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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション

 目印を進む一行は、別段トラップにさいなまれる事もなく、順調に歩みを進めていた。
ラムズとグラキエスが度々トラップを見て興味を示し、手を伸ばそうとしてそれぞれのパートナーにお叱りを受ける、くらいのハプニングしかなく、順調と言えば順調な道のりを歩んでいる一行は、地下一階へと続く階段を見つける。
「皆さん。先に進んでくださった方たちがトラップを解除してくれはしましたが、此処から先はそう言う訳にいくか、わかりませんよ」
 ラナロックの言葉に思わず息を呑む一同。
「此処から下、決して何が出ても驚いてはいけませんわよ。だって――」
 急に、彼女の声色が変異した。慌てて天樹と鳳明が彼女の瞳を確認すると、その色は黒――。
「此処から下は排他的な空間。侵入者も、関係者までもを排他する空間だから」
「ラナさん……」
「? 貴様、亡霊か」
 馬超が反応し、彼女の方へと目をやった。
「お久しぶりね。色男さん。貴方、なかなか強かったわ」
「……そうか」
「あら? 此処にはあの魔石を持ったお兄さんたちはいないのかしら?」
「いますよ。って、貴女誰です?」
「これ、ラムズ。それを忘れるでないわ」
「本当ね、姿は見えないけど声はするわ」
 危害がない事を確認した一同は、しかし暫く躊躇いがあった。果してこの下に待ち構えているのか、心の準備を各々がしていた。
「何、簡単な事よ。私の姉妹、出来損ないがたくさんいるわ。でもね、恐らく貴方たちでは物足りないんじゃない? あの子たち、本当に面倒な程にどうしようもない屑だったから」
「……」
 冷淡な物言いに言葉を失いつつ、彼等は意を決した。
「行こう。此処で止まっててもゴールは来ない。私たちが行かなくちゃ」
 鳳明はビデオを撮影したままに階段を降りて行く。その後に天樹も続き、彼女を守れるように身構えながら階段を降りて行く。
「皆、先に行ってくれ。あぁ、コアと馬超は残ってくれよ」
 アキュートがそう促し、面々も先に階段を降りて行く。
「さて、どっちかねえちゃんの座ってた車椅子を運んでくれねぇか?」
 と、二人に向けてアキュートが尋ねた。
「良いぞ。俺が持とう」
「すまねぇな」
「ならば私は背後を警戒するとしよう。二人がラナロックを運んでいるときは無防備だからな」
「助かる」
 簡潔に会話を交わした三人は、それぞれの行動に移る。
「ねえちゃん、暴れんなよ。お前さんの馬鹿力なら左腕一本でもどうにかされちまいそうだからな」
「安心なさいよ。私もそこまで馬鹿じゃあない」
 ラナロックと会話を交わしたアキュートはラナロックを持ち上げて階段を降り始めた。
「さて、我々も行くとしようか」
 コアの言葉に馬超が頷き、そのフロアから全員が姿を消して行った。


 先に地下一階に降り立った面々は、そこで思わず言葉を失う事になる。そこにはラナロックの姉妹なるものの亡骸あったのだから。
「そんな……これはラナロックさんに見せていいのか……?」
「彼女、多分こんなの見たくらいで驚くようなたまじゃないですよ」
 大吾の言葉をセイルが返すと、そうかな、と首を傾げる彼の後ろから、ラナロックたちの声が聞こえてくる。
「あぁ、やっぱりね。大した事も出来ずに死んでるの」
「ラナロックさん!?」
「ご心配どうも。でも大丈夫なのよね。こんなのもう、見慣れちゃってるし」
「見慣れてる……でも、自分と同じ姿の姉妹なんだろ? そんなのって……」
「仕方がないわ。そうしなければ、私が死んでしまったもの。嫌よ? こんな真っ暗な場所だけしか知らずに死んでいくのは」
 彼はラナロックの言葉に思わず声を呑みこんだ。仕方がないと、彼なりに理解を着けようとしたらしい。
「さて、ならばこの階は俺が案内するとしよう」
 急にラナロックの声と口調が変異した。
「目が、青いね」
 彼女の近くにいたハルがそう言うと、ラナロックの顔を覗き込む。
「ふむ。青年、近いぞ」
「あ、ごめんなさい」
「気にするな。さて、皆の者。どうやら君たちと対面するのは二度目になるか? 否、俺とは初めて、だな。名乗るのは敢えてすまい。いずれ消される存在なのだから。それよりも、だ。我々は独自の機晶石により動く機晶姫なのは知っているか?」
「えぇ。それは組みなおした私が一番知ってるわ」
 ラナロックの言葉に、セレンフィリティが返事を返す。
「結構。ならば話は早い、此処はその素材の格納庫だ」
「格納庫?」
「あぁ」
「まず素材って、何を使ってるんでしょうね」
 鳳明が聞き直しながらカメラを向け、ラムズがラナロックの言葉を促す。
「何、簡単な事さ。君たち人間だよ」

 さらりと、彼女は呆気なく呟く。

「え? ちょっとそれ、どういう事?」
 セレアナは、何を言ったのかがわからないとでも言いたげに説明を求める。
「どういう事も何も、君たちがラナロックと呼ぶ、この機晶姫は大勢の人間から出来ている。ただのそれだけだ」
「聞いた事がないな……それは」
 手記が眉を顰めながらそう言えば、ラナロックは笑う。
「当たり前だとも。成功例はこの機、ただの一つ。しかも製造工程がこんなものだろう? 表に立つはずがない」
 そして彼女は説明を始める。

 まず、普通の機晶姫と同じ物を用意する。その上で、人間の命を全てそこに圧縮し、人格やらすべてを、それこそ注ぎ込むだけ注ぎ込んで製造し、閉じ込める。多くの人柱を使用しているが為、その統合は完全には不可能であり、常に不安定である。と。そしてそれこそが、最大の目的だったのだ、と、彼女は語った。

 廊下を進みながら、話を聞いていた一同は絶句した。
「そんな事が……」
「でも、何でそんな事をする必要がある」
 大吾の言葉に継いで馬超が尋ねると、ラナロックは「さぁな」と返事を返した。
「恐らくあの馬鹿者は、何かを欲していたのだろう、目的があったのだろう。神か何かを、作りたかったのだろう。真意は俺にもわからん」
 と、その周辺の部屋を見回っていたセイルとハルが戻ってくると、一同に報告し始めた。
「この部屋、多分本が合ったけど先に回収されたみたいだよ。何もなかった」
「こちらも、ですね。先に進んだ方たちが既に回収したのでしょう」
「此処にあった本には、何が書いてあったの?」
「俺たち、材料になった者たちが強制的に書かさせられていた日記だ。まぁ、大半の物が精神状況をおかしくしているからな、後半は恐らく読めたものではないだろうよ」
 何とも平然にそう言う彼女の言葉に何も返事が返せない一同は、そのまま次のエリアへと向かう。



     ◆

 彼等は、周囲を囲まれていた。それは敵であり、敵と言うよりはトラップの一種である。

 人の形になり損ねた物。

 恐らく区分としては、これで間違えがない。
薫たちに手を貸した氷藍、大助をはじめ、ヴァルや北都、リオンたちがその対応に当たっている。
「こういつまでもいつまでも出て来られると、さすがに感覚が麻痺しそうだね。なんかもう、ラナさんと同じ物に見えなくなってきた」
 冷淡に言う彼は、既に何かしらの決意を固めてそれらに攻撃を浴びせる。
「確かにそうですね……ラナロックさんとは全く別物だと言うのは、一目でわかります」
 リオンも続けて攻撃し、更にその数を増やし続けるそれらを葬り去って行く。
「人の形じゃないものもあるな。おそらく失敗し、廃棄された者たちなのあろう。が、ところどころラナロックに似せてあるのは趣味が悪い」
 数体を纏めて倒し、ヴァルは辺りを見回した。既にそれらの骸が幾重にも重なるそこは、さながら地獄絵図と言って遜色ない。
「これ……ラナロックさんにはとてもじゃないけど見せられない光景ですねぇ……まるであちきたちが彼女に恨みでもあるみたい」
 二人振りのヴァジュラを振り、それらの一部を切り落としながら苦笑する彼女の後ろ、ミスティが懸命に一同を回復させている。
「仕方ないわよね……だって倒さなきゃ、私たちが危ないわ」
「ですよねぇ……」
 一同が奮戦している為、徐々にその数は減っている。確実に減り続けている中、氷藍の言葉が響いた。
「全員屈めぇ!」
 慌てて一同が頭を竦めると、その上を何かが掠めて行った。轟音共にそれは空を裂き、残った数体の敵を捕らえて壁へと突き立つ。
「一網打尽だ。悪いな、恨みはないが、此処で止まってくれよ」
 それは大きな剣だった。それは多すぎる剣だった。そしてそれは、何やら不気味な色を奏でる漆黒の砲刀だった――。

 ただ、それだけの話だ。

 引き金があるのかないのさ、定かではないそれは、しかし彼女のその一言で破滅の調を轟かせ、数体の敵を粉砕する。
「あーあ、一番えげつないよねぇ…」
「同感です……」
「さて、あとのこまごました奴らをとっととどかして、後追いの人たちの道をあけるとしましょうかねぇ……」
 膝を着いた形の彼等が立ち上がる中、ヴァルはなかなか立たずに顔をしかめる。
「脇腹……か。先程五体をまとめて倒した時、だろうな。ふん、しかしこれくらい、なんてことはない……なんて事は、ない! 帝王が、帝王がこんなところで膝を着いたままでいられるものか。無事に全員が外に出るまでは、こんな傷、俺は認めん!」
 病は気から、とはよく言う。良くは言うが、此処まで怪我を無視する事の出来る精神力を持った存在は、そうは滅多にお目には書かれないものだ。ヴァルは尚も立ち上がり、先人としての役割を、責務を全うするが為、敵対者を薙ぎ払う。



     ◆

 和輝とアニス、スノーとダンタリオンは地下二階にある最後のフロアに到着する。が、彼等の表情は浮かないものでしかない。
「知ってはいたんだ。前からこれは知っていた事だ、噂話、程度ではあるが、信憑性はなかったが、それでも知っていたことだった。にしても……これが事実とはな」
 疲れ切った表情で笑みを溢した彼は、そこで足を止める。
「和輝、どうするの? 此処が最後みたいだよ?」
「来た以上は進む。それだけだ。これからの為にも、なるだろう?」
「まぁそうなるな。ならば行こう。はっきり言って、読んでいていい気分のしない者ばかりだがな」
「何……この空間に入った段階で、はじめから良い気分などした事がない。それよりアニス、大丈夫か? トラップの回避と感知は完全に任せてしまっているが……」
「大丈夫だよ。気にしないで」
 彼等は最後との扉を潜る。そこにどんな情報が残っているのかがわからぬままに、どれほどの事が得られるかもわからぬままに。


 そのすぐあとだろう。カイが和輝たちの消えて行った部屋の前に到着したのは。手には大量の本を持ち、それ以外にも何やら設計図の様なものまで持っていた。
「さて、最後は此処か」
 彼は別段、何を感じる事もないらしい。何せ彼、此処にくるまで一切といっていい程に資料に目を通していないのだから。
彼は特別、約束云々と言う意味合いでその行為を行ている訳ではない。あくまでも、それは彼なりの思いやりだった。誰だって、自分の過去を、自分の裏側を知られたいとは思わない。だから彼は、ただのそれだけだった。ただそれだけを考え、素直に本を開かずに、ただただ行動を完遂する為に動くのだ。
「後の事は、頼まれれば何とかするが、頼まれていないのであれば勝手に踏み込むべきでは、ないな」
 それが、彼の此処に来てからの一貫した思いであり、思考であり、方針であった。
カイの足取りは変わらない。初めから終わりまで、何一つとして変わる事はないのだ。
「これで良い。頼まれれば、幾らでも手伝ってやるよ。だから今はこのまま、この思い出は開くまいよ」
 誰に言ったのだろう。
 誰にも言っていないのだろう。
彼は一言呟いて、最後の部屋へと姿を消した。