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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション公開中!

家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 事態が徐々に大きくなるにつれ、楽しそうになって行くウォウル。と、それはどうやら彼だけではなかったらしく、ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)その人もまた、全く予期していなかったこの状況を、表面には決して見せていないがしかし、内心では嬉しく思っていたりする。
「で、何をさっきからそんな真剣にやっているのかな? 君は」
 ホープの隣、目の前で起こっていた惨劇(?)から視線をずらし、黙々とパソコンに向かっているホープに向かって声を掛けたのは、彼のパートナーである師王 アスカ(しおう・あすか)。隣にはハーモ二クス・グランド(はーもにくす・ぐらんど)が無表情なのか、将又冷ややかな視線なのかがわからない様子でホープを見つめている。
「ああ、ブログ。何やら面白そうな事が起こってるみたいだから」
「ぶ、ブログ!? ホープそんなのやってたんだぁ……へぇ、似合わないなぁ……」
 彼女の一言に対して一度。瞬間ではあるがホープのタイピングする手が止まる。
「じょ、冗談だよぉ。真に受けないでよもう……あはは、嫌だなぁ、ホープったらぁ……な、何々? 『カッパが魔鎧茹でてる』……? いや、意味が分からないんだけどなぁ」
 画面を覗き込み、思わず苦笑を浮かべるアスカに対し、淡々とキーボードを叩くホープと、その彼に淡々と冷ややかな視線を浴びせ続けるハーモニクス。
「因みに、まぁ正直どうでも良いんだけど、このサイトの名前命名したのはニクスだから。細かい事は俺は知らないよ」
「え……ニクスが、名づけ親?」
 思わぬ名前が出て来たから、だろう。彼女は自分の隣で未だ冷ややかな目線を送っているハーモニクスへと顔を向ける。
「何事もファーストインプレッション――言い換えればインパクトがある方が多少なりとも注目を集める事が可能でしょう。よって、偶然にもこれを見た方の目に留まる確率も、入場されていない方の記憶への残留度も比較的、ではありますが上がる。と仮定し、この様に」
「そ、そっか……うん。確かにインパクトはぁ……あるよねぇ、あはは」
 苦笑しているアスカの隣、いつの間にか、冷ややかな目線を送っていた彼女が何処か誇らしげだった。無理やりに作った笑顔ではないにしても、勝ち誇っているがそれを面に出さない様にしている為、笑顔がどことなく不自然なのである。
「付け足し、補足を述べるとするのであれば、マスターに対する愚痴も多分に含まれていますが」
「え、どういう事?」
「さあ。ご自身の胸に手を当てて考えてみては如何でしょう」
「うぅん? そ、そっか……(時々わからないんだよねぇ、この子)で……ホープはそれを今、更新してるのかなぁ?」
「ああ。そうだよ。主に日常生活で起きた事やネタ小説を書いてるんだけどさ、どうにもこう……最近自分の中でマンネリしてたからね。そしたら今日のこれだ。これ」
「これ、ねぇ」
 ホープがふと画面から目を外し、目前の惨劇(笑)を向いたが為、倣ってアスカもその後を追う。
「今日の今、起きてるこれをリアルタイムで更新したらどうかと思ったんだよ」
「でもさ、それって結構不味いんじゃないかなぁ。人名とかばっちり出ちゃうとほらぁ、色々問題がありそうな気もするけどぉ」
「大丈夫、大丈夫。名前に関しては微妙に変えるし、適当に特徴見つけて偽名にでもするからバレないって。ふん、タイトルはどうしようか……よし、『目の前でゴンザレスが死んだふりをしています』これでどうよ」
「ご、ゴンザレスぅ! 名前出ちゃってるよぉ!?」
「いや、あれの名前は別に出してもありでしょう。話聞く限りじゃ人間じゃないし、って……そのゴンザレスは今どこにいるのさ」
 不意に、ホープが気付く。先程から名前が出ている、玄関に不自然に置いてあった気持ち悪い『ゴンザレス』なる熊のぬいぐるみ(笑)が、早々にしてこの空間から消え去っているのだから。
「えっとぉ? 私は知らないよぉ?」
「ま、いっか。にしてもぉ……なんだか凄いねぇ、ちょっとしたエッセイ小説みたいで、なんだかさぁ」
 その場には全くと言って良い程にそぐわない、穏やかな笑顔。見る者全てが思わずその状況を忘却してしまう程の、朗らかな笑顔を浮かべて、再びホープの画面を覗き込むアスカ。
「でもさぁ、此処で全てが解決する、とは思えないし、パソコンを持って歩くのって大変って言うかぁ、動き辛いよねぇ?」
 「ああ、それなら」とホープが口を開き、今まで画面をずっと見ていた彼が途端に顔を上げた。アスカにも負けない、随分と爽やかな笑顔を向けて。
「俺に良い考えがあるんだ」
「良い考え? へぇ、どうするのー?」
 人間、口の横に手をかざされると何故耳打ちをしようとしている事がわかるのか、不思議なところであり、この時のアスカも、ホープの行った行動が為にすぐさま顔を傾け、耳を出して彼の口元に近付ける。
「え……私が今日の事件を実況中継するのぉ? うそー……今日、ゆっくりしようと思ってきたのにぃ……」
「別に良いだろ? いつも魔鎧として守ってやってんだから、こういう時くらい力貸してくれても良いと思うんだけど?」
「むぅ……可愛くない奴。まぁー……出来る限りはやってみるけど、でもさぁ、流石にみんなの発言……んー、台詞? までは流石に覚えられな――」
 言いかけた彼女の言葉は、再び無表情になっていたハーモニクスの発言により遮られた。
「できますよ」
「出来るのぉ!?」
「ええ。そう言った記録業務は可能なので――寧ろ特異な方なので、御命令とあれば」
「ほら。ニクスも協力する気満々だし、よろしく」
「……うん、じゃ、じゃあ台詞はニクスにお願いするよぉ」
「承知しました」
 観念したのだろう。アスカが肩を落としながらハーモニクスへ言葉を掛けると、其処には皆が知っている家政婦さんを彷彿とさせるハーモニクスがいた。そう、あの何とも表情の無い、一見すれば不気味であり、まじまじ見てもやはり不気味である、あの家政婦さんである。
「あ、あれ……? 疲れてるのかなぁ、私。今一瞬、ニクスの後ろに無表情がとっても素敵な家政婦さんの姿が見えたんだけどぉ」
「疲れてるんじゃなくて、単なる気の所為でしょ。俺には見えないし」
 そうと話が決まれば、彼は再び画面のみに目を落とし、さも詰まらなそうにアスカに述べる。「そっかぁ」などと相槌を打ちながら、アスカは如何にも不承不承と言った体で、近くにあった食べ物と飲み物を適当につまみ、大きく一度伸びをしてからニクスへと向き直る。
「んじゃあ、よろしくね」
「了解しました。では外部情報の記憶プログラムを強化し、これから繰り広げられる皆様の会話を逃す事無く記録します。ああ、そうだマスター。これは完全に余談になりますが、ホープ・アトマイスのサイトは一部の肩に絶大な支持と人気を誇っているのです。故にこのリアルタイムでの更新、恐らく既に始まっている為に読者も集まりだしている事でしょう。目指せアクセス数十万突破。――これも全てはニクスのネーミングセンスの成せる技なのかもしれません」
「それはないよ。名前が効力を発揮するのは初見の時だけだ。それ以外は判別し、判別する為の記号でしかないんだよ、こういうのは」
「そう言う物でしょうか――。まぁ、良いでしょう、ニクスは其処まで自分の功績を鼻に掛けたりはしません」
「……なんだろうなぁ……私はちょっと先行き不安だよぉ……」
 がっくりと肩を落としたアスカの両側では無表情の二人が互いに、見えない火花を散らしているとかいないとか。


 酔いつぶれた人間は、騒ぎの中にいる場合に置いて、たまに、極稀にではあるが死んでいるものと認識される事がままある。
ことさらに置いて言えば、その騒ぎたる空間で『殺人事件ごっこ』をしていれば、死亡という扱いを受ける色は更に色濃く際立つものであり、この時で言えばそれはラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)に適応されるべき偏見の目であった。
 酒を飲もうと画策し、見事にその野望(?)が潰えたルーシェリアはしかし、この騒ぎに乗じて酒を飲むつもり満々だった。
無論、意識があり、尚且つしっかりとしている人間や、意識がなくとも近くにウォウル、ラナロック、ドゥングや唯斗などの妨害をする人影がいる場合、彼女の野望は再び失速する訳であり、自然、騒ぎの中心を担わない存在が標的となる訳である。
「あれぇ? この人――」
 おあつらえ向き、と言うか、丁度好い所に、と言うべきか、彼女が見つけたのは完全によって眠りこけているラムズだった。カウンターを模した造りの底に、学生の居眠りよろしく突っ伏している彼の姿を見つけたルーシェリアが、恐る恐る近づいていき、そして彼に顔を近づける。眠っていない、ただ気怠さが為であれば瞳が開く事はうけあいであり、なにかしらリアクションが帰ってくるはず、なのだ。が、この時のラムズは爆睡していた。
「おやおや、これは新たな被害者フラグなのですぅ! っていう事は、このお酒は私の――」
 彼女がそう言いながらラムズの残したグラスに手を掛けた瞬間――である。
「誰が死人ですか……」
 彼女の手首がラムズによって握られた。
「それは私の酒ですよ」
「ひぃ! ゾンビぃ!」
「違いますよ。私はしっかり人間やってます。失敬な」
 ぷんすか。 とか言いそうな顔つきだった。
「……寝ていたのでは…」
「寝ましたよ。でもね、天の声が聞こえたんです。『貴方の大事なお酒が、何者かの手によって侵略されかけている』とね。まぁ、私は神の思し召しとかそう言うの、微塵程度にしか信じていませんが」
「微塵程の信仰心はおありなんですかぁ」
「はっはっは」
 とりあえず笑ったらしい。特に面白い事はなかったのか、顔は真顔のそれだ。
「時に御嬢さん。私は酔っています」
「知ってますぅ…よぉ?」
「しかし酔っているとはいえ、何も自分に酔っている訳ではないんですよ。いやぁ、自分でも惚れ惚れする程に上手い事を言いました」
「そこまで上手い事は言ってないですぅ……ちょっと面倒な酔い方してますぅ!」
 が、ルーシェリアの言葉は半分、いや、全体的に彼には届いていないらしい。ラムズは尚もからからと笑い、しかし真顔のままで口を開く。
「貴女は悪い事をしたことがありますか?」
「今、しようとしてますよぉ」
 苦笑。
「そうでしょう、人生の内に一度は必ず悪い事をします。それが人間です」
「え、本来帰ってこない筈のリアクションですねぇ……困ったですぅ……うぅ……」
「大丈夫ですよ、私は神ではないので、貴女の行いを咎めている訳ではないのです。あ、いや待てよ? ……この場合は、どうなるんでしょうかね」
「やっぱりぃ! 話を聞いてくれないですぅ」
 始まった彼の言葉に対し、ルーシェリアはもうどうする事も出来ないでいる。
「お酒の事は謝りますからぁ、此処は失礼しますぅ!」
「お待ちなさい、まだ私の言葉は終わってはいないですよ」
「そこだけはちゃんとリアクションするんですねぇ! うわーん!」
「あれれ? ルーシェリアさん、何してるの?」
「あぁ! 助かったですぅ! 鳳明さん、酔っ払いさんに捕まっちゃったですよぅ!」
「誰が酔っ払いなものですか! 私はしっかりと酔っていますよ? あぁ、この場合の酔う、は何もこうして少しでも皆さんとの縁を大切にし、またこうしてお会い出来た事に対して神に感謝する自分への、と言う意味でははありませんので悪しからず。おっと、これはまた良い事を言ってしまった」
「……うん、相当酔ってるね。この人」
「ですぅ……」
 唖然とする二人。と、鳳明がふとして、ラムズに質問を投げかけた。
「そうだ、ラムズさん。私もさっき軽く聞いただけだから細かい事はわからないんだけど、ラナさんの大事にしていた熊のぬいぐるみ(笑)を殺害(?)した犯人とか、ってわかるかな?」
「はて、私は知りませんが。それより今から彼女に良い話をお聞かせしようと思ったんですよ。貴女も是非聞くべきです」
 ルーシェリアの手首を握っている彼は、開いている方の手で鳳明の手首を握り、両隣の空いている席へと強引に二人を座らせた。
「良いですか? 元来に置いて人間と言う者は贖罪にまみれています。善行と言う事、それ自体が、本来ならば相容れない程の矛盾を多く孕んでいる訳です」
「おーい! 鳳明! 何をそんなところで座って悠長に話をしてるか! お前の仕事はこっちじゃろう!」
 遠くの方からヒラニィの声が聞こえるが、どうやら鳳明としては観念したのか、将又加こうやって彼と話す事で何かヒントを聞き出せるかと思ってか、背後から飛んでくるパートナーに返事を返す。
「ちょっと待っててー! 今ヒントになるかもしれない言葉を聞いているから」
 対してラムズは、その辺りの言葉を完全にシャットアウトしているらしく、構わずに話を続けるのだ。
「ならばそれはどう補完すべきでしょうか。悪行と贖罪にまみれている人類が、今の形として形成し、ないしそれを内包したうえで次の次元へ向かうとすればどうすればいいでしょう。構造としては至ってシンプルなんですよ」
「ね、ねぇ……ルーシェリアさん。これ、何の話?」
「わからないですぅ」
「贖罪にまみれて生まれ、そのままに生きているのであれば、善行を果たしましょう。生まれて間もない段階で、自らの贖罪以上の善行を果たしてしまったのであれば、悪行をしましょう。どこぞの思想家の様な『生まれた時の善悪』をさて置いて、現時点におけるバランスが大事な訳です」
「ラムズさん……そのお話、終わりが見えないんだけど……」
「良いですか? 悪人を殺せば平和、太平と考える事は強ち間違いではないないのです。ですがしかし、本質的に置いて物事には第三者であり、我々が知り得る全ての事象を持ってしても説明などつかない何者かの介入がはいります。ならば我々はその『第三者』に介入されるだけなのでしょうか? いいえ、違います」
 もう、彼は止まらない。ある意味彼も、元気ハツラツだった。
「悪人を殺し、物事が安定している様に一見見えてるその裏側では、聖者が死んでいます。詰まる所でそれが、第三者、人間の言う『神
』が介入している事に他ならないのです。だからこそ、我々は常に中間地点であり、天秤の中心地にいなくてはならないのですよ。わかりますか?」
「うぅ……わからないですよぅ」
「そうですか。それは重畳です。それは良かった。私が今、こうしてお話している事に意味が合って、本当に良かった」
「え、だから今わからないって……」
「そうなんです。大事なのは、善悪と言わず陰陽と言わず、左右と言わず上下と言わず、この世界、万物全てに対をなす物の中間であれ、と言う事なのですよ。我々が知性を持ち、我々がその知識を叡智に昇華する事が出来るのは全てにおいて、本来あるべき場所ではなく、中間的な位置付きで以て物事を捉えるところにあるのですよ」
 満足そうに言いきった彼は、二人を見つめてから数回、何に対してか全く分からない頷きを見せてから、目の前にあるグラスを取って口へと運んだ。
「大丈夫です。ええ、大丈夫ですとも。人を殺せど、何かを壊せど、奪ったものには然るべき何かがあり、そしてもし、私が出来るとするのであれば、この言葉を彼や彼女――即ち貴女方が『犯人』と呼ぶ彼か彼女に伝える事だけなのですから。大丈夫ですよ。酔っていたとしても、その程度の事ならばできます。だからご安心ください」
 言い切ったのだろう。想いの丈を。言い終ったのだろう、言わんとしていた事を。彼は何処までもすがすがしい顔つきのまま、再び机へと突っ伏して寝息を立てる。
「い……いや! だから犯人は見てないのかな!? 知らないの!?」
「おーい! 鳳明! まだかのー!」
「うーん……また振り出しに戻る感じだなぁ……。今行くよー!」
 席を立った鳳明は、何故だかやや疲労の色を見せながらその場を去ろうと踵を返した。
「もうお酒は取ったりしないので、これ以上はお話聞けないですぅ……頭がくらくらしてきましたぁ……」
 ルーシェリアもルーシェリアで、どうやら意味の分からない話、と割り切り、早々にその場から去ろうと席を立った、所で――。
「ひぃ!?」
「違いますよ。私はしっかり人間やってます。失敬な」
 言うところの――無限ループにはまったらしい。