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霧の先の町、海のオルゴール

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霧の先の町、海のオルゴール

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第一章 町の名前は……

 「ふぁ、ここが……」
 間の抜けた声が五月葉 終夏(さつきば・おりが)から出てしまう。
 無理も無い……、彼女の眼前には昼の日光に照らされた街並みが広がっているのだ。
「す、すごーい♪ ほんとに街に出てきたよ」
 両の掌を合わせ、感嘆の声を終夏は漏らす。
「信じられん……」
 周囲を改めて見回す、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)
 数瞬前まで、真夜中の海岸に居たフラメルには街の光景が不思議に見えた。夜とは違う昼の暖かい陽射しが2人を包んでいる。
「あ、ほら聞こえるよ。早く行こう!」
 腕を引っ付く様に引かれ、フラメル達は街へと足を踏み入れた。

 「着いたのか」
 夜と昼が入れ代わり、暖かさを高円寺 海(こうえんじ・かい)は感じる。瞼を開く海の眼には、路を流れる街の人々が映っては消えていく。
「おー、此処か。霧の先にある街は!」
 青の双眸を輝かせたアレイ・エルンスト(あれい・えるんすと)が海の後ろで街を覗き込んでいた。
「お前……」
 怪訝な顔を向ける海に対し、アレイは気さくに手を振り返した。
「よっ!お前も此処に来てたのか。オレはアレイ・エルンストだ。宜しくな」
「海だ……」
 アレイの顔を一瞥し、海は素っ気無く名乗る。
「お前、海って言うのか。海辺に現れる街の調査となると、不思議と縁が在りそうだな」
「オレには関係ない事だ」
 海の視線は既に街の人々に向けられていた。
「だよな。そんな訳無いか」
 肩を竦め、アレイは笑う。
「折角だから少し一緒に調査しようぜ。一人よりは効率が良いだろ?」
「……好きにしろ」
「じゃ、決まりだな!早くに街の中に入ろうぜ!」
 ぐいぐいと海の背中を押し、中へと2人は足を踏み入れた。
(とは言え……、襲撃者の可能性があるし、他の契約者もいるとはいえ注意は必要かもな。危険には陥らないのが一番いいけど)
 
 「この町がどういう場所であれ、音楽がある。人がいる。なら……、弾かないなんて勿体ない事はできないよ」
 聞こえてくる音楽に感化されたのか、早速ケースから弦楽器・ヴァイオリンを取り出す。
「音楽よ共に在れ。行こう、ゼーレ」
 ヴァイオリンを顎と肩の間に挟み、弓を弦に当てがう。
「♪〜♪〜〜」
 終夏のヴァイオリンから紡がれるメロディーが街路の人々へと広がっていく。
「綺麗ね……」
 耳に優しく触れるヴァイオリンの音に人々は足を止める。
 (聞き込みは頼んだよ、フラメル!)
 優しい音色とは対照的に面倒な物を、パチッとアイコンタクトでフラメルに全てを投げつけた。 
(何となくそんな気はしていたが、本当に丸投げかっ!)
 苦笑を漏らし、任せろと終夏に手を振る。
(……まぁ、音楽が盛んな町と噂を聞けば弾かないなんて選択はあいつには出来んだろうが)
「あの、宜しければちょっとこの街について聞きたいんですが?」
 終夏のヴァイオリンの音色に聞き入ってくれる人々にフラメルは声を掛け始めた。

 「着いたであります」
 街の一角にある噴水広場に霧の向こう側から彼女達は来ていた。活き活きとした声を発するのは、アイリス・零式(あいりす・ぜろしき)である。
「待て待て待て!」
 戦闘では拝む事が出来ない力強い腕引きで、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)はズルズルとアイリスに引き摺られていた。
「クックック……」
 霜月の姿に笑みを押し殺し、ジン・アライマル(じん・あらいまる)は愉快そうに腕組みする。霜月を援護する気は更々無い様で、引き摺られる霜月に愉快そうな視線を送るだけだった。
「うあー」
 魂の抜けた情けない声を霜月は出して、ジンに助けを求める視線を送るが無視された。
「クク、アーハッハッハッハ……」
 遂に我慢できずに声に出してしまう。
「曲が聞こえるであります!こっちなのです」
 アイリスに連れられ、3人は笛に似た民族楽器を吹く男性の前で足を止めた。
「綺麗であります」
 ルビー色の瞳を瞼で閉じ、音色のみに気持ちを傾けていく。
「初めて聞くな」
「そうね……」
 霜月が隣を見るとジンも瞼を閉じ、笛の音色に聞き入っていた。
「……ふっ」
 聞き入る2人にそっと微笑み、霜月は瞳を閉じた。

 「とーっても良かったであります」
 腕をパタパタと振り、喜びを表現するアイリスの満足げな表情をジンは見つめる。
「大袈裟ね……」
 頬に掌を当て、子供を見る母親の様な顔をしていた。
「ありがとうございます」
 霜月が振り返ると先程の男性が頭を下げていた。
「い、いえ。こちらこそ」
 慌てて霜月が頭を下げる。
「ほら……」
「ありがとうであります」
 ジンにグイッと頭を押されて、アイリスも礼を言う。
「はは、ありがとう」
 嬉しそうに男性は笑った。
「少し、この町について教えて貰えますか?」
 アイリス達の前に出ると、霜月は本題を切り出した。
「ええ、私に解る範囲であれば」
 男性は町についてゆっくりと話をしてくれた。
「町の名は、『マーリッツガルド』ね。聞いていた話の通り、音楽が盛んな町だったと」
「ああ、相違は無い」
 男性と別れ、霜月達は先程の噴水の前に戻ってきていた。
「あの人、最後に何を言っていたのでありますか?」
「出来る事ならずっと一緒に居たかったか……」
「どうして聞かなかったの?」
 『誰とです?』の一言が霜月からは出なかった。
「まあ、ちょっとな」
 言葉を濁すとアイリス達を連れて、別の音色に向かって霜月は歩いた。

 「にゃはー」
(音色と呼ぶには、些か語弊がある。大きく違うかもしれんが……)
「ちょっと待てー」
 屋台から聞こえてくる物が焼ける香ばしい音色に惹かれ、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)はパタパタと屋台へ賭けていく。
「イカ焼きだー」
 イカの表面に塗り付けた甘辛いタレが、鉄網の熱でジュージューと焼けている。
「一つ下さーい!」
「まいど!ちょっと待ってねー」
 屋台のお姉さんが焼けたイカを丁寧にパックに詰める。クマラの視線はパックから溢れそうな大きさのイカに釘付けだった。プラプラと揺れるイカの足から視線を離せない。
「はい、どうぞ」
「おーい、エース!」
 イカ焼きを受け取るとクマラはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を呼ぶ。
「くっ、間に合わなかった」
 凹む前にとりあえず、エースは財布を開くと硬貨を屋台のお姉さんに支払う。
「これで何回目だ?」
「うーん、3回目?」
 美味しそうにイカ焼きを頬張るクマラから疑問系の答えが返ってくる。
「……5回目だ」
 項垂れると近くのベンチに腰掛けた。
「疲れた」
 詳しく話を聞く前に、クマラが新たな屋台へと走っていってしまい情報があまり入ってこない。
「大丈夫か?」
 影が自分を覆うのを感じて、首を持ち上げると霜月がエースを覗き込んでいた。
「何とかな」
「隣、良い?」
「どうぞ」
「ありがとう」
 深くベンチに腰掛けると大きく霜月は伸びをする。
「んー……」
「情報は何かあったか?」
「いや、町の名前ぐらいだ。後は、観光話ぐらいしか――」
「早く行くであります」
 腰を降ろした事などお構いなしに、霜月はがっしりと腕を捕まれ引き摺られる。
「ちょっと休みた――」
「ほら、早く立ちなさい」
 反対の腕をジンに引っ張られ、転びそうになりながらも霜月は走り出していた。
「悪いわねー!」
 遠くからエースに手が振られていた。ジン達の姿はもう見えなくなっていた。
「お互いに大変だな……」
 
「こんにちは。ちょっと聞きたい事があるんだけど?」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は通り掛かった町の人に声を掛けていた。
「何です?」
「えっと、この町の近くに洞窟なんて無いですよね?」
 遠慮気味に詩穂が尋ねる。
「ありますよ」
「え、あるの?」
(隠されていると考えていた洞窟はあっさりと見つかったけど♪怪しい……☆」
「はい。町の人は用もないので近付きはしないですが。ほら、この道を南に下ってもらうと海岸が見えて来ます。海岸を右に行って貰えばその内見えてくると思いますよ」
「あと、音楽が洞窟から聞こえてくるとか?そんな話を聞いたことは無いですよね……?」

「この道を真っ直ぐ歩いてー」
 のんびりと町の景色を楽しみながら歩く。微かに香る海の匂いが何故か懐かしさを感じさせる。
「はあ、気持ち良い」
 時折、詩穂の指の間を通り抜けていく風がくすぐったい。
「こんにちは」
 白い砂浜に足を入れる詩穂に声が掛けられた。
「詩穂さんもこの先に?」
「ええ、町の人に聞いたら洞窟があるからって……って?」
 詩穂が視線をおろすと、火村 加夜(ひむら・かや) が砂浜で楽しそうに砂をいじっていた。
「ふう、完成」
 加夜の足元には、何か……こう得体の分からない物体が出来上がっていた。
(な、何だろう……)
「こ、これは?」
 恐る恐る加夜の足元に横たわる物体について聞いてみる事にした。
「あ、これは……秘密!」
 頬を赤らめると、慌ててぐしゃぐしゃと何かを砂に戻してしまった。
「べ、別に……。あの人じゃないよ」
(え、あれ人だったんですか? ――何て言えないけど)
「えっと、そうですか……」
 詩穂は頷いて、何か良く分からないが分かった事にしておいた。
「ど、洞窟だよね?わ、私も一緒に行くよ」
(凄い動揺してるー!)

 慌てる加夜を宥めると、詩穂達は洞窟の前にやって来た。
「うーん、何にも無いねえ」
「ですねえ」
 洞窟の中に入る前だが、詩穂の頭の中に悶々とお宝の様に輝くオルゴールがイメージされていた。
「ごくりっ♪さあ、行きましょう☆」