天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

リアクション公開中!

【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

リアクション

   8

 シオン・エヴァンジェリウスは、パートナーの月詠 司から送られてきた映像を、ネイラに見せた。
「……ほう、これはこれは」
 ネイラはうんうんと頷いた。
「素晴らしい。異世界の魔術とは、大層なものですね」
「うん? 魔術?」
 シオンは首を傾げた。これが科学であるということは、ネイラたちには理解できないようだ。まあ、そういうことにしておいた方が面倒がないし面白いからいっか、とシオンは思った。
「実を言えば、本部の様子はよく分かっているので調べる必要はなかったんですけどね。ですが、警備の様子が多少なりとも分かるのはありがたい。目的の場所に着くまでは、無駄な戦闘は避けたいですから」
「ふぅん。ね、ね、あのサ、ネイラって何者?」
「私ですか?」
 予想もしていなかったようで、ネイラはきょとんとシオンを見返した。
「私はただの魔術師ですよ」
「でも、あの厨二病発言を理解できるってすごくない?」
「……ちゅうにびょー?」
 ネイラはかぶりを振りながら、
「言っていることがよく分かりませんが、私がイブリス様の言葉を理解できるのは、まあ……何となくですよ」
「ええー、それだけー? なんかあるんじゃないのお?」
 ネイラは苦笑しただけでそれ以上答えようとはせず、
「そろそろ頃合いですね」
と、カーテンの向こうへ声をかけた。
「イブリス様――」


「ねえ、メイザースさん、ここって閉架式書庫ってないの?」
 クリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)は、単刀直入に尋ねた。
「ありますよ」
 メイザースはあっさり答え、
「調べたいものがあるんだけど、入れてくれないかな?」
「いいですよ」
 これまたあっさり、承知した。
 閉架式書庫とは、目録を元に資料を探す方式で、一般利用者は実際に書架の間を歩いたり、本を直接手にとったりしながら探すことは出来ない。つまりは貴重な資料が置いてあると考えてよい。
 メイザースは、クリスチャンとそのパートナーであるレイカ・スオウ(れいか・すおう)カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)の三名を連れて書庫の更に奥の部屋へ向かった。
 表の書庫と同じぐらいの蔵書に、レイカは呆然とした。
「こんなにあるんですか……」
「娯楽用がない分、街の図書館よりは少ないと思いますよ」
と、メイザース。
「よっしゃ。レイカ、あんたはこの世界と『鍵』について調べな。あたしは病の方を調べる」
「オレはどうする?」
「あんたは座ってな!」
 カガミに指を突きつけ、クリスチャンは腕まくりをすると、手当たり次第に、病気や医療に関わりのありそうな本を抜き出していった。
 一方レイカは、この世界について分かりそうな本を探すことにした。しかし、閉架書庫の本は背表紙にタイトルがついていない物も多く、どれを選んだらいいか分からなかった。
「医療や病と違って、そもそも人に読ませることを前提にしていない書物が多いのです。自分のためのメモや研究書のようなものですわね。何をお調べになっているのか教えて頂ければ、お手伝いしますが?」
「そんな……お忙しいメイザースさんの手を借りるなんて申し訳ないです……」
「構いませんよ。敵が来るまでまだ時間もあるでしょう。お調べになっているのは、医療関係ですか?」
「はい……」
 第二世界の成り立ちと、「古の大魔法」、そして「鍵」のことなど知りたいことはたくさんあったが、何よりレイカが手に入れたいのは、「ある病」の治療法だった。
「それはどんな?」
「遅行性のウィルスだ」
 答えたのは、カガミである。
「そいつを植え付けられると、ゆっくり死へ向かっていく。潜伏から発症まで五十年以上、死ぬのは六十年後ってところだな」
「それはまた、随分と気の長い……」
「この世界ならひょっとして、と思ってね」
「ウィルス……というのがよく分かりませんが」
「ウィルスってのは――あたしとしちゃ、ビールスと言いたいところだが、ま、それはいい――簡単に言うと、他の生物の細胞を利用して、自己を複製させることのできる微小な構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸から――理解してるかい?」
 メイザースは目を丸くしてかぶりを振った。
「まるで初めて聞く呪文のようですわ」
「もっと簡単に言えば、病気を引き起こす毒のようなものだね」
「それならば、分かります。その毒を身の内に飼っているわけですね?」
 カガミは頷き、軽く咳き込んだ。
「すまない、ちょっと埃が……」
 この世界でも風邪ぐらいは引くだろうが、ひょっとしたら皆、魔法で治してしまうのかもしれない。原因を知る必要も、その治療法も必要ないとなれば、果たして未知のウィルスを退治する魔法が存在するかどうか、クリスチャンは甚だ心配になってきた。
 カガミの咳はまだ続いている。クリスチャンはハッと我に返った。
「カガミ、あんた――」
「こほっ、けほっ、――ぐっ!」
 咳が酷くなり、カガミは机の上に身を折った。レイカが慌てて背を擦る。その拍子に、本が床に落ちた。
 カガミは懐から手拭いを取り出し、口に当てた。そこに微かな朱を見て、レイカは青ざめた。
「カガミ……」
「大丈夫だ……まだ三年もある……」
「……つまり、その病人はあなたというわけですね?」
 メイザースの問いに、カガミはにやりと笑みを浮かべることで答えた。
「確かにその病を治す方法を見つけるのは、難しいでしょう」
 レイカが落とした本を拾うと、メイザースは軽く表面の埃を払った。それを本棚に戻しながら、
「しかし、方法は他にもあります」
「それはどんな!?」
 レイカが縋るような目を向ける。
 メイザースは、背表紙に乗せた指をすーっと移動させ、一冊の本で止まらせた。
 クリスチャンは驚いた。その本は真っ黒だった。他のどの本よりも恐ろしげな、暗い色をしていた。だがクリスチャンは、その本を見た覚えがなかった。その横の本を抜いていたにも関わらず。
「これは、禁書です」
「え?」
「魔法がかかっているため、一定以上の魔力を持たなければ見つけることは出来ません。この書庫にある多くの本は、中身を見ても理解出来ないでしょう。そういう細工が施されているのです」
「人払いの術式のようなものですか?」
 メイザースは頷いた。
「ということは、本自体に魔法がかけられているそれは……」
と、カガミ。
 メイザースは頷き、その本を抜くとぱらぱらとめくった。どうやら、見せてくれるつもりはないらしい。禁書であれば仕方がないかとレイカは思ったが、クリスチャンは少し落胆した。
 細く白い指を滑らせていたメイザースは、「この辺りですわね」と呟くと、三人にも分かるよう噛み砕いてその件を読んだ。
「『古の大魔法』は文字通り、はるか昔、ある魔術師が編み出したものと言われています。誰が、いつ、ということまでは、様々な説があるのでやめておきましょう。ただ、『手にした者がこの世界を左右できるほどの強大な力』だと伝わっています」
「そんなに……?」
 レイカが息を飲んだ。
 メイザースは微笑を浮かべ、本を閉じた。
「それ故、個人の手に渡らぬよう、協会が厳重に鍵を管理しているのです」
「困ったね。確かにそんな強い力なら、こんな病気何とでもなるだろうけど……」
 クリスチャンが顔をしかめた。しかしその横で、レイカは穴のあくほど、黒い本を見つめていた。
 ――その魔法があれば……。