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ローズガーデンでお茶会を

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ローズガーデンでお茶会を

リアクション

「なあ、これ、本当にただのお茶会……だよな?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、パートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)にこそっと問いかけた。
「ええ、ごく普通の、ティーパーティーだよ。それがどうかしたか?」
「うん……いや、なんか……気のせいかな」
 男女比率が偏っているということもないはずなのだが、何となく、一般的な社交場とは雰囲気が違う気がする。パーティーの趣旨を、エースは聞かされていなかった。
 先ほど何かトラブルがあったようだったが、対応する人手は充分だったようなので、エースたちは参加して居ない。
「それよりも、君のオペラケーキが早く食べたいな」
「ん? ああ、そうだな。結構上手く出来たんだぜ」
 メシエに促され、エースは持参したオペラケーキを机の上に広げる。
 アーモンドの粉を使って焼いたビスケット生地に洋酒をしみこませ、チョコレートガナッシュやバタークリームを何層にも重ねて作る、とても手間暇の掛かるケーキだ。
 切り分けサイズに切ってきたので、そのままみんなに振る舞うことが出来る。
 みなさんもどうぞ、とエースがにっこり微笑むと、あっという間に無くなってしまう。もちろん、自分たちが食べる分は予め、大きめに切り分けてきたものを確保してある。
「私達は静かなところで食べないかい? 折角の君のケーキを、ゆっくり味わいたいから」
「なんか、そう言われると照れるな……ゲストルームがあったはずだから、そっちへ行こうか」
 エースはそう言うと、ケーキの乗ったお皿とフォークを片手に、ホールを後にしてゲストルームへと移動する。
 いくつか並ぶゲストルームのうち、二つほどが使用中のようでドアが閉まっている。誰かが休んでいるのだろう。先ほどのトラブルに巻き込まれた人達かもしれない。
 邪魔にならないよう、すぐ隣の部屋は避けて、空いている部屋を拝借する。
 中には簡単なテーブルセットと簡素ながらも手入れの行き届いたベッドがひとつ。本来は来客を宿泊させるための部屋と思われる。
 二人はテーブルセットの上にケーキを下ろすと、差し向かいで椅子に腰を落ち着けた。
「うん、甘さ控えめでなかなか美味しい」
 早速ケーキにフォークを入れたメシエが、一口食べて賞賛の声を上げる。
「そうか? うん、結構頑張ったんだぜ」
 なにぶん手間の掛かるケーキだ。褒めて貰えると、頑張った甲斐もあるというもの。
 さすがはエースだね、と微笑みながら、メシエは大ぶりのオペラをぺろりと平らげた。
「紅茶も貰ってくれば良かったかな」
 エースの方も皿を空にしたところで、喉の渇きに気がついた。取ってこようか、とエースが立ち上がる。と。
「それよりも、もっと甘い物が欲しいな」
 そう言って、メシエがエースの腕を掴んで引き留めた。
「え、もっと食べるの? じゃあ何かケーキでも……」
 貰って来ようか、というエースの言葉は、メシエの唇に吸い込まれてしまった。
 突然抱き寄せられて、キスをされて、一瞬の出来事に、エースの思考がついて行かない。
「ちょっ……ん……メシエ……?」
 ひとしきり唇の感触を堪能してから、メシエは立ち上がって、今度こそしっかりエースの体を抱き寄せた。
「甘い物、と言ったら……決まってるだろう?」
 クスクスと意地の悪い笑みを浮かべながら、ぺろり、とエースの首筋に舌を這わせる。
「え……クリスマスの時に飲んだだろ?」
「何ヶ月前の話だい、それは……」
 メシエは呆れ気味に肩を落とす。
「悪いけど、それっぽっちの報酬で我慢出来るほど、私は優しくないよ?」
 メシエの言葉に、エースはぐ、と黙ってしまう。
 確かに、力を貸して貰う代わりに血を与える約束になっている。が、多分力を借りた量と与えた血の量は、見合っていない。
「……献血は、三ヶ月以上の間隔を開けないとならないんだけどな」
 冗談めかして肩を竦めながらも、エースは抵抗しない。
 メシエは上機嫌そうに、再びエースの首筋に唇を寄せた。位置を確かめる様に何度か舌で触れると、エースの手がメシエの服をぎゅっと掴む。
 それが可愛らしいやら楽しいやらで、メシエはつい、わざと焦らすように口づけを繰り返す。
「も、さっさとしろ……」
 エースからのリクエストを受け、はいはい、とようやく牙を其処へ埋める。
 吸血ついでに、精神を幻惑する術を掛けてやる。すると、少しずつエースの目がとろんとしてくる。
「このまま頂いてしまおうかな?」
 充分に血を頂いてから、そっと唇を離して耳元で囁く。
 もとよりそのつもりで、個室へ移動させたのだけれど。
 通常なら即座においやめろ、と言われるのだが、吸精幻夜の効果は覿面で、エースは浮かされた瞳でぼんやりとメシエを見つめている。
 良いとも嫌とも言わないので、沈黙を肯定と取ることにする――もちろん、何も言えないように仕向けているのだが。
「ちょうど良い事に、ベッドもあるし……ね」
 それは嬉しい誤算だった。メシエはぺろりと自分の唇を舐めると、エースを抱き上げてそっとベッドへと下ろす。
「さあ……楽しませて貰うよ」
 二人の唇が、重なった。



 パートナー達とはぐれてしまったレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の二人は、薔薇騒ぎには関わらず、ホールで時間を過ごしていた。
 どうせ帰り際には合流出来るだろう、ということにして、レイチェルと二人きりの時間を手に入れた――のはいいのだが、どうすればいいのか分からず、結局二人で、普通にティータイムを過ごしている。
「フランツさんは、ウィーンのカフェなんかでお菓子の類いにも口が肥えていらっしゃるでしょう? お勧めのお菓子はありますか?」
「うーん、そうだなぁ……」
 他愛の無い話をしている間も、フランツの心臓ははち切れんばかりに高鳴っている、のだが、どうにもそれをレイチェルに伝える手段が、思いつかない。
「泰輔さんたちは、どこへ行ってしまったのでしょうね」
「に、庭にでも居るのかもしれないよ。そのうち、合流できるんじゃないかな」
「じゃあ、後で探しに行ってみましょう」
 にっこりと笑うレイチェルに、フランツは思わず見惚れる。が、このまま泰輔と合流してしまっては、折角二人きりにして貰った意味が無い。
 今日こそ、思いを伝えるのだ。
 どうしよう、とフランツが思案に暮れていたそのとき、それが目に入った。
 どうして今まで、それに気づかなかったのだろう。
「れ、レイチェル、ちょっと来て欲しいんだけど」
 フランツは立ち上がると、レイチェルの手を取って其処へ連れて行った。
 ホールの片隅に、まるで忘れられたように置かれていたアップライトピアノ。
 しかし、埃は被っていない。よく手入れされているだろうことは分かった。蓋を持ち上げてみると、鍵は掛かっていないようであっさりと開いた。
 ぽん、とラの音を出してみる。音は外れていない。
 念のため、一通りの鍵盤に軽く触れてみる。調律に問題はなさそうだ。
「き、聞いて欲しいんだ、レイチェルに。レイチェルの為に、弾かせて欲しい」
 勇気を振り絞ったフランツの言葉に、レイチェルはええ、と微笑んだ。
 椅子を一脚失敬してきて、ピアノの隣に置く。
 たった一人のための演奏会が始まった。
 フランツは、レイチェルへの思いを素直に、メロディに乗せて弾いた。
 甘く、切ないメロディがホールに響き渡る。
 そのすばらしい演奏は途端にホール内の人々の耳を虜にした。けれど、一番喜んでいたのはもちろんレイチェルだろう。
 たっぷりの余韻を残して曲が終わると、自然とホール中から拍手が沸いた。
「あの、レイチェル……」
 さあ今だ、勇気を振り絞れ、告白するんだ! とフランツが自らを奮い立たせた、その瞬間。
「いやあ実にすばらしい演奏でした!」
「アタシファンになっちゃいましたぁ」
「サイン、サイン下さい!」
「今の演奏、まさかあの作曲家の……!」
 どやどやどやっと野次馬が集まってきて、フランツを祭り上げてしまった。
「ちょ、ちょっと、今は困るんだ……レイチェルに話が……あ、ちょっと、ちょっとおおお!」
 ……結局それから先一日中、フランツの周囲はお祭り状態で、とても告白どころでは無くなってしまった。
 だが、先ほどの即興曲はきっと、レイチェルの胸に響いたことだろう。