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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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「何故――何故、ウォウルを守る………何故ラナロックを、守る……! あれはあってはならない、存在なのに……あれは、悪なのに……何故」
 よろけながらも、倒れそうになりながらも、彼はその部屋の扉の前まで来ると、誰もいない部屋の扉を蹴破った。既に彼は獣人化が解けている。

真っ赤な夕焼けが窓から注ぐ、病室の中。誰もいな筈の病室の中で――確かにその声は聞こえた。

「いらっしゃい。ドゥング」

 居る筈のない彼がいた。 ウォウル・クラウン。

「ふん……殺されると、わかっていながら……逃げないのか」
「そうかな。僕は死なないよ」
「……馬鹿が。俺が……俺がこんな状態、だから……言える事だろう?」
「いいや、違う」
「……でもなぁ、こんなになった、俺でも……貴様を殺す事くらいなら……」
「だから無理だと言っているだろう? ドゥング。いや、君は違う、ドゥングじゃあ、なかったね」
「………今更か」
「残念な事にねぇ、それも違う。随分前からだ」
 気配がした。複数の気配。本来ドゥングにばれない様、この部屋に居る彼女たちの――驚きが故の瞬間的な気配がした。
「その余裕……そうか、仲間が、いるのか」
「あぁ。僕には仲間がいる。君も会ってきたろう? 此処に来るまでにであった彼等は、皆僕の、そしてラナロックの大切な友達さ」
「……そうか」
「そうだよ。君と同じ、僕の大切な友達さ」
 ドゥングは一度、鼻で笑った。
「何で……気付いた」
「内緒だよ」
「……俺が誰だか、わかるか?」
「いいや? 知らないねぇ」
「そうか……まぁいい。じゃあ、殺させて貰うぜ……」
「辞めた方がいいよ」
「うるせぇ……」
「やめた方がいい」
「知るか」
 ドゥングがひずってきた刀を、限界を、その手に掛けて振り上げる。と――
「やめろ」
 低い低い、真っ黒な声色。それと同時に隠れていたローザマリアが、慌てて手にする銃口を突きつける。標的は、ウォウル。
「あ? ………おいおい、お前……『友達』に殺されるぞ」
「どうしました? ローザマリエさん」
「………いや、その――」
 慌てて銃口をウォウルからおろし、彼の横に立つ。
「ドゥング。いや、誰だか知らんお前――」
「…………………」
「今なお、此処に居る彼等が、俺を、あのクソ女を守ろうと必死になってる。それをお前ら如き下衆が怪我でも負わせてみろ――。探し出して殺すぞ」
「…………………」
 ドゥングはおろか、ウォウルの隣でドゥングを見ていたローザマリアまでも、その言葉にたじろいだ。
「何だ。忘れたかお前。あんなにはじめ、俺の話し方を聞いて笑っていた阿呆が、もう忘れたか? いいや、違うな。お前は俺を知らないからたじろいでいる」
 再び、今度は焦りの色で持って刀を振り上げたドゥング。と、二人の間に今度は綾瀬が割って入り、同時にローザマリアがドゥングの心臓に銃身を突きつけていた。
「茶番は終いだ。馬鹿らしい。今度はもっとばれない様に、小さな規模でやれ。迷惑この上ない」
「なんだと……?」
「馬鹿も大概にしろと言うんだ。俺が悪だ? 言われるまでもない。んなこた知ってる。お前に言われるまでもない」
 刀を下ろし、彼はよろめきながら二人から――綾瀬とローザマリアから距離を取る。
「どこの馬鹿かは知らん。知らんがあいつは――あのクソ女は懸命に生きてるんだ。それをその体の持ち主、ドゥングも知っている。あいつは弱い、ドゥングも弱い。だから俺が守らなにゃならねぇ。このクソ面倒な状況をわかるか? その上でお前みたいな下衆が厄介事を作る。この上なく面倒だ。だからもう――面を見せるな」
 刀を杖代わりに、ドゥングは立ち上がる。もう既に、諦めはついている表情だった。何より、彼にはこの局面を乗り切るだけの力が残されていないのだから。
「綾瀬さん、ローザメリオさん。ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
「あの、私ローザマリエでもローザメリオでもなくてローザマリアなんだけど」
「おっと、すみません……どうも人の名前を覚えるのは苦手でして……」
 普段通りの彼がいた。
「菊姫――」
 彼女がそう呼ぶと、気配を消していた菊が姿を現した。
「はい、御方様」
「まだ少し、用があるの。この人に。だから暫く待っていて頂戴」
「そこに椅子があるでしょう? お好きに使ってください」
 その様を、にやにやとした顔で見つめる綾瀬は、さも定位置とばかりにウォウルの横へと向かい、佇む。
「ウォウル様? 彼女も、そして私も。貴方には伺いたい事がありますの」
「………何ですか?」
「貴方様のその口調。初めはそれが普通なのだと思いましたわ。でも、どうにもおちゃらけている様に思う時もありました」
「………えぇ」
「それに先程の貴方の殺意……わたくしまで思わず出てしまうところでしたわよ? ねぇ、ローザマリア様」
「……えぇ。貴方は一体――」
「困ったなぁ。僕はただの大学生ですよ。何も出来ない、普通の、何処にでもいる大学生です」
 迷いなく、思考する時間なく、彼はそう言ってのけた。
「それは嘘。だって貴方のあの殺気、おかしすぎるもの――なんて言うかその、たくさんの――」
「僕はね」
 彼はローザマリアの言葉を遮り、言葉を放った。
「僕はね、皆さんに感謝しているんです。此処まで心音の優しい人たちは生まれて初めて会いました。それは事実。信じてください」
 意味は深く、そしてその意味を二人は理解する。
「ならば――せめて一度、貴方様にお願いがありますの。これは最初で最後のお願いかもしれないですし、恐らく貴方にとっては限りなく簡単なお願いですわ」
「はい?」
「正直な感想を、ください」
 綾瀬が言うよりも先に、ローザマリアが呟いた。別段意味は、ないのだろう。おそらく彼女は、綾瀬の言葉を知ったのだろう。だから興味本位で、そう言いたくなった。ただのそれだけ。だからこそ、はじめは驚いていた二人はしかし、けらけらと笑いだす。今の今まで命の危険があったと言う事など微塵も感じさせない程、に二人は笑う。
「そうですか。今の正直な感想、ですか……そうですねぇ……」
 綾瀬はその様子を静かに見る。
 ローザマリアは面白そうに、しかし何処か興味のなさそうな瞳で彼から目を背ける。
 そして彼は――呟いた。 薄らと笑顔を浮かべ、さも、幸せそうな笑顔で持って。

「くだらねぇ」





     ◆

 夕日を眺めているのは、何も病室にいる彼女たちだけではない。自分たちのやれる最大限の事をたった今終わらせた静麻たちは、のんびりとその茜色を眺めていた。
「何だか面倒な一日だった気がすんなぁ……思えば」
「そうなのですか?」
「知らなーい。私呼ばれてないし」
 プルトーリオの言いに鼻で笑った静麻は「あぁ、そうだな」と呟いた。
「元々、なんだってこんな事に巻き込まれたんです?」
「さっき俺たちが戦った機晶姫、覚えてるか?」
「えぇ。まぁ私はあまり間近では見なかったけど、なんとなくはね」
「彼女のオリジナルが暴走したのが事の発端だ」
 彼は何処か、もう随分と前の記憶を呼び起こす様に口を開き始めた。
「彼女は普段、それはそれは暴走するとは思えない程に大人しい女性なんだが、どういう訳か暴走しちまって。それで俺たちが偶然通りかかったところで、暴走の騒動を何とか収めた。収めはしたんだがどうにも煮え切らないって事で、まぁ俺はウォウル……あぁ、彼女のパートナーのところに見舞いに来て、事情を聞こうと思った矢先、これだ」
 簡単に話の概要を説明した彼は、欠伸をしながら体を伸ばし、今度は太陽に背を向けて手すりに寄りかかる。
「で、開けたは良いがとんでもない贈り物がありました。っと、そんなとこか」
「そうだったんですか。それで私たちを………」
「面倒事だけ頼むんだから。少しは私たちの都合も考え――」
 言いかけた彼女が。言われかけた彼が。そして、我関せずを決め込もうとしていた彼女が、屋上にやってきた男に息を呑む。
「……お前誰だ?」
 恐らくはその雰囲気から、彼の違和感に気付いたらしい。
「そうか………陣はお前さん等に壊された、か。はっ………いよいよもって、満身創痍だな」
 ふらふらとふらついている彼は、しかしそこで静麻の隣に並ぶ。彼を警戒してか、徐に銃へと手を伸ばす。無論、レイナ、プルトーリオもいつでも臨戦態勢を取れるよう身構えていた。が、ドゥングは既に戦意を欠いているらしく、穏やかな顔つきで静麻の隣に並び、夕焼けを仰ぐ。
「火」
「ん?」
「なんだよ兄ちゃん……火、持ってねぇのかよ」
 煙草を咥えたまま、彼はライターを擦るジェスチャーをする。
「……ない」
「あぁ、そう」
 と、プルトーリオがドゥングの隣にやってくると、人差し指から火術を発した。
「ふん! あんた、煉獄の書、直々の火よ。しっかり味わいなさいな」
「おう………、すまねぇな」
 大きく息共々に煙を吸い込んだ彼は、脱力する様に煙を吐き出した。
「はっ! 馬鹿だよなぁ、俺」
 いきなりの発言に、思わず三人が顔を見合わせて首を傾げた。
「いや、わかってたんだよ。体の自由が利かなくなったとき。でも――少しだけ、本当に少しだけ考えちまった。この力があればウォウルやラナを殺せるかも、ってな」
 彼の言葉で全てが通じたのか、静麻がゆっくり銃を引き抜いき、ドゥングの蟀谷にそれを突きつける。
「そうか……貴様が黒幕か」
「おうおう。勘弁してくれ、今の俺は辛うじて正常だ。多分な。それにもう、あいつの術は切れかかってる」
「術?」
 聞き返すレイナに、随分と疲れた様子で笑みを溢し彼は言った。
「お恥ずかしい話だが、俺はとある馬鹿に操られてた。だってそうでもなきゃあ、此処にあった陣を張れる技はねぇしよ。俺ほら、馬鹿だからさ」
 自嘲気味に笑う彼は、再び煙を吐き出しながら続ける。
「まぁ、だからって今回のこの騒動、収まりつけなきゃなんねぇしよ。それに………なぁ。此処にあった陣、お前さん等が壊しちまったろ」
「あぁ、壊したよ。綺麗さっぱりね」
「ははっ、だから俺は逃げる事も叶わねぇ。その上最高に運がなかったのは、よりにもよってラナを相手どっちまったままってこった」
「……そのラナって、例の機晶姫の?」
「あぁ。そうだよ。あいつぁおっかなくってなぁ。何より平然と殺しにきやがる。最近じゃあそれも落ち着いたみてぇだが、この前会ったときはウォウルの足をずどん! だもんよ」
 思い出話。それは聞く者によっては心が痛む思いで話。
「で、この病院の下にはそのおっかねーお姉さまが俺の事を漏れなく出待ちしてやるって、そう言うこった。
 ポケットから携帯灰皿を取り出し、それを強引に押し当てた彼は、のんびりと三人に背を向けながらに締めくくる。
「本当はお前さん等にはきっちり詫びてぇとこなんだが、これ以上ややこしくすんのもあれだしよ。まぁ運悪く殺されちまったら、そんときゃ笑ってやってくれや」
 そう言うと、彼は屋上から去っていくのだ。階段の付近、最後の扉を潜る前、「火ぃありがとよ」と、呟いて。
「あれが――黒幕、ですか」
「なんか拍子抜けよね。本当に」
「……あいつが言っていた事が事実なら、ラナロックは……!」
「あ、ちょっと、静麻!」
「待ってください!」
 二人に懸命に止められ、静麻はその場に引き留められる。
「何する! 早くしねぇとラナロックが!」
「大丈夫じゃないの?」
 のんびりと、プルトーリオが呟いた。
「そのラナって子。信じてあげれば?」
「そうですよ。私たちが出たところで、そればかりは解決にはならないでしょう。それに行ってどうするんですか? 彼を引き留めます? それこそ、彼帰れなくなっちゃいますよ」
「だから、皆に事情を相談して、あの男が正気に戻ってるのを――」
「被害者、増えますよ」
「………」
 彼等はふと、下を見下ろした。
「本当だ。出待ちって感じね。物騒な出待ちだこと」
「……過ちだけは犯すなよ、ラナロック」
「我々は信じてあげるより他、ないんですよ」
 三人はそう言うと、ただただ眼下に広がる彼等を――。あのドゥングと言う男を止めに来た彼を見つめるだけだ。