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早苗月のエメラルド

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早苗月のエメラルド
早苗月のエメラルド 早苗月のエメラルド

リアクション

「ミア〜、何か見える〜?」
 パートナーのレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が下から掛けてきた声に、ミア・マハ(みあ・まは)は地面に近付くと子供の様な見た目に反して、とても優雅な仕草で箒から降り立った。
「樹じゃな。
 見渡す限り一面の樹、樹、樹」
「はぁ……やっぱりかぁ」
 予想通りの言葉に、レキはがっくりと肩を落としてしまう。
 上から探せば島の中心を埋め尽くす森の全体像が見られそうだとも思っていたが、森なのだからこそ、上に上がっても樹しか見えないらしい。
 地道に歩いて探せば良い話だったが、島の散策に時間が掛かれば、肉体労働を嫌がるミアは文句を言うだろう。
 ミアにはここにくる迄何度も上空まで行って貰っては、泉や川が無いか等調べてもらっていたから、そろそろ疲れもたまってきた頃合いだ。
 ――ミア、怒ってるかな?
 そろりとパートナーを見てみれば、矢張りというか不機嫌そうな目元のひくつきに、タイムリミットは刻々と迫っている気がしていたのだ。
「まぁそう落ち込まないで。ほら、あれなんか結構いけると思いますよ」
 そう言って微笑み励ます大地に、もう一声とばかりにレキはミアに済まなさそうにしつつ祈る様に手を組んでウィンクする。
「ミア、お願い」
「……全くわらわが肉体労働が苦手な事を知っていて……
 じゃが食料確保の為に背に腹は代えられんか」

 ぶちぶちと文句を言ってはいるものの、ミアは大地の指差す木の実の所まで箒で飛んで行った。
「見た目はまずまずじゃの」
 近付いてみると、赤く丸い木の実の見た目は林檎に似てるものだった。
「ふむ、これは中々確かに良い香りがする」
 試しに一つもいで香りをかいでみると、慣れ親しんだものと同じ様な甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐった。
 ミアは帽子を脱いで逆さまにすると、空いたスペースにもいだ木の実を入れていった。

「ほれ、こんなものか?」
 帽子の中に一杯に入った木の実に、レキは「わぁ」と感嘆の声を上げている。
「きゃーっ美味しそう!」
「ありがとうございます、ミアさん」
「ママ、これ美味しそう。食べていい?」
「こらこら、後で夕食の時間になったらですよ」
「おまえ、なかなかヤルな!」
「誰かと違って役に立つな」
 口々に褒められてミアは誇らしげに鼻をならして口元を緩めた。
「ま、まあこのくらい? わらわには簡単というか? 当然というか?」
「本当にミアは凄いなぁ。助かるよ」
 この甘えん坊で猫かぶりなパートナーの扱いを熟知しているレキは、ミアがご機嫌でいてくれるようにと、しっかりとどめをさしていた。

 樹の間から覗く空の光りは赤く、日が傾きかけている事を告げている。
「さて。
 タンパク質――もとい肉が無いのは少し残念ですが、魚を釣りに行っている方もいますし、そろそろ頃合いですかね」
 大地は腕時計の時間を確認すると、皆に了解を求めた。
 彼等が手に持っているのは手に持てるだけの果実や木の実。
 どれもこれも大地がスキルと言える程の博識で食べられるものだと確認したもので、食べずとも味は折り紙付きだ。
「ああ、そうだな。余り遅くなっても料理の時間が無くなる」
「ていうかちょっと、持って帰るのに重いくらいよ」
「これだけ食べるものがあれば後は缶詰もあるし十分だよね」
「はあ、やっとこれで肉体労働から解放されるのか」
 そこそこの達成感を胸に歩き始めた彼等の前に、義仲とジゼルがこちらへ向かっているのが見えた。
 どうやらやっと追いついたところらしい。
「ジゼルさん、義仲さん。
 わざわざきて貰って申し訳ないんですが、そろそろ帰るつも――」

 突然、柔和な口調で話していた大地が表情を変えると、ジゼルを背中に庇って立ち、黒曜石の覇剣の柄に手を添える。
「大地?」
「しっ、何か来ます」
 ジゼルが頷いて後ろに後退さる中、何処からともなく地響きの様な音が聞こえてきた。

 ドドドドドドドドドドド

 響きが地面に振動が伝わる程近くなると、モンスターの群れがこちらに向かって全速力で走ってくる。
 それは今迄見た事の無い見た目だった。
「じ、じじじ陣! あれ豚!? イノシシ!?」
「正直どっちでもいいというか……グロっ!!」
 ユピリアに服の袖を引っ張られながら陣が見ていたのは、イノシシの顔面に何個も何個も何個も何個も数えきれない程目玉を付けた奇怪なモンスターだった。
 それが大群でこちらへ向かってくるのだ。
 ちょっとしたトラウマ映像だ。
「良いから走るのじゃ!!」

 早々に箒にまたがったミアの声に、全員が森の外に向かって一斉に走り出した。
 彼らの後ろから、目玉イノシシの大群が樹をなぎ倒して追いかけてくる。
「ぎゃー!! 追っかけてくるうぅぅぅぅ!!」
「目が沢山あるよぉおおお!!」
「その所為か猪突猛進という訳でも無く追いかけてきますね」
「冷静に言ってる場合か!」
「……ママ、インベイシアが居ない」
「ええ!? こんな時に――」
「レキ、いちいち振り向いていると追いつかれるのじゃ」
「そう言ったってミア、ボクは箒に乗ってる訳じゃないし」
「箒に乗ってても正直気持ち悪さは変わらないのじゃ!!」
「一旦散りましょう!
 なるべく樹が多い所に入れば直ぐには追いつけないはずです!!」

 大地の声に皆が四方に散り散りになる。
 彼の予想通りに遮蔽物にぶつかり思う様に進めない目玉イノシシを、一足飛びで乗り移った木の枝の上から見て、大地は黄金の銃で急所と思しき頭を打ち抜いた。
 彼の反対側では、レキが真っ直ぐに体当たりしようとしてくる目玉イノシシの攻撃を飛び退いて避けていた。
 そして彼女が囮になっているその間に詠唱を終えていたミアのブリザードが、目玉イノシシを氷に固めてしまった。
 ユピリアと義仲の爆炎によって黒こげになった目玉イノシシが追加され、後の目玉イノシシは直線に進んで彼らの前から姿を消していた。

「やー……凄かったわね」
「全く強くは無かったが……」
「”ある意味”ね」
 レキとミア、ユピリアが話しているた時だ。
「おい、肉見つけたぞ」
 木々の間を縫って、何時の間にか居なくなっていたインベイシアが目玉イノシシの死骸をかついで現れた。
 大地の肉が無かった発言を聞いて、肉を探そうと深くまで入っていたのだ。
 切札達を襲った目玉イノシシの暴走の原因はインベイシアに恐れをなした為だったのだ。
「……全く。貴女という人は――」
 呆れて額を抑えている切札の袖が、小さい力でひっぱられている。
「どうしたんですか、カルテちゃん」
「ママ、これは食べられる?」
「そ……それはその……」 
 切札がどう答えたものかと考え居ると、地面に片膝を付いてインベイシアが投げたイノシシの死骸を調べていた大地が、こちらを向いて爽やかに微笑んだ。

「これ、食べられそうですよ」