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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第3章 施術
 
 
「ファーシーさん……、帰ってきたばかりですけど、体調は大丈夫ですか?」
「全然大丈夫よ! ケガ1つないわ」
 施術の用意のされた部屋の前で、ファーシーはそう聞いてきたルミーナに笑いかける。そこにはもう、不安は無かった。
「……そうですか。それでは……頑張ってきてください」
「私達はここで待っていますね。そうですよね、アクア様」
「え、ええ……」
 望に言われてアクアも不承不承に頷く。
「アクアさんはヒラニプラまで一緒に来てくれたんだもの。大丈夫、絶対に帰らないわ!」
 自覚しているのか無意識なのか、ファーシーはそんな事を言った。
「無事に終わるのを楽しみにしていますね」
「……まあ、ぼちぼち気張れや」
「終わったら皆でお祝いしましょうね」
 メティスとザミエル、美央も彼女を見送ろうと集まってエールを送る。
「うん。……皆、ありがとう!」
「僕達も中に入りたいけど……。元々施術があるって聞いてきたんだし……」
「……ああ、そうだな」
「さすがに男が入っちゃ拙いだろ。こっちで大人しく待ってるぞ」
 そんな朝斗と真司を引きずり、静麻が人集りから離れていく。それをお互いのパートナー、ルシェンとアイビス、アレーティアとリーラがそれぞれの表情で見送る。
「ついにファーシーさん決心したんだね。ルヴィさんとの子供を宿したらついに母親だね。大事に育ててあげてね」
 付き添っている未沙も微笑み、ピノはわくわくとした様子でファーシーにエールを送る。
「ファーシーちゃん、子供が生まれたらあたしも協力するからね!」
 そんな彼女を見て、未沙はふ、と打ち合わせ時、モーナと最後にした会話を思い出す。
(ピノさんって、可愛いよね)
「……! ぴ、ピノ! ファーシーから離れろ。というか、朝野から離れろ!」
 ジュルッ、と音が聞こえそうな、エモノを狙う未沙の目に気付いたのかラスが慌てた声を出す。全くもって、ピノの身にこれだけの危険を感じたのは久々である。
「いいか、金輪際もうあいつには近付くなよ」
「? ……何で?」
「……何でかは知らなくていい」
「そろそろ行くか」
「そうね。……じゃあ」
 その辺りで隼人に促され、ファーシーは施術室へと入っていった。
 ――本当に、守り抜いてくださったんですね……
 見送ったルミーナは、彼女達の消えたドアをじっと見詰める。ファーシーが無事に戻ってきたのは、隼人だけの力ではない事は分かっている。神殿では、自分の知らないところで血も流れただろう。……それでも、最初に思ってしまうのは。
「…………」
 そんな彼女の様子を眺めるともなく眺め、ラスは“環菜”に目を移した。

「ファーシーさん、施術、無事に終わりますよね」
 環菜は落ち着きはらった様子でテーブルに座る。コーヒーを口にする姿も普段と同様で、彼女を見ているとこの施術は簡単なものなのだという気がしてくる。陽太もアーティフィサーを経てテクノクラートになっている。術の難しさは理解しているが、それでも。
「大丈夫よ。これまでにあの子に関する術が失敗した事は無いんでしょ? 高名なライナスもついているんだから、今回に限ってということは無いわ」
「そうですよね。きっと、大丈夫です」
 ラスが環菜に話しかけたのは、そんな時。
「……環菜、本気でパラミタ横断鉄道なんて作るつもりなのか? シャンバラ横断鉄道じゃなくて?」
 環菜はぴくり、と眉を上げる。
「……どういう意味かしら。私にそんなものは作れない、とでも言いたげな顔ね」
「いや、無理だろ……普通に考えて」
 ただレールを敷いていくだけではパラミタ横断鉄道は出来ない。他の国を通る以上、そこには様々な国交問題も起きるだろう。当然、莫大な資金も掛かる。何らかの衝突もあるかもしれない。それを全てクリアし、鉄道を作る事が“ただの学生”である環菜に出来るのか。
「大丈夫ですよ。大変かもしれませんが、俺が環菜を全力で支援します。まだ小さいですが鉄道会社も作りました。時間は掛かるかもしれませんけれど、必ず横断鉄道を完成させてみせます」
「ああ……そういや、結婚したんだっけか。夫婦でやっていくなら、どれだけ時間が掛かっても問題無いな」
 多少誇張気味に、ルミーナの耳にも入るように、彼は言う。
「何? 何か、白々しいわね。何かの嫌味かしら?」
「鉄道が出来たら、また2人で新しい目標を探すんだろ?」
「当然でしょ。私はまだ、当分停まる気は無いわ」
「ふぅん、当分……ね」
 それだけ聞くと、ラスはルミーナの方に向き直る。
「だ、そうだ。環菜も新しいパートナーを見つけたんだ。……お前も、そろそろ自分に目を向けてもいいんじゃないか? 環菜に尽くすばかりじゃなく、な」
「そんな、わたくしは……」
「……まあ、俺にはお前の考えてる事なんて分かんねーし、言っても無駄だとは思うけどな」
 それでも、傍から見ていて口を出したくなる事もあるものだ。

 そして、エリシアとノーンは施術室のドアを見ながら術が終わるのを待っていた。エリシアは冷静かつ神妙な表情をしている。
「遂に始まりましたわね」
「うん。出てくるまでここで待っていようね!」
 ノーンは明るく言い、ドアを見つめる。彼女はその後、しばらく静かにしていたが……、おもむろに、エリシアにこう尋ねた。
「ところで、ファーシーちゃんの“せじゅつ”って何をするの?」
「…………はい?」
 エリシアはさすがに驚いたが、実はよくわかっていなかったらしいノーンに今回の施術について説明を始めた。

              ◇◇◇◇◇◇

 関係者が全て入室したところで、カルキノスが創造のプリズムを使った。部屋を照らす照明光が魔力となり、結果的に外界の空気を遮断する。室内全体をクリーンな状態として維持する為だ。
「えっと……、もしかして、結構大掛かりな施術だったりするの?」
 施術台に乗ったファーシーは、台を囲む人数に少し驚く。ライナスとモーナ、カルキノス、一緒に入った未沙と隼人の他に、ティナと手伝いとして入っている未羅と未那、レオン、クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)、スカサハ、そしてルカルカとダリルが揃っている。
 作業の為の機械らしきものも幾つもあり、自分が復活する時より難しそうだ、という気がしてしまう。
「そういうわけでもないけど、まあ、それだけ皆、ファーシーを心配してるって事だよ」
「三人寄れば文殊の知恵というが、これだけ居れば、成功は保証されていると考えてもいいだろう」
『……?』
 何人かが、そうとも限らないだろうと内心で思う。が、これは彼女を安心させる為のライナスの方便だろう、と特に突っ込みは入らなかった。
「そうなの? 良かった!」
「ま、何だ。乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ」
 神殿では何故か隔離部屋ではなく智恵の樹に先行してしまった唯斗だったが――恐らくプラチナムの勘が妙な方向に出たのだろう――ライナスとトルネ達と一緒に外に出た後、あれからトルネを大商家まで送って戻ってきていた。アーティフィサーでありオカルト方面の知識もある、とこの施術にも参加している。
「ファーシー様、機晶姫の皆様の手術ではスカサハ、技術を総動員して必ず成功させるであります! お友達の幸せは……スカサハが護るであります!」
「うん、ありがとう!」
 決意にも似た何かを感じ、ファーシーは心からお礼を言った。
「私も施術の成功のために協力しよう」
「クリュティもアーティフィサーの端くれでありますので、助手を勤めれるとは思います」
 技術にも興味がある、と思いながらレオンが言い、それにクリュティが続く。
(ファーシーさん……本当に恥ずかしそうじゃないの)
 そんな彼等とファーシーを見ながら、未羅はそんな事を思う。男性を中に入れるのに抵抗がある、と言っていた未沙は、後で彼等と情報を共有する為に、と未羅に施術内容の記録を頼んでいた。
 だが実際は、こうして施術には男性の技師も入っていて。
『ファーシーさん自身は、ルヴィさん以外の男の人に見られたりするのはどう思ってるの?』
 男性が苦手な未羅は、それが気になって術前にファーシーに尋ねていた。彼女は「うーん……」と考えるだけの間を空けて、こう未羅に答えた。
『あんまり気にした事なかったな。わたしは、今の身体も男の人に作ってもらった部分が多いし。何度も普通に診てもらってたけど……。ライナスさんもそうだし。でもね、未羅さん、男の人でも、技師として働いてる時は下心とかないみたいよ。多分、作業の方に夢中になっちゃうんじゃないかな?』
 ファーシーはそうして、笑顔を見せた。
『わたしの周りがたまたまそうだっただけかもしれないけど、でも、男性がエロい事考えてる時って割と分かると思うわ』
 彼女自身がそう言うのなら仕方がない。それでも、どこかで役に立つかもしれない、と、未羅は記録はするつもりだ。実際、子供用の機晶石を調達する際に、教導団の技術部に施術記録を提出する事になっているらしい。これはダリルが交渉をした結果で、今回使用する機晶石はエネルギー用ではなく特殊情報集積回路用の高性能なものが用意されている。
 未羅がファーシーとの会話を思い出している間にも準備は進んで。唯斗やクリュティが各機械と彼女をケーブルで繋いでいく。
「やっぱり、少し緊張するな……」
「……安心して楽にして。寝て起きたら新しい命が貴方の中で息づいてるから……」
 繊細な魔法科学作業には強い感情が影響する。その為、術中は彼女が安眠しているが一番良い。ルカルカは優しく言い、ファーシーと睡眠導入機とを接続する。
「……うん……、みんな、よろし、く、ね……」
 覚醒中枢への情報伝達を遮断し、睡眠状態に意識を落とす。彼女が目を閉じたところで、ルカルカはモニターを確認した。黒い画面に示されている緑色の表示が、状態が安定している事を告げている。
「銅板はファーシーの機晶石の下に埋め込まれているの。だからまず、機晶石と機体の繋がりを保つ為には胸部を大きく開いて慎重に取り出す必要があるんだ。……隼人君、やってくれる?」
 この作業は、最初に機体製作に携わった者がやった方が良い。そう判断し、モーナは隼人を指名した。
「ああ、分かった」

「よし、綺麗に取り出せたね。分解したパーツは、こっちに……」
「私達が管理しますぅ」
 パーツを紛失しないように、と未那達が台を管理する。
 魔方陣の中に設置された機器に、クリュティが取り出した銅板を取り付けていく。
「うん、本来は膨大な情報量だけど、記憶データはほぼ無くて人格データの一部がかろうじて残った状態だから何とかなりそうかな」
 準備が完了し、ルカルカがモニターをチェックしてそう言うと、カルキノスがコンピューターに2種のデータを吸い出していく。
 モニターの数値はゼロになったところで、銅板との接続を解除する。
「さて、これを元に戻すわけだが……」
「スカサハがやるであります! 絶対に失敗はしないであります!」
 外す時、構造はしっかりと見て記憶した。スカサハは銅板を慎重にファーシーの胸に戻していく。ファーシー自身の機晶石と密接した作業で、細かさと正確さが必要になってくる。その間にダリルは吸い出したデータを機晶石に移植する。機械の高速同時操作は彼の十八番。有機コンピューターの異名は伊達ではない。
「ファーシーさんの方に異常はないみたい。ここまでは成功かな」
 未沙は、ファーシーの数値や身体の状態を確認する。少しだけ力を抜いた。
「じゃあ、次はファーシーさんの子宮に、着床だね」
「ああ、開腹手術の傷も残さない自信がある」
 ダリルは過去、他の場所でした施術を思い出す。直接入れるのではなく、メスを入れて中に着床させる。帝王切開の逆を行う、ということだ。そして、彼と未沙を中心として唯斗達が助手を務め、着床作業は始まった。

              ◇◇◇◇◇◇

「絶対に成功しますよね……」
 メッセージの撮影が行われている横で、衿栖はファーシーの施術成功を祈っていた。朱里は落ち着かないのか、室内をうろうろしていた。まさに、出産を待つ夫のような心境である。
「何だかドキドキしますね」
 エオリアも、エースと一緒に成功を祈る。元気な子が授かりますように。そして元気に育ちますように、と。
「うん。普通の人でも受胎が『絶対確実』な事ではないし、増してや、子供が無事に育って安産、も保障されてる訳じゃない」
「……ええ。元気に生まれて当たり前っていうものじゃないですからね。実際の所」
 母になるというのは、色々と大変だ。
「本当に、世のお母さん達の『受胎時から子供を育む身体、精神負担』は男性には想像もつかない事だからね。頭の下がる思いだよ」
 そうして、エースは施術室に目を戻す。
 ――成功するように祈っているから、誰よりもファーシー頑張れ。

 そうした中、花琳はカリンの隣でこんな事を言っていた。
「赤ちゃんか……私もいつか産みたいな……、カリンちゃんと一緒に♪ もちろん、同じ人の子♪」
「同じ……?」
 それを聞いて、カリンは少しばかりテンションを下げたようだ。
「花琳。いくら魂の片割れだからってボクと何でもお揃いなのは……ちょっと……」
「えー、だってパンティーだって同じの穿いてる大事な魂の片割れだよ? 幸せになるなら一緒がいいじゃん♪」
 パンティーが同じ……!?
 さらり、と言った花琳の言葉に、待機していた皆の何人かが衝撃を受けたとか受けなかったとか。
 そんな周りの反応には気付かないように、カリンもまた施術室を見つめた。
「ガキか……生まれるのが楽しみだな」

「施術中の内部の撮影はNGらしいけど、それ以外ではOKよね?」
 その頃、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)はデジタルビデオカメラを取り出していた。カメラの設定をしながら、橘 舞(たちばな・まい)に言う。
「やっぱり、生まれてきた子供にいつか自分の誕生した日の映像とか見せてあげたいじゃない。関わった人達からの子供へのメッセージとか」
「メッセージ……そうですね、私も協力します」
 舞は同意すると、施術終了を待つ皆に向けて声を掛けた。
「皆さんも、このビデオにメッセージを残してみませんか? 将来、ファーシーさんがお子さんと見られるように」
「メッセージか。そうだな」
「ルイ姉、私達も何か撮らない? 新しく生まれてくる子に、お祝いの言葉!」
「わかりました。何か残しましょう」
 レン達4人と、フレデリカとルイーザ、そしてラルクもカメラの前に集まってくる。
「うし、じゃあまずは俺からだな! えー……元気にしてるか? 今な、ここでお前の母ちゃんがな……」
 そうしている間にも、次々に立会いに残った皆が集まってくる。最終的には、もう全員で一言ずつ、という盛り上がりを見せた。
「あーあ、カメラ取られちゃったわね」
 ブリジットはやれやれ、と肩を竦めた。
「この私がここまで手配したんだから、ちゃんと幸せになってもらわないとね」
 祝いにと持ってきたケロッPカエルパイの残りをテーブルに出していく。徐々に名が知られているのか、最初に出したカエルパイは意外とその数を減らしていた。
「アクアもメッセージ残しなさいよ。あなたは子供から見ると叔母さんみたいなものなんだし」
「叔母さん……ですか?」
 アクアは複雑な気分になって顔を顰める。それにしても、どうして親戚を意味する『叔母さん』とある一定以上の年齢の人間を呼ぶ言葉は同じなのだろうか。
「私とファーシーは機種として同じというだけで姉妹というわけでは……」
「だから、みたいなって言ったでしょ。それはそうと、アクアはどうするの? 子供」
「……は?」
 突然の問いに、アクアは目を点にする。
「あんたも子供作れるんでしょ? 将来の話よ。私としては男の子だとウェルス、女の子なら、折角だからマリンとかでいいんじゃないかと思うんだけど、どう?」
「ど、どうって……、ウェルスって……、な、何を言ってるんですか。私はそんな事、考えたこともありませんよ。大体、私は誰かと一緒になるなど……」
「あ、アクアさん落ち着いてください……。ほ、ほら、パイどうですか?」
 冷静に話そうとしているがいつもより大分早口で。
 動揺しているところで舞にパイを渡され、アクアは個包装されたそれを破り、ブリジットから顔を逸らして口に入れた。

              ◇◇◇◇◇◇

 内部モニターに、ファーシーの胎内に所謂『受精卵』が出来るのを確認し、静かに接続コードを外す。モニター画面が暗くなったところで、ライナスが宣言した。
「……終わったな」
 それを聞き、皆はほっと息をついた。ファーシーの傍には、鈴なりティーカップパンダが置いてある。状態異常防止の為だが、一部始終を見ていたティーカップパンダ達も施術の成功を喜んでいるように見えた。
 ダリルはファーシーの呼吸と脈拍を診てその安定を確認すると成功を確信し、我知らずに歌を口ずさむ。
「あれー? ダリルが鼻歌なんて珍しいじゃない」
 そんな彼に、ルカルカはからかい混じりに声を掛ける。しまったと思い彼女を見ると、やはり嬉しそうににやにや笑いを浮かべていて。
「うん、良い声ね」
「……精神状態の安定化の為に幸せの歌を流しただけだ」
 気恥ずかしさから、ダリルはルカルカから目を逸らした。
「…………。? ここは……?」
 ファーシーがうっすらと目を開けたのはそれから間もなく。寝ぼけたように、視線をきょろきょろとさせる。それから状況を思い出したようだ。
「あっ! あ、赤ちゃんは……!?」
「大丈夫、成功したわ。彼の心と新たな命は、今、あなたのお腹に宿っているの。これもきっと、一つの奇跡ね」
「人口子宮として機晶姫を使用する作業をしただけだろう。奇跡というのは不本意だが」
「まあまあ。ダリル、お疲れ様♪」
「きゃっ!?」
 そこで、カルキノスが自前の怪力を使ってファーシーを抱き上げ、ストレッチャーの上に乗せた。
「よし、それじゃあ寝室に移動するか」