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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

     ◆

 彼が走り続けるその道に突然レンとメティスが転がり込んできたのは、丁度あの公園に差し掛かった頃である。当然、走っている前に人が突如として転がり込んで来れば、なおかつそれが、見知った顔であったのであれば誰しも驚き、その足を止める。それは彼も漏れなくそうであり、だから慌てて二人に掛け寄った。
「どうした!? 大丈夫か?」
 ジェットドラゴンから降り立ち走っていたカイが声を掛けると、レンとメティスがよろめきながら立ち上がる。
「……あぁ。今は、な。が、それもいつまで続くか」
「草陰の後ろ、来ます!」
「ちっ!」
 三人が飛び退くと、ドゥングが現れて三人が立っていた場所に刀を落とした。地面が割れるのを確認し、カイが思わず声を荒げた。
「なんだよこいつは。本当にこいつを止めようってのか?」
「無論だ、俺たちが止めなければならん……」
 簡単に会話をしたレンとカイ。レンは手にする銃を構え、カイは黒刀、月卿雲客を鞘から抜く。と、着地したドゥングの背後、煉がドゥングに倣って彼の後頭部目掛けて手にするそれを振りおろし、彼に攻撃を仕掛ける。背後からの斬撃を刀で防いだドゥングは、カイ、レンに向かって彼を振り払う。
「大丈夫か? 狙われてたみたいだからこっちに来てみたけど……コンクリートが割れるってどんだけ出鱈目な野郎だ」
「その出鱈目を、俺たちは何とか防いでる訳だ」
「待てよ? さっき……」
 慌てて走ってくるエヴァを横目に、煉がふと何かを思い出した。
「あいつ、時間がないとか――」
「馬鹿野郎! 攻撃くんぞ!ぼーっとしてんじゃねぇ!」
「ちっ!」
 懸命に記憶を辿っていた煉に向け、エヴァが叫んだ。見ればドゥングが追撃の為に踏み込んで攻撃の予備動作に入っている。
「考える時間くらいくれたっていいじゃないかよ!」
 数歩後ろに下がり何とか大振りの攻撃を回避し、再びステップを踏んで攪乱し、攻撃を仕掛ける彼。が、死角に潜り込んで攻撃をしても、彼の攻撃は撃ち落され、故に煉は一足で後ろに飛び退く。
「まぁ良い。此処でこいつを止める事を考えよう。何、後から仲間がくるだろうしな」
 カイの言葉に頷いた二人は、そこで的を絞られない様に散開し、それぞれがドゥングの出方を伺う。
「とりあえず一番前、あいつとやり合うのは交代だ。二人とも少し休め」
 一振り――。不気味に揺らめく漆黒を手にカイが歩き始めた。
「倒す、など今は考えなければ良い。食い止める、俺が。俺たちが」
 そう言うと、ドゥングへと走り始め、黒刀を顔の前に構える。自身の攻撃が届く距離まで潜り込んだ彼は、それを短く切り払う。一撃の重さではなく、あくまでも振るえる軌道の最短距離を使って手数を増やし、相手を黙らせる。どうやら今の彼は言葉の通り、ドゥングを倒すつもりはないらしい。初めから攻撃が当たらないもの、受け流される物と想定していれば、続く動作に無駄はなくなり、結果として敵を威嚇できるそれとなる。
「ほう、良い考えだ。素晴らしい考えだ。でもなぁ――」
 今までは受けていたドゥングはそこで、カイの武器を持つ腕を掴み、捻りあげる。
「全身が刃物でもない限り、使用者そのものを掴んでしまえば後は容易い。そうだろ? お兄ちゃん」
「……っ!」
 痺れにも似た感覚が彼の手首を襲い、思わず武器を手放しそうになる。
「殴り合いはこっちにだってプライドってもんがあんだよ」
「ならば遠距離から攻撃すればよかろう? お前の敵はカイ一人では、ないのだから」
 カイの頬を撫でるは、風ではない。 鉛で出来た、風より早く突き進むそれ。風さえも切り刻んでしまうそれ。カイの耳にその音が伝わる頃には、彼の目の前の男に到達する、それ。
「全くだ。これだから遠距離は厄介なんだよ」
 カイの腕を捻りあげている方と反対側の手。刀を握る手で、その弾丸を打ち払った。
「どうやらコントラクターは弾丸を打ち落とせるやつがいるらしが、何もそれは貴様等だけの特権ではない。残念だな」
「だから俺たちは、協力する」
 振り払ったドゥングの腕の隙間。彼の胴体とカイの腕と、その腕を掴む手の僅かな隙間。煉のもつ武器の刃先が侵入し、ドゥングの首元にあてがわれている。反対を見れば、エヴァの持つ銃口が彼の頬に突きつけられ、気配を探れば背後には、首元――意識を刈り取るには充分な部位の僅か手前、メティスの拳が向けられていた。
「此処の力だけではどうにもならなくたって、俺たちは協力して敵を倒せるんだよ。覚えときな」
「はん! 半人前が一人前の事言ったって絵になりゃしねぇけどな」
「エヴァっちぃ……此処俺の見せ場だから。茶々入れんなよぉ……」
「さて、降参していただきましょう。私たちとて、出来る事ならば貴方を傷つけたくはないですから」
「チェックメイトだな」
 その場の全員が、全く動く事はない。言葉は発すれども、動く事はない。ドゥングが一歩でも動けば、恐らく誰かが、将又全員が中断している攻撃を再開するのだろう。
「ほう、この状況で、たったこれだけの状況でチェックメイトを気取るつもりか? 精々よくてもチェック、ってな状況にしか、俺は見えんが」
「キャスリングでも、する気か?」
 ドゥングの軽口に、カイが答えた。見れば、捻りあげられている腕には既に漆黒を握ってはいない。彼が辺りを見回している隙に武器から手を離し、開いている方の手に持ち替えていたのだ。そしてそれは、彼の腹部にあてがわれている。
「冗談よせよ。そいつぁまだまだ早いんだ。切り札ってのは、切るタイミングが重要だ。なぁ、そうだろう? 白髪の兄ちゃん」
 カイの背後、銃を構えるレンに声を掛けたドゥングに対し、レンは口を紡ぐだけ。その様子を見て、ドゥングは面白みもなさそうに笑う。笑い、一同を見回した。
「ま、良いさ。口ぶりからすれば仲間が来るらしいじゃないか。俺も少し感情的になっちまったがしかし、冷静に考えりゃなんてことはない。貴様等何ぞ殺してもなんの得にもなりゃあしねぇ。ってなわけで、此処まで絡んどいて申し訳ないが俺は行くぜ」
 決してしゃがむ事はせず、彼はただただその場で上へと跳躍する。予備動作なしの跳躍。瞬間的な動きに反応し、全員が攻撃を一斉に再開させた。
煉は首元にあてがった刀を引き抜き、エヴァの放った弾丸は煉の額を僅かに掠った。メティスとカイの腕が交差したところ、二人の横をレンの放った弾丸が駆け抜ける。が、その全ての攻撃が、対象としていたものに当たる事はない。
「何でだ……?」
 それぞれがそのままの体勢で固まる中、煉が呟く。
「あの状況から、上に逃げるだと?」
 カイが不意に、黒刀の鞘を足元から拾い、収めながら呟いた。
「けっ! 面白くねぇな……」
 カタカタと震える腕を撫でながら、構えたままの銃口を下ろしたエヴァが踵を返し一同に背を向け
「追いかけなければ」
「その様だ」
 メティス、レンがそう言いながら歩き始める。まだ彼等は、諦めてはいない。





     ◆

 病院と公園を隔てる大通りでドゥングたちが交戦しているのを横目に、病院の裏口に回り込んでいた彼等、彼女等は急いで院内に入り、辺りを警戒しながらに進んでいる。
目的地はウォウルの病室。
「ねぇ、思ったんだけどさ。ウォウルは今の状況知ってるのかな」
 セレンフィリティが足を進めながらそんな事を呟く。この状況化だからか、彼等は階段を目指して走っていた。
「さぁ? でも彼の事だもの。何らかの手段である程度の事は把握してるんじゃない?」
 彼女の横を進むセレアナは別段何と言う表情を浮かべるでもなく、淡々と言葉を放った。
「だったら、普通は何処かに逃げてるってのが妥当だと思うのだけれど……どう思う? 佑一」
 プリムラは自分の前方を進む佑一にそう尋ねた。
 彼等の荷物は随分と多い。その場に居る五人、セレンフィリティ、セレアナ、佑一、ミシェル、プリムラが本来ならば持たない様なデザインのバッグを持っているのは、共に探索に参加した面々に託されたラナロックに関する資料が入っているから。かなりの数を担ぎながらも一向に足取りを変えずに進む佑一は、少し考えながら背後にいるプリムラに答えた。
「移動してるって可能性は充分に考えられるね。でももしそうなら、僕たちに打つ手は残ってないよ。それに、僕がウォウルさんなら……」
 少し間を置く。
「僕がウォウルさんなら……?」
 心配そうに尋ねるミシェル。と、うん、と頷いてから佑一が言葉を続けた。
「まだいるよ。そう、あの病室にね。闇雲に動けばいいって言うもんでもないだろうし、きっと対処を考えるのにはあの部屋が一番適していると思うんだ」
「そう? ただの病室なんでしょ?」
「そうです、防壁やらの類もない、ただの病室。でも、場所が二階でなおかつ病院の中央付近に位置している。それって、言い換えればどこに行くにも動きやすいって事になりませんか?」
 セレンフィリティの質問に答える佑一は二階に上がる為の階段に足を掛けた。
「そうか……そうね。何処かで待ち構えるにしても、逃げるにしても、施設の中央にいれば全ての距離が等しい。何処に行くにも時間がかかるけど、反面どこに行くにも全て同じ様な時間で出来る」
 セレアナが納得しながら階段を駆け上がる。
「兎に角今は、まだ彼等が病室にとどまっている事を願うしか、残念ながら僕たちに出来る事はないと思うんです」
「ま、そうよね」
「じゃあ急がなくっちゃ!」
 彼の言葉に反応し、プリムラとミシェルが最後の一段を登り切り、二階の廊下に躍り出た。病室までの直線を懸命に走った五人は、漸くウォウルの病室の前に到着すると、ドアノブに手を掛ける。そこで全員が安堵したのは、中から話声が聞こえて来たから。扉を開け、両手を上げながらに顔を見せる。
中には人がごった返し、全員が全員で彼等に目をやっていた。無論、手には武器を携えて。
「なんだ……ビックリしたぁ……」
 結がため息をつきながらその場にへたり込むと、その一拍後に全員が手にする武器を下ろして息を吐き出した。
「お帰りなさい。さぁ、部屋に入ってください」
 ウォウルが笑顔で五人を迎えると、彼等はいそいそと部屋の扉を閉めて中へと入る。ウォウルがいるベッドまで荷物を持ってくると、それを彼に手渡した。
「頼まれた資料、それとこれ、鳳鳴さんがその場で焼き増してくれた映像の資料です。どうぞ」
「ありがとう」
 と、セレンフィリティとセレアナが佑一に倣ってウォウルに荷物を手渡す。と
「あら、どうしたの? 私たち、ちゃんと頼まれた物ウォウルに渡したじゃない」
「元気ないわね」
 二人はやや申し訳なさそうにしている佑一を見て声を掛けた。
「いえ……その。ウォウルさん、貴方に謝らなきゃいけない事があるんです」
 彼の言葉すべては必要、なかったようだ。ウォウルはにっこりと笑顔を浮かべると、佑一の肩に手を乗せる。
「中、見てしまったんですか」
「ボクたちは見てないんだよ? 見てないんだけどその……」
 ミシェルが変わり言葉を始めると、佑一が意を決したように口を開いた。
「中を見た人の雰囲気とか、話してる事とかを聞いてしまって、その――」
「でも、此処までこれを届けてくれた。違うかい?」
 状況がわからない一同を余所に、ウォウルがそう呟くとゆっくりと佑一、ミシェルに手を差し出す。
「僕が危惧していた事は即ち、貴方たちがラナロックから離れてしまわないか。でも貴方たちは僕の元にこれを届けてくれた。これが意味する事を、僕は知っていますよ」
「何の事?」
「私に聞かれても知らないわ」
 こっそりとセレアナに尋ねたセレンフィリティではあるが、共に行動していた彼女が知る訳ないと思ったのか、「そうよね」と言って再び彼等の会話を見つめる。
「ありがとう」
「いえ……その。それで――僕たちも手伝いたいんです。ラナロックさんが良くなる方法を」
 一瞬だけ表情が固まったウォウルはしかし、本当に嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべで「えぇ、お願いしますよ」とだけ口ずさんだ。と、静まり返っていたその部屋に一度、咳払いがこだまする。全員がその方向を見ると、そこにはプリムラの姿があった。
「佑一」
 穏やかに、ゆっくりと。しかし何処か棘を持った言い方で、彼女はそう名を呼んだ。
「あ、あぁ。そうだね、約束約束(まずい、ちょっと忘れてた)。 ウォウルさん、彼女、僕のパートナーのプリムラ。プリムラ・モデスタ。今回とっても助けてくれたんだ」
「おや。朝お見舞いに来て下さった御嬢さんですね。どうも、初めまして」
 ウォウルは笑顔で彼女に手を出すと、プリムラは少したじろぎながらも彼の手を握った。
「御機嫌よう。紹介に預かったプリムラです。どうぞよろしく」
 まるでその場には似つかわしくない穏やかな空気が流れる中、数人が首を傾げるのだ。無論、それは声にもなるわけで――。
「ちょっと真人。ウォウルさんって、あんな人だったっけ?」
「……見たことない光景……ですね」
「おやおや? 僕の時とは大違いな気がしないでもないが、どうだろう。樹ちゃん」
「知らん。少なくともお前にあんな感じだったらヘラ夫の奴をぶん殴ってたが」
「ルイ―……セラの時も違った」
「そうですねぇ……私はもうなんか、死にそうな彼が初対面でしたし、言われてみればルイは驚かされてましたもんねぇ……」
「ほんと、死ぬかと思ったのに……」
 恐らくその言葉を聞いているであろうウォウルは、しかし苦笑を浮かべて一同を見るだけだった。
「さて、それでは各々で行動を起こすとしましょう? ねぇ? ウォウル様?」
 綾瀬が辺りを区切り、彼等は動き出す。ウォウルを車椅子に乗せ、彼等はその部屋を後にするのだ。