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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 時は戻る事、十五分前――。
その鉄壁を崩せる者は誰ひとりいなかった。
その鉄壁を打ち砕く者は何処にもいなかった。
漆黒を纏い、漆黒に揺れ、漆黒たる壁――。
 闇の飲酒・喫煙取締人――ドゥング。
次の彼の標的は、詰まる所、ビニール袋一杯にアルコールを詰めて、持参してきたリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)
「よう嬢ちゃん、これで何人目かもう数えてさえいねぇが、お前さんもぎりぎりアウトな口だろ」
「は? 何が?」
 素っ頓狂な顔をしながら、頭上から掛けられた声に首を傾げ、見上げては見れども特に何と言う事はなく、再び自分の前に置いてあるビニール袋から缶を並べ始めるリーラ。と、並べてるその横から、ドゥングは次々それを拾い上げ、手にしている真っ黒な『没収袋♪』と書かれた袋へと詰め込んで行く。
「ちょっとちょっと、何してんのよ! それ私物!」
「見てわからんかい? 没収だよ」
「見りゃわかるわよ! 何してんのってのはあんたが何で私のお酒を取ってってるか、よ」
「酒を飲めるような歳に、傍からじゃ見えねぇからだよ」
「またまた、お姉さんをあんまりからかうんじゃないわよ」
「何で照れてんだよ」
「え、お世辞じゃないの? ほら、確かに若く見られるってのは、女としては冥利に尽きるしね」
「お世辞じゃねぇよ。事実未成年にしか見えねぇだけだ」
「はっ!? それって私がガキっぽいって言いたい訳!?」
「そうじゃねぇよ。ただ飲むなってだけだ」
「いやいや! 意味わかんない! 全然意味わかんない!」
「俺もわかんねぇよ、お前さんのそのノリがな」
「いや人のノリとかどうでも良いし! っていうか返してよ私物。飲むんだから」
「だから飲むなっての」
 やいのやいのと言い合いを始めた二人、ではあったが、どうやらそこまで深刻ではなかったのか、または違った何かを思いついたのか、単に諦めただけなのか。リーラが折れたらしく「わかったわよー……」と言い、ドゥングに伸ばしていた手を引込める。
「ま、なんか釈然としないけど、それでもお姉さんの事『若い』だなんて言ってくれたから、今日のところは言う事聞いてあげるわ」
「そいつぁ嬉しいね。泣いちゃいそうだ」
 軽口を叩き合いながら、しかしドゥングはしっかりと役目を果たし、次の標的を探す為に彼女のもとから離れて行く。と、入れ違うタイミングで彼女のパートナーである柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がやってきた。
「んー? 何やってんだ?」
「何って? お酒飲もうと思ったらさ、なんだかライオンみたいな顔したオッサンに没収されたのよ」
「ライオンみたいな顔したオッサン? あぁ、あいつか」
「何、知り合いなの?」
「知り合い……って訳でもないが、知らない仲でもないな」
 そう言いながら、しかしどこか楽しそうにリーラを見る真司。
「な、何よ」
「いや? 酒取られた割には……まんざらでもなさそう、ってのか、随分機嫌よさそうだと思ってな」
「気の所為よ。気分が悪くて仕方がないわ。気分が悪くて悪戯したくなっちゃうくらいよ」
「悪戯……な」
 やれやれ、と言いながら、彼は背もたれに体を預けて頭の後ろで腕を組んだ。
「ほどほどにしてくれよ。俺たちだって一応はラナロックからの招待で来たんだ。そこらへんはしっかりして貰いたいんだよ」
「知らないわよ。まず私が飲めないって言う段階で、どういうパーティなのよ。ったく」
 今の今やってきた真司を余所に、リーラが席を立つ。
「おーい、どこ行くんだよ」
「どこでも良いでしょ! 飲めないなら別の事でもしてないと詰まらないんだしさ」
「はぁ……ああ、そうかい。まぁ精々頑張れよ。っと、さて、俺はどうするかな。まさかあの面倒事に首突っ込むのは御免だし、かと言って本当にやる事がねぇな。困ったもんだ」
 ふと辺りを見回した彼は、机に向かっているホープを見つける。
「あいつ……さっきから何やってんだ? ま、良いか。立つのが面倒だ」
 それがどうやら、彼がホープに持つ興味本位の程度だったらしい。大きくため息をついた彼が次に見たのは、近くのソファで兼目ににテレビでも見る様に、大食堂で起こっている事件を見ている二人。
「ドラマ感覚、な。まぁそう言う楽しみ方なら、こっちも面倒じゃないしいいか。よし、それでいこう」
 どうやら彼の結論はそこでいきついたらしい。真司は大きく伸びをした後、今度は上体を前に起こして両腕を膝に乗せ、目前の出来事を静観する事に決めたのだ。
 それを見ていた、かはわからないが、一人の女性が彼の後ろ、真司のやや後ろで何かの仕度をしていた。
「へっへっへっ、良いかい若人共よ……人生なんにでも意味を出そうってのは、賢明なはんだんじゃあねぇのよ。わかっかなぁ」
 誰にではなく。誰にでもなく。彼女、如月 夜空(きさらぎ・よぞら)は呟いた。
意味だのなんだの考えて生きてるなんざロックじゃねぇよ。ばっからしい。若人たちよ、意味なんてなぁ後からおっかけてくるもんなんだよ、意味なんてのは、後からついてくるもんだ。なぁそうだろ?」
 誰にではなく、誰にでもなく。夜空は呟いてから、コートをぐいと口元まで引き上げる。無論、その言葉は誰にあてたものだから答えが帰ってくる事はない。言っている本人も特に、返事やらその手のものを全く期待して――否、予期していなかったのだ。が、返事は帰ってくる。何故なら近くには、真司がいるのだ。
「――一体何を企んでのかは知らんが、やめておいた方がいいんじゃないか?」
「なっ!? いきなり口挟むなっての! ビックリしちゃっただろ!」
「そいつは悪かった」
「あ、謝んなよ。冗談だよ、ジョーク。ま、ともあれどうでも良い事か。んじゃあまぁ、あたしのかっくいーとこ、とくとくご覧あれ! 後でサインねだっても、やんねーぞ」
「要らん」
 そうかいそうかい、の言葉の後、彼女の姿は其処から消えた。
 彼女、夜空が姿を現したのは、彼女がその姿を消してからほんの数秒後の出来事だった。
深刻な顔で思考を巡らせているラナロックと、あまりに一同が真剣過ぎて若干立ち振る舞いに困っていた雅羅のその、中間地点。
両手には何も持たず、黒いマントが翻る。
「そうさ――楽しくなけりゃあロックじゃねぇんだよ!」
 声高にそう言い切った彼女が、あろう事か雅羅、ラナロックの胸を鷲掴みしようと考えたのである。
「そこに胸がある限り、あたしは決して屈しない! そう――実る果実をこの手中に収める事こそが! あたしの第一の目的だっ!」
 彼女の手はしっかりと二人の胸を掴みとった。が、そこでふと、彼女は自分の蟀谷に感触を覚える。一体これはなんだろう、そんな事が脳裏をよぎる。
「何をしてらっしゃるのかしら」
 ラナロックだった。
「きゃっ! って……ラナさん!」
 自分の胸を触られ、思わず悲鳴を上げる雅羅はしかし、隣で夜空へと銃口を向けているラナロックを見て驚きの声を上げる。
「ふん! 撃ちたけりゃ撃てば良い。無理だろう? たかが同性に胸を触られたくらいで引くほど、銃の引き金ってのは軽く出来てないのさ」
 勝ち誇る夜空は、次のステップに移行すべく、胸に当てている手に力をこめようとした。したは良いが――すぐさまその身を翻す。
一呼吸程の感覚もなく、辺りに銃声が響いた。
「ま、マジで撃つのか! 死んじゃうよ!」
「あら? そうですか? それは残念」
「笑顔で言ってるよ! 全然残念そうじゃねぇ! ってか殺意しかねぇじゃねぇかよ!」
「そんな事はありませんわよ? うふふふ」
 怒っていた。
「待てって、冗談だよ! 何で同性に触られただけでそこまで向きになんだよ!」
「なんとなく、です」
 言いながら、今度はもう片方の手にも銃を握る。
「ラナさん! 本気ですか!」
「えぇそうよ。本気も本気。私だって乙女ですもの」
「関係ねぇだろ! この際乙女は!」
「そうかしら? まぁ良いわ」
 二人から距離を取っていた夜空に向けて一歩ずつ踏み出すラナロックは、もう片方の銃の撃鉄を起こしながらにからからと肩を揺らす。と、そこで思い切り彼女の上半身が前へとつんのめり、彼女はその足を止める。
「何をやってるのさラナ。君の役割は今、そう言う類の物ではないでしょうに」
 ウォウルだった。
「ウォウルさん、幾らなんでも叩く程ではないでしょう」
 真人が慌ててラナロックとウォウルの間に割って入るが、ウォウルは彼の肩に手を置くと、そっと彼を脇へとずらした。
「ラナ、みんなが来てご機嫌なのはわかるけど、流石に銃弾で解決させようとするなら僕は怒るよ?」
「ちょ、ねぇ! 私達はその銃弾で解決させよう、としているラナさんに襲われたけど、その時は何もなかったよね!?」
 ミスティがすかさずツッコむが、ウォウルはただただ一度だけ笑い、再びラナロックへと向きなおした。
「どうでも良いからそれをしまいなさい」
「………」
 口惜しそうな顔で俯いた彼女は、しかし彼の言葉に観念したのか銃をしまった。
「それに星空さん」
「夜空だよ」
「おっと失礼、夜空さん。もしもラナロックとマサラオさんの胸を触りたい場合は一度本人から了承を得てからにしてくださいね」
「マサラオって誰よ! それに『触っても良いですか』と尋ねられて誰が『良いですよ』なんて言うのよ!」
 雅羅の言葉は尤もだった。
「さて、それでは本題に戻るとしましょうか、ペトちゃん。次にアリバイを聞かれるのは僕の番、でしたよね?」
「いえ。ウォウルさんはもう最初の方で聞いたです。もう要らないのです」
 悪意は……ないのだろう。が、比較的酷い物言いのペトだった。
「え、待ってくれよ。じゃあ……触って良いか? 二人とも」
「駄目」
「勿論、駄目ですわ」
 夜空の問いに、二人は即答だった。
「そうだよなぁ……普通に考えりゃ、そうなるわなぁ……」
 がっくりと肩を落とした夜空に向けて、ウォウルが物凄い笑顔、普段しない様な爽やかな笑みを浮かべて彼女の肩に手を置いた。
「僕のでよろしければ、どうぞ」
「要らねぇよ」
 夜空の即答も、なかなかに尤もな言葉だった。


 この間、この場に置いて。
未成年、もしくは未成年と思える全ての存在が飲酒、喫煙を禁じられている訳であり、しかしそうでなければ飲めや騒げの大宴会。
相田 なぶら(あいだ・なぶら)は既に、結構出来上がっている感じだったりした。
そしてそんな彼は今、何を考えたのか一人で建物から出て、門の前に立っている。顔は真っ赤であり、目が座っている。完全に出来上がっている人だった。

「遂に……遂に此処までやってきたんだな、俺は」

 思いの外真剣な面持ちの彼は、ふらふらになりながらも今までいた屋敷を見上げた。
因みに、何故此処まで来たのかは誰もわからない。恐らくなぶらとて、その本当の意味を知る事はないのだろう。
「そう……この魔王城に到達するまでの道のりは、随分と長かった……。俺が勇者として、旅立つ前に麓の村人たちと果たした約束は、今でも忘れていない………」
 彼の中では、何やら物語が展開しているようである。
「この防具、武器をくれた村の長は言った……。必ずや魔王、ラナロックを亡き者にしてくれ、と。長く続く悪政により貧困となり、日々の生活を苦しむ村人たちの悲痛な叫び。俺は今此処で、彼等を救うんだ……!」
 此処に来るまでの間にボロボロになった。と言う感じでふらついているが、彼は単純に酔っているだけである。
「このホーリーソード(大根)とジャステスアーマー(新聞紙)がある限り、俺は負けない!」
 色々な意味で、負けない感じの彼である。
と――
「あれ、こんなところで何をやっているんだ? なぶら君」
遅れてやってきた無限 大吾(むげん・だいご)が、今にも倒れそうになるなぶらに声を掛けたのだ。
「おお!? 我等が同士! 王族親衛隊の騎士『ダイゴ』じゃないか! まさかラスボス前に現れてくれるとは……これは王道の展開だ!」
「え……? なんの事だ?」
 事態が把握できていない彼は、しかし何やら物凄い呼ばれ方をされたのがまんざらでもなかった様で、若干ではあるが照れくさそうに尋ねた。
「何を……だって!? 俺たちが長年倒そうと心に誓った魔王、ラナロックの根城までこうしてやってきたんじゃないか!」
「いや……魔王ラナロックって……」
「さあ! 諸々の事情はこの際どうでもいい! 共に行こう! そしてこの先行き不安な暗黒の世界に終止符を打とうじゃないか! 共に!」
「(酔って……るのか?)ああ、一応これからパーティには出る予定だから、一緒に行こうか」
「なんと! 俺のパーティに加わってくれるのか!?」
「え、いや。なぶら君のパーティじゃなくて、ラナロックさん主催のパーティに、なんだけどな……」
「そうかそうか! 聖騎士である君が仲間になってくれるのは本当に心強い限りだよ!」
「あ、ああ。そうか……(え、何そう言うの関係あるパーティなのか?……装備とか全部置いてきちゃったけどな……)」
 もうなんて言うか、会話がちぐはぐだった。
兎に角気にしては仕方ないと思ったのか、大吾となぶらは門を潜り、中へと入って行く。
と、庭には夜風に当たっている馬 超(ば・ちょう)がいた。黙々と剣を振っていた彼はしかし、二人の陰に気付きそれをやめ、近くにあったベンチに腰掛ける。
「何だ、今来たのか」
「ああ。ちょっと遅くなってしまってね」
「ならば急いで行くといい。既に皆、結構盛り上がっているぞ」
「あちゃ……出遅れたかな。ありがとう。ところで馬超君、君は行かなくていいのか?」
「……俺はどうもああいう空気は苦手でな。馴染めんのだ。ハーティオンの奴はなかなかどうして、上手く溶け込めている様ではあるが。それに――ああ、こちらの事情など良いか。兎に角行くと言い。無限、お前のパートナーも大層楽しんでいる様だしな」
「そっか。ありがとう。じゃあ、また」
「ああ、楽しんで来い」
 何の差しさわりもない、何処かぶっきらぼうで、しかし友人として微笑ましくもある様な会話があった。その光景はまるで戦友そのものであり、どうしようもなく戦友としか表現できない程に、慣れ合うでもなくしかし固く結ばれた心を露わにする光景だったのだ。
彼が口を開くまでは――。

「老師!」
「!?」
 ベンチに座り、二人を見送ろうとしちた馬超の足元、なぶらが突然に地面に崩れた。
「お久しゅうございます! 老師!」
「………どうした、相田」
「そのお声、その物腰! 本物の老師ですね! いや……敢えて昔の呼び名で呼ばせて頂きます……師匠!」
「いや……だからその……おい、無限、状況が掴めない」
「……実は俺も、なんだ。わかってるのは、彼は今酔っていて、何やら違う世界に居る、と言うくらいだ」
「師匠! 俺は……俺は遂に此処まで来ました!」
「そ、そうか……」
「しかし師匠……亡くなったと……強大な魔王の軍勢に打ち滅ぼされたと伺っておりましたが……何故此処に!?」
「魔王……まぁ、解釈の仕方によってはそうなるか……が、仕方ない。英霊としてこの世界に呼ばれ――」
「やはり師匠は俺の師匠だぁ!」
「落ち着け。俺は相田、お前の師匠でもなければ老師でもない」
「師匠…師匠! 俺は、俺は貴方を越える!」
「…………」
「すまん、馬超君、ちょっと乗ってあげた方が良いと思うんだ」
 小さな声で――ともあれ酔っているなぶらには聞こえない程度が為に普通の声の大きさで大吾が言うと、馬超は困惑した表情で返事を返し、そして立ち上がる。
「ならばこい。相手をしてやろう」
「ありがとうございます! 師匠!」
 二人が対峙する。まだ微かに冷える風が二人の間を抜け、そしてその風が止んだと同時――二人それぞれに動きを見せた。
「………師匠……」
「……強くなったな、相田」
 互いが立っていた位置がそれぞれに入れ替わり、背と背を向けていた二人――馬超が倒れた。
「師匠……俺は……」
 構えていたままの彼が、そう言いながら振り返る。瞳一杯に涙を溜めて。
「俺はあんたを越えると誓った。誓ったからこそ、強くなり、そして今から、魔王を倒します」
「……………」
 なぶらは倒れている馬超へと駆け寄り、彼の上半身を抱え上げた。
「師匠、ししょー!」
「これでもまだ、俺を師匠と……呼んでくれるか」
「あれ、これなんかで見たことあるな。でも駄目だ。夕日じゃないし」
 冷ややかな目で、大吾がツッコミを入れた。
あれやこれやと、更になぶらの世界観が展開され、かくして二人は馬超のもとから去るのだ。倒れたままに二人を見送った馬超は、完全に彼等が見えなくなったのを確認するや立ち上がり、何事もなかったかのように服を叩いた。
「何故俺はこんな事をしていたのか……わからんが、まあいいか」
 ベンチに立てかけてあった剣を手にした彼は、別段何と言う事もなく、再びそれを振るい始める。