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オランピアと愛の迷宮都市

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オランピアと愛の迷宮都市

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間奏曲 まわれ、まわれ、雲雀を捕らえる鏡の罠よ!

1

「まあ実際これだけの辺境ですからね、観光に来てくださる方も限られている現状ではありますが……」
 レヴィ=エーベルストの街の石畳を歩きながら、この街の助役だという青年は興奮した調子で続けた。
「各都市部や、いずれは空京ともシャトル飛空挺で結びましてですね、週末に気軽にデートを楽しめる古代遺跡の街として、ゆくゆくは神殿を中心とした複合リゾート都市としての開発をですね」
「ええと、ですから、その……未来の展望はもう結構ですから……」
 引き攣った笑顔を顔に貼り付けて、雅羅・サンダース三世は辛抱強く言った。
 その横で想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)がそっと右手をグーに握りしめて雅羅に囁く。
「そろそろ、腕力に訴えてもいいかな」
「ま、まあまあ」
 祭の後始末の根回しの為、昨日のうちに空京の某企業のオフィスを訪れていたという街の助役から、住人消失の知らせが来たのは今朝のことだ。
 先遣隊として調査に来た高円寺海と雅羅が事情を聞いたときから、この助役氏はずっとこの調子なのだ。
 助っ人として各地からメンバーが集まると、彼は泣き出さんばかりに感謝の言葉を並べ、それがようやく一段落すると、また振り出しに戻って街の成り立ちから語り始めた。
 そして、最後は必ず同じ台詞に行き着く。
「それなのに〜〜〜みんなどこに行っちゃったんですかぁぁぁぁ、町長うぅぅぅぅぅ!」
 もう何度目かわからない台詞に雅羅ががっくりと肩を落とし、夢悠はギリっと歯を噛み締めて拳を握り直す。
 自分一人残して住人が消えてしまった彼のショックは察して余りある。
 だから、今までこうして穏便に話を聞きつつパニックが収まるのを待とうとしているのだが……
「……これじゃ、いつまで経っても事情なんか聞けないよ。大丈夫、ちょっと二、三発どつくだけだから。雷術ぶち当てて目を覚まさせようとか言わないから」
 今まで黙って聞いていたストレスが溜まりきっていたらしい。やけに明るい笑顔の中で、目だけが物騒な光を放っている。
 業を煮やした海と他のメンバーは、とっくに地下にあるという遺跡の調査に行ってしまった。
 「雅羅と地下遺跡とか、怖すぎる」という海の言い分はあまりにもっともだったので、雅羅は甘んじて地上の調査兼助役さんの相手を仰せつかったのだ。
 心細そうな顔で取り残される雅羅の姿に、夢悠は雅羅との同行を申し出た。
 こんな時こそ、傍でカッコいいところを見せたいし。
 訳のわからない助役さんとはいえ、雅羅と二人きりにさせとくとか、ありえないし。
 恋人たちの守護聖人の街だし、ちょっとくらい美味しい展開になったりしないかな、と思うし。
 ……と、色々と思うところがあっての同行だから、ここにこうしていることには、何の文句もないのだが。
「町長うぅぅぅ、帰って来てくださいよおぉぉぉぉぉ」
 これでは、ムードもなにもあったもんじゃない。
 しかも、雅羅はなんだか現実逃避するような目で聖ホフマンの像をながめて、「いやあ、確かにイケメンですよねぇ」とか変な相づちを打っている。
 ……どうせなら、オレを見ればいいのに。
 夢悠は色々と複雑な思いを込めて、深いため息をついた。
 

「なんか、テーマパークの裏側みたいですね」
 石造りの通路をライトで照らして、杜守 柚(ともり・ゆず)が言った。
 壁の一部や倒れた柱、中には崩れた天井が散乱していて足元が悪い。それでも、崩れる以前の整然とした通路の様子は想像できた。「これだけ設備が整った遺跡なら、どこかにコントロールルームがある筈です。まずそこを探しましょう」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が頷く。
「そうね。そこで資料でも見つかれば助かるんだけど……」
 なにしろ唯一の住人の助役氏があの調子て、情報らしい情報がない。しかも遺跡はほとんど調査もされずに放置されていたとあって、内部は完全に未知の領域だった。海もむつかしい顔で頷いた。
「よし、ともかく慎重に進もう。また崩れて来たら事だからな」
「あ、あと……」
 杜守 柚(ともり・ゆず)が周囲を見回しながら口を開いた。
「また何かあって、私たちまで消えちゃったら大変だから……」
「ああ、そうだね。探しながら僕らも消えたら意味ないし、僕ら、「超感覚」で異変を察知できるようにしておくよ」
 杜守 三月(ともり・みつき)がそう言って海を振り返る。海は頷いて微笑んだ。
「ああ、ふたりとも、頼む。……じゃ、行こう」


 一方、見るものもいない飛沫を空しくきらめかせている、噴水の前。
「資料がこのちゃちいパンフ一枚とか、もう、楽しくなっちゃうね」
 レヴィ=エーベルストの街で発行しているパンフレットと言う名のチラシをひらひらさせて、黒崎 天音(くろさき・あまね)が皮肉っぽい口調で言った。
 「恋人と一緒に古代遺跡でロマンティックなひとときを!」とポップな書体で書かれたパンフレットには、正確とは言いがたい街のイラストマップ、同じく胡散臭い「愛の聖人・聖ホフマンの物語」、それに一軒しかない宿と、レストランの紹介。そして周辺の観光ガイドが載っている。
 もちろんこの街の周辺と言ったら荒野が広がっているだけなので、「雄大な自然」とか「多様な生き物」とか、取ってつけたようなコピーが並んでいるだけだ。
「ねえ……ブルーズ?」
 名を呼ばれて、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、ハッとパンフレットから顔を上げる。
 聖ホフマン物語を熟読して「恋人たちに愛と夢を」なんて言葉にちょっと胸がときめいていたのを見透かされないよう、慌てて咳払いをした。
「そ、それより天音」
 真面目腐った顔で、手に下げたピクニックバスケットと薔薇のティーセットを示す。
「お茶の道具、ビスケット、暖かいミルクティー……おまえの言う通り揃えて来たが、住民の失踪事件の調査に、こんな物が本当に必要なのか?」
「ん?」
 天音はちらっとそれに目をやり、今思い出したとても言うように肩をすくめて微笑を浮かべる。
「……ああ、もちろんだよ。事件が解決したら、当然お茶会になるだろう?」
 そして、何を見つけたのか、歩み去ってしまう。
「……は?」
 解決したら?
 これだけ丹念に揃えて、おかげで出立が遅れてしまったというのに……解決したら?
「天音……」
 今日こそ強く抗議するつもりで、すたすた行ってしまう天音の跡を追ったブルーズは、天音が立ち止まってじっと見つめているものに気づいて足を止めた。
「ふぅん……結構いい男だね」
 思わずブルーズはムッとする。
 天音は目の前の聖ホフマンの像にそっと手を伸ばし、その輪郭をなぞるように指を滑らせる。それから手のひらで、像の腰のあたりをを妖しく撫で回した。
 ブルーズは更にムッとする。もちろん、口には出さない。天音はきっとわかってやっているのだ。
 ふいに、天音が振り返った。
「腰つきはイマイチだね。安物のレプリカっぽいから、仕方ないか」
「腰つきで判断をするのか、おまえは」
 不満そうなブルーズの突っ込みを無視して、天音は参道の向こうに見える神殿を振り仰いだ。
「本物は神殿かな。もしかしたら、本物なんてないのかもね」
 それから、ちょっといたずらっぽい視線をブルーズに向けて、聞いた。
「さて、調査に行こうか。神殿か役場を調べたいと思うんだけど……どっちにする?」
 ブルーズは即座に答えた。
「役場だ」


「あれ、ちょっと待って。何か変だよ、ここ」
 先行していたシュクレ・コンフィズリー(しゅくれ・こんふぃずりー)が、瓦礫の向こうをのぞき込んで声を上げた。
「どうした?」
 海が答えて身を乗り出す。
 シュクレは横倒しになった柱を指差して言った。
「何か、通った跡がある」
「……まだ新しいな」
 三月が向けた光術の明かりで、海はなぎ倒されたような状態の瓦礫を観察した。
「だいたい人間くらいのサイズだな……普通の生身の人間とも思えないが」
 道を遮る瓦礫を退けたり避けたりすることもなく、強引に突っ込んで通って行ったような跡だった。
 シュクレが更に奥をのぞき込む。
「あ、ここ、道も分かれてるみたい……わっ」
「おっと、危ないぞ」
 小さな体に合わないだぶだぶの制服に引っかかって、危うくコケそうになるシュクレを、海がひょいと引き戻す。
 そして身を屈めて分れ道を確認した。
「うーん、この先から来て、分かれ道の方に行ったみたいだな」
 その横顔を見上げて、シュクレはちょっと頬が赤くなるのを感じた。
 ……海さん、お兄ちゃんみたいだ。
 元来、一人っ子でお兄ちゃん的なものに憧れがあるせいだろうか、あまりに自然に庇われたことにグッときたらしい。
 眉根を寄せて考えていた海が、考えを決めて顔を上げた。
「仕方がない、二手に分かれよう。俺はこいつの後を追ってみる」
「僕も行きますっ」
 すぐさま、シュクレが名乗り出た。
 ……海さんの役に立たなきゃ!
 そう心に決めていた。