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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第一章  祭礼前日

『申し訳ありません、お客様。今日はもう、どの便も満席でして……』
「そんな!それじゃ、次の便はいつ出るの?」
『ハイ。明日の朝5時ちょうどになります』
「それじゃ、元旦祭には間に合わないわ――。いいわ、他を当たります」
『申し訳ありません』
「いかがでござるか、主殿?」

 電話を切った風森 望(かぜもり・のぞみ)に、すがるような目で葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)が訊ねた。

「ダメ。やっぱり、どこの船会社の便も満席ね」
「そうでござるか……」

 望の言葉に、肩を落とす華町。

 望たちは今、空京の港にいた。
 パラミタには海はないから、正確に言えば『空港』なのだろうが、一般に港と呼ばれている。  
 その港は今、人でごった返していた。皆、明日の初春祭のために、葦原島へ渡る人たちである。
 ただ船に乗るためだけに数十メートルに渡って人が並び、チケット売り場ではキャンセル待ちの人たちが長蛇の列を成していた。
 望もチケットを求めてかれこれ1時間近く奮闘したのだが、結局、華町一人の席すら確保出来なかった。

 華町は、葦原島のとある街の地祇である。
 本人曰く『葦原大社に祀られている地祇は親や兄姉も同然』という間柄であり、初春祭への参列をとても楽しみにしていた。
 それだけに、せめて彼女だけでも島へ行かせたかったのだが――。

「仕方ないわね。こうなったら、最後の手段よ」
「さ、最後の手段っていうと、まさか――!だ、大丈夫でござるか?」
「大丈夫よ、きっと。ああ見えて優しいのよ、『お嬢様』は」

 半信半疑な華町に、望は自信たっぷりに言った。


「全く……。わたくしのシグルドリーヴァを、タクシー替わりに使うなんて――いいこと、今回だけよ!」
「本当でござるか!?やったー!かたじけないでござる、ノート殿!!」

 憮然としたノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の首根っこに、抱きついて喜ぶ華町。
 結局ノートは望の読み通り、飛空艇を出すことを了承したのだった。

「やっぱり優しいわね、ノートは♪」
「そ、そんなんじゃありませんわよ!華町にワンワン泣かれても迷惑だから、引き受けただけですわ――って!こ、コラ!離れなさい!苦しいですわよ!」
「この御恩は、一生忘れないでござるよ!」
「わ、わかった!わかったから、離れ……!ぐ、ぐるじい……」

(なんだかんだ言って仲がいいのよね、二人とも)

 じゃれ合う2人を微笑ましげに見つめる望であった。 



「お嬢!先生!遅うなってスンマセン!」

「社さん!」
「日下部君、待ってたよ」

 『846プロ』の面々と共に現れた日下部 社(くさかべ・やしろ)を、円華と御上は笑顔で出迎えた。

「いや〜、機材の手配やら何やらで手間取ってしまいまして……」
「円華ちゃん、お久し振り!」
「ちーちゃんもいるよ!」

 社に続いて、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)響 未来(ひびき・みらい)も顔を出す。

「それと、今回はこのメンツにも手伝ってもらいます――ホレ、自己紹介しぃや」

ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)です!未来ちゃんと一緒に、ステージを務めさせて頂きます!」
「よろしくお願いします、ジーナさん」

 元気の良いジーナの挨拶に、笑顔で答える円華。

「初めまして。林田 樹(はやしだ・いつき)です」
緒方 章(おがた・あきら)です。僕と樹は、ステージの進行や機材の管理、その他ステージ絡みの雑用一切を担当させて頂きますので」
新谷 衛(しんたに・まもる)です!3人のサポート担当です!」
「てゆうか、雑用担当でしょ!」
「ジーナさんに、林田さん、緒方さん、新谷さんですね。話は、日下部君から聞いています。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 皆と固い握手を交わす御上。

「実は、晩餐会の演奏をお願いしている楽団の皆さんが、打ち合わせしたいとお待ちなんですが――」
「わかりました、すぐに伺います」
「それと、その後で警備担当の打ち合わせがありますので、こちらも出席をお願いします」
「了解です」
「……ねぇ。ソレ、オレも出るの?」
「バカマモは、荷物の搬入作業でございやがりますですよ!」


「それと――。日下部君、ちょっと?」
「ハイ?なんですか?」

 御上は社に、そっと耳打ちする。

「隣の部屋に、君を待ってる人がいる。行ってくれ」
「え?自分にですか?そりゃまた一体――」
五月葉君が――終夏君が来てる」
「え――!オリバーが?」

 『終夏』と聞いて、社の心臓がドクン!と跳ね上がる。

「あぁ。どうしても、君に言っておきたいコトがあるらしくて、ずっと君が来るのを待ってたんだ」
「そ、そうですか――。わかりました、有難うございます」

(ど、どうしたんやオリバー?そんな『言っておきたいコトがある』なんて……。もしかして、この間のコト、怒ってるんやろか――)

 背中に冷たいモノを感じながら、ドアをノックする社。

「ハ、ハイ!?」
「お、オリバーか?俺や。社や」
「やっしー?は、入って!」

(な、なんやオリバー。ヤケに緊張しとるみたいやけど……)

 心臓をバックバックいわせながら、中に入る社。
 未来たちが、後ろから覗いているにも気が付かない。

 終夏は、社の姿を見ると「ピョコン!」と立ち上がる。

「や、やややややっしー!ひ、久し振りだね!げ、元気……だった?」
「あ、あぁ。オリバーこそ、元気にしとったか?」
「う、ウン……」

 俯いたまま、両手の指をニジニジしている終夏。
 何とも言えない、気まずい空気が流れる。

「「あ、あのっ!」」

 同時に声を上げる終夏と社。

「ご、ゴメン!やっしーから――」
「い、イヤ!オリバーこそ、俺に話があったんやろ?聞くで?」
「う、ウン――そ、それじゃあ……。こ、今回は……。誘ってくれて、あの、あ、有難う……」

(やった!オリバー、喜んでくれてる!?これはイケるか!!)

「いや〜、オリバーなら、きっとこういうトコで演奏したいって思うやろな〜って思って――」

(違う!そうやないやろオレ!ここは『オリバーにまた逢えると思って』っていうトコロやろ――!って、言えん、そないなコト恥ずかしくて言えん!!)

 顔を真っ赤にしたまま、人知れず脳内で転げ回る社。
 
「そ、それで!」
「ハイ!?」
「今日の晩餐会の前に、どうしても言っておきたいコトがあって……あ、あの!」
「ウン」
「この間の話、なんだけど――」
「この間――」

 その場の勢いで、ついしてしまった彼女の手の甲への口づけ。
 それまでなら、笑って済まされるような何気ない一瞬。
 それが今の2人には、これ以上ない大問題となっている。

「き、気にしてないから!」
「気にしてない――?」

 社と同じように顔を真っ赤にした、終夏の口から飛び出した一言。
 その意味を掴み切れず、頭が真っ白になる社。

「う、ウウン!違う、そうじゃなくて――。えーと、逆で……」
「ぎゃ、ぎゃく……?」
「う、ウン。つまり――。うん、そう。つまり、逆だよ」
「つまり、逆――なんか?」

 まるで訳がわからず、最早オウム返しに返事するのが精一杯の社。

「ウン!それじゃ、そういうコトだから!ま、また後で!!」

 やっとの思いでそれだけ言うと、終夏は部屋を飛び出していく。

「ちょ――、ちょっと待ちぃやオリバー!オリバー?」

 必死の叫びも虚しく、社は一人その場に取り残された。


 部屋を飛び出したまま後ろも見ずに全力ダッシュし、角を2つ曲がった所でようやく止まる終夏。
 心臓が口から飛び出しそうになるやら、顔が火照りまくって頭がボオッとするやらで、まるで冷静な思考が出来ない。

(あああああもう!し、静まれワタシの心臓!収まれワタシの顔の火照り!!)

「と、とにかく深呼吸だよ深呼吸!スーハー、スーハー、ス――ハ――……が、ガハッ、ゲヘッゴホッ!」

 勢い良く深呼吸し過ぎて過呼吸になりかかり、激しくむせる終夏。
 だがひとしきり咳き込んだお陰で、冷静にモノが考えられるようになって来た。

「は、ハー、ハ――……。し、死ぬかと思った……」

 今しがたの社とのやり取りを思い出し、急に情けなくなる終夏。

(こういうコト、キリッと言えたら、きっとカッコいいんだろうなぁ――。でも!)

「でも、頑張った!頑張ったよワタシ!ちゃんと伝わってたし!これでバッチリだよ、きっと!!」  

 やり遂げた女の顔で、満足気に頷く終夏。
 だがしかし――。

「だああぁぁぁぁ!何やオリバー逆って!さっぱりわからん!!」

 伝わったと思っているのは、本人だけなのだった――。