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リアクション
●総合格闘技トーナメント大会(3)
第三試合。レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)と鑑 鏨(かがみ・たがね)が激突した。
(「イングリットのバリツ……噂には聞いている……」)
レギオンは、客席のイングリットを強く意識しながら飛び出した。
意識的に精神を鎮め、自らの身から殺気が生じないようにする。これを解放するのはイングリットと対戦する決勝戦としよう。
反対側のコーナーから、袴ばきにブーツ姿の爽麻が進み出る。
セコンドの硯 爽麻(すずり・そうま)は鏨の妹、着物姿で、
「ま、運動の後のカレーは美味かろうってことで。勝ても負けても、後でカレー食べられればいいや」
ほんわりと手を振っていた。しかし鏨は昂ぶる気持ちをなんとか抑えつつ、
「カレーか……終わったら食いに行くとするか」
と短く返答してリング中央に歩み去った。
なんとなく、置いてけぼりになってしまった感のある爽麻は手持ち無沙汰で、
「カレーへの冒涜は赦さん……」
などと言ってみた。
レギオンはオープンフィンガーのグローブを填めていた。拳を保護し、一方で、汗による滑りを抑え掴みを強くするためだ。そのグラブがぎゅっと音を立てるくらい、強く両拳を握って胸の前で構える。
どんな格闘技の構えとも似ているようで似ていない。
それもそのはず、レギオンの格闘術は戦場で培った我流だ。この構えも便宜上取っているだけ、なんらかの流派に則ったものではなかった。
一方、鏨は袴履き、白い和服、それでいて足元はブーツだった。グローブの類はない。
彼の構えは、無い。
まったくファイティングポーズをとっていないのだ。無構えだ。ただ立っているだけ。
それなのに、金剛力士像のような威圧感があった。
威圧感は、鏨が鬼神化した途端倍増した。いや、三倍か。
目は深紅の三白眼となった。
身長は変わらないが、額には日本の角が突き出ている。
しかし手は変わらず、裸の拳(ベアナックル)のままだった。
リング中央で二人は睨み合った。
そのまま時間だけが経過した。
十秒……二十秒……。
「二人とも、何もしてないみたいだけど……伝わってくる。二人、ずっと闘ってるよ」
リングサイドでカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)は、額に汗が浮くのを覚えていた。
「闘っている?」
イゾルデ・ブロンドヘアー(いぞるで・ぶろんどへあー)が問うた。
「うん。思いっきり闘ってる。頭の中でシミュレートしているんだと思う。こう殴りかかる、こう返される、そこをこう打つ、対して相手が蹴る……って感じで。だからうかつに動けないはず」
女子校の練習試合くらいにカノンは思っていたのだが、これはもうそんなレベルを超えていた。
レギオンも達人であるが、それは鏨も、同じ。
いずれが勝ってもおかしくない。
この先が見たくなるような、見るのが怖いような、そんな対峙だった。
だが硬直は破れた。
「せあああああああああっ!」
無闇に威嚇などしない。ステップして背後を狙ったりもしない。
真正直に、正面蹴りをレギオンが仕掛けた。
鏨は避けなかった。膝を持ちあげて受けた。
(「あれは、たしか雲身『突撃』の型……!」)
爽麻は身を乗り出していた。鏨が熱心に練習していた技だ。何度か爽麻も練習相手を務めたことがある。その際、鏨はものを投げつけるよう命じたものだ。投げる対象は最初はサッカーボールだった。やがてそれが、ボウリングのボールになるまでそう時間はかからなかった。
たとえボウリングの球を投げられても、受け方さえ完璧ならほとんどダメージを受けない。
それは蹴りとて同じだ。
カッ、と何かが光ったように見えた。
鏨は膝を立てレギオンの蹴りを防いだ。
それも、自分から相手に接近するというスタイルを取り、相手の蹴りの威力を半減させて防いだ。
ここからが本領だ。蹴りという点の攻撃を取ってのちのカウンター。
鏨は予備動作もなくハンマーのような左肘を、
ぶん、
と繰り出していた。遠心力をつけたエルボー、蹴りで上がった相手の首に叩きつける。
ところがこれが読み合いの面白さ、レギオンはこれを待っていたとばかりに、右腕を曲げて振り上げた。
レギオンの腕は絶妙の角度をとっていた。これが鏨の肘撲ちを受けるも、やわらかな柳の枝の如くその威力を分散して流したのだった。
「これが所謂『殺人武術』だ。すまんな」
次の瞬間レギオンは跳び、するりと蛇のように両脚を鏨の右腕に巻き付けていた。
軍隊でも多用される腕挫ぎ十字固めだ。いわゆる跳びつき式、相手の上腕部を自分の両脚で挟んで固定、腕を伸ばさせて肘関節を極(き)める。
マットに倒れればもう脱出できない。完全に入った十字固めを解くのは不可能に近い。
数歩たたらを踏むも、片腕に巻き付かれたというアンバランスな姿勢に耐えきれなくなり鏨は倒れた。
倒れた拍子にレギオンの身体もどっとマットに叩きつけられるが、ダメージは鏨のほうが大きい。
しかも、がっちりと関節技は極まったままだ。
メキメキと音が聞こえる。間接があり得ない方向に伸びきった音だ。靱帯の悲鳴だ。
しかし、腕に激しい痛みを感じながらも鏨は呻いた。
「そっちも我流か……型に囚われないトリッキーなスタイル……」
「しゃべる余力があるならギブアップしたらどうだ。このまま我慢を続けても、腕を折られて終わりだ」
「どうかな」
「何……!」
レギオンは察した。彼の背は、マットから跳び出しかけている。
あと十センチも押されれば、場外の芝に背中が触れるだろう。
十字固めを決められた鏨は、力を振り絞ってリング端まで移動していたのだ。
このままマットから落とされれば場外、レギオンの負けだ。
すぐにレギオンは技を解き中央に戻った。
(「油断できない奴」)目で鏨に伝える。
(「お互いにな」)レギオンも視線で返した。
試合再開。
やはり息をつかせぬ攻防となった。
今度は鏨が仕掛けた。
六尺首落。通常では考えられない距離から跳躍、掌底でレギオンの延髄辺りをはたき、顔面をマットに叩きつけようとする。いささか強引だが意表を突く攻撃。
しかしこれは奈落の鉄鎖を用いて重力を操作した結果だ。重力反転が間に合わず、軽いまま叩いたのでさしたる打撃にはならなかった。
レギオンは冷静にこれを凌いで、ソバットを相手の胸に見舞った。
入った。
肋骨にヒビを入れたはずだ。レギオンの足首にたしかにその反応があった。
だが鏨は倒れない。即座、手刀を狙えばレギオンも裏をかいてカウンターに持ち込み、だが裏の裏、さらに鏨の追撃手刀が襲う。
「ぐっ」
レギオンは肩口に焼きゴテを当てられたような痛みを覚えた。
それでも鏨は止まらない。
鏨の身が、舞った。
確かに空を飛んだ。
大技、地を蹴ってのサマーソルトキック。
レギオンの腹を蹴りつけ、真円を描く宙返りして音もなく着地したのである。
「うっ」
レギオンは仰け反った。
「二つ燕……!」
爽麻は立ち上がって拳を握りしめた。この技も見たことがある。しかし鏨がこれを実戦に用いるのを見るのは初めてだ。
どっと観客が沸く。もう総立ちだ。一気にこの場所の気温が二度は上昇したのではないか。
しかもレギオンはどっと尻餅をついた。両腕が開き、彼のガードはなくなった。
「お兄ちゃん! 今!」
歓声を突き破って爽麻が吼えた。
その声に呼応し猛獣のように、
「しゃあ!」
鏨がレギオンに飛びかかる。
なんとかレギオンは立ったがもう鏨のペースだろう。
「ここで『阿修羅』!」
爽麻は飛び上がって叫んだ。鏨の意志も同じだ。
六連の釣瓶打ち、コンボ技『阿修羅』で決める――!
だが虎の如き形相で迫る鏨に対し、レギオンはこのとき微かに哀れみを覚えていた。
(「真っ正直なんだな……鑑。俺とは、住む世界が違うようだ」)
レギオンはそこに、孤独に練習する彼の武道と、殺し合いで発展させた己の殺人武術との差を見ていたのだ。
阿修羅、その序曲となる踏み込み正拳がレギオンに触れる寸前、鏨の視界が揺れた。
レギオン足払いをかけたのだ。
足元が、浮く。
あまりに迅いレギオンの反応に、鏨は面くらい防御姿勢を忘れた。
サマーソルトはいわゆる見せ技、派手なばかりでダメージは少ない。ややダーティかもしれないが、『効いている』ふりをしたレギオンの策にはまっていただけなのだ。
レギオンの右脚が鞭のようにしなった。太陽を蹴り上げるように真上を目指した。
そこから反転、レギオンの足は、落ちた。
重い、重い音がした。
骨が砕けたのが判った。
レギオンは空手さながらのかかと落としで、最初に痛めた鏨の右肘、ここを砕いたのだ。
それでも鏨は倒れず、距離を取って肩で息をした。
レギオンも、好敵手に対して再度構えを取る。
だがヴァーナーが駆けて両者の間に立った。
「もうそれいじょうは大ケガしちゃうですよ! めーなんです!」
その声と共に銅鑼が打ち鳴らされた。
レフェリーストップ。勝者、レギオン。
鏨はふっと力を抜いた。真っ赤に滾っていた闘気が、嘘のように霧散する。
「今回は、負けだ」
痛みに脂汗が浮き出ているが、それよりも戦い抜いた爽快感のほうが上だ。左手を差し出す。
「また戦いたいものだな」
レギオンはそれを両手で握った。
盛大な拍手が二人を包みこんだ。
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