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悪意の仮面

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悪意の仮面

リアクション


第9章

 緋王 輝夜は悪意の仮面の奥でぎらついた目を、道の一角に向けた。探しているのは、ギターを持った男である。いつもなら、ストリートミュージシャンなど駅前に数人いる程度のものだが、なぜかその日に限って、何人もの男……らしきものが、ギターを持って道に並んでいた。
 どれが自分の探している男だろうか、と考える余裕は、今の輝夜にはない。手当たり次第の心境である。
 輝夜はギターを持った金髪の男……サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)の眼前に立つと、低い声で告げた。
「あたしの名前を言ってみろ!」
 ベディヴィアはギターを引く手を止め、目の前の輝夜をじっと見上げた。
「もちろん、分かりますとも……てるよ様、ですね?」
「ちがあああう!」
 輝夜の拳が振り上げられ、ベディヴィアを打つ!
「ぐおっ……く、やはり、日本人の名前は読みにくい……!」
 端正な顔を腫らしながら、思わずベディヴィアはうなった。その間に、輝夜は別の人に向かう。
「テルヨフ」
「違う!」
 平然と応えた六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)にも、輝夜は殴りかかる。
「ま、待て! 君がテルヨフじゃないと言い張るなら、仮面を外してみせなさい。テルヨフでないと自分を主張できないでしょ」
「あいつじゃないなら、顔も見せたくない!」
「ああっ」
 鼎を足蹴にして、輝夜はさらに次に移る。視線の先には、ジャケットを着込み、エレキギターを下げ、腰までのロングヘアのラブ・リトル(らぶ・りとる)
 身長25センチメートルである。
 つかつかと輝夜はその前を通り過ぎた。
「ちょっと! あたし、じゃなかった、おれにも聞きなさいよ、じゃない、聞けよ!」
「違うじゃん」
「調べて見なきゃ分からないだろ!」
「分かるよ!?」
「なんでよー!」
「ああっ、もう! 変なのばっかり引っかかるし、あいつはどこにもいないし! もう、ばかやろー!」
 誰に対しての罵倒か、地団駄を踏みながら叫ぶ輝夜。若いエネルギーは止まらずに、その場から逃げ出すように走り出した。
「なぜ私まで変なもの扱いされなければならないのですか、失敬な。……とにかく、追いかけねば!」
 ベディヴィアは呻きながら、何とか立ち上がる。ギターケースから剣を鞘ごと取り出し、輝夜の後を追う。
「作戦の第一段階は失敗……ええい、第二段階開始よ!」
 ラブも叫び、羽をばたつかせて飛び出していった。


「ベディ、情報によればやつらは4人組だ。仲間が姿を現すまで追うぞ!」
 走るベディヴィアに合流した氷室 カイ(ひむろ・かい)が、前方を示しながら叫ぶ。
「ええ……ですが、あまり待つ必要はなさそうですよ」
 ベディヴィアが先を指し示す。道の先には、大小の黒い影が並んでいた。
「では……ゲームをはじめましょうか!」
 中央に立つ男……エッツェル・アザトースが声をあげ、全身からおぞましいオーラを放つ。それは目に見えない蜘蛛の糸のように体にまとわりつき、追っての動きを鈍らせる。
「く……っ、奴の相手は俺がする。ベディ、彼女を追え!」
 2本の刀をぞろりと抜き放ち、カイが告げる。
「お言葉の通りに!」
 エッツェルに向けて斬りかかる主の横をベディヴィアが駆け抜けていく。が、輝夜の背はすでに遥か先だ。
「作戦行動ヲ 開始シマス」
 アーマード レッドの合成音声が告げる。足下のローラーが回転し、深く腰を落とした体勢のまま急速後退。そのまま、右腕に構えたレーザーガトリングを放つ。
「この……っ!」
 ベディヴィアの背後から、雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が叫ぶ。強烈なサイコキネシスが地面を引きはがし、レーザーの前に立ちはだかる。すぐに剥がされた床は穴だらけになるが、ベディヴィアがレッドの横をすり抜けるには十分な時間だ。
「早く、彼女の元へ。ここは私が!」
 背中から氷の翼を広げ、渚が叫ぶ。さらに駆けるベディヴィアの前に、今度は小さな……だが異様な気配が立ちはだかった。
「ク、ク、ク……契約者と戦えるなんて……嬉しいです」
 顔を仮面に隠したネームレス・ミストが、自らの体格よりも巨大な斧を掲げていた。
「いつの間に……っ!」
 ネームレスはベディヴィアの叫びには応えず、一切の躊躇なく、斧を振り下ろした。
「……ちいっ!」
 気合いを吐き出すような声と共に距離を詰めたルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)が、その斧へまっすぐに突きをたたき込んだ。軌道を外された斧は地面に深々と食い込んだ。
「こいつは我が引き受ける。……魔鎧どうし、存分に技を競おうではないか!」
 剣を8の字に振るい、挑発するようにルナが向かい合う。ネームレスは攻撃を阻まれて苛立つどころか、むしろ酷薄な笑みを浮かべた。
「いい……ですよ。やりあいましょう」
「……てるよさん、もう逃げられませんよ!」
 ベディヴィアが、前方を走る輝夜に向けて告げた。4人組なら、もう彼女を守るものはいないのだ。
「だから、あたしはてるよじゃない!」
 輝夜の背後から鋭い爪を持ったフラワシが現れ、ベディヴィアへと刃のような爪を振り下ろそうとする……
 だが!
「いまだ……っ!」
 ベディヴィアは意外にも、そこで速度を増した。突撃の容量でフラワシと邂逅するタイミングをずらし、その爪から逃れたのである。
「さあ、その仮面を破壊させていただきますよ!」
 両手で剣を抜き、ついにベディヴィアは輝夜に向けて一撃を放つ。
「テルヨさんのストレス解消の邪魔はさせませんよ!」
 突如、横合いから新たな声が響き、ぼう! とふたりの足下に煙幕がわき上がる。
「何っ!?」
「はーっははは! テルヨさんはもらっていきますよ!」
 ジャガーに跨がったクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が哄笑をあげながらすれ違いざま、輝夜の腰を抱き上げる。
 仮面を着けてはいるが、黒くはない。どうやら、正気でこんな行いに走っているらしい。
「ま、待て……」
「なんだよ、あんたは!」
 ベディヴィアは煙幕を払いながら、輝夜は腕の中から逃れようとしながら、共に怒りの声をあげる。
「なあに、お茶の間のヒーローですよ!」
 そして、ジャガーは駆けていく。ビルの合間をすり抜けて、夜の街へ……
「く、っ。まだ、諦めませんよ!」
 ベディヴィアは膝をつきながらも、逃げ出した彼の背をにらみつけていた。