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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■1

 スーツ姿のグラマラス美女・高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が立っている。

 まだ何もない空間。
 何も存在しない闇の中。

 こほ、と空咳をして、鈿女は優雅に手を持ち上げた。

「時は19世紀、場所はデンマークのとある街」

 鈿女の指先にポウ……っと小さな光が生まれる。
 小さいけれど、力強い輝き。
 まるで暗闇の中、そこだけぽつんと開いた穴のようだ。

 チカチカとまたたく光は大きく広がるにつれ、輝きを落としだす。
 光の中、まるで遠くの景色を映したかのようにかすみがかった西洋風の街が見えた。

「頃は年の瀬も押し迫った大晦日(おおみそか)。昨夜からの雨が雪に変わった、寒い寒い朝のこと。
 かごを腕に下げたはだしの少女が、マッチ箱を売り歩いていました――」





「って、鈿女さんナレーション入れてたけど、肝心の少女はどこにいるんだろうね?」
 何しろ街は広い。
 とてつもなくだだっ広い。
 そこを、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)柚木 瀬伊(ゆのき・せい)とともに歩いていた。

「さあな。だが、街のどこかにいるのは確実だ。今、この本の中にはこの街しか存在しない」
 白い息を吐き出しつつ、瀬伊が答える。
 寒かった。
 空気が露出した肌へ突き刺さってくるような気がするほどに。
 ここは現実世界でないと知っていても、この寒さはリアルだ。いや、むしろ精神世界だからこそじかに感じてしまうのか。

 こんな冷たい中を、少女ははだしでマッチを売り歩いているという。

 そう思うと気が急いて、本当は走りたかったが、柚木 郁(ゆのき・いく)の手を引いている以上そうもいかない。雨の凍った街路では、すべって転んでしまう可能性が高いからだ。
 急がば回れ、急いては事を仕損じる、の心で、2人はしんしんと雪の降る街路を注意して歩いていく。

「とりあえず、ひと通りの多そうな大通りを中心に捜せばいいのではないか? 売り歩くのであれば、少女もそういった場所を選ぶだろう」
「うん、そうだね。そうしよう」

 2人は標識を頼りに、街の中心となる大通りへと向かった。


☆                   ☆                   ☆


「きゃっほおーーーーーーーう!! 雪だー!!」

 19世紀デンマークの街並みに降る雪景色を前に、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は思わず歓声をあげた。

 いいや。
 あの暗闇から飛び込んだ瞬間から、ここにいるアキラ・セイルーンはアキラ・セイルーンであってアキラ・セイルーンではない。

  デンマークのとある街に生まれ住んでいる生粋のデンマークっ子! ただの通行人A(アキラ)! それが彼、アキラ・セイルーンである!

「ゆうべずい分冷え込んだからさ、これはきっと雪になるって思ってたんだよねー!!」
 目をきらきらさせ、きゃっほきゃっほとボア付きの長靴で街路へ飛び出そうとするアキラ。
 その後頭部に遠慮なく降り降ろされる巨大ハリセン!

 シパーーーーンとね。

「……いったいなぁ。いきなり何だよ?」
「何だじゃないです。私たちはリストラするためにこの『マッチ売りの少女』の中へ入ったんですよ? 遊ぶためじゃありません」
 ハリセンを振り切ったセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、憤慨しながら立っていた。

「もちろんどうすればいいかなんて分かりませんけど、それでもとりあえずマッチを売る少女を捜さないと――」
「甘いなぁ、セレス」
 ちちち、とアキラは顔の前で指を振る。

「いいか? 物語っていうのは、なにも主役だけでできてるんじゃないんだ! その脇を固める友人や知り合い、そして名もなき通行人がいてこそ、話は引き立つ!!」

 ばばーん! とアキラが手を振って街を指すごとに、人の気配が街にあふれ出す。
 アキラのリストレイターとしての力が「通行人」をクリエイトしていっているのだ。

 人影がゆらめいたと思えばそれはすぐに本物の人となり、がやがやといたる所で会話が生まれる。
 家路を急ぐ者たち、買い物にいそしむ者たち、そして笑いながら走っていく子どもたち。
 新年を明日に控えた大晦日の街は、あっという間に人で埋め尽くされんばかりになる。

「これは……」
 周囲にあふれだした喧騒にセレスティアが目を丸くする前で、アキラがふっふと笑う。

「さーあ、これでどれだけ通行人が大切な役割か分かったか?
 そう、俺はそんな通行人でいい! 名もなき一市民A、それがこの俺!

 ビシィッ! と己を指したアキラは、あらためて街路へ飛び出した。

「と、ゆーわけで、雪遊びするぞー!!」
 ひゃっほーーーーーい。

「雪遊びできるほど、まだ積もっていませんけれどね」
「むうーう……」
 セレスティアのツッコミにアキラが唸っていると。
 びゅうっと大通りを氷雪の風が走り抜けて、路地の一角に大雪が積もった。

「おお! あれこそ天の采配!!」
「まさかあなたがしたんじゃないでしょうね?」
 骨を見つけた犬のように目を輝かせるアキラに思わずこめかみへと指を添える。
 そうだとしたら、これは完璧クリエイト能力の乱用だ。
「えー? してないよ」
 しようとは思ったけど。

「わーいっ!! セレス、雪だるまいっぱい作ろうぜ!! あとすべり台! 街の子どもたちを集めてみんなで遊ぼう!」

 てけてけ路地へ走って行くアキラを見て、セレスティアは腰に手をあて、ふうと息を吐いた。
 しようのない弟、そう言わんばかりだ。

「はいはい。でも邪魔だからってマフラーや手袋をはずしてはいけませんよ。風邪をひいてしまいますからね」