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なし

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●手を繋いで

「ユマ、来ているとは聞いた」
 声をかけられ、ユマは顔を上げた。
 着崩した天御柱学院の制服姿。彼は柊 真司(ひいらぎ・しんじ)であった。
「柊さん……」
 この日、ユマが見せた中でもっとも嬉しそうな顔だった。そのことに気づいているのかいないのか、真司は事務的な口調で簡単に言う。
「真司でいい」
「はい、では真司さん。……あの、団長への手紙、ありがとうございました」
「少しは役だったようだな。拙いながら、この場への出席を願い出る文面とした」
「読ませていただきました。気にかけて下さり、感謝しています」
 七夕の夜、ユマがあるきっかけで暴走しかけたことについて、真司はその場にいた者の一人として彼女を弁護する手紙を鋭鋒宛にしたためたのだった。また、同じ手紙の中で『再発防止の訓練も兼ねてユマの文化交流会へ出席を許可してほしい』とも願い出た。
 真司は部外者ゆえ、教導団の内部事情には立ち入れないが、ユマを条件付きとはいえこの場所に連れ出すことに成功したのは彼の手紙も功があったものと考えられよう。
「携帯電話も送ったが……」
 同時に真司は、彼女に白い携帯電話【Cinema Exceed】も送ったはずだった。
「ごめんなさい。それは検閲にひっかかってまだ手元にありません。教導団の預かりとなっています。私への警戒段階が前程度に下がれば、渡してもらえるかもしれません」
「そうか。なら、電話はそのときにでもしよう。持っていたほうが俺に限らず、知り合いと連絡がとりやすいだろう……と思ってな。料金は俺持ちだから気にしないでいい」
「そのときが楽しみです」
「俺も、楽しみにしておく」
 ふっと真司が笑うとユマも笑顔を返した。
「真司、真司、さっきからずっと呼んでる」
「?」
 真司が振り向くと、ローラが拗ねたような顔をして突っ立っているではないか。
「真司、お久しぶり、ワタシ、会えて嬉しい。……なのに真司、ユマばかり見てワタシに気づかない。ユマのほうが美人、だから気になるか?」
「いや、そんなわけでは」「美人ということは」
 真司とユマ、同時に話したので声が被さった。
 それを見ていた涼司が、軽く笑っていた。
 やや恥ずかしげに一秒ほど逡巡したのち彼は言った。
「悪かった。ロー、いや、ローラ。また会えたな」
 するとローラは破顔一笑した。遮光カーテンが取り除かれたように明るくなる。
「また会えた。真司、ワタシ、美羽と焼きカレー作った。食べる?」
「もらうとしよう。カレーはユマも作ったのか?」
「いえ、今回は私は……」
 ユマは申し訳なさそうに言った。
「そういえば聞いてなかったが、ユマは料理ができるのか?」
 するとユマは右手をすっと伸ばして、
「以前ならできました。ですが現在、利き手がこれですので、まだ料理は」
 と見せた。小刻みに震えている。蝶が羽ばたいているようでもあった。教導団で応急処置的に取り付けられたパーツが合っていないのだ。
 だが真司は思う。
(「七夕の夜。敵と認識した相手に向けたユマの右手はまるで震えていなかった。……やはり、戦闘になると集中力が違うというのか……」)
 やはりユマは、このように儚げな姿とはいえ、戦うために作られた機械なのだ。そのような存在と親しくなっていいのか――という声が一瞬聞こえた気がしたが真司はそれを無視した。
「ユマも来る。ワタシたちのカレー、あそこ」
 ローラがユマの手を取り、クランジの二人は並んで歩いた。
「真司も、手、つなぐか?」
「いや俺は……」
 気恥ずかしさもあって断ろうとした真司だが、またローラを怒らせてもいけないかと思い、黙って従うことにした。
 すると、
「私のこの手……震えていますから……」
 真司の手を取ったのは、ローラではなくユマの右手だった。
 ユマの手は小刻みに震えている。怯えている子栗鼠のように。
 小さくて、少し冷たい手でもあった。
「では、行く」
 と告げたローラを中心として三人、横並びで手をつなぎ歩くのである。
 真司は思う。こんな姿、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)に見られたらなんと言われることだろう。
「なにをやっておるんじゃ真司、妙に可愛らしい様子をしおってからに……」
 と、アレーティアであれば驚き、半ばあきれ、苦笑するだろうか。
 やれやれ、と溜息するも、真司は満ち足りた気持ちになっている。
 真司は左隣のユマに、そっとテレパシーを送った。
 手と手を通して体温が伝わるように、彼の言葉は彼女に届いた。
「いつかお前達姉妹が自由に未来を選択できるようにしてみせる。だからそれまで、もうしばらく待っていてくれ」
 ユマが小さく頷くのが見えた。