈められてしまったのではどうすることも出来ない。雪国ベアが地団駄を踏んだ。 「ほんとに豪快なことするんだにゃー。イングリットも負けていられないにゃー」 崖の上で、ランスを構えたまま微動だにせずに、イングリット・ローゼンベルグがつぶやいた。 「あれは、なんでしょうか」 獲物を探して水中を進んでいた樹神よもぎが、海中でうねうねと唸る触手を見つけた。 大王イカだ。 「いただきです!」 すかさず、ガネットトービドーを発射する。 近接信管で魚雷が爆発し、あわてて大王イカが逃げだした。 「何よ、今の爆発は、危ないじゃな……きゃう!」 かろうじて海面を漂っていた日堂真宵が、突然海中から飛び出してきた物に巻き込まれた。巨大な吸盤が、がっしりと日堂真宵をくわえ込む。 「タコじゃなくて、イカか。どうするカナタ」 空中で待機していたアルマイン・マギウスの中で、緋桜ケイが悠久ノカナタに訊ねた。 「案ずることはない、あれを見よ」 悠久ノカナタが指し示す方に、別の巨大な何かが浮上する。巨大タコだ。 水中の爆発で追い出される形になった大王イカとタコが、奇しくも対峙して互いの触手をうねらせた。やる気まんまんのようだ。だが、さらに二匹の間の海面がゴボゴボと泡だち始めた。 「ギエェェェェ!!」 軋むような特有の鳴き声をあげて、突如として巨大伊勢エビが空中高く飛びあがった。 「いきなり、三大海獣、南海の大決戦かよ……」 どうしていいか分からずに、陸上で雪国ベアが唸った。 一瞬睨み合っていたタコイカエビであったが、次の瞬間激しく戦闘を始めた。 「ひやぁぁぁ……」 イカの吸盤に貼りついたままの、日堂真宵がビュンビュンと振り回されて気を失った。 「その食材もらったあぁぁぁ!!」 海中から、空中から、陸上から、それぞれのイコンの操縦者たちが叫んだ。 イングリット・ローゼンベルグの投げたビームランスが伊勢エビの頭に命中して、突き刺さる。一撃で動きが止まった伊勢エビに、センチネルのミサイルポッドからワイヤーアンカーが発射され、固い甲羅に次々に突き刺さった。逃がすものかと、イングリット・ローゼンベルグが一気にワイヤーをつかんで引き寄せ、陸上へと伊勢エビを引っぱりあげた。 「伊勢エビ、ゲットだにゃー。さあ、すぐに届けるにゃー」 動かなくなった伊勢エビをセンチネルの肩に担ぐと、イングリット・ローゼンベルグは会場に戻るために走りだした。 一方の樹神よもぎは、再び魚雷を発射すると、一気に大王イカにむかって突進していった。 タコと絡んでいたために動きの鈍かった大王イカが、背後から魚雷を受けて悶え苦しむ。その余波を受けたタコがするすると離れて逃げだした。 「今です」 一気に海上に飛び出した樹神よもぎが、素早くイコンを飛行形態に変形させる。再び展開したバインダーの内側からガネットランスを取り出すと、そのまま大王イカを串刺しにした。その瞬間、目映い閃光が走り、電撃によって大王イカがおとなしくなった。 「大王イカ、ゲットしました。帰ります」 大王イカをランスに串刺しにしたまま、樹神よもぎがあづさゆみ2号を飛行させて会場へとむかった。そのイカの足の一つには、日堂真宵が誰知らず貼りついたままだ。いったい、彼女は何をしに来たのであろう。 「よおし、作戦通り、一気に追い込むのだ」 アルマイン・マギウスが、マジックカノンで威嚇射撃をする。 すでに戦意を喪失していた巨大タコが、開いていた白熊号のコンテナの中に逃げ込んだ。 「引き上げよ!!」 悠久ノカナタに言われるまでもなく、緋桜ケイが白熊号に巻きつけておいたワイヤーロープを引っぱった。 「うおおお、俺様の白熊号が!」 空中高くに跳ね上げられた白熊号を見て、雪国ベアが悲鳴をあげた。 みごとに空中で白熊号をキャッチしたアルマイン・マギウスが、コンテナの扉をきっちりとロックしてから、元の場所に下ろした。 『さあ帰るぞ。急いで料理をせねばならぬ』 そう雪国ベアたちに告げると、アルマイン・マギウスが下準備のために先行して会場へとむかった。 『ぐっ……調子に乗りやがって!」 「まあまあ、ベアったら」 「このっ……倍返しだぜ! 近々な!」 必死になだめるソア・ウェンボリスを無視して、雪国ベアは空にむかって拳を突きあげた。 |
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