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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【七 見る者と競う者】

 初回から、ゲームが動いた。
 まず一番のマリカだが、彼女は初球をあっさり打ち上げてショートフライに討ち取られた。しかし続く二番のアヴドーチカが、巡が遊び球に投げた真ん中低めの直球をダウンスイングで叩きつけて、一二塁間を抜いた。
 日頃からバールを振り回しているのが、ここでは吉と出た格好となった。
「や、やったーっ。ヒット打ちましたよぉ、ヒット〜」
 一塁側内野席で、アヴドーチカの出塁を素直に喜ぶ高峰 結和(たかみね・ゆうわ)
「良いアルな〜、早速結果が出て……レキは下位打順だから、まだしばらく出番は無さそうネ」
 無邪気にはしゃぐ結和の隣で、チムチム・リー(ちむちむ・りー)が羨ましそうな視線を向けてきた。さすがに気まずくなったのか、慌てて腰を下ろした結和は、ついいつもの癖で謝ってしまう。
「あ、ごめんなさい……そ、その、私、自慢するつもりじゃ〜……」
「あー、良いヨ良いヨ、気にしないアル」
 ふたりがそんなやり取りを交わしている間に、続く三番のイングリットが、一塁にアヴドーチカを置いて専制の2ランを放った。
 打たれた巡は、マウンド上で露骨にふてくされている。チームメイトのイングリットにスタンドまで持っていかれたのが、余程悔しかったのだろう。
 しかし、すぐに頭を切り替えられるのが、中継ぎエースの良いところでもある。
 その後のペタジーニとブリジットは、連続三振に切って取った。
「うわ〜、すっげぇ〜! あれがホームランかぁ!」
 結和とチムチムがそれぞれのパートナーを応援している傍らで、純粋に野球観戦を楽しむ者も居る。
 この日、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に連れられて、ここ百合園女学院・第三グラウンドを訪れ、初めて観戦する『普通の野球』に、随分と目を輝かせていた。
 基本的にコントラクターは、その超絶的な技術能力や魔法などを日々駆使することで、己の存在意義を誇示する存在だといって良い。それがどういう訳か、このSPBという野球組織下に於いては地球の一般人と同様、一切のパラミタ式技術や魔法を用いることなく、純粋に野球だけの技術と戦術だけで戦っている。
 いわば、このパラミタに於いては非常に珍しい空間なのである。
「野球の元祖たるクリケットのことならよく知ってるけど、こういう本格的な野球は、見るのが初めてだからなぁ……ちょっと感動かも」
 いや、正直なところエースが感動しているのは、見目麗しい乙女達がユニフォームを身に纏い、白球を無心に追い続ける姿の美しさに対してであるのが、ほぼ大半を占めていたのだが。
 それでも、コントラクター達が厳格なルールに則って、純粋にスポーツに取り組む姿というのは、エースにとっては素晴らしく新鮮に思えた。
 ところが。
「ねぇー、オイラおなか空いたんだけどー。焼きそば買ってよーぅ」
「……あのね、今は試合中なんだから、後にしなさい」
 既にスポーツドリンクとポテトフライ、更にポップコーンなどを買い与えてやったにも関わらず、クマラは更に食欲旺盛な様子を見せて、エースにすがりつく。
 こんなことなら、ひとりで見に来れば良かった――本気でそう思い始めたエースであった。

 ところで、エースもクマラも、野球に関してはほとんど素人といって良い。
 例えば紅組の初回の攻撃時、ジェイコブと春美が連打で出塁した後、三番のミネルバが高々と内野フライを打ち上げた際、審判がボールの落下を待たずにアウトを宣告した理由が全く分からなかった。
「まだあのボールがどうなるか分からないのに、アウトになっちゃうなんて変だよね〜」
 クマラが不思議そうに首を傾げたが、隣のエースも同様に、よく分からないといった顔つきでグラウンドを眺めている。
 すると、ふたりのすぐ後ろの席から、落ち着いた低い声が静かに説明を加えてくれた。
「あれはインフィールドフライだ。守備側がわざと落球して併殺を完成させないようにっていうルールだ」
 慌てて振り向いてみると、そこに葉月 ショウ(はづき・しょう)の姿があった。エースとクマラは、ショウがワイヴァーンズにて先発ローテの一角を占めるプロの投手であることを知らない為、単に、野球をよく知っている若者、という風にしか目に映らなかった。
 ところが、ふたりの意識はすぐにショウから別の人物の上へと移ってしまった。橘 舞(たちばな・まい)が、別の位置から柔らかな声音で問いかけてきたからだ。
「どうしてそのようなルールが出来たか……想像出来ますか?」
 日傘の下で優しく笑う端整な面立ちに、エースが思わずいつもの癖で一輪の花を差し出そうとするものの、両手はジュースとジャンクフードで占められていて、折角の好機が失われてしまうという失態を仕出かしてしまった。
 それはともかく、舞の問いかけに対し、クマラはしばらく考え込んでしまったが、結局分からず仕舞い。すると舞は、艶然とした笑みを絶やさず、一瞬ショウに視線を送ってから回答を口にする。
「野球は紳士のスポーツ、公正であることを重んじたからです」
「へぇ〜……野球が紳士のスポーツ、ねぇ」
 思わずエースは唸った。何となくイメージとかけ離れているような気がしてならなかったからだ。
 するとショウが、僅かに苦笑を浮かべて更に言葉を繋ぐ。
「もともとの精神は、確かに紳士のスポーツだったらしいな。今は随分と様子が違っているかもだがね」
 それからショウはところで、と舞に話を振った。
「あんた確か、パウエル選手の……」
「えぇ、橘舞と申します。以前は応援に行くのも、ちょっとした旅行でしたけど、今は歩いていけますから、本当に楽になりましたわ。そういうあなたは、ワイヴァーンズの葉月ショウ投手ですね。今日は試合には出ないんですか?」
 これに対しショウは、今日は気分が乗らないと、いささか自嘲気味な笑みを浮かべてかぶりを振った。実際、たまにはスタンドから観客視線で野球を眺めるのも悪くないもんだ、と本気で思ったりしてみた。
 一方の舞は、複雑な胸中である。
 ブリジットを応援するのは当然ではあったが、春美やカリギュラにも頑張って欲しいという気分が、少なからずあったからだ。
 その春美はといえば、ブリジットに対抗してか、紅組で三塁を守っている。ブリジットが抜けた後、ワルキューレの三塁手を務めるべく、日々猛練習を重ねているという話を聞いていたのだが、どうやら本気でブリジットの後継者たらんと考えているらしい。

 レフトスタンドでは、ちょっとした悶着が起こっていた。
 丁度、SPB公式記録員火村 加夜(ひむら・かや)が、エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)がHCに収集したデータと記録を照合させている時であった。
「さぁ、今日もインタビューの時間がやって参りました! こちら久々の、恋煩いの血便患者! といった感じでございます」
「ちょっと、誰が血便患者よ!」
 怒鳴っている方は、聞き覚えのある声であった。
 ふたりが思わず振り向いてみると、蝶ネクタイとタキシードでばっちり決めた七三分けの妙なおっさん(つまりサニーさん)に対して、幾分露出度の高いマスコットガール衣装を纏ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、獰猛な勢いで噛みついているところであった。
 そのすぐ傍らには、困り果てた様子のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とツァンダ地方局のテレビクルー達が、周囲の視線を気にしながら、どうしようもないといった表情で佇んでいる。
 実のところセレンフィリティとセレアナは、ワルキューレのマスコットガールとしての仕事、即ち観客として訪れている百合園の女生徒達に対して、ヴァイシャリーの新戦力マッケンジー捕手に関するインタビューを取ろうとしていたのだが、そこに何故かサニーさんが割り込んできて、あの意味不明な言動でセレンフィリティを挑発(?)していた、という構図になっていたのである。
 事情をよく把握していない加夜とエレナが、怪訝そうに顔を見合わせたのも無理からぬ話であった。
 しかし、このまま放っておく訳にもいかないので、加夜とエレナは席を立ち、困り顔のまま、手にしたマイクを手持ち無沙汰にいじっているセレアナの傍らへと歩み寄った。
「あの、どうしたんですか? 何だか、妙にエキサイティングしているようですけど……」
 加夜の『エキサイティング』という表現は、いい得て妙である。
 セレンフィリティは顔こそ憤怒の表情であるものの、全身から発する空気には、どことなく張り切っているような雰囲気が感じられなくもなかったのだ。
 もしかしたら彼女の深層心理では、サニーさん相手に自分の表現の場を見つけたという喜びが湧き起こっているのかも知れない。
 実際、周囲から飛んでくる百合園生達の突き刺さるような視線を気にしていないのは、セレンフィリティとサニーさんのふたりだけであった。
「まぁ、ご覧の通りなんだけど……これも仕事のうちって割り切れば良いのかしら?」
 セレアナは深い深い、それこそ日本海溝にでも沈んでしまいそうな程の重い溜息を漏らした。
 後半の疑問部分は、誰に問いかけるという訳でもなく、どちらかといえば己を納得させているようなきらいが感じられた。
「でもセレンちゃん、手を出さずによく我慢してらっしゃいますわね。あの珍妙なお方は、何者ですの?」
 エレナの問いに、セレアナが『ガルガンチュアのオーナーさんよ』と答えると、加夜ともどもびっくり仰天して、それこそ卒倒しそうな勢いでのけぞってしまった。
 そういえば、噂には聞いたことがある。ガルガンチュアのオーナーは相当に変わった人物で、球団顧問にして理事でもあるラズィーヤが、珍しく手を焼かされているのだとか。
 しかし同時に、恐ろしい程のやり手でもあるという情報も聞いている。実際、今回のトライアウトは練習試合の形式を取りながら、実際にはある種のオールスター戦のような形になっており、球場を訪れた各球団のファンは、普段は滅多に見られない対戦に、大いに沸き立っていたのである。
 エンターテイナー、そしてプロデューサーとしての技量に関しては、疑いの余地は無いといって良い。
 ところがここで、ちょっとした変化が生じた。
 セレンフィリティがサニーさんの挑戦を受けて、出題されたクイズに対して大真面目に回答すると、何故かサニーさんはむくれた表情になってしまい、その場をすたすたと歩き去ってしまったのである。
 これには流石のセレンフィリティも、呆然とせざるを得ない。
 と、そこへ何故か、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が物凄い勢いで駆け込んできた。
「謝ったってや!」
「え……あ、謝る? どうして?」
 泰輔の鬼のような形相に、セレンフィリティはおろか、セレアナ、加夜、エレナの三人も納得いかないといった様子で、仁王立ちになっている泰輔をまじまじと見詰める。
「何でもエエから、とにかく謝るんや! でないと、話が先進まへんのや!」
 最早、泰輔が何に対して怒りを露わにしているのか、さっぱり分からない。いや、そもそも本当に怒っているのかすら怪しい。
 いつの間にか、サニーさんが外野フェンスの手すり前に寂しげな様子で佇み、グラウンドを静かに見下ろしている姿があった。
 セレンフィリティは尚も納得がいかない様子で首を捻り、頭を掻きながら、それでも泰輔にいわれたように、取り敢えず謝ってみることにした。
「師匠……すんませんでした、師匠」
「もう、エエねやっ」
 肩越しに振り向いたサニーさんの、もうこれ以上は無いというぐらいに晴れやかで嬉しそうな笑顔がその場に居た全員の脳裏に焼きついて離れず、ひとりも例外無く、三日三晩うなされ続けたのはいうまでもない。
 但し、泰輔は除く。