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第二章 地獄のクッキングファイト 11

「負け=ナラカ行き、ですからね……気を引き締めていきますよ」
 思い詰めた表情で、恭也は隣にいるはずのチームメイト、周防 春太(すおう・はるた)のほうを見た……が。
「やれやれ、これが退廃した文明の末路ということかね……醜いものだな」
 そこにいたのは、苦々しい表情をしたウィリアム カウパー(うぃりあむ・かうぱー)のみで、春太の姿はどこにもない。
「周防さん? のっけからいきなりどこに……って」
 恭也は慌てて辺りを見回し、そして絶句した。

「あのー、ボク、心込めて作ったんで、これ、食べてください」
「え? ど、どうしましょうかねー」
 バトルロイヤルのバトルすらしていないうちから、早くも氷雨に捕まっている春太。
「なぁぁにやってんですかあなたはあっ!!」
 とっさに割って入る恭也。仲間がいきなり一人減ることは、それだけ負け=ナラカ行きに近づくことなのだから、何が何でも阻止せねばならない。
「えー? 食べてくれないのー?」
 目をうるうるさせて見上げる氷雨だが、恭也はバッサリ拒絶する。
「そんな顔してもダメです。そういうルールじゃないじゃないですか」
「そんな、ひどい……」
 泣きそうな顔をする氷雨に、見かねてウィリアムが口を挟んだ。
「白木さん。いたいけな少女を泣かせるのは紳士的振る舞いとは言えませんな」
「そうですよ白木さん。さ、泣かないでください、僕が食べてあげますから」
 仲間のはずなのに、なぜか揃って相手の側に立つ春太とウィリアム。
「え、何この状況……なんで俺が悪いみたいになってるんですか?」
 憮然とする恭也だが、かわいいは正義なので仕方がない。
「わーい! 食べてくれるのー?」
 さっきの涙はどこへやら、嬉しそうに純銀の器を差し出す氷雨だったが、さすがに春太もタダで料理を食べるほど甘くはなかった。
「はい、食べましょう。ただし、『あーん』してくれたら、です」
 この予期せぬ交換条件の提示に、氷雨は少し首を傾げたが、やがてにっこり笑ってこう答えた。
「んー……しょうがないなー」
 小さくガッツポーズをする春太、頷くウィリアム、そして呆れ返る恭也。
 しかしその三人の目が、次の瞬間揃って点になった。
 銀の器のフタが勝手にカタカタと動き、中から「デローン」という音、というか鳴き声がしたからである。
「……えっ?」
 驚く三人の目の前で、氷雨によってふたが開けられる。
 中に入っていたのは……器に半分ほど盛られたご飯の上に、謎のドロドロした緑色の物体が乗せられた料理(?)。
「ボクの特製のデローン丼だよー。はい、あーん☆」
 まだ状況を把握し切れていない春太の目の前に、ちょうどご飯とデローンが半々くらいですくいとられたレンゲが差し出される。
 思わず彼が氷雨の方に目をやると、氷雨は無邪気な笑みを浮かべて彼が口を開けてくれるのを待っていた。
 再び視線をレンゲに戻すと、レンゲの上のデローンがぷるぷると動いているのが見える。
 はたして口を開けるべきか、開けざるべきか。
 しかし自分から言い出したことである上、あんないい笑顔で「あーん」してくれている氷雨の期待を裏切ることができるだろうか?
 意を決して、春太が口を開ける。
 口の中にレンゲが滑り込む。
 なおもぷるぷる動くデローンをご飯ごと適当に咀嚼し、飲み込む。
 固唾をのんで見守るウィリアムと恭也の前で、春太は一度目をぱちくりしてからこう呟いた。
「何と言うか……ちょっと食感はアレですけど、というか味もアレですけど……これはこれで、見た目よりは普通というか、食べられなくはないです」
「ね、おいしいー?」
 彼のつぶやきが聞こえているのかいないのか、改めて尋ねてくる氷雨に、春太は反射的にこう答える。
「え、ええ、もちろん」
「よかったー! はい、あーん☆」
 嬉しそうに差し出される二すくい目を、もうためらうことなく口にする春太。
 その様子を見ていて、恭也はなんだかいろいろバカらしくなってきた。
「……つき合いきれません」
 かくして、すっかり氷雨に確保されてしまった春太と、その隣で何やら頷いているウィリアムを置き去りにして、恭也はたった一人で決戦の場へと向かったのだった。