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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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 部屋から飛び出した二人は言葉を失っていた。
「これ、本当にそっくりよね。ラナちゃんに」
「……倒さなきゃいけねぇのかなぁ…あの、階段の下にいたやつみたいにさ」
「未散君、朱里君、大丈夫ですか!? ……おぉ、これは……」
 三人はたじろぐより他にない。何せ扉の前、自分たちの前に立っているのは、ラナロックと同じ形をした何か、なのだから。
「倒さない限り、多分ずっと攻撃してくるよね」
「……………」
「おい、あんたは言葉が聞けるのか? 私等の言ってることわかるか?」
「……………」
「駄目ですぞ、恐らくは破壊するよりほかに手段はない……攻撃来ますぞ!」
 互いの距離が近いのもあるせいか、ラナロックは朱里に対して蹴りを放つ。
「ぐっ! お二人とも、しっかりと覚悟をお決めなされ!」
 慌ててハルがそこに割り込み、両の手を顔の間でクロスさせて彼女の蹴りを受け止めた。
「えぇい! そうだよね、此処で私たちが手古摺ってたら……ラナちゃんが困るよね!」
「クソ、後でごめんって謝ってやるからな……勘弁しろよ、ラナの姉ちゃんか妹!」
 意を決した二人は、ハルの後ろで武器を構えた。漆黒が大きな剣と苦無を持ち、二人は決意のままにラナロックを見つめるのだ。


 判別に困っている佑一は、しかし次から次へと本をバッグの中に放り込む。それがウォウルとの約束なのだから。彼があまりに一心不乱に本を仕舞い込む姿を見ているものだから、ミシェルはプリムラに声を掛ける。佑一に聞こえない様に。
「ねぇ……あのままじゃ、荷物持ちきれなくなっちゃうよね」
「そうね。でも、あのウォウルって人と約束してたじゃない。返事した本人が約束破ったらダメでしょ、やっぱ」
 心配そうに彼の姿を見ていた二人は、しかし彼の隣にいる雅羅の行動に苦笑した。
「それに引き替え、彼女はさっきから読み込んでるよね」
「うん……あれは良いのかしら。佑一、止めるものだとばっかり思ってたけど。って、私たちが止めなきゃまずいのかしら?」
 「やっぱり?」と呟くミシェルは、置いてある本に読みふけっている雅羅に声を掛けることにしたらしい。
「ね、ねぇ…雅羅さん? あのね、ウォウルさんからの伝言で……」
「…………」
 ミシェルの言葉に対する返事はない。険し表情を浮かべる雅羅は、口に手を当てながら本を読み進めていく。
「ちょ……ちょっと。これって……」
 そこで漸く口を開いた雅羅に、その場の一同が注目する。と、そこでページを捲った雅羅が短い悲鳴と共にその本を閉じる。
「嘘よ、何かの間違い……こんなの絶対……」
「どうしたんですか? 雅羅さん」
「大丈夫?」
 柚と佑一が彼女に声を掛ける。
「……どうしよう、私……」
「落ち着こうよ雅羅、一体何を見たのさ」
「それ……その本」
 彼女が投げ出した本を、不思議そうに拾い上げる三月が徐にページを捲る。
「約束、破っちゃってごめんね。ウォウルさん」
 そう苦笑して文字を読み始めた三月の笑顔が固まる。
「……これ、此処の部屋の人の日記、だね」
「日記? まさか研究員の?」
「いや、わからない。でもね、たぶん違う」
 深刻そうな表情で三月が読み進めるうち、雅羅の悲鳴を上げた理由を理解した彼が本を静かに閉じた。
「うん………そうだったんだ。みんな、聞いて。此処にある本。これはある人たちの日記だよ、でもね、ウォウルさんの言う通り、中身は見ない方がいい。見たらきっと、ラナロックさんに対する印象が変わってしまうかもしれないから」
 笑顔はない。ふざけてもいない。真剣に、深刻に、まるで何か、見てはいけないものを見てしまったかのように、彼はそう言い切った。
「どういう事だ? 誰の日記なんだよ。これは本当に必要のある物なのか」
「必要かはわからない、わからないけど……多分持って帰るべきものなんだろうね」
「……日記ですか?」
 衿栖が心配そうに尋ね、自らも手にする日記を開こうと手を掛ける。
「これは多分ね、『ラナロックさんたち』の日記だよ」
「たち……? どういう事ですか?」
「それは……」
 三月は口ごもり、拾い上げた本をバッグの中にしまった。
「やめよう。僕が言えるのは此処までだ。これから先は、重大な責任を伴ってしまうから。だからやめよう」
 以降、彼は黙々と本をバッグに詰め込み続けた。



     ◆

 独自に探索を続けていた刀真たちは、次々にトラップを破壊しながら情報を仕入れていた。とはいえ、その殆どは刀真が行っており、他の誰もがその情報の閲覧を刀真に止められていた。とはいえ、ゼクスにしろ、司、シオン、イブにしろ、ラナロックに対する情報が是が非でも欲しかった訳ではないらしく、彼が制止するとすぐさま諦めてきていた。ただ一人、月夜を除いては。
「ねぇ刀真。何をそんなに隠しているの? それは私たちには話せない事?」
 順当に進み、地下二階へと下って行く彼等の中、月夜は自らの数歩先を進む刀真に言葉を向けていた。
「いや、別に隠している訳ではない。ただ…」
「ただ?」
「あまり見ていて面白いものではない者が殆どだったし、あまり直接的な情報は得られなかったからな」
「でも、さっきから見てると何だか『見られたくない』って感じなのよね」
「……はっきり言えば、確かに見られたい物とは思わないな。先程海たちが行っていた理由を抜きにしても、やはりお前たちには見られたくはない」
 あくまでもぼかした様子の彼は、階段を降り切った司たちの横に並ぶ。
「此処が最下層の様です。イブくんに道案内をさせないと此処まで早く来れるとは……いやはや何とも興味深い限りですね」
「うぅ……酷いですよぉ、司さんたら」
「ま、事実なんだから仕方がないわね。諦めなさいよ、イブ」
「……」
 言いながら、イブが再びトラップに掛かった。今度は宙にぶら下げられたハンマーのようなものがイブの背中を強打し、謎の奇声を上げながら飛んでいく。
「ま、トラップの解除とか看破に関しては、あの子以外に適任はいなさそうだけど…」
「……(後でイブくんには、何か買ってあげた方がよさそうですかね)ははは……」
 慈悲のフワラシを召喚し、顔面から床に崩れ落ちているイブを回復しながら、まじまじとトラップを見つめるシオンの横で、司は罪悪感と闘っていたり、いなかったり。
「さて、何やら大きな空間に到着したわけだが……此処には」
 言いながら、三人の様子を横目で眺めるだけの刀真が辺りを見回した。彼等が到着したのは大きな広間。何やら機材が詰まれているその部屋の中、彼は再び本を見つける。
「皆は手分けして何か手がかりがないか見つけてくれ。出来れば内容は確認しないように、な」
「……わかったわ」
 月夜は尋ねる事を諦め、ゼクスと共に刀真の元から離れていく。
「(また本か……今度は何が書いてあるやら)」
 一人そんな事を考えながら本を捲る彼。
「……今度は此処の責任者らしき者の日記か……」
 彼はぱらぱらと日記を捲り、険しい表情を更に深める。
「成る程な……これなら、人格が不安定な事や複数の人格を持つ事には合点がいく。対処法は………これか? ……そうか、そう言う事か」
 「随分と胸糞の悪い物だな」と、そう一人呟いた彼は、そこで本を閉じた。誰にも見つからない様に、誰も読まなくて済むように、彼はそれをそっと、どうやらその日記がしまわれていたであろう場所に戻すのだ。表紙が見えない様に。


 暫くの後、何やら数冊の本と、記憶媒体を持ってきた五人の前、刀真は何かを考えながらに椅子に座っている。
「刀真……見つけたから持ってきたけど」
「あぁ…」
「その、どうしました? 気分でも?」
「あぁ……すぐれないよ。全く」
「どうしたのよ?」
「そうだな、話すべきか、黙っておくか。悩んでいるところって感じだ」
「えぇ……此処まできたですぅ…やっぱ知りたいですぅ」
 イブの言葉に、彼はゆっくりと立ち上がった。
「なら、話そう。俺はあいつらの過去を隠す様な付き合いでもないからな。だから話そう。その代わり、だ。気分が悪くなったらすぐに言えよ。その辺りは自己責任で頼む」
 彼の言葉を聞いた五人が、思わず身構えた。
「此処はまさしく、あの女……ラナロックが生み出された場所に間違いはないだろう」
「……それはまぁ、パートナーが言った場所だしね」
「三人はラナロックを?」
「いいえ、直接対面した事は」
「そうか。あいつは複数の人格を持ち、面倒な事に自分を制御する事が出来ないでいる。哀れな存在だ」
「そうなんですか……」
「ああ。俺たちは先月、ある事件に巻き込まれてその存在を知った。ただ妙だったんだ。確かに機晶姫の暴走は何度か見たことがある。が、あの様子は異常だ、前例すら知らん。不安定と言うか、目的が曖昧と言うか……」
「それでいてこう――不気味な感じが、したのよね」
「そうだ。だから俺たちは、独自に調べようとしてお前たちと会った」
「そこまではわかったわ。でも、そこまでの話とその『ラナロック』って人との話には、何の関係があるの?」
「話は『どうすれば止まるのか』、『彼女は何故暴走したのか』と言う話では、もうないからだ」
「もっと違う次元の……話?」
「あぁ。月夜、お前はさっき、「何故自分たちに隠し立てをするのか」と聞いたな」
「………えぇ」
「答えは簡単だ。上の階にはとある宿舎があった。ラナロック製造に関与した者たちの部屋があった。そしてそこには日記があった。それぞれの部屋に割り振られた日記だ。おそらく海たちは、今その日記をみつけている頃だろう」
「日記……なんて書いてあったの?」
「………特に何、と言う事もない。一人ひとり、人間と言う生物が壊れていく様が鮮明に、そして壊れていく人間の手によって書かれているだけの、他愛のない日記だよ」
「――っ!?」
 一同が言葉を呑む。
「しかしそれだけでは確証はなかった。もしかしたら、それはラナロックが独自に描いた日記で、彼女の人格がそれぞれ自分たちの部屋を欲し、日ごと、人格が入れ替わる毎に別の部屋で日記を書いている可能性も挙げられる。更に言うならば、その日記はあくまでも主観的であって、客観的に何が起こっているのかが見えてこない。だから確証がなかった」
「でも、この部屋について……それがわかった、と言う訳ですか」
「そう言う事だ。此処には一冊、それを決定付ける日記がある。そしてそれを、俺は既に隠した」
「何で隠すですかぁ……」
「見るだけ無駄、だからだ」
「それはどう言う…………」
 シオンが尋ねると、刀真は数秒間言葉を溜めてから言い切った。はっきりと。
「ラナロックを止める術はない。破壊する以外には――な」
 これが、彼の導き出した答えである。