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悪意の仮面

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悪意の仮面

リアクション


第6章

『…………』
 ごう、と巨腕がうなる。鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)の一撃をかわした霧島 玖朔(きりしま・くざく)は、床を転がりながら叫ぶ。
「水無月!? 何のつもりだ!」
「玖朔さんが私のものにならないなら……いっそ、この手で!」
 黒く染め抜いた仮面をつけた水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が叫び返し、携帯電話から火を放つ。赤赤とした炎が玖朔の眼前を焦がす。
「噂の悪意の仮面ってやつか!? ったく、仕方ないやつだ……!」
 が、テレパシーで連携を取る睡蓮と九頭切丸のコンビネーションには隙がない。睡蓮の炎をかわせば九頭切丸に密着され、その巨体をやり過ごせば睡蓮の攻撃に晒される。
「ちっ、こうなったら……!」
 玖朔の歯の間から奇妙な甲高い音が漏れる。その音に誘われ、空京の町中から、小さな虫がその通りに姿を現す。あっという間に睡蓮と九頭切丸に虫が群がる。
「きゃあっ……!?」
「形勢逆転とさせてもらうぜ……!」
 玖朔の体から闇のエネルギーがほとばしる。毒虫とともに、その力が睡蓮を包み込んだ。
「ああっ……!」
 甲高い悲鳴をあげ、睡蓮が頭痛を抑えてその場にくずおれる。九頭切丸が守ろうとするが、彼も虫にたかられてろくに動けない。
「……あっ」
 頭を押さえた表紙に、彼女の顔に着けられていた仮面がぽろりと落ちた。そう、これは悪意の仮面ではなく、彼女が自分で用意した偽物だったのだ。
「仮面の偽物を用意してまで、俺を襲いたかったのか? これはちょっと、お仕置きが必要だな」
 玖朔の手がわきわきと動く。その視線は、今や精神力を使い果たして動くこともできない睡蓮の胸に向けられている。
「く、玖朔さん……」
 睡蓮の濡れた瞳が、玖朔を見つめ……
「させるかあ!」
 そのとき! 漆黒の仮面と魔鎧・鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)に身を包んだ鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が飛び出した!
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! モテナイ側の人が呼ぶ! 悪(バカップルと読む)を倒せと、俺を呼ぶ! シナリオの主旨を外し……じゃない、自分たちの恋愛感情を確かめるために往来で戦闘し、空京を混乱にたたき込むその所行、断じて許すまじ! 天誅ー!」
 派手な口上とは裏腹に、無駄のない動きでふたりのそばを駆け抜けざま、剣を振るう。睡蓮との戦いで消耗した玖朔に、それをかわすことはできない!
「ぐあっ……!?」
 壁にたたきつけられ、血を吐く玖朔。
「これって、モテない人たちのためになってるね!」
「そうとも。次のバカップルを倒しに行くぞ!」
 白羽と共に貴仁は高らかに笑い、ハイジャンプで空京の空に消える。
「玖朔さん……だ、大丈夫ですか? 私があんなことをしたせいで……」
「し、仕方ないな、まったく……このけがが治るまでずっとそばに居て看病しなきゃ、許さないからな」
「玖朔さん……!」
 睡蓮が涙を溢れさせて、立ち上がれない玖朔に抱きついた。
 すでに立ち去った貴仁は知るよしもないが、バカップルの縁は暴漢に襲われた程度では断ち切ることはできないのである。


「悪意の仮面っていうのが出回ってるんだって。なんでも、それをつけたら悪いことをしたくなるんだって。その仮面を壊せば、元に戻るらしいよ」
 夜道を歩くミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)が、隣の影月 銀(かげつき・しろがね)に言う。口調は完全に噂話を語るそれだ。
「あんまり、興味がないな。放っておけば収まるんじゃないか?」
 言われた銀のほうは、あっさりした態度である。
「仮面を着けた一太刀のことが心配じゃないの?」
「そういうわけじゃないが……」
 頭上から魔鎧を身につけた男が彼らの目の前に飛び降りてきたのはそのときである。
「発見! バカップル成敗!」
 貴仁は激しく剣を振るい、ふたりに飛びかかる。
「ミシェルに手を出すな」
 銀の対応は素早い。ミシェルの腕を引き、抱き寄せたかと思うと鋭いバックステップで貴仁の間合いから逃れたのだ。
「見せつけやがって!」
「待って、あっちにも!」
 魔鎧と化した白羽が先を指し示す。貴仁が目を向けた先には、見せつけるかのようにぴったり体を寄せて歩くカップルの姿!
「なんて濃密なバカップル度だ! 許せん!」
 標的を変え、貴仁は跳躍。剣を構え、まっすぐに突っ込む!
「来たか。いやー、待っていたよ。人の恋路を邪魔するなら地獄に行け!」
 そのカップルの男……相沢 洋(あいざわ・ひろし)が、振り返りざまに懐から拳銃を抜き放つ。がん、がん、と銃声が響いた。
「みと、構うことはない! 殲滅しろ!」
「い、いいのでしょうか……」
 そう呟きながらも、乃木坂 みと(のぎさか・みと)が次々に魔術を放つ。魔法の固定砲台さながらである。
「はははは! 効かぁん!」
 が、ふたりの至近距離からの連射を受けても、貴仁は平気な様子だ。
「魔鎧か、やっかいな!」
 こうなれば、ふたりのとれる作戦は1つだ。すなわち、弾丸と魔力が尽きるまで打ち続けることである。
「はははは! バカップルの攻撃など、この俺には通用しながぎゃっ!?」
 その言葉を遮るように、がぁん! と鐘を打ち鳴らしたような音が、当の貴仁の後頭部から響いた。
「……命中。いまです、ノーン」
 その遥か背後、ビルの上から角度をつけた狙撃を決めた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が、密かに呟いた。
「やっちゃえっ!」
 貴仁の頭上、箒に跨がったノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が叫ぶと同時、彼女の操る獣たちが一斉に貴仁に群がり、まとわりつく!
「うお!? な、なんだ、ぐお……!」
 狼の体当たりを受けて、貴仁がその場に倒れこむ。
「いまだっ!」
 びっ! とノーンが矢を放つ。矢は寸分違わず貴仁の仮面を撃ち、真っ二つに叩き割った。
「ううっ、俺は何を……」
「見て、銀! 仮面の話は本当だったんだ!」
「ああ……そうだな。でも、俺たちが何もしなくても片付いたな」
 正気を取り戻す貴仁を指さし、飛び跳ねるミシェル。銀は状況が収まったことに、軽く肩をすくめた。
 が……
「に、逃げろ、お前ら! 男は全員だ!」
 息せき切って駆け込んできたアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が、息も絶え絶えのようすで叫ぶ。
「な、なんだ? 一体どうした?」
 状況を飲み込めない、という様子で洋が問いかける。アストライトは、額に汗をにじませながら呻く。
「奴が来る……クソッ、せめて仮面を着けている間なら、そいつだけを狙うだろうから対処しやすかったというのに……」
「何を……」
 誰かが聞こうとしたとき。突如、空にかかっていた雲が晴れ、月光がビルの上の影を映した。
「この世にリア充死ねの意思がある限り、いつでもどこでも私は現れる。その歪んだ思いをたたきつぶすため、すなわちリア充をたたきつぶすため、2つの宝をたたきつぶす……我が名は仮面雄狩る! 推参!」
 タキシードを身に纏い、異様な仮面を着けたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が叫ぶ。そして、マントを閃かせて飛び降りた。
「な、何をふざけて……」
 貴仁は異様なものを感じて、じりじりと後ろに下がった。
「今のバカ女にはいつもの意思は残っちゃいない! あの仮面に乗っ取られてるんだ。そして……やつは、雄狩るは、男の男たる部分を刈り尽くすまで動きを止めない!」
「ば、抜本的解決すぎる……」
 ひゅん、と音を立てて、何かが収縮した。
「リア充を撲滅する意思はすでに砕かれたか。ならば、私は本来の役目を果たすのみ!」
 じゃきっ。リカイン、もとい雄狩るが凶悪な鋏をその手に構えた。
「に……」
 その場に居る男が……もちろん、男が男で無くなっては困る女もだが……全員、恐れに身を震わせた。
「逃げろーっ!」
 ばらばらに逃げ出す男達を、哄笑を上げて雄狩るが追い回していく。一晩つづく長いレースが始まった……。