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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第23章
 
 
 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)は、広めの通路をただ歩く。罠の跡やら何やら、楽しそうに遺跡を調べまわるエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の後を足音も立てずについていく。
 手伝うように言われたものの、今のところネームレスの手伝いが必要になる事態にはなっていない。神殿を壊しそうだ、といつもの大戦斧は置いてきた為に手ぶらなままである。
 入る部屋のどれもが何の特徴もないものばかりで、唯一珍しかったのは中央にガスの発生装置のようなものがあった部屋だった。そんな中、エッツェルとネームレスは際立って特徴のある、他の部屋とは一線を画した場所に辿り着く。
 其処、即ち――来訪者が全て去った後の情報管理所だった。

 静かになった情報管理所。ガーゴイルは取り出した本を纏めて重ね、書架に戻そうと飛び上がったところだった。もう2度と、此処の本達が開かれる事は無いだろう。人に閲覧を許すのは、あれが最初で最後。
 そう、考えながら。
 だが、“彼”は新たな訪問者の気配を感じて動きを止める。
『……?』
 研究者が造り上げた神殿の構造は知られ、ワープシステムを把握した来訪者達は今頃行方不明者達を助け、智恵の実をその目で確認し摂取しているのだろう。
 ――今更、誰だ?

「行方不明者……、何の事ですか?」
 全てが終わった後であると告げたガーゴイルに返ってきたのは、そんな答えであり問いだった。心当たりが無いらしい。だが、聞いてみたものの大して興味は無かったようで、エッツェルは別の事について呟きだす。
「なるほど、智恵の実までの道は開かれ、皆さんはそちらへ行かれたという事ですね。智恵の実も手に入るのなら持ち帰りたいですが……、私としては情報書の方が気になりますね。是非、欲しいです」
『……何だと?』
「勿論、私は閲覧などでは満足しません。生憎と書き写しが可能なツールも持ち合わせていませんし……、研究資料としてはやっぱり本物が欲しいですよね。頂けますか?」
『…………』
「もう、頑なに資料を守る必要も無いのでしょう? 情報は全て知られてしまったのですから」
 そうして、エッツェルはにこやかな笑顔を向ける。だが、ガーゴイルは眉根を寄せ、首を縦には振らなかった。入口から退く気はない。
『……私は、これ以上情報を広めるつもりはない。たとえ、この神殿が終わりに向かっているとしても……最後まで、務めを果たすだけだ』
「そうですか……では、仕方ありませんね」
 自身の「楽しみ」の邪魔をするというのならば、神であろうと容赦する気はない。もとよりそのつもりであったエッツェルは、問答無用でガーゴイルから本を奪うことにした。
「ネームレス、彼を倒してください」
「……倒す……」
 彼の言葉に従い、ネームレスは瘴気の猟犬瘴気の鳥瘴気の大虎の3体をガーゴイルに仕掛ける。ガーゴイルはそれらの攻撃を宙を舞いひらりひらりと避けるが、その滑らかな動きが突然鈍くなる。
『む……?』
 ガーゴイルは顔を顰めた。エッツェルの身体から漏れていた魔瘴気のようなものが、自分の身体に絡みついてくる。
『何だ、これは……』
 元々重い身体だが、それが更に重くなって何か飛び辛い。何が起こっているのかと周囲を見回すと瘴気はますます絡みつき、ガーゴイルは飛行状態を保つのに精一杯……否、それすら危うい状態となっていった。
 ネームレスは高度を下げていく石像に近付いて抱きしめ、大戦斧を棒切れのように扱えるその膂力で粉々にしようと――
「待て待て待て! 何やってんだお前ら!」
 その時、通路の先から慌てたような声で走ってきたのは皐月だった。七日はマイペースに彼の後をついてくる。
「……おや、お久しぶりですね」
「お久し……ぶりです……」
「おお、久しぶり……じゃなくて、そのガーゴイルを離せ」
 以前にぶっとばしたりぶっとばされたりした事など無かったように、エッツェル達と皐月は普通に会話を展開させる。ネームレスはまだ、ガーゴイルに抱きついたままだった。だが、皐月の言葉を聞いても離れようとはしない。どころか、一度緩めた力を再び込めようとする。残念ながら、ネームレスはエッツェルの命令以外は聞く気がない。
『ぐあぁ……!』
 石像に皹が入り、ガーゴイルは口を大きく開けて悲鳴を上げた。
 ――壊れる。ずっと護ってきた本を……奪われる。“彼”は確かに、この管理所を閉じたら自分の『生』を終わらせるつもりだった。如何なる理由であれ来訪者との問答に負けて情報を公開してしまった。それは、最初の自分の発言や対応に穴があった結果だ。私は、ここまで。だが、本を奪われて終わるというのは――
『…………!』
 口に智恵の実が突っ込まれたのは、そんな時。思わずガーゴイルは実を飲み込み、驚愕の表情で――皐月を見詰めた。

 その様子を眺めながら、七日は智恵の樹の前での話を思い出す。
『……は? ガーゴイル“さん”……ですか?』
『ああ、ガーゴイルに実を食わせる。造られた時のまま、管理者になった時の善悪基準で動いているなら……。これで知恵が、自意識が芽生えたならオレ達の話を聞いてくれるかもしれねーしな。……ま、何はともあれ戦闘は避けたいし、殺さなくて済むならそれに越した事はねーさ』
 ……………………。
「全く……本当に飽きれますね」

「このままだと、殺されるぞ?」
 実を突っ込んだ姿勢のまま、皐月は言う。
「死にたかねーよな、オレもお前も。……だから、情報書を渡してくれ」
『…………』
「……痛いのとか苦しいのとか、誰だってごめんだろ?」
 ガーゴイルはますます目を見開く。驚き、というよりそれは、思考に電気が走ったような感覚に近かった。
 当たり前の事。当たり前過ぎて誰も意識していなかった事。それを彼は、口にした。痛みは感じないが、苦しいのは嫌だ。この世から消えるのも、『アルカディア』に行くのも――そうだ、私は死にたくない。そして多分、情報も――
 命ある者を助けようと此処に駆け込んで来た者達に対して、自分は頑なに情報公開を拒否した。それが決められた事だから。それが課せられた使命だから。それが――神殿を護る事だと只管に信じ。
 だが――

『ただ保管し続けるだけでは情報が死んでしまうだろう』
『情報は、誰かに伝わってこそ生きる物だ』

 この1日の始まりに、閃崎 静麻(せんざき・しずま)に言われた言葉。それが全てだった。本当は――“心”の底では、“彼”はその言葉を認めていた。あの時からきっと、この結末は見えていたのだ。

『……持って行ってくれ』
 綺麗に積み上げられた情報書が、彼等の前に提示された。エッツェルはその中からある者の記録を選び出すと、残りをネームレスに運ばせる。管理所を後にしながら、エッツェルは「そうそう」と皐月に言う。
「行方不明の2人は恐らく、もう助かっていると思いますよ。本の持ち出しこそ拒否し続けたものの、閲覧は許可せざるを得ない状況に追い込まれたようですから」
「……え? そうなのか?」
「情報を得た皆さんによって開放され、今頃は外の空気を吸っている筈です」

 教えられた裏口への道を行きながら、エッツェルは記録書を開く。それは、智恵の樹の物語。

 ――あるところに、人々の願いを叶える実をつける樹がありました。1人の研究者が作り出した奇蹟の実。それは『願いを叶える』のではなく、人々の魂に、細胞に、体の中に眠っているものを引き出す力を持つ不思議な実。特に、機械人形として存在していた機晶姫には、感情を与えるという劇的な効果を発揮します。
 町人は『実』を『智恵の実』と呼び大切に育てました。
 ですが彼等は、実を生み出した研究者すら、その『樹』の進化に気付きませんでした。『樹』は自らの『実』の力で智恵を得て、意志を持ち自在に動くことが出来るようになったのです。
 根を足にして動く樹は人々に不安を与え――
 それは、新たな力を得た者達に大きな混乱を生んだ。我々はとんでもないものを摂取してしまったのではないか。この植物は危険なのではないか。樹は伐られ燃やされ、残ったのは、種だけ――

              ◇◇◇◇◇◇

 ――正真正銘、誰も居なくなったアルカディアの最奥。実の無くなった智恵の樹は、一見ただの常緑樹のようにも見える。その葉が1枚、ひらりと落ちた。それを始まりとして、樹は一気に衰えを見せる。濃緑色の葉は茶色く枯れ、水分を失いからからになって落ち葉として積もっていく。
““…………””
 そこに、サルカモが2匹、ワープ機能を使ってやってくる。2匹は両開きの扉の左右から智恵の樹と樹を囲む植物達を見て、それから扉を閉めにかかった。少しだけ哀しそうなカオで扉を押す。
『…………待て』
“彼等”の仕事を中断させたのはガーゴイル。智恵の実によって守護者の縛りから解かれた彼は、枯れた智恵の樹をしばらく眺めて踵を返す。
『……もういいぞ』
 扉は閉まる。光をその中に閉じ込めて。
 真っ暗になった階段を、慣れた様子でサルカモ達は歩き出す。夜行性なのか、壊れて転がった機械獣達にも躓かない。
『……そうだ。私の下半身は知らないか。強力接着剤でくっつけようと思うのだが』
 そんな“彼等”に、ガーゴイルの声が掛かる。サルカモ達は顔を見合わせて――そしてうんうん、と頷いた。

 ――研究者は町人に言いました。
“危険な植物を作ったことは詫びる。この樹は、周囲の空気にも影響を与えてしまったようだ。力が強くなるだけではなく、人々が狂ってしまう……”
“私が責任を持ってこの町を封印しよう。智恵の実の力を閉じ込める神殿を造り、動物達に管理させる。外に実は流出させない。侵入者はあらゆる仕掛けを作って排除しよう”
 ――それは、研究者の親心だったのかもしれません。研究者は『智恵の樹』を育てるために最適な環境を地下に作り、町ひとつを神殿――実を守るための家にしてしまいました。とある神話にあやかって樹を守るのは蛇。情報を守るのは、長年町人に愛されてきた石像を。そして用務員として、少し愛らしいモンスターを。
 智恵を得たモンスター達に施設の使い方を教え、研究者は天寿をまっとうしていきました。『実』の空気の影響で、やがて蛇や石像にも智恵が芽生えました。石像は動けるようになりましたが――
 誰も、智恵の樹を襲ったり実を食べようとはしませんでした。
 彼等は既に、仲間となっていたからです。だから、彼等は全力で智恵の実を守ります。
 いつか終わりを迎える、その時まで――