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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【四 戦いに向けて】

 百合園女学院・第三グラウンド。
 既に本塁から外野までの整備は完了しており、ダッグアウトやブルペンなども、すぐに使用可能な状態にまで整っていた。
 トライアウト生達と、練習試合に訪れた他球団選手達は本塁付近に集められ、運営ボランティアのセファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)による説明を受けていた。
 この場に於いて、トライアウトが他球団選手達を交えた練習試合形式で実施されるという旨の説明が初めて為されたのだが、この説明を聞いたトライアウト生や他球団選手の中には、意外そうな表情を浮かべている者がそれなりの数で存在した。
「俺は別に構わねぇんだけど、トライアウト生達にゃあ少し、酷なんじゃねぇかなぁ」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)のこの感想は、他のプロ選手達の声を少なからず代弁しているといって良い。
 垂自身は二軍生活が長いこともあり、トライアウト生達と一緒にプレーするのはやぶさかではなかったが、問題は他の、一軍で活躍している選手達である。彼ら、或いは彼女達がこの決定に対し、果たしてどのような反応を見せるのか――そこが多少、垂には心配に思えてならなかった。
「決定は決定だから、従うしかないんでしょうけど……うーん、どうなんでしょう、これ」
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)も垂の隣で、渋い表情を浮かべている。和輝自身は矢張り垂同様、トライアウト生に混じってプレーすることには、然程の抵抗感は抱いていない。
 というのも、和輝はシーズンを通してワルキューレ投手陣の中でのローテーションを守ってはいたのだが、成績が芳しくなく、ギリギリのラインで辛うじて一軍に残っていたという意識が強かった。
 つまり、彼自身はもう一度自分を鍛え直す必要があると認識しており、そういう意味では、トライアウト生と共にプレーすることで、課題を洗い出してみるのもひとつの手だ、と考えていたのである。
「とはいえ、やっぱり問題は他の選手達だよなぁ」
「……ですよねぇ。私達とはそもそも、レベルが違いますからねぇ」
 垂と和輝が周囲を見回してから、互いに顔を見合わせる。
 ふたりが危惧するのも無理からぬ話で、二軍や、一軍当落線上の選手など少ない方で、今回の練習試合(と称したトライアウト)に呼び出された選手の大半は、ほとんどレギュラークラスで占められていたのである。
 寧ろこれだけ豪華な顔ぶれの中で、自分達が普通に紛れ込んでいる方が肩身が狭いと、垂と和輝が内心、首をすぼめているような始末であった。

「はい、それではチーム分けを発表します。メンバー表をお渡ししますので、紅組は一塁側、白組は三塁側のダッグアウトへ、それぞれお進みください」
 セファーの指示で、遊馬 澪(あすま・みお)がトライアウト生と他球団選手達にメンバー表を配ってまわる。
「はい、どぉぞぉ」
「ありがと〜」
 澪からメンバー表を受け取った月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は、まず最初に、自分の名前がどちらのチームに記されているのかを調べる。所属は、紅組だった。
 そこまでは問題無かったのだが、その直後あゆみは、同じ紅組の投手陣の中に、カリギュラの名があることに気付き、思わず目を剥いてしまった。
「んげっ……偽兄貴が居るっ」
 何と、あゆみにとっては非常に苦手な存在であるカリギュラが、今回はチームメイトとして同じダッグアウトの中に押し込められる形となってしまっていたのである。
 いささか呆然気味にメンバー表を眺めているあゆみの脇から、光一郎が残念そうに顔を覗き込んできた。
「参ったぜぇ。俺様ぁてっきり、おっかさんとバッテリー組めるもんだと思ってたのによぉ」
 おっかさんとは、ワイヴァーンズの選手達の間だけで通じる、あゆみの呼び名であった。
 捕手は投手の女房役、といういい回しから、チームのお母さん(まだ十代前半の少女ではあるが)という意識を持つあゆみに対し、誰からともなく、おっかさんと呼び始めたのがいつの間にか定着していたのだ。
 ともあれ、白組に配置されてしまった光一郎はひとり、やれやれと肩を竦めながら三塁側ダッグアウトへと、重い足取りで去っていってしまった。
 そして残された格好のあゆみはというと、未だに自失気味の様子で、本塁近くに佇んでいた。
「わ〜い、あゆみちゃんと同じチームだぁ〜……って、あれ? どうしたの?」
 紅組の内野手にオーダーされていた霧島 春美(きりしま・はるみ)が、後ろからあゆみに抱きついてきたのだが、当のあゆみはというと非常に反応が鈍く、仏頂面のまま前方を凝視していた。
 そこへ、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がさも可笑しそうに口元を押さえ、小さく両肩をゆすりながらふたりの傍らに歩み寄ってきた。
「原因は、ほら、あれ」
 ブリジットが指差す先に、ミネルバと一緒になってはしゃいでいるカリギュラの姿があった。春美はやっと、事態を飲み込んだらしい。
「あぁ……そういうことですか。それよりブリジットさん、もういきなり練習試合から敵同士ですね〜」
「うふふ……容赦しないわよ」
 春美が態々ブリジットに対して宣戦布告したのには、大きな意味がある。実は彼女、ブリジットが抜けた穴である三塁に、自ら志願してコンバートしてもらったのだ。
 今後は同じ三塁手としてライバル関係となり、互いに切磋琢磨していきたい――春美の中では、そんな思惑があったのだ。
 そのことはもう、ブリジットには伝えてある。勿論ブリジットとて、春美という好敵手の出現は、望むところであった。
「来季からは、新しい楽しみが増えるわねぇ」
「……ですねっ! 私は私の道を行く……イッエレメンタリマイディア! ってなところで」

 悲喜こもごもの展開は、何もプロ選手達だけに限った話ではない。
 例えば、ガルガンチュアへの入団を希望してトライアウトを受ける捕手志望の四条 輪廻(しじょう・りんね)は、同じ紅組に配されたガルガンチュアの投手ウェイクフィールドを相手に廻して、ある願いを突きつけようとしていた。
「ウェイクフィールド選手、少し、宜しいか?」
 輪廻の真剣な眼差しに、それまで正子と談笑していたウェイクフィールドはいささか面食らったような顔を見せたが、しかし輪廻の一本気な視線に何かを感じたのか、態々その長身を向け直して、真摯な態度で応対し始めた。
「どういった用件かな?」
「思うのだが……野球にも、きっとあるはずだ。ひとつの技術だけで他の全てを補う、ナックルボーラーなどの一芸に秀でることにより必要とされる選手が……俺が目指すのは、どんな球だろうが必ず取る、捕球技術に特化した捕手。そんな捕手になれれば、将来俺はチームにとって必要な人間になれるはずだ、その為にも、俺に球を受けさせて頂きたいのだ……如何だろうか?」
 確かに輪廻のいう通り、ウェイクフィールドはSPB屈指のナックルボーラーである。メジャー在籍時にも、ほとんどナックル一本で最多勝争いを演じたという実績もあり、更にコントラクターとして身体能力が向上している今、彼程のナックルボーラーはそうそう居ないであろうとすらいわれている。
 そのウェイクフィールドはというと、輪廻の熱意を高く評価した上で、次のように返した。
「チームに必要とされる存在になりたいという思いは、素晴らしいことだ。しかしな……投手や、他のポジションの野手ならいざ知らず、捕手という仕事では、一芸勝負というのは通用しないぞ」
 つまり、幾らキャッチングに秀でてみたところで、その程度の捕手ならば他に幾らでも居る、というのがウェイクフィールドの回答だった。
 輪廻はいきなり出鼻を挫かれた格好となり、愕然とした表情でその場に立ち尽くす。だがそこで突き放したままで終わらないのが、ウェイクフィールドという人物であった。
「でもな、決して諦める必要は無いぞ。何故なら捕手という存在自体が、どのチームに於いても常に必要とされるポジションだからだ。幸いガルガンチュアには、マッケンジーという良い教材が居る。奴から、ありとあらゆる技術を盗め。捕球技術だけでなく、配球の組み立て方から牽制の方法、相手打者を撹乱するインサイドワークまで、あいつは捕手に必要な全てを持っている。君のその熱意があれば出来る筈だ」
 すると、それまで黙って聞いていた正子がウェイクフィールドの筋肉で盛り上がる肩を、ぽんと叩いて口を挟んできた。
「そこまでいう以上は、うぬが彼の配球面での教師になってやれ。若手の捕手を育てるには、ベテラン投手と組ませて色々経験させるのが、上達の近道であろう」
「良いのか? ライバルチームにまたひとり、強力な捕手が誕生することになるかも知れんぞ」
 ウェイクフィールドの挑発的な台詞に、正子は寧ろ望むところよと、にやりと笑う。
「優れた相手を力で捻じ伏せる。それがわしの勝利の過程よ」
 いってから正子は、輪廻にその強面を向けた。しかしその瞳にはどこか、嬉しそうな色が浮かんでいる。
「必ず這い上がって来い。来季の一軍メンバー表にうぬの名が上ることを期待しておる」

 一塁側ダッグアウト内では、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が随分と緊張した面持ちで、ベンチに腰を下ろしていた。
 彼女は百合園女学院の生徒会執行部『白百合団』の班長という立場ではあるが、このSPBというプロ野球組織の中では、まだ選手登録すらされていない、末端の存在に過ぎないのである。
 しかもこれまでの人生の中で、ロザリンドが実際に野球をプレーした経験というのは、然程に多くはない。
 それでもロザリンドが敢えてトライアウトに臨んだのは、自分が未知の領域でどこまで出来るのか、どのラインが自分にとっての限界なのかを知る為でもあったが、その一方で、純粋に野球を楽しみたいという思いも少なからずあった。
 基本的に、『生真面目』という言葉が服を着て歩いているような性格のロザリンドは、それまで調べ上げてきた野球の知識を一冊のノートに纏めている。今ロザリンドは、自身の緊張感を多少なりとも和らげる為に、そのノートを広げて熱心に目を通していた。
 すると、不意に視界が薄暗くなった。思わず見上げてみると、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)がその巨躯を窮屈そうに折り曲げて、ロザリンドの頭越しに、彼女の丸秘ノートを覗き込んでいた。
「ほぅ、大したものだ。オレの知らないことまで書いてあるようだ……だがな、あまり頭でっかちにはならない方が良いぞ」
 ワイヴァーンズの核弾頭として、脅威の一番打者の名を内外に知らしめてきたジェイコブの言葉には、心にずしりと響く説得力があった。
「その……やっぱりプロとはいえ、基本に忠実、が一番大事ですよね?」
 幾分自信無さげに問いかけるロザリンドに、ジェイコブは一瞬、眉間に皺を寄せて、唇をへの字に曲げたのだが、すぐに苦笑を浮かべて頭を掻いた。
「確かにそうだな。尤もオレの場合、基本を追求しているつもりが、全然違った結果になることも多いが」
 ロザリンドはジェイコブのいわんとしていることがよく理解出来ず、不思議そうな面持ちで小首を傾げる。
 ジェイコブ自身は別に自慢しようとしている訳ではないのだが、実際のところ、流し打ちの単打狙いが、妙に飛距離が伸びてスタンドインしてしまうなど、有り余るパワーが彼の求めている以上の結果を出すことが非常に多かった。
 その為、『基本に忠実』という言葉が、彼の場合ではいささか空々しく聞こえてしまうのである。
 だからといって、ジェイコブは基本を疎かにするつもりは無い。ロザリンドが基本を徹底的に重視しようとしている姿勢には、心から同意しているのも事実であった。
「トライアウトは、基本が出来ているかどうかも見られる。下手に飾らず、無理に背伸びせず、ただとにかくベストを尽くせ。オレがいえるのは、それだけだ」