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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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「お前さんの言う『いけない事』ってのが、俺には今いちピンとこない。それはなんだ?」
「えと……あの、命を、奪う事、です」
「そうか。じゃあ聞くが――」
 イブから手を離し、すっくと立ち上がった彼はその場にいる、自分を取り囲んでいるコントラクターたちに向かって声を掛ける。
「お前さん等はよ。もし仮に、俺が、このドゥングと言う男が知り合いでも友人でもなんでもない、ただの悪人ならばどうする。その悪人が、大勢の人間の命を恐怖足らしめる存在ならば、一体どうする? 答えは単純にして明快だ。俺を殺す――そうだろう?」
 一同が沈黙する。
「そうだよなぁ。その手に握る者はなんだ? 人の命を奪うもんだ。そうだろ?」
「イブ君! 早くこっちに来なさい!」
 司が慌ててイブの手を取り、自分たちの元へと手繰り寄せる。
「無力な人間は死んではならない。ならば俺は、ならば悪人は。救いようのない人間は殺しても良いのか――? だったら何故、俺たちがお前さん等が守る者を殺しちゃならない。その道理はなんだ」
「害を及ぼすからだ」
 ぽつりと呟く。
「貴様等は害を成す。貴様等が悪人である以上、その命を保証される必要はない。大勢を苦しめ、大勢を悲しませ、大勢の命を奪う事も厭わない貴様等悪人は、生きる資格なぞない!」
 呟いた後、彼はそう言い切った。断言した。
「そう思わなければ、誰も救えない。偽善だろうと構うものか。逆に聞こう。貴様に守りたいものはあるか!」
「……ふん、言っても信じんだろうよ」
「守りたいものはあるかと聞いている!」
「俺たちは、守りたい者為に戦っている」
 カイの言葉に触発されたか、今度は大吾が口を開いた。
「誰かの為、自分の為。それぞれ目的は違うが、それでも守りたいものがあって、それを守る為に戦っているんだ。お前にはわからないだろうが」
「そうか。ならばいいさ。その意志を貫けば良い。これ以上の話は無用だろう?」
 結論は分かつためにあるものだ。彼の言葉にはその意味合いが含まれていた。だからこそ、彼は此処で理解する事をやめ、そして彼は此処で、理解されることをやめた。
と、膠着する空間、その隙間を縫って、彼女はドゥングの前にゆっくりと出てくると、手にする球体を僅かばかり上方に放って中から飛び出すそれを握りしめた。
その瞳は鋭利な刃物が如くドゥングを貫き、しかし彼は全く彼女の視線に臆する事なく佇み、にやける。
「今の『貴方』はドゥングさんじゃ……ないんだよね?」
 彼は何も言わない。
「もう一度聞くのだ。『貴方は本当に、ドゥングさんじゃ、ないんだよね?』」
 はっきりとそこだけ、言葉を強めて、彼女は尋ねる。彼女の言葉に観念したのか、ドゥングはゆっくり頷き、対峙する少女に向かって口を開く。
「如何にも。俺はドゥングであってドゥングじゃあないよ。お嬢ちゃん、君は何故そこに立っているんだい?」
「他のみんなから聞いたのだ。ラナロックさんの事を笑ったんだって? しかも今、貴方は二人をゴミ呼ばわりした」
「おい、薫……!」
 慌てて彼女の腕を引っ張ろうとする孝高。が、心なし、本当に僅かばかり、彼女の力が強く感じた。びくともしない彼女を見つめ、孝高はため息をついて武器を取り出す。
「笑わないでよ。愚かな女だって?――そんな事ないよ!! 二人がゴミだって?――あの二人は立派な、我たちの友達なのだ!」
 拳を堅く握り締め、小刻みに震えながらに彼女は言う。恐怖があったかもしれない、しかし恐らくこの震えは、恐怖から来るものではないのだろう。
孝高が、又兵衛が、ピカが。無論、その場に居合わせる全員は思う。理解する。 天禰 薫という少女は、目の前捉えるこの男に怒りを覚えているのだろうと。
一層拳を握り、対の手には朱雀宿しなる大きな凶器を握りながらに、彼女は叫んだ。心の叫びを、自分の思いを。叫び――吼える。
「ラナロックさんは優しくて、笑顔が素敵なお姉さんなのだ。ウォウルさんも優しいお兄さんなのだっ!」
 誰も、彼女を止める事はなく――。彼女はドゥングに斬りかかる。捨て身と言って遜色ない勢いで以て斬りかかり、鍔迫り合いと相成った状態で彼を睨みつけた。
誰しもが怒りを抱くように、彼女も怒りを抱いている。それはいくらかの力になって彼女の腕に伝播し、どうやらドゥングに伝わったらしい。
彼は片腕でそれを握り、もう片方の腕で困った様に額を撫でると、小さな声で彼女へ言った。
「事実だ。何が悪い?」
「……っ! まだそんな事を――!」
 押し合っている状態だった両者。が、薫はその力を弱め体を横に流すと彼の脇腹目掛けて思い切り武器を振るう。小さな体が故に、それを自覚しているが故に、非力が故にその戦法は理にかなっていた。正面から押し合うのではなく、剣そのものを振り回すのではなく、体を丸ごと使い、回転し、遠心力を威力に変える。彼女はその場で一度回転し、思い切りそれをドゥングの脇腹目掛けて放り込んだ。
「貴方の好きになんて、させないのだ!」
「それはお前さんが決める事じゃあないだろう? なぁ――」
 それでもなお、彼は片手で彼女の攻撃を止める。刀の腹ではなく、柄で止める。さすがに刀身で止められるほどに生半可な一撃ではない事を知ったのだろう。故に力点から最も近く、また強度が高い柄で刃先を受け止めた。
「下がれ薫!」
 さすがに此処までと判断したのだろう。孝高が叫び、芭蕉扇を握る手を振りあげている。
「おうおう、威勢のいい兄ちゃんだこった」
「こっちにもいるぞ!」
 背後に現れたのはコア。手には剣を握っていた、それを振りかぶり、前方では孝高が芭蕉扇がドゥングに向ける。
「まぁな。別に問題ねぇから、見なくてもいいや」
 ドゥングはコアの腕を握ると、背負い投げの要領で、片腕のみで彼を放る。自分よりも大きなコアを放り、涼やかな顔で辺りを見渡した。
「流石にこの人数で来られるとまずいな…どれ、いっちょ俺も、本気出していくか」
 そこで彼は、再びその姿に変異する。否――この場合は恐らく、元の姿に戻る、と言った方が適切なのだろう。
「獅子の獣人……しかも、黒獅子?」
 大吾は構えていた盾をゆっくり下ろしながら、その光景を見て思わず口を開いた。
「ほら大吾、油断していると殺されますよ!」
 彼の前に躍り出たセイルが慌てて武器を前に翳すが、気付けばそれはもう目の前にいた。
「なんだい嬢ちゃん、そんな可愛らしい成りで俺の攻撃を止めるってか?」
 彼の肩がセイル目掛けて滑り、そしてセイルは持っている武器でその攻撃を防ぐ。
「……!? けっ! そんなんじゃあ全然……きかねぇよっ!」
 じりじりと押されているが、彼女はそこから動けない。何せ背後に大吾を背負っている。横に動く事は出来ず、おろかブースターの力を借りて刀を押し返す事もままならなかった。
「ごめんセイル……俺が」
「いいから逃げなさい! このままじゃあ……」
 言いかけたところで、ドゥングが横へと自ら飛び退いた。
「はいはい、ビックリ人間ショーその辺にしなよー」
「ぴきゅ!」
 又兵衛とピカの声がした。
「忘れちゃ困るけどあんた――大人数だからその姿になったんだろう? なんだ、獣人化すると脳みそまで筋肉化すんのかい? ドゥングとやら」
「ぴきゅ!」
 と、彼の頭上に乗っていたピカが思い切り又兵衛を蹴る。
「いたっ!? いや、違うよ。ピカの事じゃないから、ね? そんなに怒るなよー」
「ぴきゅ!」
「ま、兎に角。俺たちがいるって事を忘れちゃああんた――死ぬぜ?」
 構えを取る彼を見て、思わず呆然としていた一同が構えを取り直し、ドゥングを囲む。
「そうだったな。困ったもんだ――すっかり忘れてた」
 豪快に笑うドゥングは、肩に担ぎなおしていた刀を下ろすと笑いをやめる。
「久々に暴れるとしようか」
 途端、ドゥングの姿が一同の前から消失した。
「全員伏せろ!」
 レンの声に慌てて頭を低くした彼等の頭上、ドゥングの持っていた刀が掠る。
「人間の姿の時と動きが全く変わってねぇじゃねぇかよ!」
 姿を現したドゥングの側面、両の剣をクロスさせ、煉が彼に斬りかかった。
「そう思うならそれも良い。動きなど、大した問題にはならんからね」
 攻撃をしたのは煉にも関わらず、ドゥングの一振りが先に彼の武器に衝突した。弾ける音がまるで銃声の様で、煉の体が軽々と宙に浮く。飛んで行く。
「おい! 大丈夫か煉!」
「おっと、これはどうしたものか……」
 焦りと共に叫ぶエヴァはしかし、その光景に目を疑う。吹き飛んだ煉が、空中に浮いたまま制止しているではない。と、よくよく目を凝らすと、彼はそこにやってきた武尊に受け止められている。
「おっとっと……悪いな、あんちゃん」
「ふむ。何だか知らんが礼には及ばんよ。それより、これは一体――。ん? もしや病院の陣から出て来たのはこの怪物かっ!?」
「……違いますよ、彼が黒幕さんです」
 若干あきれ返りながら、彼の隣にやってきた輝が説明した。
「何と! もっと黒幕っぽい男かと思ったが、よもや人間でさえなかったとは……」
「一応獣人だよ? 彼」
 拍子抜けした様子で、手にする武器をだらりと下ろすシエルの苦笑に、武尊は再び「ふむ」と困った様子を浮かべる。
「って、えぇ!!!? もう!? 黒幕もう来たのか!? おい、不味いぞ黒幕とやら。そろそろ退散せねば、ラナロック嬢がやってくる。こんなところで鉢合わせしたら、我の飛空艇が……じゃなかった、皆が危ない! さぁ、早く観念しろ!」
 一人、空気が違う。
「かっはっはっは! なんだ、あの女わざわざ自分から殺されに来たのか! なんとまた滑稽な」
 その言葉に、今までぼんやりしていた武尊の目つきが変わる。
「主――今何と?」
「あ? だから、わざわざ自分から殺されに――っと」
 言っている最中で、彼は手にするナイフでドゥングに斬りかかる。
「命を粗末にする輩は如何なものかと、我は思うが」
 ナイフは軽い。軽いと言う事は、片手で使えると言う事だ。無論空いてる方の手は自由である。彼は空いてる方の手に銃を握り、それをドゥング目掛けて撃ち放った。
「どうだ、命を軽んじられた気分は。不愉快であろう?」
「いきなりなんだろうな、お前。まぁ面白いからありにしといてやるよ」
 僅か三十センチ程度の距離から発砲された銃弾を、彼はにやにやと笑いながら回避する。そして手にする刀を振り払い、武尊を一同の元へと押しやった。
「じゃあ暫くは此処で待っててやるとしようか。ラナロックちゃんが来るまで、よ」
「必要ありませんわよ、ドゥング」
 声がした。
「お久しぶり、御機嫌よう、そしてさようなら。貴方がまさか、私に勝てるとでもお思いで?」
 ラナロックの声がした。
「おい、あんま挑発しない方がいいんじゃねぇか? 相変わらずお前さんはそう言うところ――」
「アキュートよ、それよりまず、それがしが全員を回復した方が良いのではないか?」
「……お前、ただ光りたいだけだろ?」
「僕も何かお手伝いするー」
 アキュート、ウーマ、ハルの姿。
「あれが……ドゥングさん?」
「(みたいだね。雰囲気はある)」
「はぁ……私、あまりこういう活発な、しかもすごく運動する感じは苦手なんですけどね」
「人命がかかっておる。そうごねるな」
 鳳明、天樹、ラムズ、『手記』が空になった車椅子を押しながらやってきた。
「揃いも揃って御機嫌ようなこったな。ふん、まぁいい。俺の目的はあくまでもラナロックであって――」
 そこで――、彼の言葉が一瞬止まる。
「……っとによ。さっさと済ませて先行くか」
 突然の事に一同が首を傾げながら、しかし笑みの無くなったドゥングを警戒して、彼等は改めて構えを取った――。