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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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   18

「御機嫌よう、会長。もう少し、ギリギリまでと思っていたのだけれど、饗団の魔術師たちが思ったより使えなかったのは計算外だったわ」
「どうして」
「それよりも、異界の人間が思ったよりやる、と言うべきかしら。もう少し、戦力を削ぐよう手を打つべきだったわね」
「メイ」
「……あなたのせいよ、レディ・エレイン」
「私が?」
 呆然と、エレインは問い返した。博季・アシュリングは、彼女が倒れないか心配になった。
「私はあなたが憎かった。祖父を死に追いやったあなたが」
「――ハイル?」
 メイザースの祖父ハイルは、かつてエレイン、イブリスと共に魔法協会を支える魔術師だった。人望はあったが、その力は他の二人に遠く及ばず、会長になる望みを断たれた。
 その後、彼は田舎へ帰り、やがて死んだ。
 メイザースはその後、スプリブルーネへと出てきて魔法協会へ入ってきた。めきめきと頭角を現し、瞬く間に“エレメンタル・クイーン”の座まで上り詰め、まるでエレインの再来とまで謳われた。
「そう、まるであなたのように、です」
 エレインには意味が分からない。
「どこまで行っても、どれだけ努力をしても、あなたには勝てない。きっと、一生」
 そんな時、イブリスに会った。
 イブリスはメイザースと同じだった。エレインへの妬み、劣等感、羨望……それ故に二人は手を組んだ。「古の大魔法」を、エレインが持っていない、唯一の物を手に入れるために。
「人は馬鹿げた嫉妬と言うかもしれない。けれどレディ、私たちが生きていくためには、どうしても必要なことなのよ」
 だから、とメイザースは言う。
 すっと、何の予備動作もなく、メイザースの体はエレインの前に立った。
 その手に握られた短剣が、エレインの喉元に突き付けられる。
 博季は愕然とした。【ディテクトエビル】には、何も引っ掛からなかった。まるで意思などないかのような動きだった。
「『鍵』を渡してください、会長」
 エレインはメイザースを見下ろした。短剣は全く目に入っていなかった。ただ、こんな時でも美しいメイザースの金色の髪のみが映る。
「……『鍵』はもう、ありません」
「今の状況を分かっていますか?」
「『古の大魔法』を解放する『鍵』は、いわば強大な魔力そのもの。そのままでは、スプリブルーネの街など、一瞬で吹き飛ぶでしょう」
 それは凄い、と話を聞いていたイリスは素直に驚嘆した。
「抑え込むためには、人の体内に封じ込める必要があります。それが魔法協会会長の役目なのです。ハイルが選ばれなかったのは――」
「――魔力が足りないから」
 ぽつり、とメイザースが言った。エレインは頷いた。単純な話だ。
「イブリスが選ばれなかった理由は、彼が野心を抱いているからだとバリン様は仰っていましたが、それはあながち間違いではなかったようです」
「それでは、『鍵』は」
「バリン様が亡くなった際、亡骸は生前と同じような状態に保たれ、そのまま埋葬されました。なぜなら、まだ私の内へ移し終わってなかったからです」
「――あなたが、」
「そう、私が地下墓地へ度々赴いていたのは、『鍵』を私の体内へ移すため。今までは無理のないペースで行ってきましたが、今回のことで……」
 後、三年ほどで終わる作業だった。それを無理して行ったため、エレインの両腕には火傷のような跡が残った。『鍵』が馴染むまで、治ることはないだろう。そしてもう一つ、
「――あなたの髪が羨ましい、メイ」
 エレインは、雪のように真っ白な髪を弄った。「もう私の髪は、二度と色を持つことはありません。代償の一つです」
 メイザースの手に、ぐっと力がこもった。首が僅かに食い込み、小さな傷から血が滲む。
「血は赤いのね。どうすれば取り出せるの? 殺せばいい?」
「私を殺したら、『鍵』は暴走し、スプリブルーネは遺跡ごと消滅するでしょう。『古の大魔法』も使えなくなる」
「戯言を!」
「試してみますか? ここにいる人全てを巻き込んで?」
「あなたの体内から移す。私かイブリスに」
「時間がかかるわ。それに方法は私しか知らないし、私は絶対に言いません」
「ここにいる者どもを殺すと言っても?」
「――ええ」
 逡巡し、しかしエレインはきっぱりと答えた。
「ならば、無理矢理にでも剥ぎ取る!!」
 金色の瞳は月明かりを映したかのように血走り、獣の如くギラついている。吊り上った口の端は、笑みを浮かべているようでもある。杖を捨て、イブリスはその手を大きく振り上げるとエレインの背中から心臓目掛けて振り下ろした。
 博季がエレインに体当たりを。
 如月 夜空が渾身の一発を。
 イリスが「インフィニティ印の信号弾」を使った。
 目が眩む。
 誰も何が起きたか分からない。
 だが、涼介・フォレストがそこにいた。メイザースを救出すべく戻ってきていた彼は、咄嗟に封印の魔石へとエレインを封じた。そして放り投げた。
 キャッチしたのは永倉 八重だ。
「クロ! とにかく走って!」
「任せておけ!!」
 ブラック ゴーストは「加速ブースター」「彗星のアンクレット」を使って残る力の全てをスピードに回した。
 イブリスが炎の塊を次々に投げつけてくるのを避けようともせず、遺跡の外へ飛び出し、八重は魔石をクラウンに預けた。クラウンはしっかと受け取り、「小型飛空艇ヘリファルテ」で街へ向かって飛んだ。
「おのれ! おのれおのれおのれおのれ! おのれえええ!」
 イブリスは両腕を振り上げた。赤い月にイブリスの顔が染め上がる。
「かくなる上は、邪悪な魂を呼び出し、世界の終焉を宣告してくれる!!」
「『かくなる上は隕石を呼び出し、世界を滅ぼしてくれる!』――イブリス様!?」
 空の向こうで、何かが音を立てていた。何か――大きなものが。
 ごくり、と誰かの喉が鳴る。
 動けなかった。上空を見上げたまま、何が来るのか。まるで月が落ちてくるような、そんな恐ろしさを全員が覚えていた。
 ある人間を除いて。
 その者はベルフラマントとブラックコートで身を包み、慈愛の心でその場にいた。
 故に誰も気づかなかった。
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)がイブリスの背後に近づいたことに。彼女が笑みを浮かべ、【真空波】をイブリスの心臓目掛けて、放とうとしていることに。
「イブリス様、あなた様を苦しみから救いにやってきました。何も考えず……安らかに逝ってくださいませ……」
 だが、つかさも気づかなかった。
 もう一人、そこにいたことに。つかさよりも一瞬早く、その短剣がイブリスの胸を貫いた。
「まだ滅びては困る」
 メイザースは呟き、そして、消えた。