リアクション
桜の下には……
「あぅう……っ」
「す、スライムが……ひゃうぅ!」
花見会場に何故か広まったスライムたち。
スライムの被害に遭う花見客も少なくなく、その被害は甚大だ。
「お花見が終わってからママを助けてやろうと思ったが……これほどまでに被害が大きいのならば、早めに終わらせた方がよさそうだな……あぅんっ」
相変わらず服の下にスライムを蠢かせながら、夜薙 綾香は呟いた。
「ママですって?」
それを鋭く聞きつけたのは布袋 佳奈子とエレノア・グランクルス。
「なにか知ってるの? この子たちのこと」
「お花見って……あの紫桜と何か関係があるの?」
綾香に詰め寄ろうとする二人を、高峰 結和が止める。
「待ってください。私も気になりますが、今は説明よりもスライムさんたちを何とかするのが先決です」
「それはそうだけど……でも、どうしたらいいの?」
「ママは、あそこにいるのだよ」
綾香は自信たっぷりに指差した。
紫桜の、その下を。
「青いスライムが現れたのと、桜の色の変化が同じ頃だった。桃色の桜が紫に……ということは、青いスライムがその下に埋まっていると考えるのはごく自然なことだろう」
おぉ……と、岩をどかす手を動かしながら、匿名 某が感嘆の声をあげる。
「なるほど、桜がそのスライムの色素を吸収したってわけか」
「そのスライムが母親……親だと考えると、この子供たちが彷徨ってるのはその親を探すためだったんだな」
佐野 和輝も、隙あればすり寄ってくるアニスとスノーを時にかわし、時に受け入れつつ岩をどかしていた。
「駄目か……これ以上は動かせない」
大岩に突き当り、某がため息をつく。
「ごめんなさい。某さんにばかりやってもらって。私……うっ」
「綾耶、無理するな! スライムの相手をして待ってろ」
体の苦痛に顔を歪ませる綾耶。
と、それを見たスライムが綾耶の体に、翼にぺたりと吸い付く。
「にゅにゅー」
「……ぁあ、慰めて、くれてるんですか?」
「にょー」
「……ありがとう。やさしいスライムさんですね、あなたは」
「にょー」
なでなでとスライムを撫でる。
「この下であるな。だったら、少々強硬手段といこうか」
「え」
「砕くのだ」
綾香の手には、爆薬が握られていた。
ガッ……ドッカーン!
綾香の破壊工作によって、岩が砕かれた。
「ぬー」
ぬるり。
岩にぽっかり空いた穴から、青い物体が這い出てきた。
ぬるり、ぬるり、ぬるり。
今までのスライムとは比べ物にならない大きさの物体が、ゆっくり、ゆっくりと姿を現す。
「にょー!」
「ぬー!」
周囲にいた子スライムたちが跳ね飛んで親スライムに近づいて行く。
「ぬー!」
親スライムは、身を震わせて鳴く。
「にゅー!」
その声に、次々と集まる子スライムたち。
「あ、スライムさん」
「さようならー」
結和からも、綾耶からも、スライムは離れていく。
「にょー」
「ぬー」
親子のスライムを見て、ほっと小さな微笑みを浮かべる和輝。
スライムたちは、お礼のつもりか綾香の元に集まっていた。
ちなみに、そのまま懐いた数匹は綾香と共にお家に帰ると、彼女のベッドや抱き枕として素敵な日々を過ごしたが、ある日突然いなくなったとか。
「あ……」
佳奈子が桜を指差した。
桜が、みるみるうちに紫色から薄桃色へと変化していく。
「ん?」
「あれ?」
それと共に、甘えたりまぐわっていた花見客も、次第に正気を取り戻していく。
「――さっきの事は、忘れてくれよ」
「ヴァイスがそう言うならな」
赤くなってセリカ・エストレアに告げるヴァイス・アイトラー。
「ん……」
清泉 北都の顔に静かな落ち着きが戻ってくる。
それを少しほっとしながら、かなり残念に思いながら、クナイ・アヤカシは静かに見ていた。
「クナイ、さっきの『一緒に寝る』っていうのだけどさ」
(あぁ)
北都の言葉にがくりと肩を落とすクナイ。
やはり。
あの時の北都の言動は、一時だけのものだったのか……
「無効にしてもいいんだけど、クナイがしたいなら……いいよ?」
北都の顔を見るクナイ。
真っ直ぐに、自分を見ている。
潤んだ瞳ではなく、澄んだいつもの北都の瞳で。
「……そんな事を言うと、付け上がってしまいますよ」
北都の瞳を見つめ返す。
「今夜は――本気を出しますよ?」
「あああああ! あれは花粉のせいだったのよ! 聞くところによるとここの桜の花粉には変な効果があったみたいだし」
「ああ」
「だからね、今日の事は忘れて! いいわね!」
「ああ」
ユベール・トゥーナは必死になって夜月 鴉に弁解する。
「ところで……」
「ん?」
「あ、あたしの寝言、聞いてないわよね?」
「…………」
「ま、たまにはいいんじゃないか? いつものも、今日のも、どっちも楽しかったぜ」
「……たまには、な」
ロア・ドゥーエはグラキエス・エンドロアの肩を抱く。
「ううう……マスター、助けてくださってどうもありがとうございました。あれくらいの事で、お手を煩わせてしまってすみません……」
「そ、そんな事ないから!」
涙目になりながら、ベルク・ウェルナートにぺこぺこと頭を下げるフレンディス・ティラ。
しばらく彼女を助けずその様子を堪能していたベルクは、少し後ろめたそうに否定する。
「しかし、あの時のフレイは可愛かったなぁ……」
「え……」
「あ、いや」
スライムが去ってからも、皆川 陽はテディ・アルタヴィスタに口を聞かなかった。
ぼんやりと、先程まで感じていた快感の余韻に浸るかのように。
「ねえ」
そんな陽に、テディは声をかける。
笑顔で、手を握りしめて。
「さっきのが花粉のせいであっても、そうでなくっても……僕は、陽が好きだよ」
「……」
テディのそういう所が、陽には眩しくて時に憎悪の対象になる事にも気づかずに。
※※※
紫桜は普通の桜に戻り、花粉の効果も消えてなくなった。
花見の魔法は終わった。
しかし、花見の客たちは、時に幸福に、時にほろ苦く、その余韻に酔っている。
初めての方ははじめまして、もしくはこんにちは。
「ア・マ・エ・タ・イ」を執筆させていただきました、春の嵐の中うっかり花見に出かけて風邪をひきかけました、こみか、と申します。
紫桜とスライムのお花見にご参加いただき、どうもありがとうございました。
スライム大人気。
こんなにスライムを好きな方がいるとは思いませんでした。
なぜか蒼フロ倫理の限界に挑戦を……という声が多数(汗)。
本当はもっと色々書きたい部分もありましたが、そこら辺は抑えめ?で……
いつもと違う、時に違わない皆様の一面を見ることができ、楽しく執筆させていただきました。
この春の一時が、皆様にとって楽しい思い出になりましたら幸いです。
またどこかでお会いする機会がありましたら、よろしくお願いいたします。