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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 輝、シエル、瑞樹が道路に飛び出たのは、無意味ではなく、それは彼等が待っていた『あの人』が来たからに他ならない。
待ち人を発見した輝たちが路地から飛び出すと、シエルが精一杯手を振った。
「おーい! こっちだよ!!」
 彼女の声に反応した『あの人』が、一同の中から離れて輝たちに近付いてきた。『あの人』こと――氷藍。
「おぉ、助かるぞ。一応事情はざっと話した、よな?」
 彼女の言葉に三人が頷く。
「でも、その……細かい事が良くわからなくって」
「あぁ、それは今から話す。とりあえず皆と合流してから、だな」
 氷藍が振り向くと、後ろからやってきた面々が三人に向かって声を掛ける。
「君たちは……」
「あ、どうも。ボクたちもお手伝いに来たんです。えっと、ラナロックさん、でしたっけ。彼女を止めに」
 コアが尋ねると、輝が一同に挨拶をし、言葉を繋げた。
「おぉ! 仲間が増えたのだぁ! よろしくねぇ!」
「うんっ! 頑張るよーっ!」
 明るい調子で声を掛けた薫に対し、シエルが返して二人で拳を天高く掲げる。
「よし、じゃあさっそく病院に――」
 言いかけた大吾が思わず言葉を止める。手前にある公園を見て、そして公園の前にある道路を見て、言葉を止めて指をさした。
「あれ……なんなんだ?」
「恐らくはあそこで一悶着あった痕跡ですね」
 セイルが冷静に呟くと、輝が呆然と目の前の光景を見いる。
「そんな……確かに音は聞こえましたけど……まさかこんな」
「ラナロックさんって、女性ですよね。確かに機晶姫さんだから不思議じゃない様に思いますけど」
 瑞樹が首を傾げると、氷藍が「あぁ、そうだ」と言って三人を呼ぶ。
「生憎だが口頭で説明してる時間はなさそうだ。ちょっと三人で手を繋いでくれないか?」
 不思議そうな顔をして一同が見守る中、やはり不思議そうな面持ちで言われた通りに手を繋ぐ三人。と、両端にいた輝、瑞樹の空いている方の手を徐に掴んだ氷藍が瞳を閉じた。
それは瞬間的な出来事で、しかし氷藍はよし、と呟くと二人の手を離した。
「成る程……ラナロックさんを止めるって言うよりは、ラナロックさんたちを狙っている人が出てきて、それを止める、と言った感じなんですね」
「で、ラナロックって人は後から来ていて、今はこの病院にいるウォウルって人を守れば良いんだね?」
「ドゥングさん……ですか。どうにも機晶姫を馬鹿にしている節がありますね。気に食いません」
 輝、シエル、瑞樹がそう言うと、踵を返した。
「行きましょう皆さん! 状況がわかれば話は別です。急がなきゃ!」
 輝は公園へと向かって走って行った。
「あの……氷藍君、と言いましたか。一体何をなさったんです?」
 静かに様子を伺っていた司が、おそるおそる氷藍に尋ねる。
「ん? あぁ、御託宣の事か?」
「ゴタクセン? 何それ」
「神のお告げだ」
 シオンの言葉に簡潔に答える氷藍を見て、傍らのイブが目を輝かせて言った。
「凄いですぅ! 氷藍さん、神様とお話出来るんですかっ!?」
「まぁな。さて、じゃあ行こうか」
 やや周りを置いてけぼりの一同をよそに、氷藍、幸村、大助が先行する輝たちの追って走って行く。
「いや、いやいやいやいや! ちょっと待て! 今何が」
「神のお告げ、らしいですよ」
「それは聞いたぞ! いや、ちょっと待てって。えぇ……」
 大吾が戸惑いの声を上げる横、セイルは淡々と返事を返した。
「凄いのだな。神の御業とやらは……」
「知らん。それよりハーティオンよ。私たちも行かなくて良いのか?」
「だな。ほら、薫。熊。何ぼーっとしてんの。行くよ」
「へっ!? あ、ああ! わかったのだ!」
「いや、神が凄いってより、彼女が凄い気がするんだが……」
 思い思いにそんな事を言いながらも、彼等は慌てて氷藍たちの後を追って公園へと向かうのだ。



 公園では――漆黒の狼と、そしてラナロックと同じ形をした機晶姫たちと闘う彼等の姿がある。
「くっ……面倒だな。フレンディス、レティシア、これじゃあおちおち詠唱も唱えてらんねぇ、何とかしろ!」
「今やっている! 文句を言うな!」
「ご、ごめんなさいマスター」
 ベルクとレティシアが怒鳴り合っている横、フレンディスは懸命に狼の攻撃を避け一匹ずつ確実に敵を倒していた。
「みーほ、あっちだ!」
「わかったわ!」
 更にその横では、恭介と瑞穂が協力しながら狼を倒している。彼が操作するイコプラ三体を瑞穂がサイコキネシスで目的地まで飛ばし、本来の移動速度以上を持って敵の行く手を遮っている。
「ほらほら! 危ないで! 淳二さんもしっかり避けぇや!」
 芽衣が怒鳴りながら狼の横を駆け抜け、切り返して再び走り抜ける。
「ちょ、ちょっと! そんな長い剣持って走り回らないでよ! ダーリンに当たっちゃったらどうするのっ!?」
「それなら平気なんちゃうの? さっきっからお宅のハンサムさん、全部避けよるで」
「ねぇ!!! ちゃっかり狙わないでよ!」
 なはははは、と笑い声をあげ、再び芽衣が走り始めた。彼女の持つ剣は長く、振り回すよりもそれを持って駆け抜けた方が安定した攻撃が出来るから、なのだろう。そしてその攻撃を、淳二とルファンは感覚でしゃがんで避けていた。
「ほう、主のパートナー、なかなか元気が良いの」
「えぇ。ちょっと困ってるんですがね。でもまぁ気の置けない、良い奴ですよ」
 話しながら、互いに寸分の狂いなく、着実に一体ずつ殲滅しているルファンと淳二。それはある意味、追い込み漁の様な物だ。芽衣が辺りを駆け巡り、狼が回避行動をとったところで二人がとどめをさす。無論、二人に攻撃を仕掛けてくる狼がいれば芽衣がそれを切って捨てる。という構図。
かなり広範囲な戦闘範囲から離れたところ、リカインは盾を手にし、背後に避難した人々を背負っている。
「何なのよ、この状況は……」
 戦っている面々が為に辛うじて彼女たちの元に狼はきていないがしかし、それも安心できるとは言えない状況が故、彼女はそう口にした。と、彼等が気付かない事にリカインは、そして彼女の傍らにいた狐樹廊は気付く。今までいた影狼の数が減り、そして何かがそこに、新たに生み出された事に。
「そんな…ラナロック?」
「いえ、様子がおかしい。手前にはあれが本物には思えませんが。如何程か。倒してみればわかりましょうよ」
 緊張の色を持ったリカインを余所に、狐樹廊は至って平淡にそう言ってのける。『殺してみればいいじゃないか』と。そして彼は、更に気付くのだ。そこに新たな人影が、しかも複数やってくる事に。
「さて、敵が増えた様に、こちらにも味方が増えた様ですね。いやはや、良かった良かった」
 へらへらと笑う彼はそこで手にする扇子を口元に運び、口を隠した。


 公園に駆け付けた輝たちは、敷地内を見て状況を懸命に把握する。
「わかりました。とりあえず彼等を援護しつつ、病院に向かうって、そんな感じかな」
「よーし、頑張っちゃうよ!」
「障害は排除します」
 三人が公園内に入ると、まずは近くにいたベルクの脇に固まり、敵の攻撃を受け止める。
「ん? なんだ? 誰だか知らんが助かったぞ……」
「いえ。ボクたちも先を急ぎますので、少ししかお手伝い出来ないですけど」
 ベルクの言葉に返事を返した輝は、手にするティアマトの鱗を狼ごと振り払う。彼等から遠ざかった狼は、着地する事はなく地面に転がって以降、動かなくなった。
狼に突き立っているのは輝の後ろからやってきていたシエルの放った光の刃。さもそれは、死に絶えた狼の墓標が如くただ地面に突き立ち、狼を、そして大地を穿つ。
「少しくらいなら役に立てると思うよー? ねぇ? 瑞樹ちゃん」
 そう言って狼の近くに立っている彼女に声を掛けるシエルは、再び詠唱をはじめた。名を呼ばれた瑞樹は手にする魔導剣、ビッグ・クランチを逆手に持ち替えると横たわる狼の横に立ち、それを見下ろしながらに呟いた。
「えぇ。出来る事はさせて貰います」
 無慈悲に――。
「我は射す…………光の閃刃」
 平淡に。
瑞樹が手にする魔導剣を振り下ろすタイミングに合わせ、彼女と狼の上までやってきていた複数の光の刃が、狼の体に吸い込まれていった。
「……随分容赦がないな」
 後ろからその様子を見ていた氷藍が声を掛けると、三人はにっこりと笑って彼女の方を向くのだ。
「だって、こういうのは躊躇ったらこちらが危なくなっちゃいますから」
「うんうんっ! 悪さをする子にはお仕置きが必要だからねっ」
「さて、次に行きましょう」
 それぞれがそれぞれ言葉を述べながら、しれっとして公園の中に消えて行く。
「はは……まぁ、それもそうなんだが」
「母上! ってうわぁ……痛そう……」
 氷藍の後を追ってきた大助は、残された狼の亡骸を見て思わず口を押えた。が、言い方からすれば平然としている様子である。
「……あれは――?」
 不意に、幸村が指をさした。ベルクもつられてそちらを見るや「なんだ? ありゃ」と声を上げる。
「……大助。俺の見間違えか……?」
「いえ、母上。ラナロックさんです。雰囲気からすれば、きっとあの遺跡の中にいた姉妹機さんたちと同じ者です」
「氷藍殿、大助……先程俺が倒したのも、どうやらあの者だった様に記憶しますが、一体何が……」
「まぁな……さっきお前、あいつら踏んでたから気付かんのも無理はないだろ」
 苦笑しながら、しかし歩みを進め公園の中へと入って行く。
「なんだ、あの黒い狼は敵なのか?」
 後から追いかけてきた面々がそう呟きながらも狼と、そしてその狼らを懸命に倒している面々をまじまじと見やる。
「ハーティオン」
「ああ、私たちも戦おう!」
「ひゃっはっはっはっは! またいがったかあのクソ女ぁ! さんざん見たんだ、嫌な面思い出させんじゃあねぇよクソが!」
「ん? あそこに避難してきた人がいる……よし、みんな! 敵はみんなに任せた、俺はひとまずあっちの様子を見てくるから」
「いいから行くなら早く行きなよ大吾ぉ! 間違ってバラしちまってもしんねぇからなっ! っはっはっはっはぁ!」
「ドゥングって人は……此処にはいないのだ?」
「あぁ、居たらもっと大事になってるぜ、ほら。あそこの地面みたいに……ん? あそこの地面?」
「熊! 俺たちはあっちだよ。薫は皆のフォロー頼む。ピカ、薫についてやっておくんねぇ」
「ぴきゅ!」
 そう言うと、全員がそれぞれに動きを見せる。彼等を除いては――彼等を、除いては。
「ツカサ、ほら。ワタシたちも行かないと」
「いえ………まぁ、そうなんですけどね?」
「ドゥングさん、ドゥングさんと何話そう……えっと、その、『もうこんな事しちゃ駄目ですよ!』……って、これで諦めてくれるならきっとあんな事しないし……『もうやめるんだ! みんなだってあなたとは戦いたくないんですよっ!』……いやいやいや! 無理! こんな事言ったら僕が殺されちゃうよ……!! うぅ、どうしましょう……あっ、でもやっぱり――」
「……これ、何の練習?」
「ドゥングさんを説得する練習、だそうですよ」
「あ……そ。これじゃあ確かに……戦いにはいけないわよね……はぁ」
 イブが一人で呟いているのを困り果てた様子で見守る二人は、ため息をついて近くにあるベンチに座るのだ。
これほど慌てふためいている敷地内、恐らくのんびりしているのは彼等だけ、であろう。それもまた――ある意味凄い話ではあるのだが。