校長室
ハードコアアンダーグラウンド
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第五章 ラダーマッチ 「はぁ……冷や冷やさせてくれるなぁ」 休憩中の観客席、芦原 郁乃(あはら・いくの)が安堵したように息を吐いた。パートナーが出場する、ということで観客として来ていたが、随分とヒヤリとさせることをしてくれた、と軽く悪態を吐く。 「凄い試合だったね〜。最後のあのダイブとか」 郁乃の隣にいた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、少し興奮気味に言うと郁乃が渋い表情を浮かべる。 「見ているこっちはどうなる事かと思ったわよ……ところで、そっちの試合はこれから?」 「うん、この後のメインイベントだよ。『いっちょ人助けじゃ。盛り上げるため頑張るけんのぉ』って」 そう言って、二人がリングを見る。既に金網が外されたリングの周辺で、スタッフが慌ただしく動いている。 スタッフが持ってきた梯子に机、パイプ椅子を周囲に並べていく。 「……パートナー、大丈夫?」 「うん……大丈夫だとは思うけど……」 詩穂が少し不安げな表情を浮かべる。置かれているオブジェは全て凶器となるこの試合。無事に終わるとは思えない。 「……はぁ……不安だ」 郁乃と詩穂の後ろにいた、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が大きく溜息を吐いた。 「あれ、おたくも身内が出場するの?」 「……ああ、そうなのだよ」 振り返った郁乃が問うと、アルツールが苦い表情のまま頷いた。 「募集告知を見て『凶器使用あり』という所が気に入ったらしくてな……高笑いして参戦表明しに行った……」 「心配なんだね」 詩穂が言うと、アルツールは首を横に振った。 「いや、アレ自体は心配などしていないのだ……魔導書だからな」 「それじゃ、なんでそんな苦い顔してるのよ?」 郁乃が問うと、アルツールは額にしわを寄せた。 「……アレの本体はうちの家宝なのだよ……自分の本体が下手な骨董より高価な物だというのに、『本体振り回したら十分凶器じゃね?』とか言い出す始末なのだ……そもそもそんな戦いアリなのか、いやその前に魔導書が自分を振り回すとかいいのかそれは……段々胃が痛くなってきたよ、俺は」 「……それはまた」 「なんとも難儀な事で……」 キリキリと胃を痛めるアルツールに、郁乃と詩穂は苦笑する事しかできなかった。 「それにしても、泪君も試合出ればよかったのに」 「そう言うわけにはいきませんよ」 「出たら私も出場してたんだけどね。そして何時ぞやのリベンジを!」 控室に続く廊下、泪とリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が歩いていた。この後試合に出る翼の様子を見に行くのが目的だ。 「ところで、パートナーさんの様子はどうでしたか?」 泪がリカインに問いかける。そもそもリカインは元々アナウンスの手伝いをしていたのだが、先程の金網戦でパートナーが出場し、試合後救護室に運ばれたので様子を見に行ったのだが、その帰りに泪を見かけたので同行しているのだ。 「ああ……大したことないわ」 リカインが苦笑しつつ答える。 「そうなんですか? 結構大変な目に合っていたと思うんですけど」 「ええ、医者が黙って首を横に振る程度だったから」 「それ十分大した事ありますよね!?」 「大丈夫だって。ああ見えても根性あるし、そもそも医者がそんな対応取るならもうどうしようもないから」 そう言ってリカインはカラカラと笑った。 「はぁ……と、ここですね」 泪とリカインが足を止める。部屋の扉の横には『控室』というプレートがつけてある。 「翼さん、入って大丈夫ですか?」 軽く二度程ノックをして、泪が声をかける。 「どうぞ」 中からの返答を確認して、泪が中に入る。 「失礼しま――」 中に入り、中にいた翼を目にして泪は言葉を詰まらせた。 翼は長い髪を後ろに縛り、メッシュをあしらった衣装とハーフパンツを身に纏い、レガースやニーパット、エルボーパットを装着しており、顔は下半分がマスクで隠れている。 ジャージ姿では解らなかったが、鍛えているのがわかる絞られた身体のラインが衣装でくっきりと表れている。 ――だが、それ以上に印象的だったのは、鋭い目。闘志を燃やすその目が、泪から言葉を奪った。 「あ、泪さん。どうかしました?」 翼に声をかけられ、泪ははっとなる。 「いえ……随分と雰囲気が違うと思いまして」 少しまだ呆けたように、泪が言った。そこにいる少女は、自分に泣きついたりしてきた少女と同一人物とは思えない気迫があった。 「ああ、流石に衣装を着たら気も引き締まりますからね」 そう言って翼が笑う。 「けど、凄い気迫だったわ」 隣にいたリカインが言うと、泪も頷いた。 「ええ……負けられませんからね、次の試合は」 「そうですね……ベルトがかかってますからね」 泪の言葉に、翼が頷く。 「やっぱりプロとしては負けられないのかしら?」 「そうでしょう。王者としての意地がありますし」 リカインの言葉に、泪が言う。今回の試合に関しては、翼以外団体とは無関係の選手である。中にはプロレスとは関係のない者もいる。特殊なルールとはいえ、プロとして負けられないだろう。 「あー……それもあるにはあるんですが……」 翼が苦笑する。 「あら、他に理由が?」 泪が問うと、言いにくそうに翼が口を開く。 「……うち、ベルトってあれ一個しか無いんですよね……」 「「え?」」 「ベルト全部使い回しているんで、他のタイトルマッチできなくなっちゃうんです……作るのにも結構な額がするんで、代用品もありませんし……持って行かれると困るんですよ」 「……大変なのねー」 「ええ……うちお金ないんで……」 リカインの言葉に、翼が遠い目をする。このご時世、何処も色々と大変なのだ。 「翼選手、そろそろ時間ですよ」 スタッフの声で遠い目から生還した翼は、頬を叩いて気合を入れなおす。 「さて……それじゃ、行ってきます!」 「ええ、頑張ってくださいね」 泪の言葉に、翼は軽く片手をあげて応えた。