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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第二章  元旦祭

「それでは、こちらにお並び下さい。お祭りは、間もなく始まりますので」

 ここまでたちを案内してきた巫女は、それだけ言うと、一礼して去っていった。

(何とか、間に合ったわね……)

 前に立つ人々の背中を眺めながら、望はホッと安堵の息を漏らす。

 シグルドリーヴァで葦原島に渡った一行は、今夜執り行われる『元旦祭』に参列しようと葦原大社に向かったのだが、ここで一悶着あった。
 神社の巫女や神職たちが、華町の出自を疑ったのである。
 望たちは、神職が華町を質問攻めにしたり相談したりしている間、たっぷり小一時間は待たされたのである。

(そりゃあ、知らない人がいきなり押しかけてきて、『私はあなたの親戚です』とか言ったら、普通疑うだろうけど……。仕方ないか。似たようなのが、こんなにいるんじゃあね)

 参列者の中には、一目で地祇と分かる子どものような姿の者が大勢いた。そして、自分たちよりも遙か後ろの一般席の中にも。
 あの中にも参列を許されなかった地祇たちが、きっと何人もいるのだろう。

(ホント。こんな事もあろうかと、『男山』の特別限定醸造を持って来ておいて良かったわ)

 華町が【超有名銘柄の日本酒】を差し出した時の、神職の豹変ぶりを、望ははっきりと覚えている。


(いや〜。一時はダメかと思いましたが、なんとかお祭に参列できて、よかったでござる!)
(全く、なんですのあの方々!華町の言う事をまるで信用しないで!胡散臭いモノでも見るような顔してましたわよ!)

 余程腹に据えかねたのか、ノートは小声で怒り続けている。

(まぁまぁ。いいではないですか、ノート殿。こうして、疑いも晴れたことですし)
(何を言っているの!あなた、侮辱されたのよ!)

 疑われた本人が怒らずに、逆にノートをなだめているというのも変な話だが、この2人には良くある光景である。

『しっ!始まるわよ!』

 ざわざわとしていた群衆が、水を打ったように静かになっていく。

「ドォーン!ドォーン!ドォーン!!」

 と、腹の底から響くような太鼓の音が、辺りに反響した。

「これより、元旦祭を執り行います」

 進行役の神職の声が、朗々と響く。

 見れば、ノートも柄にも無く緊張した顔をしている。一方華町はといえば、こちらも何時になく真剣な表情だ。
 望も、目の前一杯に広がる社に、意識を集中した。




 同時刻――。

 葦原大社を見下ろす葦原城の天守に設けられた神檀でも、元旦祭が執り行われていた。
 ただし、こちらに祀られているのは遠くマホロバより勧請した地祇と、葦原藩藩祖。あくまで藩のためだけの、プライベートな神域である。

 その神域に、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)の澄んだ声が厳かに響き、長い余韻を残して、消えた。
 祝詞の奏上を終えた房姫が、衣擦れの音を立てながら、静々と神前を退下(たいげ)していく。

 次は、木花 開耶(このはな・さくや)の番。
 彼女と橘 柚子(たちばな・ゆず)が、神楽舞を奉納する番である。
 安倍 晴明(あべの・せいめい)の笛の音に、房姫の奏でる笙(しょう)によく似た楽器が続く。

 開耶は、向かいに座る柚子を見た。
 閉じられていた瞳が開き、視線が交わる。

 それを合図に、開耶と柚子は、ゆっくりと立ち上がった。
 寸分乱れぬ呼吸で、中央に進み出る2人。
 白い衣が流れ、朱い布が踊り、鈴の音と楽が一つになる。

 2人の舞を、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が陶然とした面持ちで見守る。

 開耶は、無心に舞った。



「皆さん、お疲れ様でござんした」
「皆様のお陰で、無事お祭を終えることが出来ました。神様も、きっとお喜びのことでしょう」

 無事に元旦祭を終えて退下して来た3人を、ハイナと房姫が労う。

 久し振りに葦原島へと戻って来た柚子たちに、「元旦祭を手伝って欲しい」と声を掛けたのは、房姫だった。

「立場上、祝詞は自分が上げぬ訳にはいかないが、舞だけは、神子としての力を失った自分ではなく、開耶に舞ってもらいたい」

 房姫は、そう頭を下げたのである。
 もちろん開耶は快諾したし、柚子も晴明も、諸手を上げて賛成してくれた。

「はい。拙い舞ではございましたが、これが神様と房姫様のお役に立つのであれば、これに勝る喜びはございません」

 恐縮しつつも、誇らしげな顔で柚子が答える。

「開耶さん。これからも、お手伝い下さいね」

 房姫が、そっと開耶の手を握る。

「ハイ……!わたくし如きで、お役に立てますならば」

 開耶は、その手を押し抱くようにして握り返した。
 房姫の顔に、笑顔が浮かんだ。

「しかし、これ程の舞を観るのがあちき一人なんて、なんだか勿体無いでありんすなぁ」
「いいえ、ハイナ様。舞をご覧になられたのは、ハイナ様お一人ではございません」

 晴明が、呟くように言う。

「神様が、ご覧になられております」

 晴明の言葉に、ハッとするハイナ。
 晴明の視線はハイナの向こう、たった今閉められたばかりの神域の扉に向けられていた。